マイケル・ティルソン・トーマスの演奏はまだまだ良いものがあるようで、iTune−Storeで、マーラーの第9と第7「夜の歌」、コープランドのアパラチアの春などの録音を購入。この分では一気に買ってしまいそうで、自分がちょっと怖くなっている…(笑)。
今、マーラーの第9を聞いているのだけれど、これはとんでもない演奏だ。久しぶりに鳥肌もののマーラーに出会った。これがストアで2400円だなんてもったいない! 第1楽章からものすごい集中力だ。遅めのテンポながらそれが遅いと感じるよりも情報量が圧倒的に増えた感じと言えば良いのだろうか…。それぞれのフレーズがジワジワと迫ってきて息が出来なくなるほどである。 ため息のようなゲネラルパウゼが、絶望と希望の狭間を見せているような演奏は、いつ誰の演奏で聞いたのか、もうこのティルソン・トーマスの指揮するサンフランシスコ交響楽団の演奏を聞いて忘れてしまった。 ティルソン・トーマスはたっぷりとした幅のあるテンポでこの曲をはじめる。マーラーはこれでもかというほど細かくテンポ変化の指示を書き込んであるのだ。一つのフレーズ、一つの和音にすらテンポが存在するほどで、第1楽章の第2主題の提示のあとにホルン、そしてトランペットで演奏される半音階の「苦悩の動機」の後のリタルダントを思いっきりのばす。 大体古典的なソナタ形式からは全く離れた、独自のソナタ形式らしきものによる第1楽章は、極限にまで拡大された形式である。ベートーヴェンなどのソナタ形式と似ても似つかぬ姿故か、音楽之友社の名曲解説全集などでは、かなり怪しげな分析となっていて、我々には参考にもならないけれど、今朝はティルソン・トーマスのおかげで久しぶりにマーラーのスコアを勉強してみようという気になり、四時間ほどぶっ通しでスコアとにらめっこをし、今再びティルソン・トーマスの録音を聞き始めた次第である。 トロンボーンが半音階の動機を四分音符の三連符に変奏してもったいぶってやった後の253小節の終わりにあるフェルマータによるルフトパウゼは、永遠のような長さだ。 たっぷりしたテンポは、告別の主題である第一主題が短調になってホルンの合奏に現れ、冒頭のハープの動機が低弦で不安げに繰り替えられる中、弱音器をつけたトランペットたちによって鋭い金切り声で演奏される葬送のテーマなどまでもが音楽的に聞こえてくる。 引き裂かれた作曲家の心はここの極まる。妻アルマの不倫、そして自身の心臓の病など、心と体が引き裂かれてしまったマーラーの精神がこれほどにまで厳しく、かつ美しく鳴り響いたことがあっただろうか! オケはとびきりの奏者たちを集めたようで、第1楽章終わり間近の木管楽器のソロの受け渡しが延々と続く部分を聞いてみたらわかる。 また終楽章の弦のアンサンブルなど最高で「マーラーはウィーン・フィルでないと」と思いこみだけで話す友人に聞かせてやりたい…と思ったりする。 第2楽章のレントラー風のスケルツォの変幻自在の指揮も見事だ。まぁ彼ほどのキャリアの指揮者にテンポの変化の上手さを褒めてみたところで意味がない。そんなのは出来て当たり前だからだ。しかし、敢えてそのことを、そしてその自然な移り変わりを指摘しておきたい。 このスケルツォもマーラー独特の形式で出来ていて、一般的な三部形式やロンド形式などで説明の出来ないもので、さらに驚くようなテンポの変化がつれについて来るのだから、とんでもない作品なのだ。 それをこんなにピッタリと音楽的にやる奴なんてそうはいない。その上オケが全く素晴らしいのだから、ただただ凄いの一言である。 第1楽章の主題から持ってきたヘ長調の第3レントラーなどののどかで牧歌的表現は、そのテンポ感の良さと、(木管と弦の)バランスに対する鋭敏な耳を持っていることと、音楽的な処理へのセンスをあらわしている。 第3楽章のブルレスケは今まで一番不満の多かった楽章で、聞くまで不安であったが、それは杞憂であった。 大体冒頭部分を鋭くやり過ぎたりして、その後息が続かないというのが私の不満の多くであったのだけれど、ティルソン・トーマスはこの楽章の複雑なポリフォニーをよく処理していて全く見事。これはオケの楽員たちの室内楽的なセンスの良さによるものと私は考えている。 ロンド形式とは言え、いつものように極限にまで拡大されたマーラー流のロンド形式であるから、一筋縄でいかないのは当然である。 フガートなどでのクライマックスの持って行き方は意外にも直裁で、たっぷりしたテンポを全体にとるティルソン・トーマスでも音楽の漸進性は失わない。 トライアングルなどの金物も遠慮することなく叩かせ、それでいて音楽的に聞こえる不思議! 終楽章は今まで聞いてきた名演に比べて編成がかなり小さいのではと思うほど、弦が薄い。マーラーのスコアはディヴィジで分かれるところもあるけれど、相対的にすっきりと4声部を基本として書かれているので、こうした解釈もあって良いのだろうと思う。 このたった17ページの音楽をブルーノ・ワルターはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とわずか18分弱で演奏している。そんなに速いと思ったことはなく、これで良いと私は長年思っていた。もちろんコロンビア交響楽団との録音もよく聞いた。こちらは21分ほどでウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との演奏ほどではないものの、やはり速めのテンポである。 名演の誉れ高きジョン・バルビローリの演奏もあまり変わらない。ゆっくりであれば良いというものでないので、こんな比較は何の意味もないのだけれど、ティルソン・トーマスが27分あまりかけて演奏しているということは、知っておいても悪くはないだろう。 弦の厚みが欲しいと思う人もいるだろうし、その点は否定しないけれど、私はこれでも良いと思った。 久しぶりにまじめに勉強して聞いてみた。しかし和音の連結やオーケストレーションに教えられることの多い数時間であった。
by Schweizer_Musik
| 2008-06-01 23:23
| CD試聴記
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