第21位 マウリツィオ・ポリーニ
実は、ポリーニを入れようかどうしようか、ずいぶん迷った。今更いらないんじゃないかという思いと、かつてあんなに聞いたのだからという思いが交錯してのことである。 私にとってポリーニは、当に青春時代のアイドルだった。演奏会もよく行った。高校生の頃、大阪で聞いたのが最初で、以来なんども聞いている。2008年にルツェルンで細川俊夫先生と聞いたのが最後で、それからは聞いていない。 あの演奏会は、前半がポリーニのショパンで、後半はポリーニは出てこず、実験的な現代作品が演奏された。2回分のコンサートを聴いたようなものだったが、ポリーニが客寄せの役目をして、客入りの悪い現代音楽のコンサートをやったものと思われる。 終わってから細川俊夫先生と「長かったねぇ…」と語り合って別れたことが思い出される。ルツェルンのホールで3時間近く座っていたのだから当然の感想だった…(笑)。 それほどよく聞いたポリーニをこの30人の中に入れるかどうか迷ったのは、最近、彼の演奏に興味が無くなってしまっていることによる。それでもCDだけは惰性で買い続けて増えているものの、聞くことはほとんど無くなった。どうしてだろう? 例えば、ドビュッシーの「喜びの島」の録音がある。何故彼があの曲を弾いたのか、私には全く理解できない代物だった。平板で、どこにも共感の跡もなく、ただただきれいに鳴らしただけで、私は一向に感興も湧かず、時間だけが空しく過ぎていくだけだった。一緒に入っていた前奏曲集はそんなことはなかったけれど…。 思えば、ベートーヴェンの後期ソナタを録音した頃からこういう感想を持つことが増えた気がする。彼のベートーヴェンの録音はどれも退屈なものだった。「研ぎ澄まされた…」などと世間の評価は高いが、私の心には何も響かなくなった彼のCDはもう無用の長物と化してしまったようだ。 だがかつて、ポリーニは私のアイドルだった。高校生の時に聞いた彼の演奏はまさしく私にとって最高のものだった。 シューマンのピアノ・ソナタ第1番で鮮烈な印象を与えたポリーニは、ショパンの練習曲集のCDで驚天動地の名演を残した。その次に聞いたのはストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」より三章とプロコフィエフのピアノ・ソナタ第7番で私は彼のファンになった。無理をしてでも彼のレコードだけは買い続けた。そしてシェーンベルクのピアノ曲のレコードで私は12音にはまりまくった…。 大学2年だったか3年だったかの頃、私は12音に取り組んでいたが、その横にはこのレコードがあった。師の七ッ矢博資先生の12音によるカノンのスコアとこのポリーニのLP、レイボヴィッツの本が私の教科書だった。 続いてルイジ・ノーノの「力と光の波のように」を聞いた。冬の寒い日、あの曲を聞きながら音楽の熱さと反対にどこか不思議に冷めていく自分を感じていた。が、当時はそれに気がついていなかった。そして毎日、この音楽ばかり聞いて年を越した。今考えると変な奴である…(笑)。 それから次第に彼のレコードは買うけれど、興味を失っていくこととなる。それは「ハンマークラヴィーア」あたりから私に起こった。 バルトークのピアノ協奏曲で、ちょっと乱暴だなと感じた私は、ピエール・ブーレーズのピアノ・ソナタ第2番を聞いて、やっぱりポリーニでなければとも思ったものだが、その余白に入っていたベルクのピアノ・ソナタにがっかりした。つまらない演奏だと思ったのだ。感情が乗っていないというか、演奏から豊かなロマンがごっそりそげ落ちているのだ。あれではベルクはつまらない。 カール・ベームやクラウディオ・アバドとのベートーヴェン、あるいはモーツァルトの協奏曲も悪くはなかったけれど、私のファースト・チョイスとなることはなかった。 そして彼のCDはずっと増え続けているものの、聞く機会は減るばかりで、この稿を書くに当たって久しぶりにカール・ベームとのベートーヴェンを聞き返し、ルイジ・ノーノを聞き返したところである。 私にとって、ポリーニは1970年代で終わっていた気がする。その頃に聞いた演奏、特にシューマンのソナタなどは目覚ましいものだった。彼の代表盤としてそれをあげる人はいないだろうが、私はあの一枚だけでも充分である。次いでショパンのエチュードもあげておきたい。がそれ以外のポリーニの演奏は全て失っても、私はあまり残念に思わないだろう。 写真はサース・フェー、ハンニックから下ってきたところ。折悪しく、雨模様となった頃に見上げて撮った一枚。 ![]()
第22位 ソロモン
