カルミナ・ブラーナ考察 (1)
オルフのカルミナ・ブラーナは1936年に書かれた。オルフについて考える上で、ダルクローズの影響を無視することは出来ない。ダルクローズに直接師事したわけではないが、オルフはドイツにおいてダルクローズのリトミック理論をよく研究しその最も優れた牽引者であったと私は考える。
リトミックとは「音を聞き、それを感じ、理解し、その上で楽器に触ってみる、音を組み合わせて音楽を作ることの楽しさを身体全体で味あわせ、その喜びの中で、音を出し、奏で、そこから旋律を作っていくことへの興味と音感を育んでいく」教育のことで、今日の子供のための音楽教室の多くが、この教育法を展開している。それぞれのシステムと標榜していても、基本はこれとコダーイの教育法の発展型としてあるに過ぎない。
さて、そのような話はともかく、オルフはこの「カルミナ・ブラーナ」から作曲家として自己を確立した。それは、自作の出版社であったショット社へ「今までの作品すべて破棄して欲しい。と言うのは私にとってカルミナ・ブラーナが本当の出発点になるからである」という手紙を書いていることからもわかる。

「カルミナ・ブラーナ」とは何か?ドイツのバイエルン州にあるBeuren(ボイレンと呼ぶらしい)修道院の図書室に所蔵されていた13世紀の写本のことで、1220年頃から1230年頃までに筆写されたと考えられているものである。これは学生や若い聖職者などがラテン語で書いた約300編の詩歌である。
宗教的なものではなく、道徳について、風刺、あるいは恋(というかかなり性愛について露骨なものもある)、更に酒や遊び、賭博といった当時の風俗を扱ったものやクリスマス、復活祭などの詩(劇として書かれたもの)も含まれている。
これが1803年に発見され、ボイレン修道院が国有化されることとなって国の所有となったのである。歌と言ってもネウマ譜で残っているものは10曲ほどで、他は詩のみで伝わった物であるが、これをボイレンの歌という「カルミナ・ブラーナ」という名前で、1847年にミュンヘンの国立図書館の司書シュメラーによって編纂され出版されたのだった。
オルフはこの本からいくつかの詩、歌を選び「楽器の伴奏を持ち、舞台場面によって補われる独唱と合唱の為の世俗的歌曲(世俗カンタータ)」として「カルミナ・ブラーナ」という作品を書き上げた。私は合唱とオーケストラ、独唱者による演奏会で二度ほど聞いたことがあるが、本来は、舞台上で独唱者、舞踊手が音楽を象徴的に表現する作品として書かれているので、私の知る公演は、簡略化した公演であったと言うべきなのだろう。
以前、スカパー!でこれを映像化したものを見たことがあるが、映像ではバレエで曲の内容を表現していた。が、はじめはともかくも、第2部以降はかなり刺激的で、男女の恋の駆け引きとその成就…あんなにやっちゃっていいのかなぁ…などがバレエで表現されていた。

さて音楽である。冒頭からこの作品は現代と過去に引き裂かれている。それは響きの点で象徴的だ。
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この響きは9の和音で出来ているが、バスが半拍(二分音符一個分)早く動いていく。響きの基礎と上声部の動きに齟齬がある点に注目すべきだ。そして9の和音。これは四度あるいは5度構成の和音と考えることもできるが、この9の和音と所謂sus4と呼ぶ和音が使われているのだが、これがこの作品の特徴的な響きの基本となっている。
この稿、断続的に更に続く(予定)。
by Schweizer_Musik | 2007-03-07 11:33 | 授業のための覚え書き
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