ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第5番 第1楽章
作曲者 : BEETHOVEN, Ludwig van 1770-1827 独
曲名  : ピアノ・ソナタ 第5番 ハ短調 Op.10-1 (1796-98)

演奏と作品解釈についての本を若い頃読んで、その明快な考えに心酔していた私は、彼の弾いたベートーヴェンのこの曲を聞いて、大変ショックを受けた。雑で速すぎたのだ。そのために曲の重要な要素である短6度へのベートーヴェンのこだわりが、希薄となり、ただただ切迫した感じだけの薄っぺらな音楽になっていたのだ。
この傾向は、ポリーニやコヴァセヴィッチ、アラウといった、愛してやまないピアニストたちの演奏にも聞かれ、私の考えが間違っているのか分からなくなっている。
多くの場合、短い16分音符を短くし過ぎているように感じられ、鋭角的に過ぎるのだけれど、それでは曲のアイデアが浮かび上がってこないと私は考えている。
第1主題は次の3つの部分で出来ている。
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ハ短調の主和音を打ち鳴らした後、G音からオクターブと短6度跳躍を繰り返して駆け上りEs音を2度鳴らして止まる。短音での提示である。(動機a)
これにゆったりとしたトニックからドミナントの和音が応える。(動機b)
ここは逆に短2度しか動かず穏やか。2つの要素が厳しく対立しておかれた実に意欲的な主題である。
これを減7の和音からトニックへと和音を変えて、繰り返す。
第2部は、下降のスケールで、2度、5度下降して、3度目にオクターブ下降する形に拡大される。5度下降は2つの3度に分けられる。これは、6度を反転させたものであり、第1部の動機に対応したものである。この5度という新たな要素は展開部で大きく発展させる要素となる。
更に言えば、この2つの部分は、主和音と、ドミナントの減7のみで出来ていて、強い緊張感が現れている。
第3部は主題のカデンツの部分であり、はじめてサブドミナントが出てきて、更にはじめてV7が出てきて第1主題が終わる。

曲はこれに続いて第1主題を縮小して繰り返し、主題が確保される。

続いて推移がはじまる。転調を繰り返しながら平行調である変ホ長調へと向かう推移に新しいメロディーが登場するが、これは第1主題の第1部、G-EsとC-Hという動きを使ったもので、第1主題の断片で出来たものと言って良い。
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この部分大変美しく、ここを第2主題と思ってしまいそうだが、その第2主題はこれに引き続いて出てくる。
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ここでも短6度と短2度の組み合わせが、メロディーの中心となっている。この後の展開でもそれは徹底的に使われ、提示部を終わる。
ここまでやるかというほどのこだわりようである。

以下 続く


# by Schweizer_Musik | 2023-06-15 08:16 | 音楽作品分析
ザードル・イェネーの5つのコントラストを聞く
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作曲者 : ZÁDOR, Eugene (Jenő Zádor) 1894-1977 ハンガリー→米
曲名  : 5つのコントラスト "5 Contrasts" (1964)
演奏者 : マリウシュ・スモリー指揮 MAVブダペスト交響楽団
CD番号 : NAXOS/8.572548