この人の名前は、1980年頃、音楽評論家の吉田秀和氏の本で読んで知った。しかし、当時すでに彼の録音はほとんどが廃盤で、一度聞いてみたいと思い続けていた。 結局、CD時代が成熟するにつれて、ようやく彼の録音がCD化されはじめ、彼の演奏芸術を味わうことができるようになったのである。1990年代に入ろうとする頃のことであった。 彼の本名はソロモン・カットナー。1902年生まれで、1988年に亡くなった。が、彼は1956年に脳梗塞で引退を余儀なくされてしまった。そのために当時制作途中だったベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は未完となってしまった。ああ、残念!! ベートーヴェンやブラームスを得意にしていたが、レパートリーは意外と広く、若い頃はヴィルトゥーソとして有名だったらしい。ハーティー卿の指揮で1929年から1930年にかけて録音したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番など、録音さえよければと思われるが、それでも貧しい録音の向こうから、輝かしいタッチの片鱗が聞かれ、神童ソロモンともて囃された姿が垣間見えるようである。 彼は、クララ・シューマンの弟子に師事し、神童としてイギリスで一世を風靡した後、再び自らを鍛えようとパリに赴き、マルセル・デュプレとラザール・レヴィに師事している。その後の演奏だ。ただの奔放な若者の演奏ではなく、充分に大人の成熟した演奏を聞くことができる。 1932年に録音したショパンの「英雄ポロネーズ」は彼のテクニックと音楽が見事にマッチした好例だと思う(Testament/SBT 1030)。そのCDにはショパンの幻想曲Op.49も入っていて、この時期の録音としては状態もよく、彼のピアノを聞くならまずこのあたりから聞かれてはいかがと思う。重厚で深いロマンの闇に遊ぶ思いがここから漂ってくる。深まりゆく秋にはこれなど素晴らしい聞き物だと思う。 続いてあげられるのは、ピアティゴルスキーとのデュオであろう。1936年。戦争の足音がし始めたパリで彼はブラームスのチェロ・ソナタ第1番をピアティゴルスキーと録音している。(同/SBT 2158) ソロモンがきちんとしているばかりの退屈なピアニストという人はぜひこの演奏を聞いて欲しいと思う。 戦争が激しさを増していた1942年にロンドンで録音されたブラームスのヘンデル・バリエーションは、私の大好きなコヴァセヴィッチの録音とともに最も大切な私の宝物のような演奏だ。(同/SBT 1041) この時期のソロモンの録音をテスタメント・レーベルが丁寧に復刻してくれていることで、彼の演奏芸術がより多くの人に遺されるのだと思う。大変意義のある仕事をしてくれていると私は思う。 1947年4月、ロンドンのアビー・ロード・スタジオで、ソロモンはブラームスのピアノ協奏曲第2番の歴史的名演を録音している。共演はイサイ・ドブロウェン指揮フィルハーモニア管弦楽団で、この後、スクリャービンの協奏曲、そしてかつてデビューの頃に得意にしたチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番がこのときに再録音されている。(EMI/2061022) 彼のテクニックは輝かしく、かつ、タッチの素性が良いので、汚い音を一切出さない。しかし、退屈な演奏などとは全く逆で、熱く、ロマンの血が滾るような見事な演奏が、良く考え抜かれた結果として提示されるのだ。 彼は人一倍知性の高いピアニストだったと思う。私はこういうピアニストが好きなのである。 愛してやまない録音を1つあげるなら、クリュイタンスと録音したベートーヴェンの第2番の協奏曲だ。(EMI/CDF 300 004 2)これは私がはじめて買ったソロモンのCDであった。 最初に聞いたのは、このCDのおまけで入っていたベートーヴェンの「悲愴ソナタ」だった。まずそれから聞き出した私は一発で夢中になってしまった。どこにも無理な力が入っておらず、それでいて力感に全く不足していない。それによく歌う。 引退直前の録音で、細かなところではミス・タッチがある。すでに脳梗塞の症状が出ていたのでは?とも思うが、彼の1950年代半ばの録音にはこうした小さなミスが目立つ。でも私はミスを捜すために聞いているのではないので、結構楽しんでソロモンのベートーヴェンのソナタも聴いている。まだ元気いっぱいだった頃の「ハンマークラヴィーア・ソナタ」なんて目を見張るような見事な演奏だったし、オットー・アッカーマン指揮 フィルハーモニア管弦楽団と共演したモーツァルトの15番の協奏曲なんて素晴らしいものだった。 しかし、痛ましいのは1956年の8月の録音された31番のソナタである。終楽章のフーガは明らかに弾けていない。