管弦楽法・木管編 (Oboe)
オーボエはオーケストラの中で特別の存在である。ダブル・リードで息があまり要らない(と言うより使う量が少ないので余る)。音程は安定していて、オーケストラ、アンサンブルの時にチューニングで一役買っているのを見たことがある人も多いに違いない。これはオーボエの構造的な問題もあるようで、実際チューニングをする余地があまりないのがオーボエで、オーケストラがオーボエに合わせるという方が実態に近い場合もあるようだ。
オーボエの音域は次のようなものである。
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また次のトリルは書いてはならない。
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次のベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の第1楽章の再現部で出て来るオーボエのカデンツァは印象的である。
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ゴツゴツとした動機の積み重ねのこの楽章で、このオーボエの一節は絶大な効果を与えている。ちなみに楽譜はネット上で画像(おそらくスキャンしたもの)公開しているので、お金のない学生諸君はどうぞ・・・。と言っても、プリントアウトすると結局買うほどになるので、この程度の楽譜は買った方が良い。何と言ってもベートーヴェンではないか!!
さて、私はオーボエの印象的なソロとしてはブランデンブルク協奏曲の第2番の第2楽章をあげようと思ったのだが、ふとモーツァルトの13管のためのセレナード変ロ長調の第3楽章の方が相応しいように思えてきた。13管と言ってもコントラバスが入っているのでちょっと呼び名に問題ありだが、映画「アマデウス」の中でサリエリがモーツァルトの天才を示すものとして、この曲をあげていたことを思い出したためである。
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美しいオーボエ・ソロは本当に事欠かない。次はチャイコフスキーの交響曲第4番の第2楽章の冒頭のソロである。弦のピツィカートの控えめな和音を従えて、オーボエが優美にそして悲しげに歌い始める。
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古典に戻そう。オーボエ・ソロとしてはよく話題になるのがロッシーニの歌劇「絹のきざはし」序曲である。ソロで長く速いパッセージは大変なプレッシャーで、困難なソロとしても有名である。ちなみに名演のほまれ高いセラフィンの演奏でもこのオーボエのソロの所でオーボエがプレッシャーに押し潰されそうになりながら演奏している様子と、それを手に汗にぎって聞いているマエストロの姿が目の前に浮かんできそうだ。昔、カラヤンがフィルハーモニア管弦楽団を指揮して録音したこの曲の演奏は凄かった。あれはだれだったのだろう。最近と言ってももう二十年ほど前だが、リッカルド・ムーティが同じフィルハーモニア管弦楽団を振って録音した序曲集であの情け容赦のないテンポにオーボエが完璧についていっているのに驚かされ、イギリスのオケの木管の優秀さを痛感したものだ。
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オーボエはエキゾチックな響きも持っていて、それに着目して目覚ましい成果をあげたのがサン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」の中の「バッカナール」である。このバレエの冒頭でのオーボエのカデンツァは鮮烈である。
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この作品の中ではオーボエと兄弟分になるコール・アングレとオクターブのユニゾンで次のフレーズが出て来る。
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こうしたエキゾチックな響きに注目したオーボエの使い方はかなり多くの作例がある。次のスペインの作曲家ファリャのバレエ音楽「恋は魔術師」で演奏される有名な「火祭りの踊り」もそうした一例である。
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オーケストレーションの達人マーラーもこうした特徴を「大地の歌」の第2楽章の冒頭で鮮やかに扱っている。
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中国の漢詩をドイツ語の訳したものをテキストとする連作歌曲のようなこの作品では、マーラーが考えていた中国風の響きというのがあちらこちらに響いていると私は考えているが、この強い寂寥感をたたえたこの部分で、オーボエの果たしている役割は計り知れない。
ロシア楽派の影響を受けて、それにフランス近代の香りを古い教会旋法を取り入れつつ醸し出すイタリアの作曲家レスピーギも、オーボエのソロをエキゾチックに取り入れているが、私はこのレスピーギの「ローマの泉」がマーラーの「大地の歌」の遠い反映に聞こえてならないのだが・・・。おそろくは偶然で、私の思い過ごしに過ぎないのだろうが、音の使い方がとても似ているので、そんな風に思ってしまう。
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このエキゾチックな響きには、プロコフィエフも「ピーターと狼」の中のあひるをこのオーボエにあてていることでもわかるだろう。
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低音にシフトし、ちょっとハスキーなチャルメラのような音は、あひるにピッタリと考えたのだろう。確かに!
ラヴェルはこの低音を上品で美しい響きで使ってみせた。但し、オーボエ奏者にとってとんでもなく困難なパッセージだそうだ。
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オーボエが二本でハモって、少し可愛い、滑稽な踊りの音楽に使われていることもよく知られている。チャイコフスキーの「白鳥の湖」の中の「四羽の白鳥の踊り」である。
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この作品の有名な情景の音楽でオーボエの長いソロがあることは、皆知っていることであろう。
美しいフォルムに適度なエッセンスとして異国風味が加えられたあたりがオーボエの最も得意とする分野であろう。
これはオーボエの仲間でもあるパグパイプや笙と響きの点で繋がっているからかも知れない。なんとなく唐草模様のアラベスクも似合うようなところが感じられる。

オーボエでハモらせるというのを、ラヴェルの天才は歌劇「子供と呪文」の冒頭をオーボエ二本ではじめて、それにコントラバスのハーモニクスを絡ませるという離れ業を聞かせてくれる。どうやって思いついたのだろう・・・。
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さて、ラヴェルの天才と全く異なる異才が、近代チェコの作曲家ヤナーチェクである。初期のラシュスコ舞曲などの名残を感じさせるこのメロディーをオーボエに与えているのだが、6度でハモるオーボエの軽妙な響きは、大変印象的だ。
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オーボエは曲頭にもって来ることが意外なほど多い。それは印象的なテーマの提示をこのよく通る楽器の音色に託す作曲家が多いことを示している。
しかし、オーボエはダブルリード属の中でも息があまり使わなくて済むのだが、逆に余りすぎて過呼吸のようになってしまい、意外なほど疲れやすいということもある。その為多くの休みをこの楽器に与えること!
