温故知新 Vol. 23 リパッティのワルツ集
作曲者 : CHOPIN, Frédéric François 1810-1849 ポーランド
曲名  : ワルツ集
演奏者 : ディヌ・リパッティ(pf)
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夭逝のピアニスト、ディヌ・リパッティが残したそう多くはない録音は、その全ての高いクオリティに驚かされてしまう。このワルツ集は私のリパッティとの出会いとなった一枚であり、これとグリーグとシューマンの協奏曲が収められたEMIのLPは高校生になりたての頃、どれだけ聞いたことか。
ディヌ・リパッティは、ルーマニアからストックホルムなどを経由し、ほとんど無一文で(一説によるとわずか5フランと言う)ジュネーヴにたどり着いたのだった。
そんな彼をエルネスト・アンセルメなどの音楽家たちが援助したのだが、やがてジュネーヴの郊外にトシープシェンリ荘という家(詳しい方なら、ルツェルンのワーグナー邸を連想されることだろう、その家はルツェルン湖畔のトリブシェンにある)に住むようになり、ジュネーヴ音楽院のマスタークラスやスイス・ロマンド管弦楽団の演奏会などに出演してキャリアを再開したのだった。
そんな彼を悪性リンパ腫という難病が襲う。そして結局それが彼の命を奪ってしまうのだが、幼少の頃から虚弱であったという彼の中にすでにこの病魔は巣くっていたのかも知れない。
このワルツ集は、最後のリサイタルとなったブザンソンでのコンサートでも一曲を除いて演奏されている。一曲を除いてというのは、その最後の一曲を彼には弾く体力が残されていなかったために、永遠のトルソーとなったのである。
このパブリック・ドメインとして置かれている録音は、最後の録音ではなく、1947年9月にロンドン、アビーロード・スタジオ録音で録音されたものである。
曲順は作曲家でもあったディヌ・リパッティが曲調や調性などを勘案してのもので、番号順に並んでいるものではない。これがダウンロードなどではわからないと思われるので、次のあげておく。

01) ショパン/ワルツ 第4番 ヘ長調「華麗なる円舞曲」Op.34-3 (1838)
02) ショパン/ワルツ 第5番 変イ長調 Op.42 (1840)
03) ショパン/ワルツ 第6番 変ニ長調「小犬のワルツ」Op.64-1 (1847)
04) ショパン/ワルツ 第9番 変イ長調「告別 ""L'Adieu"」Op.69-1 (1835)
05) ショパン/ワルツ 第7番 嬰ハ短調 Op.64-2 (1847)
06) ショパン/ワルツ 第11番 変ト長調 Op.70-1 (1833)
07) ショパン/ワルツ 第10番 ロ短調 Op.69-2 (1829)
08) ショパン/ワルツ 第14番 ホ短調 Op.posth (1830)
09) ショパン/ワルツ 第3番 イ短調 Op.34-2 (1831)
10) ショパン/ワルツ 第8番 変イ長調 Op.64-3 (1847)
11) ショパン/ワルツ 第12番 ヘ短調 Op.70-2 (1841)
12) ショパン/ワルツ 第13番 変ニ長調 Op.70-3 (1829)
13) ショパン/ワルツ 第1番 変ホ長調「華麗なる大円舞曲 "Grande Valse Brillante"」Op.18 (1831)
14) ショパン/ワルツ 第2番 変イ長調「華麗なる円舞曲 "Valse Brillante"」Op.34-1(1835)

ブザンソンでの最後のリサイタルでは多少順番を入れ替えているが、LPではこの順番だった。
演奏はそうした細やかな点に至るまでよく配慮の行き届いたもので、彼の抑制されたペダリングから紡ぎ出される明晰な演奏だ。もちろん、これ以前、以後にも色々と名演はある。だが、これは特別の演奏なのである。
CDにこのレコード(記録)のプロデューサーであったウォルター・レッグが一文を寄せていて、その中で「彼は近代において俗化された意味による"ヴィルトゥーソ"ではなかったーーむしろ、17世紀に用いられた"コニサー"(くろうと、目利き、通)こそふさわしい。」と書いているが、本当の意味でリパッティは「玄人」だった。それも多くの偉大なピアニストたちと水準がというか、住む世界が違うのだ。
そのレッグの文章の最後に、リパッティの死の30分前のことが書かれてある。彼はベートーヴェンのヘ短調の弦楽四重奏曲を聞きながら「ねぇ、偉大な作曲家なるってことだけじゃ充分とはいえないんだよねぇ。あのような音楽を書くためには、君は神に選ばれた楽器にならなければいけないんだよ。」と語ったと書かれてある(三浦淳史訳)。その神に選ばれた楽器が奏でたショパンのワルツ。まだナクソスにもなく、このサイトでダウンロードできるのは福音である。
若い諸君はぜひ聞き込んでほしい。
by Schweizer_Musik | 2009-11-13 10:26 | パブリック・ドメインの録音より
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