記録としては貴重だが、やはり彼の名誉のためにはどうかと思ったりもする。 この後、メンゲスとベートーヴェンの第3番の協奏曲やグリーグの協奏曲などを録音しているが、良い演奏でまたステレオで彼の演奏が聞ける貴重な録音であるが、ファースト・チョイスとして紹介するのはちょっと控えたい。 従って、彼の録音は「悲愴ソナタ」以前のものを聞いていただければと思う。 一枚選ぶなら、クリュイタンスとのベートーヴェンの協奏曲であろう。あれはモノラルではあるが、私には特別の録音である。クリュイタンスがいつも以上に熱い演奏でソロモンを盛り立て、一層素晴らしいものとなっている。20代の半ば、これらのCDを手に出張に行ったことが懐かしい…。 写真は人影まばらな秋のトリブシェン、ワーグナー旧居前。 ![]()
第23位 アルカディ・ヴォロドス
CDデビューして10年あまり。まだそんなにたくさんのCDが出ているわけでもないし、以前に来た時、私は彼の演奏会に行けなかったので、生でも聞いていない。しかし、彼はまぎれもない本物のずこい奴だと確信している。 ロシア出身のピアニストで、1972年生まれで、当初は声楽を学んでいたという。ピアノも当然少しはやっていただろうが、1987年になってモスクワ音楽院に入学してピアノを学んだ。キーシンなどと同様、コンクールの洗礼を受けないで世に出て来たのである。この点でもこの人は実に稀な人物である。 1997年にソニー・クラシカルから最初のCDをリリースしたが、これがトランスクリプション集というもの凄いものを出してきた。これで技巧派の印象を与えられた私は、1999年のカーネギー・ホール・リサイタルのライブ盤でそれを確認することとなる。彼は録音で上手く聞こえるだけではないのだと…。また、シューマンの「色とりどりの小品」Op.99で正統的なロマン派の解釈を聞かせて、これは凄い奴が現れたと思わせたのだった。 続いて出たラフマニノフのピアノ協奏曲第3番でその期待は確信へと変わるのだった。 この録音はレヴァイン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏が少しあっさりしすぎているものの、ピアノの関する限り最高の出来映えを示している。どんなに困難な箇所でも彼の手にかかれば快刀乱麻、鮮やかに歌い上げられていくのだ。 ここまで、技巧的な作品ばかりリリースしていた彼だから、次は何だろうと期待して待っていたら、次はシューベルトの1番のソナタと18番のソナタであった。全く意表を突かれ、さらにその成果たるや目覚ましいもので、私はここに来て完全に彼に傾倒するに至ったのだった。 実際、このシューベルトは実に素晴らしい聞き物だった。18番のソナタは大好きな曲だったけれど、ヴォロドスの録音で聞いてから一層好きになった。もちろん他にも好きな演奏はあるが(リヴィア・レフのものも最近はよく聞く)、彼のタッチの美しさ、解釈の正統性は群を抜いている。 続いて出たCDはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とラフマニノフの小品集だった。今度は小澤征爾が指揮するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が共演していた。冒頭のホルンの歌い方がちょっと不思議だけれど、それはともかく変にテンションを上げて興奮をさそう演奏とは一線を画した音楽的な表現に、私はやはりこの人は大したものだと感心し、感動もした。 私はチャイコフスキーのこの曲をずいぶん調べたことがある。そして自分なりにかくあるべしという考えに至っている。それはこの作品の冒頭がそんなに壮大でガンガンに歌い上げるところではなく、あくまで前奏としての位置づけであるべきだということである。最初の稿はそれをもっとはっきりとさせていたが、彼自身がそれを現在の形に直して、今日のようなポピュラー名曲の座についたのだった。 しかし、私は前奏だけが突出してしまうのはやはり間違っているように思うのである。このヴォロドスの演奏では明らかに重心が主部にある。前奏で頑張りすぎると、どこが大切なのか、焦点が合わなくなってしまいがちな気が私はしていて、このヴォロドスの解釈は、私にはとても納得のいくものであるのだ。 さて、このチャイコフスキーの後、しばらく彼の新譜は出てこず、心配していたら、来日に合わせるかのようにリストのCDが出て来た。これが一ひねりした選曲で、ヴォロドスの知性というか、何を聞かせたいのかが、とてもはっきりとしていたように思われる。技巧を見せびらかすような曲ではなく、内省的な作品を中心に、ロマン派の王道を行くようなCDとなっていたのだった。 