秋の風が開け放した我が家を吹き抜けていくようになった。こうなれば冷房もいらないし、落ち着いて音楽を聞くこともできる。
ヨーロッパでも夏の音楽祭シーズンが終わり、新しいシーズンが開幕する頃であろう。さて、秋を感じさせてくれる音楽、何が良いかなと考えたのだが、ヴィナー・リートをとりあげてみようと思う。大好きな歌はたくさんある。が、その多くは「昔を懐かしむ歌」であり、辻馬車やホイリゲ(新酒のワインを飲ませるオープン・カフェ)であったりする。わずかに恋愛の歌もあるが、年とった老人が若い頃を懐かしみながら、客観的に若者たちの恋愛について語るというものが多いのも特徴だ。 「母さんはウィーンの女だった」や「先生、憶えていますか」、「古い小径をしみじみ行けば」、「あっしもいつか死ぬとき」など名歌と言われる曲を思い浮かべると、そのいずれもが所謂「後ろ向き」の音楽なのには驚く。しかし、ハプスブルクの最後の皇帝が第一次世界大戦までいて、かつては繁栄を極めたこの町にとってみれば、かつての栄光は市民の誇りであったのかも知れない。 そうした「後ろ向き」の考え方でどうすると、言われる方はどうぞウィナー・リートなんて聞かない方がよろしい。とびきりの歌手が、しみじみとこうした歌を、シュランメルンの素朴な伴奏にのって歌うのは、何とも気持ちが良いのだ。 このジャンルの歌の最高の歌い手は、エーリッヒ・クンツであった。数枚を所持しているクンツのウィナー・リートのCDは私の宝である。これを聞いていると、ウィーンのあのホイリゲでの楽しい夜がすぐに思い出されてくる。 また、昔、マックス・エッガー先生の講座で、ワルツの話になって先生がウィナー・リートを歌われたことなどが思い出される。ワルツを知りたいのなら、ウィンナ・ワルツだけでなく、こういう歌も知ることも大事だということだったが、懐かしい話である。 十九世紀初頭のウィーンで、ランナーなどがワルツを庶民文化として定着させ、シュトラウス一家やシュランメル兄弟が、それを花開かせたのだった。ヨーロッパの中心はナポレオンなどが台頭したこともあって、とっくの昔にウィーンからフランスやプロシャなどに移っていたが、「ウィーン会議」が開かれるなど、その栄光の名残をとどめていたことも事実であった。 その栄光を振り返りながら、皇帝を失った後の失意のウィーンは生きていたのだ。私はそういう「後ろ向き」の歌の数々が愛おしくてたまらない。 Herr Doktor, erinnern sie sich noch…、先生憶えていますか、ウィーンのあの頃を…お年を召された皇帝陛下は立派でしたねぇ…という歌は、その典型であろう。クンツは何度かこの歌を録音しているが、シュピラー・シュランメルンと1965年に録音したものは、最高のものだ。 このCDもとても手に入りにくい一枚となってしまった。ウィナー・リートなんて日本では流行らないだろう。けれど、私は愛おしくて仕方がないのだ。物思いにふける秋だからこそ、こうした「後ろ向き」だって味わい深いものだと思う。音楽で「後ろ向き」でも、人生は前向きであれば良いじゃないか。
by Schweizer_Musik
| 2006-09-04 08:50
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