無調への道、1910年代から1930年代の前衛についての概観 -1-
20世紀の作曲家は、好むと好まざるとに関わらず、調性を使い続けるのか、それとも調性を放棄するのか、あるいはモードなどの新たな道を探るのかが問われ続けたと言える。
無調への道、1900年代から1910年代の前衛でもそのことは述べたつもりである。1910年代に入ると、シェーンベルクとその弟子たちは調性を捨て去り、無調による実験を更にエスカレートさせていったが、これはまだあまりに一部のものでありすぎた。当時のシェーンベルクの作品で、多くの影響を与えた作品と言えば、「ピエロ・リュネール」であろう。
レマン湖畔の家でラヴェルとストラヴィンスキーが、夢中になってシェーンベルクのこの作品のスコアを分析したことが知られている。その結果、ストラヴィンスキーは「七つの俳諧」を、ラヴェルは「マラルメによる3つの歌」を書き上げた。極度に切りつめた室内楽の伴奏による朗唱というスタイルは、戦争で演奏家を集めることが難しく、大規模なオーケストラ作品の演奏が不可能な時代に、新しい行き方を示唆したものであったが、やはりシェーンベルクの大胆な発想がこの2人の知性に強い連鎖反応をもたらしたものではなかろうか。
譜例は「ピエロ・リュネール」の第5曲「ショパンのワルツ」である。確かに三拍子であり、ワルツらしいリズムも探せば・・・。しかしここに聞こえるのはショパンでないことは誰の耳にも明らかだ。調性はすでに限りなく拡大され、個々の音の機能的なつながりはほぼ完全に断たれている。
一方で、その緊張関係を補う為に、表現の細かな指定が行われていることに注意を向ける必要がある。強弱を大きくとることで、聞く者の興味を惹きつけようとしている。
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こうしたシェーンベルクの試みはやがてオクターブの中の12個の音をある決まった形に並べてそれをもとに作曲するという形に発展する。
所謂、12音音楽である。
12の音のどれかを強調することなく平均化して使うことのルール作りだったとも言って良いだろう。ただそれだけではない。12音そのものが一つのテーマであり、これの作り方ひとつで音楽は大きく変わるのであり、12音の決定そのものがその音楽のイデーの決定ともなっている点がユニークであり、調性という秩序を失った後の新たな秩序が完成したのだった。

シェーンベルクの木管五重奏曲の音列を次にあげる。これは一つの音列を半音ずつずらして12の音列を作り、音列の上下関係を逆にして反行音列を作り、それぞれにその音列を逆から読む音列とあわせて、全部で48個の音列を作るのが特徴で、この48個の音列だけを使って曲を作るのだ。
その基礎となる音列である。基本音列を。音の下に番号がふってあり、逆行の場合の番号もその下にふっておいた。その下には反行音列をあげておく。基本音列と同様、音の下に番号をふってあるので参考にしてほしい。
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無味乾燥ともとれなくもない音列表をあげたのは、12音音楽の音列とはどういうものかを実感してもらう為で、続いて第1楽章の冒頭をあげておくが、各音の下に番号をふっておいた。フルートが基本音列の1番をそのまま使い、12番目から逆行音列で戻ってくるというやり方になっていて、その他は伴奏にまわり、同じ音列でフルートを伴奏していく形をとっていることが、このスコアを12音列表にしたがって分析することによって理解できるはずだ。
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ここからウェーベルンやベルクといった天才たちが、それぞれの音楽を作っていき、そして戦後になってブーレーズやメシアンたちの音楽があるのだから、この12音音楽を通らずに、20世紀の音楽を概観することなど不可能なのだ。
by Schweizer_Musik | 2005-10-13 13:44 | 授業のための覚え書き
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