アンセルメの指揮する「戦争レクイエム」
作曲者 : BRITTEN, Benjamin 1913-1976 英
曲名  : 戦争レクイエム Op.66 (1960-61)
演奏者 : エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団, スイス・ロマンド放送合唱団, コレージュ・ヴィラモン少年合唱団(アンドレ・シャリエ合唱指揮), ヘザー・ハーパー(sop), ピーター・ピアーズ(ten), トマス・ヘムズリー(br)
CD番号 : CASCAVELLE/VEL 3125

この曲の録音はそう多くないと思うが、私の持っているもの(作曲者の自演、ケーゲル、ラトル、マズア、ヒコックス)の5つの演奏はいずれも大変素晴らしい演奏で、どれも充分すぎるほどの感動をおぼえた。この曲をやるということはもうそれ自体、名演を予感させるものなのではないだろうか?
今年のサイトウキネンで、小澤征爾氏がこの曲を演奏したそうなので、年末あたりにはCDが発売されるのではないだろうか?
世に意外な組み合わせはあるものだけれど、このアンセルメが振った戦争レクイエムには驚かされた。彼がこの曲も録音していたとは…。アンセルメが喜びそうな曲だと思い、どうして演奏しなかったのだろうと不思議に思っていたものだが、やはりあったのだ。寡聞にして、この録音の存在は全くしらなかった。
ケーゲルのように深い闇の中から呼びかけるような出だしと正反対の表現で、アンセルメは極めて直裁な始まり方をする。ミステリアスな雰囲気はここには皆無で、不条理に対する怒りに満ちている。
アンセルメの声楽作品の録音の多くがあまり良くない(フォーレの「レクイエム」など)ので、ブリテンのより一層手の込んだこの作品をアンセルメがどう捌くのかと心配したが、それは杞憂であった。スイスの合唱界の重鎮アンドレ・シャリエがみっちり指導した成果がここで聞くことができる。デッカの正規録音などで聞かれるピッチの悪さなどは微塵もない。
独唱者にブリテンの初演時の歌手であるピアーズが加わっていて、初演から五年経ってのスイスでの演奏にかけるアンセルメの意気込みが伝わってくる。
考えてみれば、デッカにはすでにブリテン自身による神懸かりの名演があったのだ。あれがあったためにこの曲の録音は長く行われなかった(と私は思っている…)。あれに比べられては、他の指揮者はたまったモノじゃない。ケーゲルや少しおくれてラトルたちがその壁を乗り越え、ヒコックスやマズアなどの名演を私たちは持つに至った。
だが、この曲の演奏の歴史というより録音の歴史は、良すぎる最初の録音があったがために敬遠され続けたというのが私の感想である。でも、演奏されなかったわけではなく、こういう名演が残されていたのである。
マズアの力強い演奏や、ケーゲルの深い幻想の世界とはまた全く異なる名演を私は手に入れることができたのだと聞き終えた今、思っている。
名作が、たった一つの解釈しか示されないのでは、やはりつまらない。作品を作ったブリテンの意図を最大限尊重しながらも、更に様々な解釈、表現の可能性が示されることによって、名曲は更に成長していくのだと思う。
私はその過程の、ごく初期のものに出会えたのだと思った。そしてそれは素晴らしい体験だった。合唱の発声が時折硬くなったりするけれど、全体としては満足いくものだった。ソプラノはガリーナではないけれど、アンドレ・プレヴィンが録音したヴォーン=ウィリアムズの「海の交響曲」で名唱を聞かせたヘーザ-・ハーパーが素晴らしい歌唱を聞かせている。
マズアやヒコックスなどの第3世代?の演奏に慣れた耳には、表現がまだ硬いように感じるところもあるけれど、この演奏をまとめあげた努力、精進は大変なものであったことであろう。(そう簡単な曲でないから!)
作品が作者の手を離れ、成長をし始めたその瞬間にこれを聞く者は立ち会うことになる。極めて貴重な記録なのだ。素晴らしい音楽に明日は先日届いたボージョレーを開けよう!!もちろん世界平和を願って、乾杯!である。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-21 22:54 | CD試聴記 | Trackback | Comments(0)
ルービンシュタインとアンセルメによるファリャの「スペインの庭の夜」
作曲者 : FALLA, Manuel de 1876-1946 スペイン
曲名  : 交響的印象「スペインの庭の夜」(1909-13)
演奏者 : アルトゥール・ルービンシュタイン(pf), エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団
CD番号 : CASCAVELLE/VEL 3134

1960年4月27日録音というこの演奏は、今年最大の出会いと言える。この素晴らしい名作の最高の演奏にようやく出会えたという気持ちで一杯である。
ルービンシュタインにはエンリケ・ホルダ指揮サンフランシスコ交響楽団と共演したステレオ盤があり、そちらの方がずっとシャープな演奏なのだが、このアンセルメの録音の方がずっとふくよかでファンタジーの奥深さがある。
録音はさすがにホルダ盤の方がスタジオでしっかり録音しているからずっと上だけれど、このアンセルメ盤は音楽的なふくらみ、天才的なリズムの処理に特徴がある。
これはちょっと興奮した。他に「讃歌」やドビュッシーの「イベリア」、ラヴェルの「スペイン狂詩曲」などが入っているが、これらについては他にもっと良い状態の演奏、録音があるので、特にこれでないとというほどのものではなかったが、この「スペインの庭の夜」に関しては感動!…だった。
大体、この曲はかなり追っかけの部類に入る。ざっと20種類近くの「スペインの庭の夜」を私は持っている。気に入っているものは、ゴンサロ・ソリアーノ(pf),ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮バリ音楽院管弦楽団(1963年1月パリ録音)、 イヴォンヌ・ロリオ(pf), マヌエル・ローゼンタール指揮 パリ・オペラ座管弦楽団(1959年録音)、マグリット・ウェーバー(pf), ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団(1966年)、あたりだろうか。アンセルメの録音もジャクリーン・ブランカール(pf)と録音した(1942年10月録音)という代物もあるが、オケに関しては録音が悪いのだけれど、とても良かった。ただピアノがノッペリしているのには閉口だったが…。
世評の高いアリシア・デ・ラローチャとブルゴスのロンドン盤は良いのだけれど、シャープすぎて私には夜の幻想からは遠く離れた感じであまり好んでは聞かない。古い録音ならばアルド・チッコリーニ(pf), エルネスト・ハルフテル指揮フランス国立放送管弦楽団(1953年12月18日録音)というのがあったけれど、これは若いチッコリーニのヴィルトゥーソぶりが清々しいし、ハルフテルの指揮がなんとも素晴らしいので時々聞く。後に再録音しているが、この水準の演奏はとうとう彼は記録できなかった。
もう一つ世評の高いハスキルとマルケヴィッチの録音は、ハスキルがもっと若ければ…と惜しまれる。私には万全の演奏とは思えない。ただ、ハスキルの示したこの音楽への愛情の深さがよく伝わってくる名演だったとは思うが、彼女のステレオ録音の多くは私はあまり好きではない。1955年頃がピークだったような気がしている。
こうして、この曲の私の名演として分類されるものの中に、このCASCAVELLE盤が加わることとなった。
iTunestoreでも購入が可能なようだ。私はHMVで買ったが、一度お試しあれ!!
# by Schweizer_Musik | 2009-11-21 21:43 | CD試聴記 | Trackback | Comments(0)
温故知新 Vol. 27 フルニエによるサン=サーンスのチェロ協奏曲第1番
作曲者 : SAINT-SAËNS, Camille 1835-1921 仏
曲名  : チェロ協奏曲 第1番 イ短調 Op.33 (1872)
演奏者 : ピエール・フルニエ(vc), ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団
ダウンロードはこちらからどうぞ

