ブレンデルとギーレンが共演したリストのピアノ協奏曲は、中学の頃、コロンビア・ダイアモンド・シリーズという廉価盤のシリーズで出ていて、これを毎日毎日、飽きることなく聞き続けた思い出に浸っていた。
リストの2曲のピアノ協奏曲は私にとっては特別の思い入れのある曲であり、この演奏は特別のものとなっていた。ジャケットはフランス・アルプス、シャモニーにも近いラック・ブランの夕景の写真で、こんな美しい世界が世の中にあるのだろうかと思っていた。 この頃から、ヨーロッパ・アルプスに対する憧れが私の中で沸々と熟成し始めたと言える。 この少し前、私が小学五年生の頃のことだったろうか、日本人によるアイガー北壁の直登ルートの登攀成功のニュースもあり、山育ちの私にとってアルプスの白銀の山はいつしかあこがれとなっていた。 ラックブランは未だに行く機会を得ず(近くまでは行ったのだけれど…)その写真は持っていないので、グリンデルワルドからファウルホルンに登った時に写した一枚を載せておこうと思う。 湖の向こうにある山並の右、写っていないけれどアイガーの東山稜が続く。日本の槇有恒が縦走に成功した山である。ちなみにアイガー北壁はこれに続くほぼ垂直の壁で、北に向いていることもあり日があまり射さない厳しい山稜である。 ついでなので、この写真もあげておこう。グロスシャイデックという峠からフィルストという山に向かうハイキング・コースの途中から見たアイガー東山稜とアイガー北壁の姿である。 ともかく、こうした山の風景とともにリストのピアノ協奏曲が私の頭にすり込まれてしまったのだ。 リストのピアノ協奏曲は不思議な曲で、2曲とも主調が長調なのに、全く長調らしくないのも、中学生の私には強い印象を与えた。 第1番の冒頭はユニゾンで半音階で下っていくテーマは長調の特徴よりもより短調の特徴を印象づけているし、第2番はイ長調の主和音で始まりながら続く和音は遠隔調の和音を続け、結局平行調のフリギア終止をもってフレーズがまとめられるのだから、リストは最初から調性を確保しようなどとは考えていないのだ。 その点でこれらのリストの作品は、ワーグナーのトリスタン和音を先取りするものとして注目に値するものなのだけれど、それが描き出すむせかえるようなロマンの香りは、一度はまってしまうと抜け出ることの出来ないものを持っている。 ラックブランの夕景の写真はブレンデルとギーレン指揮ウィーン・プロムジカ管弦楽団のこの演奏にピッタリだった。湖の向こうの山小屋が黒くシルエットとなり、遙かな名峰ドリュからつづく赤い針峰群からグランドジョラス北壁へと続く山群の風景は、夕焼け(ドイツ流にアーベントロートと言いたいところ…あっフランスだった)は、あまりに幻想的で、この世ならざる美しさを感じさせたものである。 そうした風景はスイスでたくさん出会うことが出来た。シルヴァブラナの古城とシルヴァプラナ湖の風景もそうしたものの一つだ。 美しい風景だと思う。1939年だったか、亡命前、まだ戦争がはじまる前の7月に、バルトークはここを夫妻で訪れていて、その写真を見たことがあるが、この古城がそれにはっきりと写っていて、この景色を見たときにそれを思い出したものだ。 ここからも近いシルス・マリアの村はクララ・ハスキルやグリュミオー、バックハウスやワルター、メンゲルベルクなどがよく訪れたところで、あのニーチェが「ツァラトゥストラはかく語りき」を執筆したところとしても名高い。(その家は今では記念館となっている) その先の峠を下って行った先のソーリオは、ぜひ死ぬまでにもう一度行きたい村。どこか故郷の村に通じるただの山村なのだが、新田次郎の本の中で大変感動的に描かれていることでも知られる。 こんなことを思い出しながら、リストの協奏曲を聞いていて、この曲をミューレンのホテル・ベルビューで一人泊まっていた時、つけていたラジオから急に流れ出した時のことを思い出した。演奏はブレンデルとギーレンでは無かったけれど、夕景のミューレンは人通りもなく、とんでもない静けさに包まれていて、とても小さな音量でこの曲を暮れなずむアルプスの山々のアーベントロート(夕焼け)とともに聞いていたのである。第2楽章を聞きながら、私はつい涙を流してしまった。もう十五年ほど前の話である。 リストの協奏曲は第1番も第2番も私の名かでは、こうしてアルプスと結びつけられているけれど、リスト自身はそんなことは思いもよらなかったことだろう。ただ、何度目かのオーケストレーションを担当したのは、スイス出身の作曲家ヨアヒム・ラフであった。 リストは自身でもオーケストレーションをしているけれど、多くの作品で弟子たちにやらせている。その一つがこの協奏曲であったのだ…。 こうしてスイスと音楽の話が続いていくのだけれど、そろそろお後がよろしいようで。
by Schweizer_Musik
| 2007-07-21 23:58
| 原稿書きの合間に
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