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モードによる作曲法について(3)
旋法が、エキゾチシズムをうまく表現してくれる素材であることを述べてきたが、一方でスペースものなどから、ジャズ風のものまで旋法で作られているということを今回は紹介したい。
次の音楽はホルストの組曲「惑星」の中の「ジュピター」の冒頭のメロディーである。(ホルンが4本のように書いてあるが、ミスです。6本使われています!!)
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これはG音を主音とするミクソリディアで作られているものだが、三拍子の次のメロディーも同じモードで作られている。
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念のためにミクソリディアのスケールを次にあげておく。
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ところで、続いて出てくるのが最近某日本人歌手が歌った部分。ここはヘキサトニック(6音音階)で出来ていて、民謡風に作られている。
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ここの6音音階は4番目の音を省いた長音階で、次のようなものである。
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ヘキサトニックと言えば、「惑星」の中の次のメロディーもヘキサトニックのような作りで出来ているが、これは偶然と考えた方がよさそうだ。
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しかし、この部分の美しさ(いわゆるメジャー・セブンの連続なのだが)はポピュラー音楽でも戦後、さんざん使われたもので、ホルストの音楽の影響は結構大きいことがわかる。
しかし、この「惑星」はミクソリディアが大変たくさん使われていて、「マーキュリー」の中間で出てくる印象的な副次主題もまた、典型的なミクソリディアで出来ている。
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ハープの伴奏からそれと判断できるのだが、最初はホルンのバスがないので、ちょっとドリアかと思わせて繰り返しでホルンのバスを付け加え、ミクソリディアとしている。他にもこの作品の中には色々と語るべき手法があるのだが、ここではこのくらいにしておこう。
by Schweizer_Musik | 2006-05-30 08:05 | 授業のための覚え書き
美術界の大御所の盗作騒動
日本美術界の大御所の和田氏の絵画が、盗作といわれて問題になっている。確認されただけでも12枚もあるらしい。その絵が芸術選賞をとっているのだから悩ましい。
作者は「盗作でない」と言い張っているようだが、絵の素人でもわかるほど酷似しているのだから、その反論は論外だろう。
音楽でも盗作疑惑がある。大らかな時代には日常茶飯事だったのだが、著作権が確立していく中で、盗作ができなくなってきた。今だと裁判になってしまう。
たった12個の音をリズムとテンポで組み合わせて作るのだから、同じものが出来る可能性は極めて大きい。しかし著作権が切れているものを使えば誰も文句は言わない。例えば山下達郎が歌った「クリスマス・イヴ」はパッヘルベルのカノンのコード進行をそのまま使ったもので、あの曲の中でその種明かしもしている。(間奏部分でちょっとだけパッヘルベルのカノンの一節が女性のスキャットで流れるところだ)
あのパッヘルベルのカノンはいろんな曲に使われているが、相手がパッヘルベルなら文句は言って来ない。というより一種のコラージュとして音楽をよく知る人は楽しめる。
しかし、和音の進行だけなら、同じ進行で作られているものなんてゴマンとある…。
スマップが歌った「ライオンハート」が「ラヴィン・ユー」というポップス曲と全く同じコード進行を使っているが、あの曲の発売を巡って裁判になったというのは聞いたことがない。和音進行が同じだったら盗作じゃないかというのはちょっと厳しすぎる。それならポピュラー音楽は成立しない。和音の数と連結の方法はあまりに少ないからだ。
例えば「チムチムチェリー」と「マイ・ファニー・バレンタイン」が同じ進行を使っているからと言ってどちらかが訴えられたら、作曲はもう成立しない。
クリシェは多くのポピュラー音楽に聞かれるものだが、同じパターンがいろんな作品に使われているというもので、著作権をそれに認めることは不可能だろう。
とは言え、主題が似ているということなら話は別だ。こちらは何小節だったかまではOKだがそれ以上はだめという規定がある。しかし、調性を保って書く場合は、誰かの作品に似ないように書くだけで大変だ。知らない内に似てしまうことがあまりに多いから。だったら、著作権の切れたパッヘルベルのような古い作品をネタにして作った方がましというのもあるほどだ。
和田氏もゴッホあたりにしておけば・・・というのは絵の素人の私が言う話で、ゴッホの絵を真似したら誰でもわかるだろうな。
山下達郎のような例は、音楽では数知れずあるが、絵の場合は作家生命の危機であろう。同じ構図、色遣いで書いたとしたら絵はただの模写であり、創造性の欠如としか言えないのではないだろうか?
絵の専門家でないので、和田氏を断罪できるだけの知識も何もないが、個性が「売り」のファッションの世界でああいった話が話題になると、それだけで仕事は二度とできなくなるだけでなく、それまでの仕事も全て否定され社会的に抹殺される。ああ、厳しい世界だ。音楽はそれに比べりゃずいぶんぬるま湯ということか?
by Schweizer_Musik | 2006-05-30 06:59 | 日々の出来事
モードによる作曲法について(2)
ドリア旋法というのは、モードで作る際、最もやりやすいものだと言えよう。だから、ポピュラー音楽でもこれはよく使われる。特に1960年代後半から70年代にはやたらと使われた。
「朝日のあたる家」という曲を例にあげよう。
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この曲は、フランス軍による統治時代のニューオリンズに伝わった古い民謡がもとだそうで、ブルースの古典とも言われている曲。ロッカ・バラードのリズムにのせてアニマルズが1964年に大ヒットをとばした曲だ。この曲はメロディーにドリア旋法の響きはないが、2小節目のGのコードの使用にドリア旋法特有の響きが聞かれる。
こうした民謡におけるドリア旋法の使用で有名なのは、次の曲だろう。
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スコットランド民謡のこの曲は、ヴォーン=ウィリアムズの作品のテーマに使われた。他にも映画の主題曲に使われたり、様々な二次利用されているので、知らない人がいないほどだ。
1967年にアンドレ・ポップが作曲し、ポール・モーリアが録音した「恋はみずいろ」という曲は、このドリア旋法を冒頭に使っている。
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この曲は1968年1月にアメリカで発売されて火がついて、ヒット・チャート全米一位となり、その年のグラミー賞をとった曲である。インストのこうした曲がヒット・チャートでランクインする事自体が滅多にないことだけに、この曲は大きなインパクトを持っていた。
ちなみに、ポップス・ナンバーでチェンバロ(ポール・モーリア自身が弾いていたと言われる)をフューチャーした音楽がヒットをするというのも、時代を感じさせるものである。バロック音楽ブームが起ころうとしていたという時代の話である。
もちろん70年代でドリア旋法がなくなったわけではない。数多くの作曲家たちが旋法を利用している。中でもアニメ映画やゲーム音楽に大量に使用例がある。次の曲を知らない人はおそらくいないだろう。
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1984年の作品である映画「風の谷のナウシカ」のテーマ音楽として久石譲が作曲した音楽は、典型的なドリア旋法である。
さて、こうやってまとめてみると、旋法に何か共通したどこかエキゾチックな性格が浮き上がってこないだろうか。この普通の調性で味わえない、エキゾチシズムがモードの特徴なのだ。ポピュラー音楽に使われる前に、19世紀に生まれた巨匠たちが、普通の調性に対して行き詰まっていた作曲者たちが使いまくったのも当然であろう。