グラモフォン・レーベルにマルティノンと共演した名演があるので、この録音がEMIからCDとして復刻された時は、良い演奏がもう一つ増えたということで、とても嬉しく感じ、モノラルなのだけれど、なかなか良い状態なので、とてもよく聞いたものだ。
録音は1948年にしては、そしてEMIにしてはなかなか良いものだ。そして40代になったばかりのピエール・フルニエのチェロの水も滴る美しさⅠ!そしてレッグが作ったスーパー・オーケストラであるフィルハーモニア管弦楽団の颯爽とした共演ぶりは、後のグラモフォン盤の円熟した美しさに比べても決して存在意義を失っていない。
第2部Allegretto con motoの軽妙な表現は、この若いピエール・フルニエの魅力が一杯に詰まっているし、冒頭からどこをとっても颯爽としていて、かなりの骨太な表現にうっとりさせられる。
フルニエと言えば、繊細さや洒落た表現に長けていて、こうした力強さとは無縁と思われているが、確かにヤーノシュ・シュタルケルなどとは異なる個性であることは否めないが、優男のような思いこみはこの人の芸術を随分誤解していると思う。
強さはあるがそれは深いブレスで歌い込まれる柔らかなフレージング(変な日本語だⅠ!)にオブラートされて優しく聞こえるのかも知れない。
何度となく聞いたこの名演がパブリック・ドメインとして、多くの人が享受できる時代となったことを素直に喜びたい。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-21 21:08 | パブリック・ドメインの録音より | Trackback | Comments(0)
アンセルメの指揮するマルティヌーの交響曲第4番
作曲者 : MARTINŮ, Bohuslav Jan 1890-1959 チェコ→米
曲名  : 交響曲 第4番 H.305 (1945)
演奏者 : エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団
CD番号 : CASCAVELLE/VEL 3127

先日とりあげたばかりで、神奈川フィルで聞いたばかりて゛もあるのだが、今日CDが届いて聞いてみて、これはなかなかの名演と思ったのでとりあげることにした。
実は、同じCASCAVELLEレーベルで、昔この演奏は出ていた(CD番号 : VEL 2007)が、それはモノラルで音がこもり気味であまり良い印象を持っていなかったのだが、この録音はステレオで、録音年代(1967年3月15日録音とのこと)を考えれば、まずまず順当なクオリティーで満足できた。
アンセルメ好みの様式のこの作品は、彼の数多くの録音の中でも白眉とも言える出来映えで、正規録音がないので(どうしてデッカはこうも戦後作品に対して一部のイギリス作品を除いて冷淡なのだろうⅠ!残念だ…)このライブで乾きを癒すしかしかないのが現状である。
だが、このような素晴らしい録音が、スイス・ロマンドのアーカイブに眠っていたとはⅠ!以前に同レーベルで出たあの録音とは全くソースが違うらしい。どすれば、1960年代はじめの「フランチェスカのフレスコ」 (1955)や、「オーケストラのための寓話」H.367 (1957-58)といったマルティヌーのヨーロッパ時代の録音もぜひにと思うばかりである。
親交厚かったアンセルメと手兵スイス・ロマンド管弦楽団の演奏は絶妙だ。大変繊細で大きなオーケストラをこれほどにまでデリケートに扱えるものかと思うほどの素晴らしいスコアから、ライブとは思えない精緻を極めた世界を描き出している。
第3楽章のLargoの美しさ、瑞々しさはどうだろうⅠ!彼は五十才になってから、即ちアンセルメたちの援助によってナチの迫害を逃れてアメリカに渡ってから交響曲を書き始め、十年あまりの間に6曲の交響曲を残した。そのいずれもが傑作の名に値するものばかりで、最近はオネゲル、ショスタコーヴィチとならぶ二十世紀屈指の交響作家であったと思うようになっている。
良い録音があまりなく、評価も十分に高いとは言えないけれど、このアンセルメの録音を多くの人に聞いて頂き、知ってほしいと思って取り上げた次第である。
マルティヌーは私が生まれた翌年、バーゼル近郊のリースタールの病院で六十九年の生涯を終えている。偉大な作曲家だった…。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-21 18:05 | CD試聴記 | Trackback | Comments(0)
温故知新 Vol. 26 シベリウスの交響曲第7番
作曲者 : SIBELIUS, Jean 1865-1957 フィンランド
曲名  : 交響曲 第7番 Op.105 (1924)
演奏者 : ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団
ダウンロードはこちらからどうぞ

その昔、シベリウスなんて知らなかった高校生の時に、廉価盤で出ていたのを購入して初めて聞いたシベリウスがこれと第6番だった。有名な第2番や「フィンランディア」などはこの後に私は出会った。ハ長調と書かれてあるものもあるが、これがハ長調だという理由が全くわからず、終わりがハ長調であるというだけで、はじめからほとんどハ長調ではないのにも驚いたが、一番驚いたのはシベリウスがこの曲を最後に筆を折ったことであった。
それはシベリウス自身が当時の音楽の最先端から自分の音楽との距離を矛盾としてとらえていたことによるのではないか?と今は思っている。20世紀初頭の音楽の中心はすでにフランスはパリにあった。そこから徹底して無視されたことにも心痛めていたに違いないが、彼自身が自分を時代遅れになっていることを強く意識した結果ではないかとは思う。
ただの私の推測ではあるが、最近ブーレーズがシベリウスのスコアにあたってみたが興味をひくところはなかったと取り上げることはしなかったようだ。未だにフランス人にはシベリウスがわからないらしい。気の毒なシベリウス…。

