夢の名演奏 (22)
フランス人指揮者、例えばマルティノンやクリュイタンス、モントゥー、ミュンシュは意外なほどロシア音楽が上手かった。厳密にはクリュイタンスはベルギー人だし、ミュンシュだってアルザスの生まれでドイツだったこともある。だからフランス人というくくりでは無理があるのは承知の上で、まぁお付き合い下さい。
それだったらブーレーズはどうだとか、プラッソンは?などと突っ込まれるといきなり立ち往生することも見えている。ならば、これらのフランス人指揮者がロシア系の音楽を得意としていたと言うのが正しいのかもしれない。

つい先だって、マルケヴィッチの「悲愴」を聞いていて、聞き比べをしたりしてモントゥーの「悲愴」を聞いてみた。昔、RCAから出ていた廉価盤で聞いたものだ。これが意外なほど良い。というよりもシンフォニックで、細部に無用な粘りがなく、展開もスムーズに聞けるのだ。何よりもチャイコフスキーのオーケストレーションの工夫が、大音量でグシャグシャになっていないのがうれしい。
で、モントゥーのこの演奏で気をよくして、BMGから出ていたアンソロジーの箱物を取り出して聞いてみた。リムスキー=コルサコフの「アンタール」やスクリャービンの「法悦の詩」などが入っているのだ。録音はいささか古く、聞きづらいのだが、バランスの良い響きでモントゥーがいかに才能豊かな指揮者であったかがよくわかるものとなっていた。
そういえば、クリュイタンスのロシア物も良かった。私が時々聞くのは(と言っても部分的にではあるが)ムソルグスキーの歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」である。リムスキー=コルサコフ版だと思うが、この演奏でこの曲に親しんだので、未だにこれですませている。(アンセルメの古いライブ録音も持っているし、他にも何セットかあったが、忘れてしまった)
クリュイタンスはラヴェルの全集で有名で、そればかりが今も話題になるが、確かにパリ音楽院管弦楽団との来日公演のインパクトが大きい日本ではそうなるのも理解できないわけではない。しかし、彼の本領はフランス物だけではなくドイツ物(シューマンの「ライン」などの名演がEMIにあるし、ベートーヴェンの交響曲全集は名盤だ!)などにも素晴らしい適性を示した。バイロイト音楽祭にもドイツ人以外では初めて招かれた指揮者としても有名だ。
その彼が、ロシアものを得意とし、ボロディンやムソルグスキーの管弦楽作品を録音しているのだが、チャイコフスキーの交響曲は何故かないのだ。ボロディンの交響曲第2番なんて、彼ならば素晴らしい演奏を繰り広げたに違いない。チャイコフスキーの第2番「小ロシア」など、きっと感傷的にならずキリリとまとめあげていただろう。「冬の日の幻想」も彼ならばどれだけ広がりのあるファンタジーを描いてくれたことか!想像するだに、録音が聞けないのが恨めしい。
ただ、第4番と第6番「悲愴」の第3楽章だけが「交響曲へのお誘い」などという企画もので発売されている。ああ、何故全曲やってくれなかったのだ!これでは気を引くだけ引いておいて、知らんぷりされているようで、恋い焦がれる気持ちだけが高ぶっていくばかりだ。
ギレリスとのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の映像やミルシテインとのヴァイオリン協奏曲を聞けば、きっと素晴らしいチャイコフスキーを聞かせたことだろうと思いばかりがつのる。

私は夢想する。EMIのアーカイブからパリ音楽院管弦楽団とのロシア物の未発表の録音が発売されるというニュースを。チャイコフスキーの交響曲で第1番、第2番、第6番と全集録音途上で何故か放置された録音が発見され、デジタル・リマスターしたCDが発売される。こんなニュースが飛び込んできたら、一も二もなくレコード店に急行だ。
「悲愴」の第1楽章をクリュイタンスはあまりピアニシモを強調しすぎず、フレーズを大きくとってスケール豊かに演奏している(ことだろう)し、パリ音楽院管弦楽団の面々の特に木管のソロが、美しく彩っているに違いない。「冬の日の幻想」の冒頭の木管のメロディーを、彼らの演奏で聞けたらどんなに素晴らしいことだろう!
昔、フェレンツ・フリッチャイのベルリン放送交響楽団とのステレオ盤「悲愴」が発売された時の興奮に並ぶものとなるだろう。

追記 : すみません、またまたクリュイタンスになってしまいました!
by Schweizer_Musik | 2006-06-23 20:11 | 夢の演奏
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