アメリカ名ユージン・ザドール、(ハンガリー語名はザードル・イェネー)の管弦楽作品全集がNAXOSで進行中である。
このCDは他に子供の交響曲などが入ったもので、その最初のリリースだったと思う。当時から全集を考えていたわけではなさそうで、最近発売になった第7集ではじめて全集の言葉が出てきた。
ハンガリーに生まれ、マックス・レーガーなどに師事し、第二次世界大戦の勃発と同時にアメリカに移った音楽家のひとりでもある。
アメリカではハリウッドで映画音楽の制作に関わり、優れた業績を残したとあるが、それを私は聞いたことがないので、何も言えないけれど、同時代の作曲家たちに比べても、極めて保守的な後期ロマン派的作風に納まっているので、当時はこの優れた管弦楽法の力などはとてもハリウッドで重宝されたに違いない。
聞いた話だが、ロージャ・ミクローシュの映画音楽でもオーケストレーションを多く担当していたとか…。
私はこのシリーズは大体聞いているけれど、才気を感じさせることはあまりないけれど、卓越した技量で説得力のある音楽を作る作曲家であると思う。
マリウシュ・スモリーは、有名曲には目もくれず(笑)、こうした「知られざる作曲家」を発掘してくれる良い指揮者だ。ポーランド出身で、現在はアメリカのルイジアナ州ラファイエットのアカディアナ交響楽団の音楽監督をしている。他にもいくつかの団体と関わっているようだけれど、聞いたことが無いのでこのくらいにしておこう。
ところで、このMAVブダペスト交響楽団だけれど、ハンガリーのオーケストラは名称がかなり混乱していて、ハンガリー・ブダペスト交響楽団、ハンガリー交響楽団、ブダペスト放送交響楽団あたりは、混乱の極みで、名称が変わったりもしているので、混乱に拍車をかけている。
ハンガリー・ブダペスト交響楽団は、正式にはMAV Symphony Orchestraで、日本語ではMAVにブダペスト交響楽団をつけたものや、ハンガリー・ブダペスト交響楽団などと呼ばれることが多い。これにブダペスト交響楽団とだけあるものも多分…だけれど加わる可能性がある。MAVはハンガリー国鉄のことで、このオーケストラはハンガリー国鉄が1945年、大戦終了後の荒廃した国土と国民に心に必要なのは文化だと、楽員の専用客車と楽器の運搬車両を用意して設立したオーケストラだ。
初代の指揮者はシェーケ・ティボル。1947年にウィーン公演を成功させてオーケストラの礎を築いた。ちなみに彼は後年、ベルリンに赴き指揮活動をしつつも、カラヤンのHMV録音に関わっており、定年までその職にあったとか。現在の常任指揮者はRóbert Farkas。
ハンガリー国立交響楽団は、今日ではハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団と名前が変わっている。ハンガリー放送交響楽団は、録音ではブダペスト交響楽団の名称で出ているので混乱のもととなっている。さらにブダペスト放送交響楽団という名称でよばれることも多く、門外漢にはもうワケが分からなくなる。これらは名称がいずれであれ、ハンガリー放送所属の1943年設立のオーケストラである。
この3つのオーケストラにブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団というオケが加わり、混乱はカオス状態となる。ただこちらは伝統あるオーケストラで、1853年にハンガリー・オペラの父と呼ばれるフェレンツ・エルケル(ハンガリー風に書くとエルケル・フェレンツ)という作曲家によって創設されたオーケストラで、主にブダペストのハンガリー国立歌劇場のオーケストラとして活動していて、そのオーケストラが歌劇ではなくコンサートを行う時の名前である。
現在では、イヴァン・フィッシャーとゾルターン・コチシュが設立した
ブダペスト祝祭管弦楽団などもあり、ややこしさはピークに…。せめてCDやプロモーターによる名称の統一をお願いしたいものだ。

話が横道に逸れてしまったけれど、この
MAV交響楽団の演奏は、一定の水準にあるので、安心して聞いていられるもの。スモリーの指揮も客演とは思えないほどしっかりしていると思う。シリーズは今は7枚目に入っているが、お勧めするシリーズ。

# by Schweizer_Musik | 2023-06-14 14:02 | CD試聴記
ヨハン・フリードリッヒ・エック作曲の「モーツァルトのヴァイオリン協奏曲」を藤川真弓さんの演奏で聴く
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作曲者 : ECK, Johann Friedrich 1766-1810 独
曲名  : ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 K.268(Anh.C14.04)
演奏者 : 藤川真弓(vn), ワルター・ヴェラー指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
CD番号 : DECCA/480 5384

出だしは実に良いのだけれど、その後の展開の平凡さは笑いを通り越して呆れる。特に第2楽章は天下の藤川真弓女史も手が無さそう…。
この程度なら、私でも2〜3日もあれば書けるし、もうちょっとマシなものに仕上げる自信はある…(笑)。やらないけれど…。贋作作りには関心がないというか、クライスラー程度に笑いをとる心づもりなら面白そうだけれど、大真面目にやってこの程度ではちと酷い。
しかし、1950年頃までは多分モーツァルトの作だと信じられ、第6番のナンバリングまでされていたのだから恐れ入る。だからジャック・ティボーやクリスティアン・フェラスといった偉大なヴァイオリニストたちの録音まで存在するのだ。
フェラスの録音が良いとか聞いたことがあるけれど、私は2度とこの曲を聞かないと思う。贋作を作るなら、もうちょっと腕を上げてからやってほしいものだ。
しかし、名だたる学者まで騙したとは…。
全集ということで、録音した藤川真弓女史も気の毒な気がする。グリュミオーはステレオでの再録では6番と7番は外していたし、今日、モーツァルト全集にも収められていないこの作品を、今回興味本位で聞いてみたけれど、やはり時間の無駄だった…。残念な贋作でしたね。
ちなみに藤川真弓女史とワルター・ウェラーの指揮でのモーツァルト全集は、この曲の他は素晴らしい出来映えですよ。
この曲だって、最善をつくしておられます。プロフェッショナルの極みだと思う。