この曲。スコアを読んで、私などはとても面白かったものだ。スコアを買ったのはもう30年以上も前のことだが、未だに憶えている。冒頭のちょっとずれたような弦のスケールは8分音符一個分遅れてコントラバスが音階を弾いているからで、ブルックナーの三番の交響曲の終楽章ででてくるやり方をシベリウスもやっていたことに驚いたものだ。
ティンパニのGの音一発のあとAからあがりDまではハ長調のスケールなのに最後でas mollの響きになり、BからFへと移りミステリアスな世界にさっと陽が射すように明るさをましていくとFのリディアによるフルートのメロディーがふわりと天から降ってくる。冒頭のわずか8小節の出来事である。
長いフレーズで北欧のブルックナーと言っても良いシベリウスだが、繊細で細やかな個性だったように思う。
だから、フランスやドイツで一向に評価されないことに耐えられなかったのかも…。気の毒なシベリウス…。

このカラヤンの演奏は1955年の録音でとうぜんモノラルである。私の持っていたLPは疑似ステレオ盤だったが、なかなかよく出来ていたと思う。この素晴らしい演奏でシベリウスを知ることが出来て、フランス人でなくて良かったとつくづく思う(笑)。そしてブーレーズと私は正反対の意見を持っていることにも誇りを感じている次第である。
この素晴らしい録音がパブリック・ドメインとなって聞けることは喜ばしいことである。ぜひ多くの方に聞いてもらいたいと思う。特に交響曲第2番や「フィンランディア」しか知らない人にはぜひ!!
# by Schweizer_Musik | 2009-11-20 02:35 | パブリック・ドメインの録音より | Trackback | Comments(0)
フランソワが弾くショパンのピアノ協奏曲第2番
作曲者 : CHOPIN, Frédéric François 1810-1849 ポーランド
曲名  : ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 Op.21 (1829-30)
演奏者 : サンソン・フランソワ(pf), パウル・クレツキ指揮 フランス国立放送管弦楽団
CD番号 : EMI/CZS 7 62951 2

サンソン・フランソワにはルイ・フレモー指揮モンテ・カルロ国立歌劇場管弦楽団と共演したステレオ盤がある。大体フランソワのショパンの協奏曲と言えばそちらが一般的だが、この旧盤も捨てがたいところがある。
この演奏は1958年6月23,24日パリ、サル・ワグラム録音で、もうステレオで録音されていても良い頃のことである。EMIがステレオ録音導入に遅れたことは、大きな判断ミスであったが、そのおかげでこうした珠玉の演奏がモノラルということであまり注目されることなく、忘れられてしまうことになったのは残念なことだ。
CD時代になって再発されたことを知って、すぐに買ったセットにこの演奏が入っていた。ステレオ盤のやる気のなさそうなフランソワの演奏に対して、この雄弁なことといったら…。
今日ではあまり使われないカット版で(新盤はカットなし…)ある。フランソワも指揮者のクレツキも作曲をする人なので、このあたりをどう判断していたのか聞きたいところではあるが、当時としてはカット版も一般的だったので、特に不思議はないと言われればそれまで…ではある。
生気の漲るショパンである。なんといっても流れがとても良い。後にクスリに手を出し、身体をボロボロにしてしまった頃のフランソワの演奏からは想像すらできない活き活きとしたショパンが紡ぎ出されている。
実は同時に録音されたシューマンの協奏曲は目を見張るばかりの名演で、あのリパッティの名演とともに双璧となっている。
ステレオならルプーをまず第1にあげるが、モノラルならば条件の悪いリパッティに心を残しながらも、フランソワ/クレツキ盤が第1にあげるべき名盤だと思っている。
後にスイス人となるクレツキのこれは名演だ。ショパンもシューマンも素晴らしい献身ぶりで、フランスのオケから骨太の響きを導き出していて、なかなか良い鳴りっぷりである。モノラル最後の頃の録音で状態も当然ながら良いし、手に入るならぜひお聞きになることをお薦めしたいものだ。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-20 01:37 | CD試聴記 | Trackback | Comments(2)
温故知新 Vol. 25 バルヒェット四重奏団のモーツァルトの弦楽五重奏曲第5番
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : 弦楽五重奏曲 第5番 ニ長調 K.593 (1790)
演奏者 : バルヒェット四重奏団【ラインホルト・バルヒェット(vn), ヴィル・ぺー(vn), ヘルマン・ヒルシュフェルダー(va), ヘルムート・ライマン(vc)】エミール・ケシンガー(va)
CD番号 : DENON/COCQ84716

つい先日手に入れたばかりのこのCD。聞くのにかなりイコライジングしないと聞けたものでないのは困ったもので、とりあげるのは止めていたのだが、驚いたことにはこちらでダウンロードできてしまうらしい。確かに1952年録音で発売もその頃なので、すでにパブリック・ドメインとなっているのは間違いないのだが、これにより古い録音でまだ貴重なものが眠っているはずなのに、その発掘への投資が薄れてしまわないか心配する。
ただ、この演奏のCD化に対しては、あまりに粗雑な復刻で、こういういい加減なレーベルにDENONがなってしまったのかと、大変残念に思ったことも事実である。
というわけで、CD試聴記としてとりあげるが、イコライジングで高域をかなり落として聞いていることを前提としてご理解頂きたい。