また、細かな装飾的な伴奏音形はこの楽器には向かない。ヤナーチェクのシンフォニエッタの第2楽章を参照してほしい。
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この装飾的なパッセージは無理をすればオーボエでも吹けるかも知れないが、ヤナーチェクはオーボエとファゴットにはこのパッセージを避け、フルートとクラリネットにこの装飾的なアルペジオを担当させている。
これはオネゲルの「夏の牧歌」のスコアをみても同様のことが言える。あの美しい作品で、オネゲルはホルンの長大なソロを受けてオーボエにメロディーを託し、鳥の歌声をフルートとクラリネットに与えている。鳥の声だからオーボエは避けたのだろうが、この細かなフレーズをオーボエでやったなら曲は台無しとなったことだろう。そのような愚をオネゲルのような天才がするわけがない。
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さて、ここまで読んできた方ならおわかりだと思うが、私はここでオーボエのソロ的なものばかりをあげてきたが、もちろんオーボエはそれだけではなく、ハーモニーの一部を担うこともある。だが、オーボエのよく通る響きのためにそれは意外に使いにくいものとなることが多い。近代のブレンドして新しい響きを作っていくということからすると、このよく通る音というのがネックとなって、意外なほどオーボエは出番が少ない。
先にあげたファリャの「恋は魔術師」では基本的には二管編成であるのだが、オーボエは一本で演奏できてしまう。
次のチャイコフスキーの例をよく見てほしい。なんということはないのだが、よく見るとオーボエは内声を控えめに埋める役回りに甘んじている。そして主役の座はクラリネットに。二本同時にでるところも少なく、これで柔らかなサウンドを作り出しているのだ。
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この楽章において、実はオーボエはほとんど使われていない。前奏と後奏にわずかにこのような形で出て来るだけなのだ。どうしてだろう。
私は主役がヴァイオリンで、それを強調するために敢えてオーボエのようによく響く楽器を使わなかったのではないかと考えている。第4交響曲で、長大なオーボエソロを書いた彼ならではのバランス感覚とも言えよう。

さて一方で古典派以前のオーボエは、このハーモニー充足音から(息づきなしでかなりのロングトーンが吹ける特徴を生かして)持続音などがオーケストラにおけるもっぱらの役回りだった。あとはユニゾン。オーケストレーションでハイドンが取り上げられることが意外と少ないが、私は彼は本当に素晴らしいオーケストレーションの才能があったと思う。ラヴェルなどは彼の生まれ変わりなんじゃないかなんと思うのは、ちょっと東洋的発想ゆえの勇み足ではあるが、そう思わせるほどの発明に満ちたスコアが数多くある。
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この曲はハイドンの交響曲第88番の第2楽章であるが、チェロとオーボエがオクターブのユニゾンで出て来る。この意表をついた組み合わせで優美極まりないメロディーが、表情豊かに歌われるのだ。初めて聞いた時、ハイドンがサックスを使ったのかと思った。実は高校二年生までそう信じていた(笑)。実際にはハイドンが死んでからサックスが発明されたわけで、あり得ない話なのだか・・・。それほどエキゾチックで艶っぽさがこの響きには感じられたものだ。
管弦楽法の達人リムスキー=コルサコフの傑作「シェエラザード」の第3楽章にはオクターブではなく、同度のチェロとオーボエのユニゾンがある。
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ちょっと聞いただけではわからない隠し味であるが、ホルンやファゴットとユニゾンをすることが多いチェロに対して、オーボエの効果はぜひ聞いて実感してほしいところだ。
このユニゾンはオーボエの最低音域を使っているのだが、メロディーがそれを越えてしまうところでコール・アングレにそれを移しているほどであるから、リムスキー=コルサコフがこの音色にこだわったことがうかがえる。
バランスについて、次の四重奏(実際には1パートは通奏低音なので五重奏)を見て欲しい。オーボエはフルートやバイオリンの下に潜ってメロディーを演奏ことはあるが、フルートはメロディーを奏する時、決して上にオブリガートがあったりはしないのだ。
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この曲は、バッハのブランデンブルク協奏曲第2番の緩徐楽章であるが、この美しい響きの綾はバロック・オーボエの美しさを完璧に生かしたものであると考える。尚、この楽譜の画像もここからタダで手に入れられる。しかしバッハだ。買っておくことを強くお勧めしておく。これはそのサイトからダウンロードして加工して使用した。
こうしたバランスがあるだけに、ユニゾンでも特徴ある音色を加える役割が与えられる。まるでソプラノ・サックスのような響きで、甘く、どこかハンガリー風のエキゾチシズムが紛れ込んだようなシューベルトの「未完成」の冒頭にこのユニゾンが使われている。
シューベルトがオーケストラで聞かせた天才の証である。
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by Schweizer_Musik | 2006-03-03 21:54 | 授業のための覚え書き
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