音楽家のプロモーションについて
クラシック業界のプロモーションについての興味深いエントリがいつもの「おかか1968」にあった。「フィナンシャル・タイムズ」紙に掲載されたコラムを元にした内容であるが、少し身につまされるところと、確かに・・・と思う部分がある。
業界に多少なりとも足を突っ込んでいる私には、書けない部分もあるのだが、新人でまだ売られてもいない歌手の作品が朝の情報番組で「期待の・・・」なんていう感じで紹介されたりすると、どこかの会社がずいぶんお金を投資したなと思ってしまうし、山のように新人歌手がデビューしている現在、その中でどれが売れて、どれが売れないということは、プロモーション次第ということになる。
何と言っても難しいことは、プロモーションが出来ない、あるいは弱いと、良い音楽、ひょっとしたら売れるはずの音楽も、人々に伝わらず、結局イニシャル2000枚だったとしたら、それが半年程度売られてあとは廃盤で二度と出てこないというのが実際のようだ。
クラシックの業界でも当然これは当てはまる。大阪出身の指揮者のN氏や京都出身のS氏は人気も出てきて、よく売れるが、N氏などはプロモーションの匂いがちょっと強すぎて私は聞く気にならない。フランスなどで活躍しているS氏は実力もあるし、私は良いと思うがこれも最初の「・・の最後の弟子」なんていうキャッチを武器にプロモーションが成功した結果であろう。
プロモーションが良い悪いという話ではない。情報番組や、情報発信のサイトがないと、私たちは何を聞いたら良いのかわからず、音楽は更に専門家のためのものになってしまうだろう。私の好きな津田理子さんのピアノ・リサイタルはそうしたプロモーションが行われないから、あまり知られていない。また松村英臣のピアノ・リサイタルにしても同様だ。彼らの素晴らしさがプロモーションしてマスコミに露出していけば、ずいぶん変わることだろう。しかし、この世界は実力でない。
このプロモーションに何となく抵抗を感じるのは、この音楽性や演奏力、芸術性と異なる政治力でことが運ばれていくことへの抵抗であるように思う。
我々は、本物を見極める耳と感性を要求されているのだ。そしてそれを導く質の高い評論家もなくてはならない。これらがあって健全な世界が生まれると思う。プロモーションを目の敵にする必要はないし、それもまた一興。でも私が聞きたいのは感動を伝える音楽なのだ。
by Schweizer_Musik | 2005-02-24 17:10 | 音楽時事
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