まるで室内楽編成で書かれた交響曲である。モーツァルトは五重奏を精密なオーケストラと考えていたに違いない。
第1楽章には長大な序奏がおかれ、コーダでもくり返されるが、主部はアレグロの本格的なソナタ形式で書かれ、展開は多分にポリフォニックな技法が使われている点は、晩年のモーツァルトのスタイルをよく表している。
第4楽章にはK551(ジュピターシンフォニー)の終楽章の動機が、フガートによる展開の中で聞かれるので、おやっと思う人もいるだろうが、そうした些細なことはともかく、この作品が充実したモーツァルト後期の傑作であることには違いないのだ。(この楽章には2つの版が存在するが、このバルヒェット四重奏団の演奏は改訂版の方で、今日ではオリジナルの方を演奏することが多い)
この曲も含めて、モーツァルトの室内楽はどれも好きなので、よく聞くけれど、五重奏曲と言えば大体はト短調の第4番ばかりがとりあげられて、晩年にハイドンの楽団にいたこともある商人のトストのための書いたと伝えられるこの作品などはあまり人気がない。残念なことだ。
モーツァルトはかなり慎重にこの作品を書いている。それは、この曲を作るために随分たくさんのスケッチを行い、破棄されたものもずいぶんあることからもわかる。
天才モーツァルトにして慎重に力を注いだこの作品は、後期のモーツァルトの幾多の傑作群の列に加えるべき名作だと思う。
アマデウス四重奏団(セシル・アロノヴィッツが第2ヴィオラとして加わっている)のやトランプターが加わったブダペスト四重奏団のもの、あるいはスメタナ四重奏団のもの、更にはグリュミオーがスイスの弦楽器奏者たちと録音したフィリップス盤、古いグリラー四重奏団のものなど私は愛聴して来たが、このバルヒェット四重奏団のものも復刻がもっと良ければそれらの列に加えられる極めて優れたものと考える。
この作品の第2楽章を聞いてみると良い。まるでベートーヴェンの後期の四重奏曲の緩徐楽章のような音楽ではないか?よく聞けばモーツァルト
それまでの色々な名作の動機やそのエコーが聞こえてきて、にやりとする方もおられるだろう。
そうした点からも、ちょっとモーツァルト好きの詳しい方に向く作品とも言えなくもない。キリキリと細身のきつい音に慣れた現代の聞き手には、このような幅広の音色は緩い感じがするかも知れないが、私はそんなにみんな厳しい音でモーツァルトをやらなくてもいいのにと思っているので、これで充分というか、こういう演奏の方が好ましく感じる。
いずれにせよ、もっと多くの方に聞いて頂きたい演奏なのだが、返す返すも復刻が悪いのには残念なことだった。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-19 14:32 | CD試聴記 | Trackback | Comments(0)
シューベルトの未完成
作曲者 : SCHUBERT, Franz Peter 1797-1828 オーストリア
曲名  : 交響曲 第7(8)番 ロ短調「未完成」D.759 (1822)
演奏者 : アンドレ・クリュイタンス指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
CD番号 : TESTAMENT/SBT 1182

KAYOさんのコメントを読んで、ちょっと聞き始めたつもりが、結局全部聞いてしまい、朝の忙しい(はずの)準備がかなりノンビリしたムードになってしまった。
しかし、なんて良い曲なのだろう。もうこんな通俗名曲は卒業したよなどと仰せの方に、無理に勧める気はないが、「一人で偉くなった気になっていたら、本当に美味しい果実を逃してしまいますよ」と小声で囁くぐらいはお許しいただくことにしたい。
クリュイタンスのこの演奏、ホント、どうしてみんな褒めないのだろう。この曲の演奏と言えばもっぱらブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルの演奏が第1番にあがる。もちろんブルーノ・ワルターの演奏も素晴らしいので、それが良いということに異論は全くないのだが、大名曲だけに結構たくさんの名演があり、その中でもこのクリュイタンス盤は最高級のものの一つだと思うのだ。
実際、これほど品位とロマンがバランスされた演奏というのは、そう多くない。歌いすぎればバラバラになるし、シンフォニックにやり過ぎれば曲の面白さ半減と、難しい曲だと思う。
あのフルトヴェングラーは特に難しい曲としてこの曲をよく例に出して語っていたとか…(あやふやな記憶で書いていますので、あまり信用しないで…)。
1960年の録音だから、まだフルトヴェングラー時代の奏者が残っている中、コンマスには新しい世代の人も座り、少しずつオケの音色が変わっていく頃、まさに一期一会の演奏だと思う。第2楽章の木管の響き、ピアニッシモのヴァイオリンのデリカシーのある表現などに、ああ昔は良かったななどと、年寄りじみた感想を持ってしまった。
どことなく朴訥な表現で、今日の方がずっとスマートに上手いだろうけれど、味わいの濃さというよりも繊細さははるかにこのテープ・ノイズだらけの演奏の方が上だ。
これはもう無理だろう。ブルーノ・ワルターのニューヨーク・フィルとの演奏もそうだが、旧世代のこうした演奏をもう聞くことは出来ないと諦め気分である。シュナイトさんが元気であれば…。そんな無いものねだりをしてももう始まらない…悲しいことだが…。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-18 08:06 | CD試聴記 | Trackback | Comments(4)
花は舞う
火曜の朝は大体暇で、私の作曲タイムとなる。今日も時間つぶしに一曲書いてみた。昔から日本風のペンタトニックの分散和音で一曲書いてみたいと思っていたのを、今日叶えたというか。
曲名は「花は舞う」である。桜の季節が待ち遠しい冬。 今日の冷たい雨の景色を見ながら、幻想の中で花見をしてみた気分である。
置き場所はいつものこちらのNEWというフォルダに flower danceという名前で置いてある。たった1分の短い、そして簡単な曲で、構えて聞くと肩すかしだ。でも私はこれが結構気に入っている。

さて、書き終わってからこれがある作曲家の大名曲に似ていることに気がついた。着想の仕方であるが、おわかりになるだろうか?私は作っている時は全くそのことに気がつかなかった。書き終えて、出来に満足したところで気がついた。似ていると言ってもモードを使っているので、気がつきにくいとも言えるだろう。
昔、淀川長治さんにある台本作家が「駅馬車」と「グランドホテル」の設定が似ているという話をしたところ、「そんなことを言い立てて偉くなった気になっていては駄目。あなたは良い本(脚本)を書くのが仕事です」とたしなめたというか、諭したというか、そんな話を聞いたことがある。伝聞なので、不正確な話で申し訳ないが、さすがだなぁと思ったことは事実である。
大体、音楽で良いものかどうかよりも何かに似ているということを言い立てることがあまりに多すぎるように思うのだ。もちろん著作権を侵して良いというのではない。が、少し似ている、似通った表現をしていることを大きく言い立てることで、何か良いことがあるのだろうか?
学生が書いた作品を、同じ学生が何かに似ていると言って「パクリ」呼ばわりをするのは悪しき習わしであるように思う。
オリジナリティだけを追求するのだったら、皆、調性音楽など書いてはならない。どう書いても似た音楽があるからだ。似てないものと信じて書いても、それは当人が似た曲を知らなかっただけのことが多い。似ていることを指摘された方はその曲を作るのを、あるいは公開するのを断念すべきと言わんばかりで、指摘する方は裁判官か何かになったみたいに権威をふるう。
この構図から何が生まれるのか?
私は、作為的に盗用して作品をごまかしてでっち上げるなどというのは論外だが、もっと社会がオリジナリティというものにまじめに向き合ってほしいと願うばかりだ。でなければ、前衛音楽ばかりで世の中は埋め尽くされることに(そんなまさか…)。似ていることを指摘して威張るのは、大変下品なことだと私は思う。
さて、そんなどうでも良いことをくだくだ書き立てたけれど、この曲、誰の曲に似ているでしょうか?聞いてみてくださいな…。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-17 22:26 | 新曲出来ました | Trackback | Comments(0)
ハイティンク指揮ロンドン響によるベートーヴェンの第二番
作曲者 : BEETHOVEN, Ludwig van 1770-1827 独
曲名  : 交響曲 第2番 ニ長調 Op.36 (1801-02)
演奏者 : ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン交響楽団
CD番号 : LSO0598

