ヴェルディのレクイエムをムーティ指揮シカゴ交響楽団他で聞く
作曲者 : VERDI, Guiseppe 1813-1901 伊
曲名  : レクイエム (1874)
演奏者 : リッカルド・ムーティ指揮 シカゴ交響楽団, 合唱団(デュアイン・ウルフ合唱指揮), バルバラ・フリットリ(sop), オリガ・ボロディナ(m-sop), マリオ・ゼッフィ リ(ten),イリダール・アブドラザーコフ(bs)
CD番号 : Resound/CSOR9011008



この曲の録音で、昨年出たこの演奏がオーケストラと合唱にか関しては、今のところ私の第1位の演奏となっている。ムーティは全く素晴らしいの一言につきる。旧盤にも増して音楽の凝集力というか、張力の強いカンタービレの素晴らしさはここに極まれりと言うべきだろう。
しかし、なんという凄い演奏なのだろう。冒頭の入祭唱からただならない雰囲気は、音楽そのものが持っているそれを数倍に高めて聞かせる。いや、ムーティはホントに良い指揮者になったものである。
ミラノ・スカラ座はこれほどの音楽家をクビにしてしまったのは、色々あったのだろうが、もったいないことをしてしまったものだ。今シーズンからシカゴ交響楽団のシェフに就任した彼は、フィラデルフィア管弦楽団よりずっと相性が良いように思われるこのオーケストラと凄いことになるのではないだろうか?
このレクイエムは冒頭から、有名な「怒りの日」はもちろんのこと、どこをとっても凄まじいまでの集中力で圧倒的な名演となっている。スーパー・オーケストラ、シカゴ交響楽団の面目躍如たる素晴らしい演奏は極めて高い完成度である。
昨年の10月に出て、すぐに購入(iTune-Store)し、以来、これ以上の演奏はもう考えられなくなってしまった。
一方的にエキサイティングな演奏とは一線を画したそれは、ムーティとしては静的にすら感じられるのではないだろうか?それは宗教作品としての表現にこだわっているからではないか。
「怒りの日」など、劇的な部分に事欠かない作品であるが、それに溺れるのではなく、宗教的作品としてのこの音楽の本質を見極めたかのような姿勢に、彼の円熟を感じるのである。
ソリストもなかなか良い出来映えだが、何しろ難易度の高いこの作品である。アニュス・デイの冒頭のソプラノとメゾのオクターブ・ユニゾンのコントロールはさすがに優れているが、声の美感にやや欠ける。シュナイト翁が指揮したもので、シャロン・スウィート(sop)とヤルド・ヴァン・ネス(alt)の二人の美しい歌唱には遠く及ばない。
この部分に関してはカラヤン盤のミレッラ・フレーニ(sop)とクリスタ・ルートヴィヒ(alt)の歌の素晴らしさが一つの基準となるが、このムーティ盤の最大の欠点は独唱者たちの声の美感にやや欠ける点である。
はりあげて金切り声になっていないのは良いにしても、弱音での硬い声、ダラ下がりの音程を大きなヴィブラートでごまかしている程度ではまだまだ…かな。
ソリストがもっと良ければ、世紀の名盤だったのだが…、うまく行かないものだ。

写真は何度もここに掲げたルツェルンのイエズス教会である。第二次世界大戦前夜のここルツェルンで行われた音楽祭でトスカニーニがこのヴェルディのレクイエムを演奏し、それはヨーロッパ中にラジオで放送されたのであった。戦争に向かおうとする情勢への精一杯の平和のメッセージだったと私は考えている。そしてその記念の場所ということで、この写真を貼り付けておこう。
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by Schweizer_Musik | 2011-01-12 00:20 | CD試聴記
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