ガーシュウィンを巡る音楽について - 覚え書き - その1
1) 序

アメリカ合衆国は、移民の国である。
アメリカ人は「明白な天命(マニフェスト・デスティニー)」をスローガンに奥地への開拓を進め、たとえ貧民でも自らの労働で土地を得て豊かな暮らしを手に出来るという文化を形成して「自由と民主主義」理念の源流を形作っていった。その成功が誇張も含めて旧大陸に伝わり、さらに各地からの移民を誘発する事ともなった。(Wikipedia参照)

「自由と民主主義」は一方でアフリカから黒人を無理矢理連れてきた「奴隷制度」の上に出来上がっていった。黒人の奴隷と先住民の権利は一切認めない形で「民主主義」であったが、北部の諸州では18世紀から19世紀はじめにかけて奴隷制度は廃止されていった。
が、南部ではそれは行われず、南部と北部の間での不信が高まり、1861年に南北戦争がおきる。1862年に北軍の勝利でそれは終わるが、これによりというより、この南北戦争以後、黒人は次第に自由を獲得していったのだが、それは長い差別との戦いでもあったことは言うまでもない。

しかし、自由を獲得した彼らも、今度は自ら仕事をし、食べて行かなくてはならない。そこで、軍楽隊のようなものは簡単そうで、もうかりそうだと人々がはじめた。
戦争で敗北した南軍の軍楽隊の楽器が二束三文で手に入ったのである。南部のニューオリンズがその誕生の舞台となった。
軍楽隊の音楽でも彼らは音楽を学んだことはない。ただ見よう見まねで音を出していただけであったが、次第に彼らは自らの民族的な音感によって、独自のものを作り上げていったのである。

写真は小雨の煙る初秋のグリュイエール。
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by Schweizer_Musik | 2011-10-15 23:10 | 授業のための覚え書き
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