巡礼の年第1年から「オーベルマンの谷」の深い思索を感じさせる演奏に、このピアニストはどこまで行くのだろうと期待を持たせられたのだった。 そして最近のウィーン・リサイタルでは、シューマンの「森の情景」の美しい演奏が入っているし、ラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」の超絶的な演奏も、そしてスクリャービンの艶やかな前奏曲などの小品とともに「白ミサ」の熱っぽい演奏も入っている。 ここまで聞いてきながら、まだ彼は室内楽やデュオ、歌曲の伴奏などは出していない。もともと声楽だったのだから、シューマンの歌曲などを録音してほしいものだ。 またベートーヴェンのソナタ、あるいはバッハ作品なども聞いてみたいが、録音に対して大変慎重な人らしく、狙い澄ましたようにリリースしてくる彼だけに、情報があれば、聞き逃さないようにしなくてはならないと、私は思うのだ。 さて、彼のCDから一枚だけあげるとしたら、私はリストのアルバムをまず聞いて欲しいと思う。いかに彼が優れた知性と技術を持っているか、この一枚に凝縮されていると思うからだ。 写真はメンリッヒェンあたりから見たグリンデルワルドの村とヴェッターホルン。 ![]()
第24位 レイフ・オヴェ・アンスネス
アンスネスは、まだ10枚程度のCDを聞いただけなので、どれが良いとか言う資格は私にはない。しかし、とても気に入っているピアニストの一人であり、1990年代の終わり頃からちょくちょくと聞いているピアニストの一人だ。 1970年生まれというから、ずいぶん若い頃から第一線にいることに、この頃やっと気付いたけれど、当初、北欧のレーベルなどにいくつかの録音があり、私などはそこにあったプロコフィエフのピアノ協奏曲 第3番(SIMAX/PSC1060)でこのピアニストを知った。 パーヴォ・ベルグルンド指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団と共演したラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番の録音でもこのピアニストの技巧の冴えを聞くことができたけれど、そのCDの穴埋めのように入っていた絵画的練習曲からの数曲がとても気に入った。(現在はVirgin/TOCE-14302で聞くことができる) しかし、達者なだけのピアニストでないと、印象を大きく変えたのは、イアン・ボストリッジと共演してEMIに録音したシューベルトの「冬の旅」の録音だった。極めて流れの良い演奏で、この曲をテノールで歌ったものとしては最高の録音の1つではないだろうか?そしてその音楽を支えるアンスネスのピアノのサラリとした中に深さを感じさせる演奏は、軽量級のボストリッジの歌を深みのあるものへと誘うのである。 いや、あの「冬の旅」には参った。あの曲はもともとテノールのために書かれたもので、調性関係もテノールならばすっきりするのである。いやそれ以上に、「冬の旅」は青春の歌であって、老人の絶望の音楽ではないのである。 こんな当たり前のことを真っ正面から切り込まれた気がして、これを聞いてからフィッシャー=ディースカウなどの名演が聞けなくなってしまった…。 以来、このちょっとあったり味の、聞き込む度に深みの増していく演奏に大枚を投じてしまった次第である。 コンクール歴は華やかなものとは到底言えない(1987年のフランクフルト・ヒンデミット・コンクールのみ)。北欧のベンゲンの音楽院で学んだというこのピアニストは、演奏そのもので1990年代のヨーロッパを席巻し、地位を確立していったのである。 レコード・アカデミー賞をとったパッパーノの指揮で録音されたラフマニノフの協奏曲全集も良いけれど、私はトゥルルス・モルクと共演したシューマンのアダージョとアレグロ 変イ長調 Op.70がとても気に入っている。この美しすぎる作品は、シューマンの作品の中で知る人ぞ知る名作なのだ!大きな身振りで媚びをうるような事は絶対しない、モルクの誠実なチェロとアンスネスのよく流れるピアノによって、この作品の最高の演奏となっている。 彼の演奏の特徴は、素晴らしい技巧に裏付けられて、良く流れる音楽にあるように思う。シューベルトの「冬の旅」ではそれが大きくプラスに働いて、見事な演奏となったが、一方で同じシューベルトのソナタの演奏などでは、若干食い足りないというか、あっさりしすぎているようにも思う。19番など、もっとどっしりと弾いてほしいと思うのだが、彼はあっさりと歌い上げる。それでも聞き込む内に、これも「あり」かなと思わせる何かが彼の演奏にはある。 まだ、ベートーヴェンを聞いたことがないし、できればバッハなども聴いてみたいと思う。まだ評価が自分の中で定まっているとは言えないところもあるのだが、アンスネスはやはり気になる存在である。 写真はゴルナーグラートのクルム・ホテル越に見た朝焼けのマッターホルン。 ![]()
