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ブラームスの交響曲全集 ハイティンク指揮ロンドン交響楽団他 ****(推薦)
ハイティンクのロンドン交響楽団ライブでのブラームス交響曲全集は彼の三回目の全集録音となる。コンセルトヘボウ管とボストン響との録音に対して、今回は入念な準備の末の全集録音となっており、セレナード第2番とドッペル・コンチェルト、そして悲劇的序曲が併録されている。
過去二回の録音は、木管などとのバランスも良く、奥行きのあるフィリップスの録音に魅せられたものだが、今回のロンドン響ライブは自主制作盤ということで、入念な準備の上でのライブ録音であるから演奏上の傷はほとんどないが、ややノイズがのっていることと、木管などはやや遠く小さめで弦楽器主体の録音となっていて、バランス的に好き嫌いが分かれるだろう。
またセレナード第2番は木管が活躍するので、バランス的な問題も解消されているとはいえ、ハイティンクの録音には珍しく木管の不必要な表情付けがかなり個性的で、私は大変聞きにくかった。エードリアン・ボールトの古い録音などの方がずっと良い。
しかし、交響曲の演奏そのものは、ハイティンク円熟の指揮で、素晴らしいものだ。ことに第1番と第3番は自然な呼吸で長いフレーズを大きなうねりの中に表現するハイティンク一流の演奏で、まことに素晴らしいブラームスとなっている。第2番は旧録のボストン響の演奏の牧歌的な演奏に心が動く。これは録音のせいかもしれない。第4番も全く自然な歌いぶりで、第1楽章などなかなかに美しいし、終楽章のパッサカリアもほとんどテンポを動かさずに盛り上げていく様は巨匠だけに可能な世界であろう。
併録された中では悲劇的序曲が素晴らしい!全曲を聞いてそのスケールの大きな解釈に気付くといった演奏であり、これ見よがしのところが全くない。ドッペル・コンチェルトはソリストの粒が小さいというか、小さくまとまってしまっているのが不満。ただかつてのシェリング、シュタルケルとの録音でのハイティンクは、やや硬さがあったがこの演奏では、柔軟なフレージング。ソロで足りない部分を補ってあまりない。
これはiTune−Storeに書いたレビューです。
by Schweizer_Musik | 2005-10-31 22:57 | CD試聴記
ロン・ティボー国際コンクールで北九州の高校生が第二位に!
ロン・ティボー国際コンクールで北九州の高校生南 紫音(みなみ しおん)さんが第二位に入ったそうだ。16才だそうで、若ければ良いというものではないが、すでにイタリアのアルベルト・クルチ国際バイオリンコンクールでの優勝もしているそうである。
いくつかのコンクールを渡り歩くのは昔からの常識とは言え、16才でこうしたメジャーなコンクールで優れた成績を残すのは大したものである。前回も確か山田晃子さんが最年少優勝を果たしているので、驚くのはどうかという意見もある。私も含めてコンクールで騒ぐ時代ではないのかも知れない。
しかし、無名の新人が出ていくにはやはりコンクールしかないのも悲しいことだ。どうやったら世界で自分の演奏を聞いてもらえるのか?良い演奏をすれば聴衆はついて来るとは言え、やはり音楽だけで世界への扉が開けるほど甘い世界ではないことも事実だ。
運の実力の内ということなのか?海外留学でも、日本の音楽大学で学んだわけでもない、高校生が国際コンクールで優秀な成績をあげていくとしたら、大学の役割は一体あるのだろうか?教育とは・・・。色々と考えさせられてしまった。
by Schweizer_Musik | 2005-10-31 09:37 | 音楽時事
フジ子ヘミングの奏楽堂での演奏会の放送を見て
テレビをつけたらフジ子ヘミングの演奏をNHKがやっていて、今聞いているところ。リストのコンソレーション、続いてショパンの「革命」を弾いている。
彼女の数奇な運命には、私も日本人らしくつい同情してしまうところがある。ドラマにもなったし、その物語が影響されてか、クラシック音楽とあまり縁のなかった多くの人達をコンサート会場に足を運ばせた。
それは、彼女の持つそうした話題性とは別にどこかにあるカリスマ性も原因としてあげることができると思う。

