超私的「ランキング」ピアニスト編 Vol.9
第22位 ソロモン

この人の名前は、1980年頃、音楽評論家の吉田秀和氏の本で読んで知った。しかし、当時すでに彼の録音はほとんどが廃盤で、一度聞いてみたいと思い続けていた。
結局、CD時代が成熟するにつれて、ようやく彼の録音がCD化されはじめ、彼の演奏芸術を味わうことができるようになったのである。1990年代に入ろうとする頃のことであった。
彼の本名はソロモン・カットナー。1902年生まれで、1988年に亡くなった。が、彼は1956年に脳梗塞で引退を余儀なくされてしまった。そのために当時制作途中だったベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は未完となってしまった。ああ、残念!!
ベートーヴェンやブラームスを得意にしていたが、レパートリーは意外と広く、若い頃はヴィルトゥーソとして有名だったらしい。ハーティー卿の指揮で1929年から1930年にかけて録音したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番など、録音さえよければと思われるが、それでも貧しい録音の向こうから、輝かしいタッチの片鱗が聞かれ、神童ソロモンともて囃された姿が垣間見えるようである。
彼は、クララ・シューマンの弟子に師事し、神童としてイギリスで一世を風靡した後、再び自らを鍛えようとパリに赴き、マルセル・デュプレとラザール・レヴィに師事している。その後の演奏だ。ただの奔放な若者の演奏ではなく、充分に大人の成熟した演奏を聞くことができる。
1932年に録音したショパンの「英雄ポロネーズ」は彼のテクニックと音楽が見事にマッチした好例だと思う(Testament/SBT 1030)。そのCDにはショパンの幻想曲Op.49も入っていて、この時期の録音としては状態もよく、彼のピアノを聞くならまずこのあたりから聞かれてはいかがと思う。重厚で深いロマンの闇に遊ぶ思いがここから漂ってくる。深まりゆく秋にはこれなど素晴らしい聞き物だと思う。
続いてあげられるのは、ピアティゴルスキーとのデュオであろう。1936年。戦争の足音がし始めたパリで彼はブラームスのチェロ・ソナタ第1番をピアティゴルスキーと録音している。(同/SBT 2158)
ソロモンがきちんとしているばかりの退屈なピアニストという人はぜひこの演奏を聞いて欲しいと思う。
戦争が激しさを増していた1942年にロンドンで録音されたブラームスのヘンデル・バリエーションは、私の大好きなコヴァセヴィッチの録音とともに最も大切な私の宝物のような演奏だ。(同/SBT 1041)
この時期のソロモンの録音をテスタメント・レーベルが丁寧に復刻してくれていることで、彼の演奏芸術がより多くの人に遺されるのだと思う。大変意義のある仕事をしてくれていると私は思う。
1947年4月、ロンドンのアビー・ロード・スタジオで、ソロモンはブラームスのピアノ協奏曲第2番の歴史的名演を録音している。共演はイサイ・ドブロウェン指揮フィルハーモニア管弦楽団で、この後、スクリャービンの協奏曲、そしてかつてデビューの頃に得意にしたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番がこのときに再録音されている。(EMI/2061022)
彼のテクニックは輝かしく、かつ、タッチの素性が良いので、汚い音を一切出さない。しかし、退屈な演奏などとは全く逆で、熱く、ロマンの血が滾るような見事な演奏が、良く考え抜かれた結果として提示されるのだ。
彼は人一倍知性の高いピアニストだったと思う。私はこういうピアニストが好きなのである。
愛してやまない録音を1つあげるなら、クリュイタンスと録音したベートーヴェンの第2番の協奏曲だ。(EMI/CDF 300 004 2)これは私がはじめて買ったソロモンのCDであった。
最初に聞いたのは、このCDのおまけで入っていたベートーヴェンの「悲愴ソナタ」だった。まずそれから聞き出した私は一発で夢中になってしまった。どこにも無理な力が入っておらず、それでいて力感に全く不足していない。それによく歌う。
引退直前の録音で、細かなところではミス・タッチがある。すでに脳梗塞の症状が出ていたのでは?とも思うが、彼の1950年代半ばの録音にはこうした小さなミスが目立つ。でも私はミスを捜すために聞いているのではないので、結構楽しんでソロモンのベートーヴェンのソナタも聴いている。まだ元気いっぱいだった頃の「ハンマークラヴィーア・ソナタ」なんて目を見張るような見事な演奏だったし、オットー・アッカーマン指揮 フィルハーモニア管弦楽団と共演したモーツァルトの15番の協奏曲なんて素晴らしいものだった。
しかし、痛ましいのは1956年の8月の録音された31番のソナタである。終楽章のフーガは明らかに弾けていない。記録としては貴重だが、やはり彼の名誉のためにはどうかと思ったりもする。
この後、メンゲスとベートーヴェンの第3番の協奏曲やグリーグの協奏曲などを録音しているが、良い演奏でまたステレオで彼の演奏が聞ける貴重な録音であるが、ファースト・チョイスとして紹介するのはちょっと控えたい。
従って、彼の録音は「悲愴ソナタ」以前のものを聞いていただければと思う。
一枚選ぶなら、クリュイタンスとのベートーヴェンの協奏曲であろう。あれはモノラルではあるが、私には特別の録音である。クリュイタンスがいつも以上に熱い演奏でソロモンを盛り立て、一層素晴らしいものとなっている。20代の半ば、これらのCDを手に出張に行ったことが懐かしい…。

写真は人影まばらな秋のトリブシェン、ワーグナー旧居前。
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by Schweizer_Musik | 2011-10-31 22:44 | 超私的「ランキング」
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