新しい年度が始まる
昨日、私の新年度が始まった。久しぶりの「授業のための覚え書き」である。学生諸氏、今年度もどうぞよろしく!!
例年のごとく長い春休みだった。もちろん作曲を休んでいたわけではないので忙しい日々であったが、学校には契約の時に一度来ただけで、ホント久しぶりだった。
朝の二限からコンテンツプロダクトはコンクール狙いなので、今年、あるいは来年のコンクールの要項を見せながら色々と話した。身近なコンペをできれば一人くらい突破してほしいと願っている。昨年はちょっと残念な結果となってしまったから…。
お昼休み時間も昨日はレッスン生のオリエンテーションを行う。継続生(もう四年目!!)が一人と新入生が一人。新入生はなんと18才。私の娘よりも更に若い。吹奏楽でパーカスをやっていたらしく、それも私の次女と同じであるが、彼は楽譜を書く方に行こうと思ったのだ。がんばってほしい。
午後は作曲の学生たちの現代音楽とオーケストレーションの授業である。
昨日の現代音楽は、ベートーヴェンが古典派からロマン派へ、王侯貴族のための音楽から個性の時代へ、表現の時代へと大きな舵をきったこと。そしてその後、ワーグナーのトリスタンへと行き着いたこと。もちろんリストなどの独特の和音の連結(ピアノ協奏曲などを例として紹介した)が調性という音楽における遠近感を希薄にしていったことも挟んで話した。
今年は優秀で、トリスタン和音の話をし、その問題の前奏曲を聞かせて休憩に入ったら、ドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」を弾いて、ドビュッシーがトリスタンを引用したことを指摘してくれて、実に楽しく授業をさせていただいた。今年もまた良い感じで始められたと私は思う。
話が脱線…。ワーグナーのトリスタンがきっかけというのは言い過ぎにしても、あの時代からドイツでは極端な半音主義へと向かい、調性が崩壊していく。そしてシェーンベルクの「管弦楽のための5つの小品」へと行き着いたのである。
一方、十九世紀半ばのフランスでは、フランス革命が国を一新したことで、王家が育んできた教会音楽の担い手が不足しはじめていた。ローマ・カトリックの音楽を学んだスイス人ニーデルメイエールが、パリにやって来て、宗教音楽の担い手を育てる学校をはじめる。
そこに天才がいた。フォーレであった。彼が教会旋法などに親しみ、地方の教会に赴任しそこでの経験などを生かして作品を書き始め、フランスの近代音楽の土台が形成された。フォーレのレクイエムの中の「ピエ・イエズス」を少しだけ聞かせてモード技法の話をし、これがもう一つの行き方となったのだという話になるのだが、この辺りで時間切れ。
で、ドビュッシーの「沈める寺」の分析をしながら、そこに使われている技法を簡単に説明して昨日の現代音楽の授業は終わった。ただ細かく分析する時間がなかったので、学生諸氏は以前やった記録を参考にしてほしい。こちらからどうぞ。
また楽譜も大量に必要となるので、授業で話したIMSLPでダウンロードしてほしい。買っていると大変な出費となるので…。

続くオーケストレーションの授業では木管五重奏が第1クォーターのテーマであることを説明。最初ということもあるので楽器の概要を復習し、移調の練習をし、ボザのスケルツォのスコアを見せて、ソロとアンサンブルの書き方の違いなどを話した。

終わってからカフェで作曲をして時間を過ごし、8時半から定例の水曜ミーティングを弦の巨匠お二人と写譜屋のN君、卒業生のヴィオラの方で一献いったので、帰りは午前様となってしまった。
帰ると、ルツェルン音楽祭のチケットなどが届いていた。興奮!!してしまった。アバドのマーラーのコンサートのチケットも入っていた!!ピエール・ブーレーズ、アシュケナージ、ハーディング、ウェルザー=メスト、エレーネ・グリモーなどを聞く。楽しみなことである。
写真は私がルツェルンで泊まる予定のホテルの前にある楽器店。こんな風景が音楽祭の頃はよくある…。
c0042908_7525380.jpg

by Schweizer_Musik | 2010-04-15 07:53 | 授業のための覚え書き
<< プレヴィンと仲間たちが演奏する... ベンツィ指揮で聞くビゼーの「ローマ」 >>