ブルックナーの交響曲第7番考察 -03-
ブルックナーの交響曲第7番の第三楽章について。
ブルックナーらしいスケルツォであり、力強い楽想で際だっている。テーマを次にあげておく。
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ホルンの動機が第一楽章の第一主題の分散和音から来ていることは明白であるが、弦による荒々しい動機も、同じであり、クラリネットとヴァイオリンの動機も同様である。
この辺りの緊密な関連づけがいかにもブルックナーらしい。彼は念には念を入れてテーマを作っている。この徹底ぶりこそがブルックナーだと私は考えている。
スケルツォらしい自由で破天荒な転調が次から次へと続いていくが、いかにもブルックナーらしい和声の発明に満ちている。
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属9の音を多用したブルックナーは、サウンド的にも時代の先端をいくものであったと言えよう。もちろんワーグナーなどの影響を聞くことはできるが、私はむしろ、このテーマの展開が、ベートーヴェンの第9の遠いエコーであると考えている。
こういう考えは荒唐無稽であろうか。スケルツォのテーマとその展開なんて、似たものばかりだよと言われると身も蓋もないが、しかしこの二人ほど同じようなことを徹底して個性的に作り続けた天才はいないのではないだろうか。だからこそブルックナーはワーグナーへの悲しみと神への祈りの音楽の中に、彼のもう一人の偶像であったベートーヴェンをそっと引用したのだと私は思う。偶然できなく確信犯として。
第三番の初版のような、あからさまな引用ではなく、遠いエコーとしてのこうしたオマージュを、私はブルックナーのウィーンで活躍した彼自身の英雄に対する深い尊敬に根ざしているからこそ、私は貴重に思う。
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聞き取りにくい部分であるが、一拍遅れでクラリネットの反行形のメロディーが追いかけている。これに続いて冒頭のトランペットをはじめとしてテーマの反行型。
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こうした反行型と原型のカノンはブルックナーお得意のものであるが、彼がオルガニストとしてあったこと、オルガン音楽的な発想によるものと考えるのが良いのではないだろうか。
ここまで書いて、ふと音楽之友社から出ている新名曲解説全集のこの楽章の解説を見てみて驚いた。
「このたびはなおいっそうはなやかで、トランペットの叫びが動機でなり響き、あるいは単純な形で、あるいは転回で、あるいは対照的な召集と切断で、また主要動機は一点に向かって疾走し、放棄することなく多くを与える」
・・・一体何を言っているのだろう?全く私には理解できなかった。この解説によるとトリオは「洋々と流れるような歌で、嵐の後の気楽な憩である」そうだ。どうスコアを読めば、いや絶対にスコアなんて読んでいないに違いない。では、どう聞けばこんな解説が書けるのだろう。こんな解説・・・ちょっと信じられない。
ではその「お気楽な」トリオについて(笑)。
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このテーマもまた分散和音で出来ていて、その下降形が使われている。その音列をつぎにあげておく。
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誰かと違って、気楽な音楽だとは思わないが、このメロディーは反行形となって続いていく。ブルックナーはこの曲で反行音形に発展することにこだわっていたようだ。
加えて、冒頭から属9の音をメロディーに持ってきているなど、実に近代的である。ドクター円海山氏がドビュッシーの1891年のスコットランド風行進曲などの、属9のハーモニーに近いものを感じられるとの指摘も頷けるものがある。が、私はそれならば、ショーソンの「詩曲」や交響曲、あるいはダンディの作品やフランクの作品などとのサウンド的な近親性を感じざるを得ない。
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さらにこの反行音形と原型がカノンで発展していくのは他の楽章と同様である。
しかし、そうしたことよりも、私にはティンパニに出てくる次のリズムが耳に残って仕方ない。この動機はトランペットの動機の一部であると同時に、ベートーヴェンの第9のスケルツォの主要動機であることは言を待たない。
そして、決してこれは偶然ではないと思うのだ。
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トリオのテーマが繰り返され、スケルツォのテーマが戻ってきて(ダ・カーポして)曲は終わる。
極めて古典的で、緊密でわかりやすい構成で手来ているスケルツォである。
by Schweizer_Musik | 2005-07-18 23:54 | 授業のための覚え書き
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