ガーシュウィンを巡る音楽について - 覚え書き - その3
3) リズム

南北戦争の終結後、軍楽隊の楽器が二束三文で売られ、それを手にした黒人たちが、マーチングバンドをはじめたことは前に述べたが、それがニューオリンズ・ジャズの原型ともなった。
よく知られる「聖者が町にやってくる」を聞けばわかるように、あの時代の、ニューオリンズ・ジャズは、マーチングバンドの形を色濃く残していた。
楽器編成もバンジョーはともかく、コルネットorトランペット、トロンボーン、クラリネット、太鼓という編成が基本で、後にはこれに様々な楽器(例えばサックスやチューバ)が加わったりもしたが、もともとはこの三管での即興での音楽であった。
1920年にニューオーリンズの歓楽街が閉鎖されて、この音楽はシカゴへと流れていくのであるが、軍楽隊と同じことをやろうとした黒人たちの演奏が、微妙なスウィング感があり、それが、同時代の白人たちの軍楽隊、マーチングバンドを駆逐していったことは面白いことである。
結果的に、白人たちも黒人のスウィングする音楽を真似るようになり、新しいものが生まれ出たのである。

同時代のアメリカでは、ラグタイムも流行していた。
1897年から1916年頃まで大いに流行したジャンルであった。ミズーリ地方の黒人ミュージシャンが編み出したもので、シンコペーションと速いパッセージの連続にその特徴があった。
裏拍を強調し、アップビートとは違った意外な拍にアクセントがつくことで、それまでに無い新鮮なリズム感が人々に大いに受けたのである。
そしてそのスピード感も、今までに無かったものだった。
ウィーンのシュランメルン同様、ラグタイムではスコット・ジョプリン(1868-1917)という音楽家が名を残している。今日も演奏されるラグタイムの多くが彼の作曲によるものである。

そして、これもヒンデミットやストラヴィンスキーたちの知る音楽となり、彼らもまたラグタイムを書いている。
ヒンデミットのピアノ組曲「1922年」Op.26 (1922) 第5曲 ラグタイムやミヨーの3つのラグ・キャプリス (1922)、あるいはストラヴィンスキーのピアノ・ラグ・ミュージック (1919)、あるいはドビュッシーの「ゴリウォーグのケークウォーク」や「小さな黒人」という音楽になるのである。
こうした音楽が20世紀のはじめ、アメリカで形成されていったのである。そして、この土壌にガーシュウィンの音楽が育ったのである。

写真は誰もが知る名山、マッターホルン。
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by Schweizer_Musik | 2011-10-16 00:11 | 授業のための覚え書き
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