# by Schweizer_Musik | 2023-05-31 10:39 | CD試聴記
ナットのピアノ協奏曲
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作曲者 : NAT, Yves 1890-1956 仏
曲名  : ピアノ協奏曲 (1954)
演奏者 : イヴ・ナット(pf), ピエール・デルヴォー指揮 フランス国立放送管弦楽団
CD番号 : EMI/347826 2

イヴ・ナットのピアノ協奏曲の自作自演は、彼の作曲家としての仕事を知るために素晴らしい遺産だ。
造形美もだけれど、新古典主義的な響きはどこもアイデアに満ち、彼は他にどんな曲を書いたのだろうと、聞けないもどかしさと、わずかにこれだけでも残ったことへの感謝を表明するしかなさそうだ。
音は1954年11月4日のライブだけに、期待は出来ないけれど、鑑賞には差し支えない程度のものである。ライブ故の雑音は意外と少ない。シャンゼリゼ劇場での初演の模様のようだが、もう少し分離の良い音だったら…と思わなくもないが、やはりかけがえのない録音に違いない。
トッカータ風のパッセージの見事さはやはり特筆すべきだろう。更に、第2楽章のペーソスにあふれた表現は、彼がいかにメロディー・メーカーであったかを証明している。
デルヴォー指揮のフランス国立放送管弦楽団の演奏は全く申し分の無いもので、終演後の大きな拍手も当然と思う。
それにしても、彼のベートーヴェンのソナタをはじめ、シューマンやブラームスの録音など、モノラルというだけで忘れ去るにはあまりにもったいないことだ。

# by Schweizer_Musik | 2023-05-30 20:00 | CD試聴記
アラウの名盤!!、リストの超絶技巧練習曲
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作曲者 : LISZT, Franz 1811-1886 ハンガリー
曲名  : 超絶技巧練習曲 S.139 (1851/最終稿
演奏者 : クラウディオ・アラウ(pf)
CD番号 : PHILIPS/32CD-375(416 458-2)

1974年から1976年にかけてアムステルダム、コンセルトヘボウで録音された名盤で、今更私が語るまでもなく、音楽愛好家ならよくご存知の録音である。
私はLP時代から愛聴する録音であるけれど、これほどの名曲。たくさんの名演があり、古くはジョルジュ・シフラのいくつかの録音から、ホルヘ・ボレの美しい演奏、アリス=紗良・オットや、かつて夢中になったラザール・ベルマンの録音など、たくさんたくさんある。
更に、これの最初の版(凄まじい技巧の曲)の演奏(大井和郎の演奏を持っている)などなど、あげていけば切りが無い。
それでもこのアラウの演奏は、技巧を誇るのでは無く、ごく当たり前の音楽として聞かせる希有な演奏なのだ。これを聞いていると、とんでもない難しい技巧の曲という気がしない。弾けそうな気がしてくる(無論、私には全く歯が立たないけれど…笑)。
音楽に余裕があり、歌わせ方が実に自然なのだ。
録音も、素晴らしく、1970年代のフィリップスの録音のスタッフの素晴らしさに感謝しかない。ピアノの録音はこのように低音から高音まで余裕のある響きと豊かさで聞かせてほしいし、この録音はまさに理想的なのだ。
録音から思えば50年ほど経った。それでも全く色あせないのは、クラウディオ・アラウの包みこむような豊かで、広がりのある演奏とこのフィリップスの録音があってこそなのだ。まさに永遠の名盤である。

# by Schweizer_Musik | 2023-05-22 03:49 | CD試聴記