「田園」を聞いてこれを聞くとなんとなくハイティンクが古楽器の演奏を自らのスタイルに取り入れようとしているのではないかという気がしてきた。間違っているかも知れないが、ティンパニの鳴らし方などは旧盤と全く異なるし、テンポも全体に速めで、フレージングもたっぷりとっていた旧盤よりも短くしている。その為に少しテンポアップしているのだが、それはどこかで聞いた感じだなと思っていたのだが、それはジンマンとチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の全集に少し似た感じだということに気がついた。
それでこの二番を聞いていて、その思いを強くしたのである。
ロンドン交響楽団のアンサンブルは素晴らしいもので、ハイティンクを指揮者に迎え、全力で演奏しているのもよくわかる。そして旧盤と同じ解釈ではなく、新しい表現への意欲がハイティンクの中にもあるようだ。
意欲、情熱、そしてたゆまない努力。いや大した人だ…。
この演奏はそうした新しいハイティンクのスタイルで成功したものではないだろうか。バービカン・センターで録音したものと思うが、コンセルトヘボウよりも残響が薄く、生々しい録音で迫真の演奏を聞かせる。
第2楽章のカンタービレにハイティンクのロマンチシズムがよく現れているが、それもずいぶんテンポアップしていて、とてもよく流れる。LarghettoというよりAndanteかAndantinoであろう。ベートーヴェンの時代のLarghettoが速めだったのかどうかは知らないけれど、歳をとって、テンポアップさせたミシェル・コルボなどとちょっと似ているなと思ったりしてみた。
スケルツォはやや腰高な気がして落ち着かなかったけれど、終楽章は天下の大名演だと思った。颯爽としていて覇気が溢れている。若いベートーヴェンのエネルギーが迸る、そんな演奏だ。ここにはハイリゲンシュタットの遺書の絶望感の片鱗すらない。いやそれで良いのだと思う。この曲はそういう若いベートーヴェンの力に溢れた世界にこそ生きている曲だと私も考えるからである。
2400円でずいぶん楽しませて頂いている。次は8番でも聞こうか…。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-17 08:39 | CD試聴記 | Trackback | Comments(0)
プレガルディエンの歌による室内楽版の「冬の旅」
作曲者 : SCHUBERT, Franz Peter 1797-1828 オーストリア
曲名  : 歌曲集「冬の旅」D.911 (1827) (W.ミュラー詩) (N.フォーゲット編曲)
演奏者 : クリストフ・プレガルディエン(ten), ヨセフ・ペトリク(accordion), ペンタエドレ
このアルバムは こちら

フォーゲットの編曲による室内楽版の「冬の旅」である。ツェンダー版など色々と編曲版が存在するが、これはアコーディオンと管楽器が伴奏するもので、それなりに創意が伝わる興味深いものとなっている。
この録音の「売り」はなんといってもクリストフ・プレガルディエンの歌であろう。なんと良い声、歌なのだろう。雄弁な編曲にまけることなく、歌が大きな存在感を示しているが、多くの編曲版で伴奏の雄弁さに歌が埋没してしまう傾向がある中で、この存在感は素晴らしいと思う。
ハイペリオンの全集の中でいくつかを私も所持しているが、彼の歌ったものはどれも素晴らしいもので、こうした色物で話題を作らなくてはならないものでは決してない本格的な歌手である。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが引退し、ヘルマン・プライが亡くなり、ジェラール・スゼー、エルンスト・ヘフリガーも…。彼らによってシューベルトの歌曲の世界を知ることができた私は、新しい世代のプレガルティエンやマティアス・ゲルネといった次の世代も気がつけば大家となっていたことに、ようやく気づいたという体たらくである。
シューベルトの歌曲も、そろそろ新しい世代の録音に切り替えていこうかと本気で考え始めているこの頃であるだけに、久しぶりにこの録音を聞いて、大いにその気になってしまった。
「郵便馬車」のポスト・ホルン風の出だしに、ベタなアレンジにちょっと笑ってしまったけれど、これ以外に考えられないよなぁと思ったりした。他、「宿屋」などでハミングが入っていたりして、ちょっと他のアレンジではない雰囲気の良さに心動かされた。
またミュラーの原作の詩の順番に入れ替えられていて、はじめ聞いたときはちょっとビックリしたけれど、聞いていてこれも悪くないなと思う。
冬らしい窓の外の景色を眺めながら、さすらいの孤独を思うのも良いものである。お薦め!!
# by Schweizer_Musik | 2009-11-17 07:35 | ナクソスのHPで聞いた録音 | Trackback | Comments(0)
ハイティンクのベートーヴェンの交響曲全集より「田園」
作曲者 : BEETHOVEN, Ludwig van 1770-1827 独
曲名  : 交響曲 第6番 ヘ長調「田園」Op.68 (1807-08)
演奏者 : ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン交響楽団
CD番号 : LSO0598

