越天楽〜木挽歌
昨日は、現代音楽の授業で、先日からやっている近現代の日本の音楽を俯瞰するということで、先日の近衛秀麿の「越天楽」の次ということで、時代を下って小山清茂の「木挽歌」の簡単な分析を行った。
まず先週の「越天楽」の授業について…。(ナクソスで聞くならこちら)

「越天楽」は原曲となった雅楽の演奏を少しだけ聞き、その特徴などを簡単に話してからスコアを読む。雅楽の編成(メロディー担当のグループ、リズム担当のグループ、そして背景のハーモニー担当のグループ)を模した特殊なスコアと配置について説明しつつスコアにあたり、メロディー部分の微妙なズレを書き記した譜表に、近衛秀麿の「日本的なもの」へのこだわりを意識させた。
日本の民謡や演歌などで使われる「コブシ」が、メロディーにあり、これに注目させてから近衛秀麿指揮による新交響楽団の演奏をまず聞いてみた。
そして、古いストコフスキーの演奏を聞く。そしてそこに感じるかすかな違和感。これは我々が西洋音楽をやっているのを欧米の人達が聞いて感じる「かすかな違和感」と似ているのかも知れない。
1930年代、すでに日本人の音楽家たちは、民族としてのアイデンティティーをどう主調するのかという「壁」にぶつかり、試行錯誤を行っていたのだ。
それは、町田嘉章(1888-1981)の三味線協奏曲 第1番 (1927)などといった試みにも現れた。(録音はロームミュージックファンデーションから日本SP名盤復刻選集1として出ている)
ドイツで後期ロマン派の音楽の洗礼を受けて日本に戻った山田耕筰は「この道」などのよく知られた「歌曲」を発表しつつ、1934年に長唄交響曲「鶴亀」を発表する。
今日の耳で聞くと、これらの音楽は若干荒唐無稽な試みと感じなくもないが、それは時代のパイオニアとして様々に試行した結果であると私は思う。
テープもステレオも無く、当然「越天楽」や長唄の楽譜など無かった時代に、その楽譜を作り、それをオーケストレーションするという難行苦行を行った先人の仕事の上に今日の我々があるということを肝に銘じるべきだと考えるのである。
これらのことを話してから、沼尻竜典指揮 東京都交響楽団による1931年に近衛秀麿によって書かれた「越天楽」を全曲聞いた。
これが、先週の「現代音楽」の授業だった。

続いて、昨日は小山清茂の「木挽歌」をとりあげたわけであるが、九州地方の民謡を正確に採譜し、極めて優れたオーケストレーションを施した作品である。三好十郎という方が歌った民謡を採譜して書かれている。
もともとはラジオのための音楽劇で、その中で三好氏が歌って聞かせたものだそうで、こうした例は、古くバルトークとコダーイのフィールド・ワークでの採譜と研究を源としている。
私が大学で学んでいた時、二度ほどだったと思うが、小泉文夫先生の特別授業を受けたことがある。「わらべうた」の研究については教科書でもあったので、多分当時の同級生たちは皆持っているはずだけれど、あんなに役に立った教科書は後にも先にもなかった。
ここから大いに影響を受け、日本語と歌唱について考えていく中で私は間宮芳生に夢中になったのである…。
それはともかく、こうした民謡の研究などを行う中で「日本的」なものを目指したのでだということだけはまず確認しておきたい。

スコアは極めて描写的な第1部の冒頭の木を挽く風景が描かれ、そこでチェロが即興的な「歌」を歌い始めるところから描かれる。
木を挽く描写は全音階のクラスターと半音階のクラスターを12人の弦楽奏者によるsul ponticello(駒のそばで演奏する技法)によって描かれる。その中からチェロによるメロディーが歌い始められる。
続いて打楽器が加わり、テンポが速くなって「盆踊り」がはじまる。太鼓のリズムにのって笛などによって「歌」が奏でられ、合いの手のトゥッティが挟まる。
ピッコロのソロでまず歌われ、続いてオーボエが受け継ぎ、合いの手が入り始める。
更にサックス(テナー)のソロ、やがてファゴットがユニゾンで重なり、お囃子が入ってピッコロにメロディーが戻るとサックス、ファゴットが対旋律を担当する。このあたりは大変見事な効果である。
そしてフルートとクラリネットのユニゾンにメロディーが移り、途中からトロンボーンが加わると、次はトロンボーンのソロ、更にピッコロに戻り、対旋律が弦も加わって演奏されてこの部分を終えるのである。
メロディーが様々な楽器に移ることでそれぞれの楽器に合わせて一種の変奏が行われ、オーケストレーションなどの勉強には良い参考例にもなろう。
続く「朝のうた」は町中での「木挽歌」であるが、5/4拍子で彼の精密なスコア・メイクの好例となっている。メロディーは相変わらず管楽器にあるが、それが、ラヴェルのボレロの木管の合奏部分のストリート・オルガンの部分のヴォイシングと共通するところでもある。
分析についてはここまでのところで昨日は終わり、後は簡単にスコアを見て聞いてということで終わる。

こうした、シンプルな民謡・神楽などのオケ編作品は今回で終わり。次回は久しぶりに福島和夫の「冥」を取り上げる予定。
続いて3人ほどのレッスンを行う。一人、かなれ現代物に関心を持っている学生がいるので、彼には多調性の説明をオネゲルの「ダヴィデ王」を使って行った。

これが終わったところに、先日完成した「アルルの女」第1組曲の写譜が終わったということで、N君から受け取り、そのまま飲みに行く。いつもの水道橋の飲み屋でいささか気炎をあげたところで、今日は早めに帰る。(最近午前様が連続しているので…)
by Schweizer_Musik | 2008-10-16 08:48 | 授業のための覚え書き
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