私は何度かCDで、そしてテレビで彼女の演奏を聞いているが、あまり共感できずにいた。それは、彼女の数奇な人生に惹かれると同時に、その人生を彼女の演奏に重ねて聞いていたからであるように思う。そのドラマ、彼女の半生を音楽に重ねて、純粋にショパンを、リストを聞けないのが気になるからだった。
しかし、多くのフジ子ヘミングのファンは、そうした彼女のドラマチックな人生を重ねて聞いているのではないだろうか。
申し訳ないが、ピアノのテクニックはかなり緩んでいるし、テクニカルな曲を遅めのテンポで弱音を中心に演奏するのは、可能な技術とのバランスをとったからであろうと思う。速いテンポで切れ味鋭くいかなければならない所でのフジ子ヘミングの演奏は、その全く逆を行っている。切れ味鋭く演奏するのは、彼女には無理だ。
しかし、だからと言ってフジ子ヘミングのその芸術の価値は全く減ずることはない。不思議な魅力があるのだ。
彼女のコンサートのチケットは発売から十数分で完売し、なかなか手に入らないそうだし、CDもクラシックのアーティストとしては信じられないことに100万枚を越えたそうだ。カラヤンの「アダージョ」や三大テナー以来の話である。

今日、奏楽堂での録画を見て、彼女の演奏はテクニックでねじ伏せるものではなく、ややぎこちないものの、音楽そのものをストレートに表現しようとしていることに気が付いた。しかし、私にはテクニックの弱点が気に掛かって仕方がないのだが、一方で太い音色でユニークな個性あるタッチも彼女の強みだと思った。

私は、フジ子ヘミングの人気において、ドラマの影響は一時的なものになるだろうと思っていた。しかし、彼女の人気は本物だった。ドラマの影響だけなら、こんなに長く彼女の演奏が支持されるわけがない。

何故彼女の演奏が人を惹きつけるのか。そろそろ本気が考えなくてはならない時に来ているのではないだろうか。彼女の演奏から得られる「何か」は、コンクールなどで切れ味鋭く演奏する若いピアニストたちから、失われた「何か」であるようだ。
この「何か」を若い演奏家たちは、フジ子ヘミングの演奏を聞いて考えてみると良い。ふとそんなことを考えてしまった。

彼女はピアニストとして売れっ子であるが、そんなにたくさんの収入はいらないと、ギャラの大半をユニセフなどに寄付しているそうだ。彼女の半生を知る私たちは、それが偽善でないことを知っている。
by Schweizer_Musik | 2005-10-31 00:43 | 音楽時事
石丸寛指揮のドイツ・レクイエムを聞く
石丸寛氏が亡くなられたのは何年前だろう。
私は石丸氏の演奏はクラシックでなくポピュラー音楽で出会った。
千趣会のレコード頒布で映画音楽などをポップス・オーケストラのアレンジして演奏しておられたのだが、そのことを知っている人はどれほどいるだろうか?今聞いてもとても上手いアレンジで、さすがオケの指揮を長年続けておられるだけのことはあると思ったものだ。ゴールドブレンドコンサートを長くやっておられたので、その守備範囲の広さとクラシック音楽を広く大衆のものにする活動を地道にやって来られた、大変立派な方だったと思う。
1997年に指揮生活45周年を記念して、東京交響楽団と晋友会合唱団などによってブラームスのドイツ・レクイエムを演奏し、それがCDになったことは、音楽ファンなら憶えておいでであろう。
久しぶりにそのCDを取り出して聞いていて、この石丸寛という指揮者の遺言のような演奏に引き込まれてしまい、途中で止められなくなってしまった。オケはやや問題がある。やはりテンシュテットやハイティンク、プレヴィンなどの名盤に比べるとやはり響きの点であと一歩とも思う。しかし、音楽を包むオーラのようなものが私にストップ・ボタンを押させないのだ。
この曲の核心は第2曲にある。ここをどう乗り切るのかが関心をひくのだが、あまり葬送の音楽のように陰鬱にやりすぎてもこの作品全体を覆う優しい響きが損なわれることになる。
敢えて言えば、第2曲にその葬送の足音が響いているのだが、その足音はすぐに終わり、「ペテロの手紙」から「人みな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、花は散る」という歌へと繋がるのだ。「人みな草のごとく」と歌い始めこそ、葬送の響きを保っているが、やがて音楽は栄華の香りを歌い始める。低音では葬送の響きは持続していているが、「だから兄弟たちよ、堪え忍べ」と「ヤコブの手紙」を歌い始めると葬送から呼びかけへと音楽は悲しみを押しのけようとするが、再び最初の葬送の響きが戻ってくる。
「あなたの住まいの何と美しいことか」と歌う第4楽章の心からの憧憬を湛えた晋友会合唱団の歌の何と自然なことか!
この作品、ブラームスが母の死を悼んで書き始めた曲であった。死を悲嘆と慟哭で描くのではなく、母への憧憬が穏やかで優しい響きを生み、声を張り上げて嘆いてみせるようなところは全くない曲である。
あまり語られないことではあるが、ブラームスはこの曲の大半をスイスで書いている。あの穏やかで広々としたチューリッヒのチューリッヒャーベルクの森を散策しながら、この作品を書き上げたのだった。
あの牧歌的で静かな環境からこの美しい音楽が生まれたのだ。力業で音楽を制しようとするとすぐに失敗してしまうような、演奏する物の心を試すような恐ろしい音楽だと思う。
そして石丸寛氏はそのブラームスの試験に見事な答えを出したと言えよう。この後、まもなくして彼は癌のために亡くなった。惜しみてあまりある音楽家であった。