iTune−Storeで、この全集がわずか2400円で出ていたので即購入。まさに衝動買いそのものであったが、まあまあ良い買い物だったと思う。
大体、いくつベートーヴェンの交響曲全集を持っているのかと言われると、もう穴があったら入りたいほどで、まだ買うのかと言われると返す言葉を私は持っていない。
ハイティンクの全集にしても1980年代後半にフィリップスに録音した全集はすでに持っているわけだから、ロンドン交響楽団との全集まで買う必要はなかったのかも知れないが、それなりに満足。(と言っても全部聞いたわけでなく、この田園のみだが…)
数えれば50セットではきかない数の全集のほとんどがこの「田園」を聞いてから、気に入ったら他の曲を聞くという手順で聞いてきた。この曲は私のベートーヴェン演奏の基準であり、これがつまらないものは他も大体つまらないというように思っている。そしてそれは大体当たっているように思う。
さて、この「田園」、テンポは少し速めで、やや前のめりに聞こえる。特に第1楽章はAllegro non troppoであり、ただのAllegroやAllegro con brioではないのだ。
クリュイタンスの名演は見事なテンポで演奏していたが、ハイティンクの旧盤となるコンセルトヘボウ管との録音もほぼ同じテンポで見事なプロヴォーションだったが、このロンドン交響楽団はわずかに速い。これがこの演奏の好悪をわかつところだが、私には許容範囲ギリギリという感じであった。
第2楽章も旧盤よりも速いテンポでちょっと驚いた。表現は落ち着いているので、速めのテンポで一杯色々なことを語っている感じ。クリュイタンスなどよりも随分速いテンポに感じる。ポール・パレーほどではないにしても、このテンポはちょっと私には物足りない。
だが、一番旧盤から変わったのは3楽章だろう。このスケルツォ楽章をコンセルトヘボウ管とハイティンクはゆったりとしたレントラー(田舎)風の舞曲として演奏していたが、このロンドン交響楽団との演奏ではスケルツォとしての純音楽的な解釈が支配的だ。
第4楽章の「雷雨」は旧盤とほぼ解釈が同じだが、テンポが速く聞こえる。ティンパニーなどの響きはロンドン響の方がやたらと近接していて生々しいが、トータルでは例のコンバスとチェロの5連符と4連符の低音のうなりは、旧盤の方がずっと正確で音楽的に納得のいくものである。(この部分をうまく聞かせてくれる録音が意外となく、ハイティンクの旧盤はこの楽章に関しては未だにこれを超えるものはない。
録音は妙に生々しいのに、この部分はうまく聞こえないというのはどうしたことか…。
終楽章は大変感動的で、次第に盛り上がっていくあたりはちょっと胸にジーンとくる。ここは旧盤と同じ感動がある。というわけで、旧盤にはやや及ばないというのが結論だが、その辺の凡演に比べれば、さすがに巨匠の作り出す音楽は次元゛か違うというのが私のこれへの評価だ。
準推薦というところだろうか。2400円なら安いⅠ!CD(AMAZONなど)では8000円以上するようなので、買っても損はないと思うが、ハイティンクの旧盤を持っているのなら、別に買わなくても良いかな…。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-16 23:04 | CD試聴記 | Trackback | Comments(2)
ハイティンクとシカゴ交響楽団のマーラーの「悲劇的」
作曲者 : MAHLER, Gustav 1860-1911 オーストリア
曲名  : 交響曲 第6番 イ短調「悲劇的」(1903-04/06改訂)
演奏者 : ベルナルト・ハイティンク指揮 シカゴ交響楽団
このアルバムは こちら

一日、よく働いた…。今日はこのくらいでと思って横になったら、1時間以上も気を失っていたようで…。少し薄暗くなっていた。つるべ落としは秋の話で、世間はもうすっかり冬なのだから当然と言えば当然…なのだろう。
で、コーヒーを飲んで頭をすっきりさせて、残ったスコアの整理をしたり、ミスをチェックしたりしてちょっと過ごしていたら、もう辺りは真っ暗に…。季節の移り変わりを実感したところである。

さて、シカゴ交響楽団の自主レーベルがナクソスに参戦した…。ああ、もうずいぶん買っているので、ちょっと残念なような…(笑→贅沢な奴Ⅰ!)
シカゴ交響楽団のシェフに就任した直後の?(だったかな…)マーラーの第3番の交響曲が圧倒的だっただけに、これにも期待したものの、ちょっと肩すかしだった。ハイティンクもずいぶん角がとれてしまったなぁというのがこの演奏を聞いた印象だ。コンセルトヘボウ管との最初の全集の圧倒的な名演からすると、きれいな音楽だと思うが、ちょっと平板に聞こえてしまった。テンポもずいぶん遅くなっている。冒頭のアクセントの効かない歌い回しはそれでも恐ろしく息の長いフレージングの中で大きな起伏を生み、確かにハイティンクだなと実感はさせるが、奥ゆかしい佇まいで、これはこの曲の世界とはちょっと違うようにも感じたのである。
激烈なパッションが、引き裂かれた精神世界で爆発する…という世界からは調和した、しごくまとまった世界に彼は安住しているかのようだ。
巨匠だけにこれも許されるのかも知れないし、私は彼の業績を勘案し、これはこれで認めるが、この演奏を第1に聞こうとは思わない。
もっと生々しい「悲劇的」で聞き込んでしまっている私には、刺激が足りなかったようだ。美しい「悲劇的」をご希望の向きには良いだろう。
シカゴ交響楽団はいつもながら上手いものである。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-16 18:51 | ナクソスのHPで聞いた録音 | Trackback | Comments(0)
今朝は…
以前作ったピアノの小品などをまとめて組曲にしたところ、完成と思っていたものが意外にいい加減な書き方で終わらせていたことに気づき、夕べはその手直しをしていた。
で、今朝、その続きをやり始めたら、もう大改訂のオンパレードとなってしまい、ブルックナーの気持ちが少し理解できた気分である。
一年経つとピアノの小品がかなり出来てしまう。こういう小品を書いていると、頭がすっきりするので(多分私だけ…)煮詰まってしまった時や、頭の体操が必要な時に行うことにしている。おかげで10数曲が出来ていて、そこからタイトルを付け替えたりして組曲にまとめるのが11月頃の仕事?になっている。
今年は5曲セットである。簡単な曲なのでコンサート用とは言えないけれど、ちょっとしたサロン・コンサートには良いかもしれない。
敬愛する津田さんに差し上げることにした。
しかし、ほんの三ヶ月ほど前に気軽に書いた作品がその間に自分の中で更にこうしたい、ああしたいと欲求が出てきているのには驚いた。改訂はいつまでも止まないので、この辺りで一区切りつけておこうと思う。
そろそろ昼だ。朝食はいつものキャベツと林檎一個だったので、お昼は少し…さあ何を食べようか?
# by Schweizer_Musik | 2009-11-16 11:48 | 日々の出来事 | Trackback | Comments(0)
ジークを一曲いかが?
先日作りかけて、そのままになっていたのを昨日思い出し、先ほどちょっと長い昼寝から起き出して仕上げた。ジークという名前は仮のもの。もっと柔らかなレース編みの飾りのようなイメージなのだが、こうした即物的なタイトルにとりあえずして公開(一週間)します。
いつものところのNEWというフォルダの中にGigaというタイトルで入っているので、聞いてみたいという方はどうぞ。
とても良い頭の体操だった…。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-15 19:02 | 新曲出来ました | Trackback | Comments(0)
菜飯…
昨年、作った曲がピティナの2010年度のピアノステップの課題曲に採用されたそうだ。私にお金が入るのかどうかは知らないが、本になるのではなく、楽譜をダウンロードする方法で頒布するそうである。大してお金にはなりそうもないようだが、まっ、そんな目的で書いているわけでもないので、どうでも良いことだ。
とりあえず、ブログに置いてあった楽譜はそれがあるので削除(まさか使われるなどとは思ってなかったので…)した。
この前の白菜の浅漬けが好評だったので、続いて簡単な菜飯を紹介しよう。料理とはとても言えないほど簡単なもの。
大根でも良いのだが、私は蕪菁(かぶ)を葉の部分も根の部分も一緒に、細かく切って。ビニールの袋へ。塩を一つまみ入れて軽くもんで冷蔵庫へ。30分もしない内に出来上がり。
お皿にこれを適量出して、ごま油を少々と醤油をかけて、ご飯の上にのせてかき混ぜれば出来上がりⅠ!である。
簡単過ぎて、料理とは言えないものだが、美味いのだ…。
江戸時代に菜飯屋というのがあったそうで、庶民が食べる代表的なものだったという。それは多分こんなものだったのではと再現してみた代物である。
食べ過ぎないようにしないと、すぐにお代わりをしてしまいそうなので、私のような者には注意を要する。
今日は、レシュティと赤ワインでお昼を頂いたため、今までお昼寝タイムであったが、朝は菜飯にした。一日一食は菜飯である。蕪菁が美味しい季節となった…。

