モーツァルトのト短調交響曲の聞きくらべ -3-
馬鹿な話はこれくらいにして、話を第3楽章に進めよう。テーマは珍しい3小節構造で、トリオは2小節のフレーズを三つつなげて出来ている。
メヌエット主題がこれ。
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この音楽をモーツァルトはメヌエットとしているが、3小節構造のフレーズという異色の作りから、単なる舞曲的な楽章ではない何かを想定していたものと考えられる。
メトロノーム記号のように絶対的な速度指定がなかった時代の音楽であるからして、テンポ等は想像するしかないのだが、Allegrettoを付点二分音符でとるのか、四分音符でとるのかによっても随分テンポは違ってくるし、フレーズの重さも違ってくる。
ほとんどの指揮者は四分音符を一拍として演奏しているが、シューリヒトのシュトゥットガルト放送交響楽団とのライブ(hanssler_CD93.152)、スイス・イタリア語放送管弦楽団との1961年のルガーノ・ライブ(/ERMITAGE/ERM 144)、あるいはパリ・オペラ座管弦楽団との1964年の正規録音(SCRIBENDUM/SC011)という三つの録音では付点二分音符、即ち一小節を一拍として重々しくは演奏しても軽快な拍節感でよりスケルツォに近いやり方で表現している指揮者もいる。
ヴァント(BMG/09026 68032 2)の1994年の録音はそれを更に徹底させて、テンポも限界まで速くすることで、この楽章がベートーヴェンのスケルツォの先駆けとなった先進性を強調する。
実は、この曲の演奏で、全く私と考えが違うトスカニーニもこの拍子の取り方をしているのだが、全体をレガートで演奏したため、四拍子と三拍子が混在する面白さが出てこないことにもなっている。
楽譜を使って説明しよう。元々のテーマは3拍子でこう書かれている。
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しかし、この楽譜をよく見ると次のような拍節が隠されているとも言える。
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この面白さを表現するのに、拍を一拍にとった方がわかりやすいのは事実で、一小節を一拍でとると、軽快感はでるが、二つの拍子が同時に進んでいるような面白さは若干希薄に感じられなくもない。
これをアクセントをうまく使い分けて見事に演奏したのがアーノンクールである。この演奏を聞いたとき、私は「なるほど」と唸ってしまった。速いテンポで(付点二分音符が70強だと思われる)聞かせる彼の演奏から、この作品の持つ先進性が浮かび上がってきて、誠に面白かった。

テンポの取り方もまた千差万別である。ヴァントやアーノンクールのような演奏もあるが、一方で、ジュリーニやライナーなどの付点二分音符を45程度で演奏する超低速派まで幅広い演奏解釈が存在することも事実である。どの演奏を聞くかで、音楽の印象はずいぶんと違うはずで、聞きくらべの面白さもこんなところにあるのだが…。
やや速めのマリナー、パウムガルトナーから、中間点に位置するワルター(ニューヨーク・フィル盤、コロンビア交響楽団との晩年の演奏はかなりテンポを落としている。彼の解釈ではなく老化の問題?)、セル、ケルテス、マーク(パドヴァ・エ・デル・ヴェネト管弦楽団を指揮したARTS/47363-2)、更に少し遅めのちょっと重々しいブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレ盤(DENON/COZ-17003〜4)やカール・ベーム、スウィトナー、クリップス、チェリビダッケ、バーンスタイン(ウィーン・フィル盤 Grammophon/F00G 27004)などがあげられる。

ところで、スコアを見て頂ければわかるように、歯切れ良く演奏するように楽譜には指示があるのに、トスカニーニのようにやたらとレガートで演奏している理由が、私にはよくわからない。しかし、このレガート系の演奏は意外なほど多いのも事実だ。
カラヤン(DECCA/436 519-2)、アバド(Grammophon/429 801-2)、ジュリーニ(SONY Classical/SRCR 8634)、クーベリック(SONY Classical/75DC 601〜3)などがこのカテゴリーに入る。
まあトスカニーニほど冒頭のアウフタクトまでテヌートで演奏するような変わり種は少ないが、クーベリックの録音はかなり独特のアーティキュレーションやディナーミクが聞ける。彼は作曲家でもあったからかも知れないが、独特の解釈を行うことがよくある。

さて、トリオでテンポを落とすのが一般的だが、この作品の場合、メヌエットとトリオで編成の大きな差、響きの差があるので、テンポでこれを補強する必要があまりないのか、テンポの変化は実際の演奏ではあまり用いられないようだ。トリオを次に示しておく。
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木管と弦を交互に使うオーケストレーションが簡単なようで、さすがプロ中のプロが作っただけのことはある、細かな対比と変化に満ちている。
フルトヴェングラーやワルターなどの巨匠たちはここでわずかにテンポを落として、情感の変化を深い陰影で描いていく。私が贔屓のマリナーもテンポの変化を味付けにつかっているが、彼が伝統的な演奏スタイルを基礎としていることが、こうしたところからもよくわかる。
トリオで最も大きくテンポを落とすのはカザルスだ。彼は少し速めのテンポでメヌエットを演奏し、トリオで大きく減速する。一瞬ハッとするがこのギアチェンジは効果的だ。ただ、オケにかなり技量の低い者が混ざっているので、弦のユニゾンですらピッチの怪しい響きが気になる。日本のアマチュア・オケでもここまで下手なのはそうはないだろう。しかし、そんなことが気にならない人も多くいて、今もこの演奏を好きだという人も多い。感動とは技量ではないのかも知れないが、私はある程度の技量は絶対に必要だと思うが。
他の楽章は良いのだが、この楽章をあまりにゆっくりやるコレギウム・アウレウム合奏団やベーム指揮ウィーン・フィル、あるいはジュリーニ指揮ベルリン・フィルの演奏などは遅すぎる。遅くても、ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏のように歯切れ良く演奏していてくれれば、それほど違和感を感じないのだが、如何?
by Schweizer_Musik | 2006-03-12 14:49 | 原稿書きの合間に
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