モードによる作曲法について(5) - シベリウス色々
フィンランドの英雄、シベリウスは二十世紀のはじめに活躍した後、1920年代に筆を折り、以来亡くなるまで作品を発表しなかった。
前衛的な作品がもてはやされる中で、彼の音楽スタイルが古かったからだという指摘もあるが、私はそうは思わない。ユニークな作風が、時代の好みに対応できなかったという意見もまた私は同意できない。
私は、厳しい自己批判と形式に対する研ぎ澄まされた彼の感性が、極点にまで達したところで筆を折ったと考えている。最後の時期に生み出された作品はそれを示唆していると思う。
さて、彼の作品には旋法は必ず使用されていると言って良いほどである。晩年(といっても作曲上のだが・・・実際の晩年は、ずっと後のこと)の交響曲第6番ニ短調はモードのオン・パレードのような曲で、私たちを魅了する。
冒頭のドリア旋法による弦楽のアンサンブルの美しさは一体何なのだろう!
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これはD音を主音とするドリア旋法で出来ている。
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このあと、リディアなど色々な旋法を経ていくのであるが、第3楽章で再びこの序奏部と同じドリア旋法が戻ってくる。
序奏では4音だけでちょっと民族音楽の舞曲風ともいえる素朴さを感じさせているが、この約8小節の序奏がたった一つの和音がただ鳴り響くだけというのも、モードの特徴である和音のシンプルさの典型と言ってもいいだろう。大体において、モードの曲の和音はシンプルなもので、2つの和音か3つの和音で延々と出来てしまうのがモードであり、和音の力があまりなくても作曲できるのもモードの特徴でもある。
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つづく第3楽章のテーマはスケルツォ風の細かなやりとりで出来ているが、D音を主音とするドリア旋法で出来ている。
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この和音の変化が少ないというのは、シベリウスの作品の特徴でもある。あの変化の少ない音楽は、逆に北欧の時間の流れの遅さ、あるいは長さ、あるいは永遠性を表しているかのようでもある。

この稿更に続く
by Schweizer_Musik | 2006-06-01 21:48 | 授業のための覚え書き
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