昔は外で美味しいものを食べるのが普通だったけれど、今は家でこうして家庭的なものを楽しむのが私の楽しみとなっている。セレブ…は食材にこだわり、更に美味しいレストランで贅を尽くしたものを食すのだろうが、それも良いと思うが、私にはこちらの方がずっと心が豊かに感じられる。それにお金がかからぬ…。私のような貧乏人にはピッタリの生き方だと考えているところである(笑)。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-15 16:16 | 今日作った料理 | Trackback | Comments(11)
温故知新 Vol. 24 リパッティのモーツァルトのイ短調ソナタ
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310/300d (1778)
演奏者 : ディヌ・リパッティ(pf)
ダウンロードはこちらからどうぞ

ディヌ・リパッティが悪性リンパ腫を発病したのは定かではないが、1943年の後半ではないかと想像している。ブカレストからストックホルムなどの演奏会を経て、スイスへと向かった彼は、ジュネーヴに住むこととなったのは、戦争のせいでもあるが、ここで病みついてしまったことが大きな原因であったようだ。
以後、この発熱の原因がわかるまで長い時間がかかり、そして彼の命を結局奪ってしまうこととなる(直接の死因は敗血症だそうである)。やはりわずか33才での死は、なんとしても早すぎる。もう少し彼が長生きしていたら、バッハの平均率クラヴィーア曲集全曲やワルトシュタイン・ソナタ、バルトークの二台のピアノと打楽器のためのソナタなどが録音されたに違いないのだ。それが適わなかったのは、実に残念なことである。
このモーツァルトのソナタは、彼の死の年、コーチゾンという当時の新薬が一時的に彼に小康状態をもたらした時に録音されたものだ。その時、彼の主治医のデュボア・フリュエール医師がプロデューサーのレッグに「リパッティが小康状態を取り戻している。録音には好機である。」と電報を打ったのである。そして、急遽、カザルス音楽祭の録音に向かおうとしていたスタッフなどを集めて機材とともにジュネーヴにEMIのスタッフが集まったのである。
そして、ラジオ局のスタジオをおさえ(その為に番組編成を変更したと言われている)スタインウェイを二台いれて準備万端整えたのが7月のはじめだった。そしていくつか録音された中の一つがこのモーツァルトである。7月1日から12日まで続いた録音は朝から始まり、お昼を摂ってから休憩にはいり、18時半頃から再開し深夜になることもあったという。
彼はこの録音の時は絶好調だったそうで、レッグが疲れるから夜の録音は止めようと言ったところ、ぜひやりたいと譲らず、その結果バッハのコラールの編曲ものなどが残されたのだった。このモーツァルトはバッハのパルティータ第1番などとともに録音されたものである。(こちら)
録音が古いし、レッグの録音の多くは音楽的には素晴らしいものの、録音が今ひとつというものが多いが、残念ながらこのディヌ・リパッティの録音もその傾向が強い。それにしても、彼はスイスに住むようになってから、かなり精力的な演奏活動をしているのに、残された録音が限定的なのは実に残念なことである。
私は彼の録音の多分全てを持っているけれど、その最初はショパンのワルツ集とシューマンとグリーグの協奏曲だったが、それから憑かれたように集めまくったものだ(と言ってもLPで10枚ほど…それだけしか残っていないのだ)。
古い録音ゆえ、良くない演奏という人もいるし、平凡な演奏だとけなす人もいる。好き好きなので反論などしないが、私にはかけがえのないものばかりなのである。
この録音の後、ルツェルン音楽祭に出演しモーツァルトの協奏曲をカラヤンと演奏しているが、あれはアマチュアが録音したものを後にEMIが買って商品化したもので、EMIがもっと録音に積極的だったらと悔やまれる。カラヤンの録音はどれも良いものが多いのに、これだけ酷いのはそのせいである。
ともかく多くの人に聞いてもらいたい録音である。
もし気に入らなかったら?ごめんなさいね。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-14 22:38 | パブリック・ドメインの録音より | Trackback | Comments(10)
第258回定期演奏会
前回に続いて定演に行ってきた。今日は長原幸太氏がコンサート・マスターであった。いつも天才石田のコンマスに慣れている私としては、やや残念であったが、なかなかの才能の持ち主と聞いた。ただ、客演のコンマスでは石田のレベルにはとてもいかず、前半はいつもの神奈川フィルのクオリティには至らず…少々残念。それは指揮のマルティン・トゥルノフスキーのせいとも言い切れない、どこかピントが合っていないような…なんともよくわからない感じだった。
というわけで、前半のウェーバーの「オベロン」序曲、そしてフランシス・グトンのソロによるドヴォルザークのチェロ協奏曲は退屈してしまい、私は幽体離脱をくり返していた…(笑)。(何故不満だったかわからないのは、このせいとも言える)
ただ、私の今日のお目当てというか、このコンサートに行こうと思ったのは後半のマルティヌーの交響曲第4番であった。そしてそれは充分に満足させられた。
全4楽章を高い集中力で聞かせたそれは、さすが神奈川フィルである。若いコンマスもよくやっていたが、これからもっと経験を積んで、美しい音、アンサンブルへがんばっていってもらいたいと思う。確か、大フィルの若き首席コンマスとして名前は知っていた。
帰って、マルティヌーの交響曲第4番を聞き返し、こんな面白い曲だとはCDをたった二枚しかもっていない私は、知らなかった。まだまだ不勉強な私である。さて、午後をこれに使ってしまったのだから、ちょっと今から仕事…である。忙しい日々が続く…。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-14 18:58 | 神奈川フィルを聞く | Trackback | Comments(1)
エーデル四重奏団によるモーツァルトの弦楽四重奏曲 第19番
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : 弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 K.465「不協和音」(1785)
演奏者 : エーデル四重奏団【イェノス・セルメッチ(vn), ペーター・ゼッツ(vn), スンドール・パッブ(va), ジョルギ・エーデル(vc)】
このアルバムは こちら

