多調性について (2)
二十世紀のはじめに、雪崩を打って始まった調性崩壊の流れは、シェーンベルクたちの半音階主義と、フランスを中心としたモードを発展させていく穏健な流れがドビュッシーなどを中心に作られたが、もう一つのミヨーなどフランス6人組などという十把一絡げ的なくくりのサティを首領とする音楽院を卒業したばかりのミヨーなどの作曲家(主にミヨー!)の多調性という全音階主義の3つに分かれて行った。
ミヨーの実験的な試みは、ストラヴィンスキーをはじめとして多くの作曲家たちに影響を与えたが、その中に組曲「惑星」を書き上げたばかりのグスターヴ・ホルストもいた。
ホルストは、ハリウッド調の豪華絢爛たるオーケストレーションによってあの有名曲を書き上げたことで知られているが、それ以外の仕事は、不当に無視されているのもまた事実である。晩年に近い、すでに作曲家として高い評価を受けていた彼が、1925年になって(あの「惑星」は1916年に完成している)すでに50才を越えた彼が、新しい技法に挑戦していたことは、全く頭が下がる。(ちなみに、彼の室内楽はほとんど知られていないのではないだろうか。このテルツェットも私は楽譜でしか知らない。
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ところで、このヴィオラのパートはクラリネット(A管)で演奏しても良いと楽譜にあるのだが、ヴィオラの最低音であるCがあるので、そのままでは無理なはず。どうやって演奏するのだろうか?ご存じの方がおられたらご教示頂ければと思う。やっぱりオクターブあげて演奏するのだろうか?

多調性に戻ろう。古い時代の偶発的に起こった多調性的な響きについては、無視してよいだろう。ミヨーなどの前に多調性的な手法を使っていたと言えば、チャールス・アイヴスがまず思いつく。
彼のとんでもない作品のいくつかで、多調性というか、別の音楽が同時並行で鳴り響くなどということをやらかしている。宵闇のセントラルパークという曲であるが、これは以前分析したので、そちらを参照してほしい。
楽譜を見て驚くしかない。完成したのは1907年!ああ、驚くしかない。

ミヨーと同じ時代にポーランドの作曲家、シマノフスキが弦楽四重奏曲第1番の終楽章で各楽器の調性が異なる多調性による作品を書いている(1917年)。
楽譜は手に入れていないのでここに載せられないのは残念だが、明日、学校の資料室で探すことにしようと思う。(弦楽作品が手薄なので、ちょっと望み薄だが)

この項、さらに続く(予定)
by Schweizer_Musik | 2006-05-23 20:35 | 授業のための覚え書き
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