第25位 ギャリック・オールソン
オールソンは今は無くなってしまった大阪サンケイ・ホールで聞いたことがある。ショパン・プロで、ポロネーズなどを聞いた記憶があるが、詳細はもう憶えていない。なんだか大柄で、細部にこだわらないタイプかなという印象だった。 しかし、その後、彼の消息はほとんど聞かなくなってしまった。ショパン・コンクールの優勝者の中でも最も地味な人になってしまったように思われるが、今では滅多に見かけないアラベスク・レーベルでドビュッシーの練習曲などのCDを聞いた時にその精妙な演奏に驚いたことがある。(AEABESQUE/Z6601) CD初期のものだが、以降、時々彼のCDを見つけては購入しているところではある。 1970年のショパン・コンクールの優勝であり、1948年の生まれの彼は、もう大ベテランの仲間入りをしている。私が音楽を聞き始めた頃は、有望な若手の一人だったけれど…。 ショパンの多くの作品は二度にわたって彼は録音している。二度目の全集は未聴なので書けないが、近年、Bridgeレーベルへ行ったベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集はコヴァセヴィッチと並ぶベートーヴェン演奏の金字塔である。 彼は、メジャー・レーベルを避けて歩いているようで、こうしたマイナー・レーベルでいくつもの素晴らしいCDを残しているが、これとバッハのゴールドベルク変奏曲のCDは格別の出来だった。 後、印象に残っているものとしてはスクリャービンの練習曲のCDがある。彼が大変クレバーなピアニストであることは、前記のドビュッシーで強く印象に残っているが、このスクリャービンでもそれは確認できる。 ショパン・コンクール直後にEMIに録音したショパンものでも、まだ慎重さが全面に出ていて、少し小さくまとまっているところも無いではないが、タッチの美しさ、スムーズなディナーミクの変化、音色の変化がもたらす音楽の立体感は感じられ、若い時からそうだったのだと知る事が出来る。 それならば、あのサンケイ・ホールで聞いた時、私は彼の真価を聞き取ることが出来なかったということなのだろう。まだ私は高校生だった。ピアノの何たるかも知らず、ただただ音楽を聞くのが好きで好きでたまらない高校生だった。 オールソンを聞きながら、若かりし頃をちょっとほろ苦く思い出し、でもあの頃はしんどかったけれど楽しかったなぁとつくづく思うのである。私にとってオールソンはそんなピアニストである。 彼の多くの録音から1枚ということで選ぶなら、ベートーヴェンのソナタ全集からどれか1枚をということにしたい。あとは好きな曲が入っているものから選べばいいだろう。私なら大好きな2番のエレガントな演奏が聞ける第2集(BCD9201)か、私が大学入試で弾いた第5番の理想的な演奏が聞ける第9集(BCD9274)あたりを選ぶだろうが、この他の演奏も実に魅力的だ。ベートーヴェンのイメージそのもののピアノを聞くならコヴァセヴィッチやレーゼルが良いだろうが、ピアニスティックな楽しみを聞くならオールソンだろうと思う。 写真はクライネ・シャイデックから見たアイガー。小さく移っている女性はわが愛妻である(笑)。 ![]()
第26位 ペーター・レーゼル
ドイツのピアニストで、旧東ドイツにいたために、西側ではなかなか知られることがなく来ているが、実力だけで言えば今日の最高のピアニストの一人だろう。 特にベートーヴェン、ブラームスといったところは絶品で、コヴァセヴィッチとともに、良いコンディションであれば、おそらく最高の音楽体験が保証される数少ないピアニストの一人である。 先日(と言ってももう1年ほど前だが)彼の弾くベートーヴェンの協奏曲を聞いたけれど、これは、体調が良くなかったのか、あるいは準備不足だったのか、今ひとつ芳しくなかった。キャンセルしたラドゥ・ルプーの代演であったので、これは割り引いて考えなくてはならないだろうが、CDで聞く彼のベートーヴェンのソナタやブラームスはいずれも素晴らしいものばかりである。 最近はじまった紀尾井ホールでのライブでのベートーヴェンのシリーズは、どれも素晴らしい完成度で、彼がいかに優れたベートーヴェン弾きかよくわかる。いや、それを聞いたので、ここにレーゼルをいれることにしたのである。 東ドイツ時代から、大量の録音を誇る彼が、ここに来てはじめたベートーヴェンの全集をライブで録音するという。ぜひ最後までやりとげて欲しいと切に願う。