このエーデル四重奏団は、ナクソスにあるのは知っていたけれど、聞いたことがなかった。今、授業は弦楽四重奏が終わって、コンバスを使うところに入ったところ。ということで、バス付きとバスなしの響きの違いをどう説明しようかと色々と画策していて、この音源に当たった次第である。
もちろん、この曲のCDなら何種類も持っている。イタリア弦楽四重奏団の演奏がお気に入り゛てはあるが、古いアマデウス四重奏団のウェストミンスター盤なども結構気に入っている。他にタカーチ四重奏団やちょっと古いが厳本真理弦楽四重奏団のものも良かった…。懐古趣味が昂じてレナー四重奏団のものなどもあるが、やはり鑑賞には若干努力が必要なので、買って一度聞いてから、そのまま棚の中…である。
ちなみに、不協和音などという即物的な名前は、この曲の冒頭の序奏からついた名前だ。確かに写譜ミスと思われたほど大胆な和音の連結で、和声法でいう対斜のオン・パレードである。但し二度の不協和は偶発的に出てくるけれど、現代の耳に慣れた私には特に驚くほどではないのだけれど、当時の人たちには驚愕的な響きの斬新さであったに違いない。
その楽譜をついでに載せておこう。二段に直してある(自分用のファイルの中からなので、写譜ミスはご容赦をⅠ!)

1973年にエヴィアンのコンクールで優勝したというエーデル四重奏団(なんと高貴という名前でなかなか良いなと思っていたら、どうもチェロの名前がエーデルさんなので、そちらから付けた名前なのだろうと想像している)はなかなか良い演奏を繰り広げていて、このハイドン・セット(モーツァルトがハイドンに捧げた6曲のセット)の最後をかざる名作に相応しいものと思った。
とは言え、私はイタリア四重奏団の明るい音で聞くのが好きだ。音が少し曇ったような録音もフィリップスのライブ感一杯の素晴らしい録音の前には少々分が悪い。だがこれがナクソス・ミュージック・ライブラリーで聞くことができるし、買っても1000円少々なのだから、高いとは決して思わない。良い演奏である。
更にこれにはザルツブルクシンフォニーという名前もついている3曲の魅力的なディヴェルティメントK136〜138が収められている。これもなかなかの演奏でとてもよい。(個人的にはアカデミー室内アンサンブルによるフィリップス盤が好きなのだけれど…)お薦めするのに躊躇はない。一度お試しあれ。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-14 08:47 | ナクソスのHPで聞いた録音 | Trackback | Comments(0)
シマノフスキのヴァイオリン協奏曲第1番
作曲者 : SZYMANOWSKI, Karol 1882-1937 ポーランド
曲名  : ヴァイオリン協奏曲 第1番 Op.35 (1916)
演奏者 : アラベラ・美歩・シュタインバッハー(vn), マレク・ヤノフスキ指揮 ベルリン放送交響楽団
このアルバムは こちら

このところ、妙に忙しいので、ゆっくりしていられない。まっ、年末に行くことになっていた香港がいきなり中止となったので、少し空いたので、なんとかやれているが、結構大変な日々を送っている。
明日は神奈川フィルのコンサートがあるので、午前中のレッスンを早めに切り上げて出かけなくてはならない。
そんなことはともかく、この演奏は大変気に入った。ドイツ出身の本格派の女流ということで、アンネ=ゾフィー・ムターやシュザンネ・ラウテンバッヒャーなどを思い出しては、比べてみたけれど、彼らとは全く違うのは当然のことで、これはなかなかの演奏である。
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の来日公演でのソリストに選ばれたのも当然だろう。テンポもフレージングもアーティキュレーションも全く奇を衒わない、見事なまでの正攻法で迫ってくるのは大変気持ちが良い。
ただそうしたところはドヴォルザークでは少しマイナスに働く。曲が曲だけに少し刺激が足りない感じで、少し香辛料を効かせてもいいのではと思ったりした。が、このシマノフスキ円熟の傑作では、そもそもアクの強い曲だけにピタリとはまっているように思われる。
先日、イリア・カレルの素晴らしい演奏を、名匠アントニ・ヴィトの指揮で聞いたばかりだったけれど、この演奏も大変気に入った。ヤノフスキが凡庸な指揮者と揶揄した友人が居たけれど、その彼もこの演奏を聞いたら自らの発言を撤回することだろう。
録音もなかなか良い。ネットの音源を聞いているのだから、そんなに厳しい聴き方をしているわけではないが、私には全く不足を感じなかった。しばらく古い録音を多く聞いてきたので、この解像度の良さにちょっと興奮Ⅰ!である。
惚けたような出始めからぐいぐい惹きつけられた。ナクソス様々である。
# by Schweizer_Musik | 2009-11-13 20:30 | ナクソスのHPで聞いた録音 | Trackback | Comments(2)
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