この偉大な音楽家のテスタメントに推薦だとかつけるのはあまりに不謹慎であると思う。無印は最高の音楽の証であると考えてもらいたい。

BMG/BVCC-1514

晋友会合唱団と書いたが、栗友会合唱団の誤りでした。motteninさんのご指摘、感謝です。
by Schweizer_Musik | 2005-10-30 21:31 | CD試聴記
野田の湯という近くの銭湯に行って来た。
実は私は四十肩で悩んでいる。右手が上がらないのだ。結構痛いが、これがわかってもらえないから誰にも言えずにいる。家族に言おうものなら、どれだけ馬鹿にされるかわからないので、黙っている・・・。
この所、疲れがたまって(こんなにのんびりやっているのに、疲れがたまるなどとは言えないなぁと思うが)いたので、夕方近くの銭湯に行ってみた。一年ぶりくらいだろうか?泡風呂に入ったり、薬草湯に入ったりしてのんびりして来た。少し楽になった気がしないでもない。ただこれはそんな気が少しするというだけで、実際に直ったわけではない。
しかし一日コンピューターに向かっている生活では、この四十肩もなかなか直らない。二年ほど前には左手がなったが、今度は右手だ…。

原稿の仕上げで、色々と細かく見ていると、あれもこれもと直したくなってくる。情けないなぁと自分でも思う。
ルツェルン音楽祭の歴史についての章で、あまり知られていない名前を削除したりした。デンツラーなんて指揮者の名前は、よほどの音楽愛好家でも知らないと考えるのが良いだろうと考えてのことだ。こうした名前を削ると随分文章がすっきりしてくる。色々な出来事を語ることに懸命になりすぎて、大きな流れが見えにくくなっていたからだろう。
ラフマニノフがスイスで住んでいたあたりにようやく到着。今日は最後までいけないかも知れないが、明日はなんとか行きたいものだ。N島君が一生懸命ミスを見つけてくれたのだから、何とかがんばらねば・・・。
by Schweizer_Musik | 2005-10-30 17:32 | 日々の出来事
世界の車窓から・・・雨のシュピーツ
世界の車窓からは、予想をどんどん裏切って、今日はシュピーツ駅からインターラーケンに向かうこととなった。レッチュベルク・トンネルの前は晴れていたように思うが、トンネルを越えてきたベルナー・オーバーラント地方は雨に煙っていた。シュピーツの絵はがきのような風景を今日は見ることが出来なかったが、それでも一瞬、あのヨットハーバーの前の城が映されたので、それと知ることができた。
何度ここに通ったことだろう。このちょっとした映像だけで懐かしさに胸がいっぱいになってしまった。
ここを老齢のブラームスやハイデルベルク大学で学んでいたまだ若いシューマンが歩いたのである。風景の中に彼ら楽聖たちの残映が映っていないかと思った。カンデルシュテークからエッシネン湖やブリュムリスアルプ(音楽之友社のブラームスに関する本の中でブリュムリス牧場と訳されていたのは笑ってしまった。ブリュムリスアルプは山の名前である…)を訪れたブラームスの記憶は、風景の中にとけ込んでしまったらしい。
明日はインターラーケンだそうだ。

