昨日の授業
昨日の授業では、伊福部昭、團伊玖麿、芥川也寸志といった近代ロシアの作曲家達の影響を色濃く受けた人々の作品を中心に聞かせてディスカッションをした。
伊福部昭のピアノと管弦楽のための協奏的交響曲と芥川也寸志の交響三章「トゥリニタ・シンフォニカ」の冒頭部分、そして團伊玖麿の交響曲第2番の終楽章を聞かせて、つづけてショスタコーヴィチの交響曲第一番の第2楽章を聞かせると、響きの同質性に皆驚いていた。
全く違うメロディーが、同じ衣を着ていること。これを非難するのはただの馬鹿である。歴史的、時代的な背景が全く見えていないからだ。
また、團伊玖麿の歌劇「夕鶴」の最初の部分などを聞かせ、木下順二が自分の脚本に絶対変更を加えないでという条件を出したことや、その下での日本語の会話をそのまま音楽にした工夫についてなど話した。
團伊玖麿が、童歌などを取り入れた作品がプッチーニの「蝶々夫人」の中の「越後獅子」のアレンジの延長線上にあることなどから、これが、まとう衣は異なっていても、民謡を題材としようとしていたことは間違いないことに気が付く。

日本人が作曲する上での、先人の苦労が透けて見えてくる。日本語というベル・カントとは全く相性のよくない言語で作曲する難しさ。ただメロディーをのせればいいというわけでない、アクセントの微妙さ。それは前回の授業で山田耕筰の作品などをあげて話した。山田耕筰などの成果の上にこの團伊玖麿の成果があり、間宮芳生などの歌劇があり、やがては細川俊夫などの作品に行き着くのではないだろうか?
歴史的視点をデタラメにとらえてはこうした過去の遺産を正当に評価できず、何をそこから学んだら良いかということが全く見えてこない。これが過去と向き合う時の最大の問題だ。
by Schweizer_Musik | 2006-02-09 03:43 | 授業のための覚え書き
<< 伊福部昭・逝去の報に接して スカパー!で見た「ルチア」 >>