不思議な言い回しがある。「誰それは、生前人気があったけれど、亡くなってから急速に忘れ去られた」という言い方だ。確かに「去る者日々に疎し」である。亡くなって新しい録音が出なくなると急速に忘れられるのも判らないではない。新しい演奏家がそのポジションに就いて、新機軸を打ち出せば、私たちはそれを追いかけようとする。それが悪いわけではないし、それによって新しい楽しみを教えられたりもする。
しかし、私は音楽に関する限りは記憶が良い方である。いつか聞いた演奏の特徴なんてものを、不思議と憶えていたりする。もちろん忘れることも多いが、関心を持ったものはなかなか忘れない。ただ新しいものに埋もれて忘れていることは確かにある。そんな演奏家、作曲家も時々は思い出して聞きたいものである。 CD時代になって、全くまじめに取り合ってもらえなかった可哀想な演奏家の1番手は、ひょっとするとジャン・マルティノンではないだろうか。彼のラヴェルの全集はCDになったのだろうか?ドビュッシーは出たが、ラヴェルの方はシャルル・デュトワがデジタルで録音して出てしまった為に、競合を避けようとしたのか、出なかった。 日本では、契約の関係からか、彼の初期のプロコフィエフも一部を除いて出ていないのではないだろうか。外国盤で安く出ていたので、もう商品価値が無くなったと判断されたため? マルティノンは、シカゴで散々いじめられてフランスに帰った。帰ってフランス国立放送管弦楽団のシェフになると、シカゴ交響楽団時代の鬱憤を晴らすかのように大活躍をする。そうした中でのラヴェルとドビュッシーの管弦楽全集であった。確かベルリオーズのシリーズも出ていたはずだが、レーベルをまたがっていたため、あまり積極的でなかったこともなかった。幻想交響曲の録音は素晴らしい出来だったのに、その録音が話題となった後、不運なことにすぐに亡くなってしまった。 シカゴ交響楽団のマルティノンの後任は、ゲオルク・ショルティであった。ショルティはご存知のように大成功を収めたのだが、その陰でマルティノンの印象が薄いようだ。 マルティノンは作曲家でもあった。いや、作曲家から転身した指揮者であったという方がずっと正しい。いくつかの作品を彼自身の指揮で録音もしているが、最近彼の交響曲第4番「至高」がタワー・レコードの企画で再発された。私も長い間探していたもので、うれしくてすぐに購入。カップリングにニールセンの交響曲第4番「不滅」が選ばれていて、なかなか洒落た一枚である。シカゴ交響楽団も良い演奏で、この作品に花を添えている。 同じような目にあったのがラファエル・クーベリックだったけれど、彼はヨーロッパに帰ってバイエルン放送交響楽団で良い仕事を残し、晩年をスイスで幸せに過ごしていた。その彼もシカゴのことは余程腹に据えかねるものだったようで、ラファエル・クーベリックを悪の権化のように徹底的にこき下ろしたシカゴの某評論家を生涯「あのおんな!」と憎々しげに語っていたそうだ。マルティノンも同じ目にあっていたが、彼もフランス国立放送管弦楽団のシェフになり、順風満帆であったはずで、手兵とのラヴェルとドビュッシーの全集は、世界中から高く評価された。 しかしデジタル時代を数年後に控えて1976年に亡くなったのは痛恨の極みであった。しかし、彼がパリ管弦楽団といれたラヴェルの全集はデジタル時代の今だからこそ、再びいつでも誰でも聞けるようにしてもらいたいものだ。あれは良い演奏だった。
by Schweizer_Musik
| 2005-08-07 10:27
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