(上のトップの4枚の写真の右から二枚目がそのシュピーツの写真である。1992年に撮ったものだ)
by Schweizer_Musik | 2005-10-29 23:03 | 日々の出来事
タカーチ四重奏団への期待
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集などで素晴らしい名演を披露してくれたタカーチ四重奏団が、ハイペリオンに移籍したというニュースを「おかか1968」ダイアリーで知った。私は大歓迎である。
もう売れ線しか狙っていないデッカで、彼らのような本格的な弦楽四重奏団がどこまでやれるか不安に感じていたからだ。新盤がもっと出て良い団体である。彼らの演奏は現代の室内楽の団体の中でも、最も高い完成度を持っている。1982年録音のシューベルトのピアノ五重奏曲 イ長調 Op.114 D.667 (1819)「ます」で私は彼らの新鮮なアンサンブルに触れたが、その後フンガトロン・レーベルからデッカに移り、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集で彼らの高い完成度の音楽にすっかり魅了されてしまった。
シューベルトの時のメンバーとは第1ヴァイオリンとヴィオラが替わっている。そのせいではないと思うが、シューベルトの時のやや直線的な印象から大分丸くなったという感じである。
ちなみに最初の第1ヴァイオリンであったカーボル・タカーチ=ナジは、その後も室内楽でいくつかの演奏で聞くことが出来る。オネゲルの1914年の実に珍しいピアノ三重奏曲の録音で彼の名前を見つけて、とても嬉しく思ったものだ。
ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲やシューベルトの弦楽四重奏曲、モーツァルト、ハイドン、バルトーク、彼らでもう一度聞きたいレパートリーは数知れず。それにおそらくはもの凄く良い演奏になるだろうと思うのはドヴォルザークとラヴェルとドビュッシー。

しかし、室内楽の売れ行きというのは爆発的ということは滅多にないが、長く売られることで絶対に見合うものとなるはずだ。そういう意味で、彼らのような団体にはぜひもっと自由にがんばってもらいたいものだ。
すでにシューベルトのリリースが予定されているようで、期待したい。
by Schweizer_Musik | 2005-10-29 22:04 | 音楽時事
パガニーニのヴァイオリンが競売に
パガニーニ愛用のカルロ・ベルゴンツィ(有名なテノール歌手とは別人です。悪しからず…)作のヴァイオリンが競売に出たそうだ。ベルゴンツィ(1683-1747)はクレモナに名匠で、その子孫が今もクレモナでヴァイオリンを作っていて、その楽器は我が国でもかなりのユーザーがいるはずである。
競売の開始価格が50万ポンド(約一億三百万円)というから恐ろしい話だ。
その昔、大阪の辻久子女史が家を抵当に入れてストラディを購入したという話が、新聞を賑わしたことがある。私の母校の教授であったこともあり、入学式で彼女の演奏を聞いたことを懐かしく思い出す。最近では高嶋さち子さんが二億円でストラディを買ったと話題になったし、今年の春頃にはヴィオッティのストラディが競売になり、14億で落札されて話題になった。
今度はパガニーニである。彼はクレモナの名器の収集家であったから、どのくらいパガニーニが演奏したものか知らないが、ヴィオッティよりも高い値段がつくかも知れない。と言って、これが楽器として本当に良いかどうかはともかく、普通の道具の値段ではないと思う。
日本音楽財団が何丁ものストラディをはじめとする20丁ほどのクレモナの名器を所有していて、スティーヴン・イッサーリスや庄司沙也加、樫本大進、諏訪内晶子、東京カルテット、ピンカス・ズッカーマン、安永徹、竹澤恭子など、まだ他にも数多くの音楽家たちに貸与している。

しかし、こうもしなくてはクレモナの名器を演奏することは多くのヴァイオリニストにとっては高嶺の花であろう。恐らくは有名なヴァイオリニスト、高嶋さち子さんほど売れないと無理な話であろう。(彼女のクラシック音楽を多くの人に身近に感じてもらおうという活動は賞賛に値すると思う)
このパガニーニのストラディが、とんでもない値段がついて、収集家のガラスケースの中に行くのであれば果たして良いことなのだろうか?難しい問題だ。ストラディをはじめとするクレモナの多くの名器がその寿命を終えようとしている現代、その楽器の価値がどれだけあるかということを考えると、楽器としてよりも、骨董的価値の方がずっと高いものである。そしてこれは果たして正しいことなのだろうか?
私は、早くこのヴァイオリン・バブルが終わってくれることを願っている。