エミール・ギレリスのように途中で終わったりするとなんとも悲しいので…。 彼の録音は膨大な数に及ぶ。バロックの小品から現代の作品まで、幅広いレパートリーを誇る彼は、東ドイツ時代の看板ピアニストでもあり、大量の録音をすでに残している。 その中には、ブラームスのピアノ曲全集や、フロールとベルリン響とのベートーヴェンの協奏曲全集、ラフマニノフの協奏曲全集などがある。ベートーヴェンのソナタも1970年代から1980年代にかけて録音していて、私も数枚持っているのたが、これが全集となっていたのかは知らない。 どれも水準が高く、なかでもベートーヴェンの協奏曲の全集は、アベレージだけで言えば最高の録音の1つである。クラウス・ペーター・フロール指揮 ベルリン交響楽団の演奏も大変こなれていて、これを第1の推す人が多いのも頷ける。 その中でただ1枚選ぶなら昨年の紀尾井ホールでの録音からベートーヴェンの第15番のピアノ・ソナタを。あの何でもない冒頭のD音の反復をどれだけ意味深く、音楽的に弾いていることか!!ぜひ一聴をお薦めしたい。 写真は残照のアルプス。ゴルナーグラートのホテルにはじめて泊まった1992年9月に撮影したもの。泊まらないとこの風景は見られない。ヴァイスホルンなどが暗く沈み、中天があかね色に日の光のなごりを残している。こんな風景はこの時はじめて見た。夢中になって、寒さもわすれてファインダーをのぞいてシャッターを切ったものである。あれから20年。スイスは私の生活の1部になっている。 その原点とも言える写真である。(今回初公開のシリーズ…笑) ![]()
第27位 ジョルジュ・シフラ
ジョルジュ・シフラが最も輝いていた時代は、1950年代から1960年代。パリに出て来たばかりの頃の彼の録音はどれも輝きに満ちていて、説得力抜群だった。1970年代にもまだ盛んに録音活動もしていたが、いつだったか忘れたけれど、指揮者でもあった息子さんが亡くなられて、以来、彼の話は滅多に聞くことがなくなり、忘れ去られて行った…。 大体、かつての日本の評論家は彼のようなテクニシャンのピアニストに対して、「皮相な華やかさはあっても深みが無い」と冷たかった。だから、リストを得意とするというだけで、低いランクのピアニストに見られる傾向があったのである。 しかし、彼の弾くシューマンの幻想小曲集Op.12などは素晴らしい出来映えであったし、いくつか残されたベートーヴェンのソナタの録音も思い切ったアゴーギクが気にならなくもなかったが、大変音楽的で美しい出来映えだった。 彼は、即興演奏も得意だったそうで、作曲もしている。リムスキー=コルサコフの「熊ん蜂の飛行」による演奏会用練習曲は、呆気にとられるほどのテクニックでギャフンと言わせられるもの。速弾きも、あるところを越えると爽快感があり、聞き終えた後の満足感は強烈だ。きってかつてのパガニーニやリストの人気もこれだったのではないだろうか? ところで、私はシフラの弾く室内楽を聞いたことがない。実際にどうだったのか、想像するしかないが、ぜひ一度聞いてみたかった気がする。合わせものと言えば協奏曲ばかりで、室内楽ではどんな演奏をしたのだろうかと思ったりする。これが残念でならない。 得意としたリストの演奏でははどれを聞いてもその強烈な個性が出て、強い印象を残す名演揃いである。 中でも私は彼がヴァンデルノート指揮フィルハーモニア管弦楽団と共演した、ハンガリー幻想曲が好きで、この曲に関する限り、チェルカスキーとカラヤンのグラモフォン盤の二枚あればあとは必要だとは思っていない。 他に、ハンガリー狂詩曲集なども良かったし、リストの二つの協奏曲の録音は何種類か残されているし、グリーグやチャイコフスキーの協奏曲の録音もあり、チャイコフスキーも複数残されている。 しかし、どれも1960年代前半までに録音されたものにより魅力が詰まっていて、次第にそれが普通になっていく傾向がある。どうしてなのか私にはわからない。しかし、彼を無視するにはしのびない。やはり二十世紀の大ピアニストの一人であることは間違いないと私は思う。 彼の膨大な録音からあげるとすれば、リストの超絶技巧練習曲か協奏曲をあげるべきだろうが、やはりヴァンデルノート指揮フィルハーモニア管弦楽団と共演したハンガリー幻想曲を。 写真はシーニゲ・プラッテの山頂ホテルに泊まった1992年の9月に撮ったベルナー・オーバーラント三山のアーベントロート。 ![]()
第28位 ホルヘ・ボレット
