石井眞木の「遭遇Ⅱ番」を小澤征爾の指揮で聞く
作曲者 : ISHII, Maki (石井眞木) 1936-2003 日本
曲名  : 遭遇Ⅱ番 〜雅楽とオーケストラのための〜 (1971)
演奏者 : 小澤征爾指揮 日本フィルハーモニー交響楽団, 多忠麿他 宮内庁雅楽部
CD番号 : EMI/TOCE-7213



1971年6月22,24日東京、杉並公会堂での録音である。したがって、まだ日フィル労組による争議は起きておらず、新日フィルと日フィルという2つの「不完全な」オーケストラに分裂する前の演奏ということになる。この頃、その争議の元となった労働組合が出来ているはずだが、そんなことはこの録音とはほとんど関係ない。
1967年、武満 徹氏が「ノーヴェンバー・ステップス」で世界的大成功をおさめたが、それはの作曲界において大きなインパクトを与えるものだった。
石井眞木氏もベルリンに留学し帰ってきた当初はセリエルな作風を志向していたというが、「タケミツ・ショック」以降なのかどうか知らないけれど、西洋のアンサンブル、楽器と東洋のアンサンブルを一緒にして新しい響きを志向するようになった。これは万博で世界の音楽家たちが日本に来て、大きな影響を与え、また「人類の進歩と調和」の名の下に実験的な音楽に走ったことに対する反動でもあったように私は思える。
それでもまだまだ日本の音楽界は前衛音楽の進歩性に大きく影響されていたし、作曲界には「前衛」という「イデオロギー」が棲み着いていた。
1971年頃はそんな時期だったと思う。
私が大学に入った頃はまだそうした機運が色濃くあったように思うし、現代音楽の演奏会はそうした実験的なものに満たされていた。
そこに民族的なイデオムは根無し草のような前衛音楽を、しっかりと大地に結びつける役割を果たしていたように思う。小泉文夫先生の本や、講座、講演を私も大学で聞いたし、ずいぶん影響を受けたものだが、あれが野火のように日本の音楽界を席巻していったのは、そうした原因もあったのではと思っている。
この「遭遇㈼番」はまさしくそうした時代に生み出されるべくして生み出された作品なのである。
ペンデレツキなどの影響もかくやと思わせるオーケストラから、雅楽器のふんわりと軽く、そして情緒的な音楽が響き立つのは、確かに武満氏の「ノーヴェンバー・ステップス」に通じる世界でもある。
しかし、石井眞木氏は武満氏のように時々甘美な響きで魅了させてはくれない。全曲を通して凜とした響き、態度を通すのである。だから雅楽の響きが混じることでずいぶん救われた気分にもなるのだが…。
決して甘い作品てはない。「ゲンダイオンガク」である。その音楽を、やがて分裂する日フィルが、世界の小澤征爾ともにこの曲を録音してくれたことに、時代の息吹を私は強く感じ、そして若かった頃の事を思い出している。

写真はミュスタイアの狭い通りに沿ってある回廊。
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by Schweizer_Musik | 2010-11-07 21:59 | CD試聴記
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