ヤフーのニュースより
パガニーニ愛用のバイオリンが初の競売に


タイトルに矛盾があることに今頃気が付きました・・・ベルゴンツィ作と書いているのにパガニーニのストラディなどと書いてしまいました。クレモナと書きたかったのですが、つい・・・。すみませんでした。(2005年11月5日記)
by Schweizer_Musik | 2005-10-29 21:04 | 音楽時事
阪神タイガースも変わったなぁ・・・
私が贔屓にしている阪神タイガースが日本シリーズで4連敗してから、ちょっと体調が悪い。うーん、やはりロッテのせいか・・・と思いつつも、監督の今後が気になっていた。
日本一を逃した岡田監督に阪神タイガースの手塚オーナーは「村上ファンドなどの問題で野球に集中できないようにしてしまい、申し訳ない」と言ったそうだ。
村上ファンドの阪神電鉄株取得については別としても、阪神の昔のオーナーだったら考えられない話だなぁと思った。負けても負けても補強せず、年俸をけちって儲けだけを追求したあの球団フロントが・・・。時代は変わった。

ロッテも久しぶりの優勝で、ファンは大喜びのようだ。星野阪神の優勝の時のことを思えば、低迷が長く続いた後の優勝ということで、共感できるところもある。
在京の有名球団だけが、プロ野球を支えているわけではない。某球団の元オーナーが、巨人が球界を背負って立っているいるみたいなことを堂々と口にするので、どうもひいてしまう。嫌われることをあんなに言いまくることもなかろうにと思う。価値観は多様化しているのだ。「巨人・大鵬・卵焼き」と言われた時代ははるか彼方に去った。恐らくは長島が引退をした時がピークだったのではないか。
そして、王や長島が監督をして黄金時代が来たとはいえ、すでに時代は多様化へと動いていたと思う。
日本中に巨人のファンが多いのは、それしかテレビやラジオの放送がなかったからだ。確かにその昔、巨人は人気があった。全国区に出しても人気を獲得していくだけの魅力があったと思う。
アニメの「巨人の星」があった。子供であった私も欠かさず見ていた。当時の多くの球団は鉄道会社が持っていて、地域に密着した娯楽であった。この点で巨人だけが特殊とは言えないまでも、東京の球団はそうはならなかった。敢えて言えば、西鉄ライオンズを買った西武が鉄道会社を親会社としていた。
私の地元は南海電鉄が走っているので私も幼少の頃、南海ホークスのファンとなった。難波球場にも何度か足を運んだものだ。私は野村のファンだった。彼が打つホームランにどれだけ胸をときめかせたことか!!しかし、やがて南海はその経営から手を引いてしまう。同時の私は南海のファンをやめてしまう。遠くへ去った球団の話はほとんど伝わっては来ず、ファンを続ける意味を失ったのだ。すでに鉄道会社が広告塔として球団を持つ時代ではなかった。
南海を買ったのはダイエーだった。物流がトレンドだったのだ。このダイエーがバブルに踊った結果つぶれ、国が大企業だから影響がありすぎると救済し、その結果、球団はまたしても売りに出され、今度はITのヤフーがこれを買う。
南海ホークスの変遷を少し見るだけでも時代を映していると言えよう。
時代は変わっている。かつては巨人とその地元球団しか情報がなかったのだが、今はネットや衛星放送などでその試合を見ることができる。もう巨人だけてなくなったのだ。例えば中日ドラゴンズの試合が見たければ、スカパー!に加入すれば、ほぼ全ての試合を見ることが可能となったのだ。
鎌倉に住む私も、スカパー!のおかげで阪神の主催試合は全て見ているし、東京方面に来れば、時間が合えば球場にも行くことができるのだ。甲子園まで追いかけなくても大丈夫になったのだ。なんという時代の変化であろうか。
東京にあった日本ハムが札幌に、ロッテが川崎から千葉へ移り、更に近鉄がつぶれ(私は今も合併したのではなくつぶれたと思っている・・・)楽天が仙台に球団を作った。
四国には石毛氏が率いる独立リーグが活動しているというし、社会人野球で野村監督が率いるシダックスが活躍している。欽ちゃん球団も人気が出てきた。野球の地方化である。野球において巨人が中心である時代はもう過ぎ去ったのだ。