CD時代に入り、このベテランのピアニストがブレイクした。まずリストのピアノ曲で彼は音楽界に復活した。その昔、エンサーヨなどにリストを録音していて、それは輝かしいヴィルトゥーソぶりで私を魅了したものだったが、その優れたデッカのスタッフによる優れた録音で、やはり私には決定盤と思われた。 特に、巡礼の年第1年、第2年なんてこんなに美しい演奏で聞けるなんて思いもよらなかった。 1914年にキューバのハバナで生まれた彼は、その多くの歳月を音楽家としては不遇の内に過ごし、その最後の10年あまりに彼の栄光の時代がやってきたのだった。とは言え、日本とも縁があり、戦後GHQの音楽担当ディレクターとして来日し、サリバンの「ミカド」の日本初演を指揮したりもしているようだ。 しかし、この時代のピアニストとしては当然だったのかも知れないが、特にコンクール歴もない彼が、ピアニストとして認められるには紆余曲折があったようで、1970年代に入って、カーネギー・ホール・コンサート(CDが出ている)で大成功を収めてからのことだった。 その後、1978年からデッカと契約し、一連の録音が生まれることとなったのである。 が、その昔、例えば、リストのハンガリー幻想曲 (ハンガリー狂詩曲 第14番) S.123をロバート・アーヴィング指揮シンフォニー・オブ・ジ・エアと録音したもの(EVEREST/EVC 9015)などは、あまり話題とならないものの、大変優れた演奏で、彼がどうして不遇であったのか私には全くわからない。 ゴドフスキー直伝の作品集(ショパンのエチュードの恐ろしく難しい編曲版など…DECCA/POCL-90084)も、この最後の10年あまりの間に残されたことは、幸いであった。 しかし、リストの弟子であるモーリツ・ローゼンタールにも師事していた彼の本領はやはりリスト作品とショパンの演奏にあったと言えよう。 先にあげた、デッカ録音ではなく、リストの超絶技巧練習曲の真に輝かしい録音は、スペインのエンサーヨにおそらくは1960年代後半ら録音したものである(ensayo/3401)。これを聞き、ラザール・ベルマンのメロディア盤があれば、私は他は別に失っても困ることはないだろう。 同じレーベルにリストのパラフレーズ集も録音していて、これまた素晴らしい出来映えで、リスト好きならばどちらかはぜひ一度聞いておきたいものである。「リゴレット・パラフレーズ」の完璧な演奏とはこの録音にあると思う。 デッカ録音では、先にあげた巡礼の年 第2年「イタリア」を推薦しておこう。協奏曲録音ではイヴァン・フィッシャー指揮 ロンドン交響楽団と共演したラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番 ニ短調 Op.30(DECCA/414 671-2)かゲオルク・ショルティと共演したシューベルトの「さすらす人幻想曲」をリストが協奏曲仕立てに編曲した版の録音(LONDON/POCL-1073)をあげておこう。 写真はブリエンツロートホルンの山の上のホテルで見たアイガー、メンヒ、ユングフラウ。手前にファウルホルンの山越に見える白銀の山々は、更にラウターブルンネン・ブライトホルン、グスパルテン・ホルンへと続く。当に絶景!! ![]()
第29位 エマニュエル・アックス
1949年にウクライナで生まれたユダヤ系ポーランド人である。8才の時にワルシャワへと移り、10才の時にカナダのウィニペグへ移住した。そして更に1961年にアメリカへと移り、現在はアメリカ人だという。 我々のような民族からしたら想像もできない幼少期を経てきたのだろうなぁと思うが、だからなのかどうかは知らないが、とてつもなくクレバーなピアニストだと私は思う。 コンクール歴はエリザベート王妃国際コンクールで7位、イスラエルのテルアヴィヴで開催されるルービンシュタイン国際コンクールで優勝とあるが、そう華々しいものとは言えず、彼はソリストというより、有能な室内楽奏者、あるいはアイザック・スターンなどの巨匠の伴奏者として私たちの前に出て来た。 しかし、彼はそれだけでは収まらないピアニストでもあった。アンドレ・プレヴィンと組んでベートーヴェンの協奏曲を録音したりと、様々な協奏作品の録音も存在し、それらは第一級の水準の素晴らしいものばかりだった。 ハイドンのソナタの録音などもあり、決してソロの録音がないわけではないが、やはり印象に残るのは、アイザック・スターンやヨーヨーマとの室内楽であろう。 彼は相手の個性が強ければ強いほど持ち味を出せるタイプのようだ。良い相性ではないかと思われたハイティンクとの協奏曲では、意外にも平板でどこと言って聞くべきもののない演奏であったが、ヨーヨーマなどの強い個性の持ち主とアンサンブルをすると、その個性にインスパイアされるのか、大変大きな表現のわくわくするような演奏をするのだ。 これが彼の個性なのだと思う。 ソロでは彼自身の音楽が出るのだが、これもいずれも高水準の演奏ばかりで驚かされる。