日本のフルートとギターのための作品集を聞いて
武満 徹の「海へ」を勉強していて、ちょっとナクソスに行ったら、スーザン・ヘップナー(fl)とラケル・ガウク(g)の演奏があり、若干リズムの甘さがあるとは言え、きれいな演奏で楽しんでいた。で、他の曲に目が行ってしまい、長沢勝俊氏や宮田耕八朗の名前があり、あれ、これ尺八と箏でなかったっけと思い、調べてみたら確かに…。
長沢勝俊と宮田耕八朗と言えば、日本音楽集団の創設メンバーであり、伝統的な日本の音楽に様々な作曲家を引っ張り込んだ?功労者である。作曲家としてさして面白いものを書いたとは思っていないが、その業績はそれだけではない。私も尊敬する方々である。
その音楽をフルートとギターという、ピアソラの「タンゴの歴史」以来、結構人気が出てきた編成に直して演奏している。
何故、武満徹の作品と組み合わせたのかはわからないが、BISの日本贔屓故であろうと、勝手に解釈して聞き始めた。
長沢勝俊氏は、今年のはじめに亡くなられたとの報を聞いた。宮田耕八朗氏はまだまだお元気で活躍しておられるはずだ。
長沢勝俊の萌春を聞く。動きのあるメロディー・ラインは意外なほど新鮮に聞こえた。部分的に尺八のトーンをフルートに生かしているあたり、なかなか巧妙だと思ったが、ギターの響きが箏とちょっと違和感が感じられた。まあ、ハープなどに直されるよりもましかと思うが…。
ただ、曲の内容に対して少し長すぎるように思うのは私だけだろうか?変化に富むものではあるけれど、音階が限定されていて響きの点で変化がなく、またフルートとギターの主役と脇役の関係を限定して書かれているところが、長すぎると感じさせるもとだと思う。
この類の音楽の多くに、こうした問題を感じるのは、私の伝統的な音楽に対する理解の不足ゆえなのかも知れない。識者のご教示をお願いしたいと思う。
宮田耕八朗の「草笛の頃」は1982年の作とあるが、それぞれが短い小品が3曲まとめて組曲の形をとっているので、長沢勝俊氏の作品のような「長さ」というか「冗長」に感じることはなかった。
それに、フルートとギターの役割の分担がより近代的になっているように思う。これはなかなかに良い曲だ。アレンジも気が利いている。

これらの他に、眼龍義治氏の「みせばや」や野田暉行氏の「こきりこ」変奏曲などが入っている。
「みせばや」は「ずいずいずっころばし…」のパラフレーズのような曲。同じ素材を用いた作品では、庄野ひろひさの「Z−パラフレーズ」というチェロとピアノのための曲があり、これはなかなか面白かった…。
まぁ、日本の伝統的な楽器のための伝統的な素材による作品をフルートとギターのためにアレンジしてやったもので、こうした音楽に対する理解というか注目をもたせるという意味では良い企画だと思う。
メジャー・レーベルの出すものだけ聞いていては、こうした音楽の幅広さは絶対に出てこない。

日本のフルートとギターのための作品集 BIS-CD-969
by Schweizer_Musik | 2008-02-01 08:36 | 授業のための覚え書き
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