新しい巨人の原監督には、心からエールを送りたい。彼の心には野球への強い愛情があると思う。だから巨人のユニフォームを再び着るのだろう。言わば時代遅れの巨人というチームを新しいチームに生まれ変わらせるという困難な仕事に着手したのだ。
力がある程度均衡し、皆が切磋琢磨し、優勝を目指すから面白いのだと思う。一つが強くって、他がそことやらせて頂くという図式では未来はないと思う。その意味でロッテの優勝は意味があったし、わが阪神もがんばってほしい。セ・リーグのお荷物とまで言われ、高校野球の方が上とまで揶揄されながら、私は阪神ファンだった。ロッテのファンも同じ思いではないだろうか?

岡田監督をねぎらった阪神球団は、やっとファンの心を理解する球団になったのではないだろうか?色々あるが、それは選手とは何の関係もないし、野球とは関係のない話であってほしい。経営者の代わりならいくらでもいるが、選手の代わりはいないのだから。
今日は疲れて一日寝てしまい、今、ようやく起きてヤフーのニュースを見たらこんな話が出ていて嬉しく思った次第だ。岡田さん、がんばって!!

関連ヤフー・ニュース

(19:00追記)
by Schweizer_Musik | 2005-10-29 16:41 | 日々の出来事
TOTOが便座にmp3・・・
いゃーとうとうここまでというのが正直なところ。TOTOがmp3プレーヤーを便座に仕込んでしまったのだ。関連ページ
トイレで用足しが長い人に朗報となるのだろうか?よくわからないが、何が何でもこれを聞けと言われるのはいやだなと思う。SDカードスロットを備えているので、自分でmp3に変換したデータを入れることも可能なので、嫌でもこれを聞けと言われるのと違うので良いかなと思う。
しかし、音楽が溢れている日本。別にヨーロッパが全て優れているわけではないと思うが、向こうから帰ってきて景観ととも音に対しての感覚がヨーロッパと日本と違うとつくづく思う。
新田次郎の本の中で、チューリッヒ空港の駅を列車は「音なしの構えで走り始めた」とあるが、(記憶にたよって書いているのでちょっと違うかも知れない。ご容赦!)実際駅で「列車が来るから気をつけろ」とか、「次はどこそこ行きの列車が来るぞ」とか、「黄色いラインの内側を歩け」とか言われ、「発車するから、飛び乗りするな」までアナウンスされるというのは、日本人の社会生活は人に注意されないと出来ない馬鹿ばかりなのかと思ってしまう。発車にあたってベルも鳴る。ヨーロッパではこうしたことは一切ない。大人は自分でそうしたことができるということが基本なのだ。日本は注意しないと誰かの責任問題になるのだろうか?
「次はどこそこである」という車内アナウンスや「どこそこ行きの列車が入りますよ」というアナウンスは視覚障害者に対して必要なものなので、私は確かに必要を認めるし、それを騒音という気はもちろんない。しかし、飛び乗るなとか、一列に並べまで言われないと出来ないとしたら、一般社会に出て生活してはいけない人である。
しかし、こんなことはたいしたことではない。
町中での音楽の騒音はどうだろう。新宿や渋谷、池袋などの町を歩いていて、自動車などの騒音を別にして、普通に聞こえてくる音の多さに辟易とする。音を巡る環境というのは、何デシベルの騒音があったとかないとかいう問題ではないのだ。
後楽園、東京ドームシティの絶叫マシンが出す騒音。音量としてそれほどでもなくても、響き渡る人の叫びは一体何なのだろうと思う。住んでいるわけではないので、私は別に何か言わなくてはならないというわけではないが、音に対するデリケートさは、日本人はなくしてしまったのだろうか。
便座にまで音楽をつけてしまった日本のメーカー。それ自体が悪いことではないが、そうしたアイデアを生み出す環境が、私にはちょっとおかしなものに思えるのだ。
by Schweizer_Musik | 2005-10-27 22:15 | 音楽時事