私の好きなブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲」などは実に見事な演奏で、無理な表現など一切なく、音楽そのものに語らせるがごとき名演で、極端なテンポ、アゴーギク、アーティキュレーション、フレージングに頼らなくても、優れた音楽はそれだけで充分に美しいことを証明してみせた。 また、ジョン・アダムスやココリアーノなどの作品も録音していて、彼のレパートリーの広さには驚くしかない。 私が彼の演奏で最も好きなのは、シェーンベルクのピアノ協奏曲の録音で、この渋い作品をサロネンの指揮するフィルハーモニア管弦楽団とともに、なんとも美しい音楽に仕上げてしまったのだ。 彼の代表盤にあげるなら、私はこれをあげたい。 写真はレッチェンタールの道標。 ![]()
ナントカ・ランキングをテレビで見て、ふと思いついたのが、この超私的「ランキング」ピアニスト編で、ヴァイオリニスト編や、指揮者編をその内やろうとは思うが、まずピアノからはじめてみようと思う。
日本人は入れないことにした。私のような者でもやたらとしがらみがあるので、そうしたことを排除するには日本人を敢えて入れないで、外人ピアニストのランキングにすることにした。ご理解たまわりたい。 で、30名の好きなピアニストを選んだ。この他にも好きなピアニスト、よく聞くピアニストはいるけれど、特に好きな外人ピアニストはということで選んだ。自分では厳選したつもりである。 結果、古いピアニストが中心で、存命のピアニストはわずかになってしまった…。懐古趣味でやろうと思ったわけではないのだが、こんな結果になった。と言って現在生きているピアニストたちが昔よりレベルが落ちたとかいうのではないのは、改めて言うまでもないことだ。 さて、その第1回は、第30位からということになる。ランキングなので、30位から順に1位まで連載することになる。が、順番とはならないかも知れない。まっ、どうだっていいのだけれど…(ちょっと投げやり…) 前置きはこのくらいにして、本編第1回に入る。 ===================================================== 第30位 ジェラルド・ムーア この人をどうとらえるかで、ピアノ演奏というものに対するその人の考え方が見えてくると思う。 彼は、アンサンブル・ピアニストとして、特に後半生は歌の伴奏者として、世界のトップ・クラスの歌手たちの信頼を一身に受け、尊敬を集めたピアニストであった。若い頃は、室内楽もいくつか録音していたが、ある時期から専ら歌の伴奏に徹していたようでもある。彼は、決してテクニシャンではなかったが、それを補ってあまりあるアンサンブルの呼吸の良さ、特に歌い手たちの声と音楽に対する深い理解に裏付けされたそれは、まさに驚異的とも言えるものだった。 フィッシャー=ディースカウやシュヴァルツコップ、ホッター、ルートヴィヒなどなどの名歌手たちが、彼との演奏を望んだ。若い駆け出しの歌手たちは、彼に伴奏によって世に出たがった。それほど彼は偉大なピアニストだった。 歌の伴奏なんて、私も学生時代、ずいぶんやったけれど、彼のはそんなものとは桁違いの水準で、膨大な作品の演奏をこなしていた。気の遠くなるレパートリーであった。 協奏曲を演奏したり、ベートーヴェンのソナタを演奏したりはしなかったけれど、彼は見事に伴奏というものを今日の地位へと高めた。すぐれた文筆家としても知られ、いくつかの本も出版されている。 高い知性と教養、そして音楽センスの持ち主であった。彼を通じて私はフィッシャー=ディースカウなどの歌うシューベルトやブラームスの歌曲へと分け入っていったのを、実に幸せなことだったと思う。 彼のおかげで、他の伴奏者にも目を向けるようになった。ボールドウィンやアーヴィン・ゲージ、最近ではグラハム・ジョンソンなど、彼の築き上げたものは確かに次の世代にも引き継がれていっていると私は考える。 代表する録音はどれか…。悩むところではあるが、最後のコンサート・ライブできかせたシューベルトの「楽に寄せて」の編曲をあげておこう。生涯で多分ただひとつのムーアのソロの録音で、これでもって彼は長い音楽家生活にピリオドを打ったのである。 ===================================================== 写真はこの連載でも一切関係なく、スイスの写真を載せる。 ホーサースから見たアラリン・ホルン、ドームなど4000メートル級のミシャベル連山の壮大な眺め。 ![]() < 前のページ次のページ >
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