ブルックナーの交響曲第7番考察 -02-
ブルックナーの交響曲第7番の第2楽章について考えてみる。
ブルックナーはこの楽章もソナタ形式を採用した。しかし、第一主題は一度演奏されただけで確保はされず、推移部にそのまま入る。堅牢な構築性よりもソナタ形式を用いつつも、幻想曲風の自由な作風を示していると言ってよいだろう。
ワーグナーの死を悼んでの冒頭のワーグナーチューバ4本とビオラ、チェロ、コンバスによる荘重な始まりと、ヴァイオリンにメロディーが移ってトロンボーンとホルンが和声を補充しての後半に分かれる。
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テーマは第一楽章の第一主題からとられていることは明白である。説明のための音列表を次に示しておく。
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巧妙に関連を隠し、第1楽章の伸びやかなメロディーから全く異なる、深い悲しみと祈りに満ちたこの音楽が生まれたとは、正に奇蹟である。
ワーグナー・チューバの使用は実に効果的であるが、それとヴァイオリンにメロディー゛か移ってからの絞り出すような歌は、まさに絶唱!
冒頭からドッペル・ドミナントを使い、すぐに平行調をさわってから今度は下属調の五度へ向かう。音楽は実に不安定に主調から出でてさまよう。
今日では、このワーグナー・チューバは構造が似ていることもあってホルン奏者が代奏するのが一般的である。第二主題直前にワーグナー・チューバとホルンのアンサンブルが出てくる。重い響きのこの中から瀕死のトリスタンの呻く声が聞こえてくる。
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そもそも、ワーグナーに「ニーベルングの指輪」のために作った楽器であるワーグナー・チューバをこのワーグナーの悲報を聞いて、その霊に捧げようとした音楽で、まるでトロンボーンの葬送の音楽のように使ったブルックナーであるが、その動機がトリスタンの遠いエコーになっている点が、実に面白いと思う。

第二主題は拍子が変更され、音楽は三拍子となる。
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テーマは第1楽章のテーマの音列を反行形にしたものだ。4度上行 - 4度下降で出来ていることはすぐに判る。
この音楽は確保され(繰り返され)、再び第一主題が主調のままで登場して展開部へ歩を進める。
第1主題がここで演奏されるのはおそらくは確保なしで第1主題の提示を終わったことでの主題の確保の役割も持たされているのではないだろうか。主題後半からそのまま引き続いて展開に入っていく。
85小節目。まず、主題前半の動機を反行形と原形とを二拍おくれのカノンで提示してみせる。
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この後、次第に盛り上がり、タンホイザーの序曲の一節を思い出す弦の雪崩落ちるようなオブリガートに乗って、主題が原型と反転した形が木管と弦、ホルンによって演奏されるのだが、この部分、ちゃんと聞こえるようにやってくれる指揮者とオーケストラは意外と少ない。
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オーケストレーションでのバランスが今ひとつで、ホルン二本で主題の原型が演奏(実際には第三、第四ホルンもやればもう少し鳴ったかもしれないが)させ木管が反転した主題を演奏しても、第1ヴァイオリンがやる十六分音符によるオブリガートに関心が移ってしまう。
ひょっとすると、いやおそらくそうだと思うのだが、ブルックナーはそれで良いと思っていたに違いない。第一主題の前半のモティーフの展開はこの辺りでおわり、続いて後半に移ろうとしているからだ。
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こうした部分でのブルックナーのハーモニーの発明の才は、余人の及ぶところではない。エンハーモニックとはこういうものだという、我々三流作曲屋のやる気と希望を悉くなぎ払ってしまうものだ。
第1ヴァイオリンの十六分音符の印象的なオブリガートは、このテーマ後半にうまく寄り添っているが、もともとは第1主題の三小節目にある6度跳躍を変奏したものである。さりげなく新しいリズムに変化して出てくるのだが、これとても第1主題の動機の変容の一つとしてとらえるべきだ。
続くホルンの展開は半音ずつ上がっていく転調が行われるが、この辺りの不協和音の使い方などは、もうベートーヴェンから大きく離れ、ワーグナーの優秀な子どもであることを示している。
第2ホルンの強いファンファーレは、弔いの角笛(そんなものがあるのかは知らないが)に聞こえる。そして第1ホルンが属9の音を奏で、柔らかな響きを切り裂くのだ。
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こうして第1主題の後半が感動的に導かれ、その属和音への終止を別の調で読み替えての転調が繰り返されるあたりは、全くオルガン的であり、弦から木管、金管、そして弦、また金管へとサウンドが転調とともに変化していくあたりは全く聞き物と言って良い。少し長くなるが、その転調の様子を次のあげておく。
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Es durからAs dur、これは当たり前の転調であるとしても、続いてE durからF dur、そしてFis durと続く所は魔法のようだ。
そしてこの転調はワーグナー・チューバの響きとともに最高潮へと達すると、いきなりこのクライマックスは断ち切られ、第二主題の展開へと移る。
ここで第二主題が出てくるため、続く再現部では第二主題は再現されない。第一主題によって展開部に突入したが、第二主題によって再現部が導かれるというのは、大変象徴的ですらある。

ワーグナー・チューバの響きとともに、再び第一主題が原調で再現するが、ここから最後のクライマックスに向かってひたすらクレッシェンドを続ける。
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このクライマックスでハース版は打楽器が入っていないが、ノヴァーク版では追加されており、よく問題となる部分である。ハース版の版権が戦後東ドイツに移ったためと、第二次大戦中、ナチスによってブルックナーが御用作曲家としてもてはやされた時代にハース版が使われたこともあり、戦後、ウィーンで出版されたノヴァーク校訂の版が一般的となった。
しかし、ノヴァークの校訂では一部に改訂版(クナッパーツブッシュやフルトヴェングラーの演奏で聞くことができる)の名残である打楽器が入っていることで、長く論議を呼ぶところとなっている。
どちらが正しいということは、音楽学者の研究にまかせることとして、私はハース版の打楽器のない演奏を好んでいる。
ところで、この最後の盛り上がりは、タンホイザーの序曲における「巡礼の歌」がひたすら盛り上がる(例の佐川急便のCMで使われていた部分)にそっくりで、いかにワーグナーに影響を受けていたかがうかがわれるところである。
by Schweizer_Musik | 2005-07-18 15:02 | 授業のための覚え書き
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