ドビュッシーの夜想曲の第2曲「祭り」のテーマもまた、ドリア旋法ではじまる。
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この3音をのぞいた5度の響きにのって聞こえてくる祭りの音楽が、ドリア旋法によっているのだが、19世紀最後の頃に書かれたこの作品から10年あまり経って、ドビュッシーは再びこのドリア旋法を使っている。
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ギリギリまで切りつめた単純な和音だけでメロディーを支えるこの音楽は、ドビュッシーの到達した枯淡の境地を見事に表していると私は考える。「祭り」のエネルギッシュな世界とは対照的な静寂の世界である。

(この稿、更に続く)
by Schweizer_Musik | 2006-05-28 18:28 | 授業のための覚え書き
モードによる作曲法について(1)
モード作法について
【概論】
モードとはファッションの話ではなく音楽では音階を指す。
音階で最もポピュラーなのは次の二つの音階であろう。長音階と短音階である。
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この音階の最初の音が主音となり、5番目の音が属音、そして4番目の音が下属音となる。主音の音高を変えることによっていろんな調性が作られる。
こんな楽典の初歩のような話を持ち出したのは、この二つの長音階、短音階も実は旋法でもあるからである。すなわち長音階がイオニア旋法であり、自然短音階エオリア旋法である。今日では旋法とはずいぶん異なる使い方をしているが、エオリア旋法については近代以後もずいぶん使われている。耳慣れない名前かも知れないが、これは古代ギリシャで使われていた音階がローマに伝わり、教会音楽の中で今日に伝わったとされている。
グレゴリオ聖歌として今日に伝わっている音楽の多くは、これらの旋法によっているのだが、ルネサンス以前には普通に使われていたこうした旋法はバロック以後の二百年ほどの間、ほぼ長音階と短音階の二つだけ使われることとなった。
ベートーヴェンがリディア旋法の弦楽四重奏曲で使ったりという例外はあったが、モーツァルトやハイドン、バッハ、そしてそのベートーヴェンもこの二つの音階をもっぱら使い続けた。その結果、私たちもそれらの音階ばかりに親しむこととなったのだった。

では、一般的に使われる教会旋法を次に紹介しておこう。二段になっているが、下段の方は、比較のために全てC音からはじまる音階に直したものである。
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【前史】
エオリア旋法は自然的短音階であり、民謡などでごく一般的に聞かれる音階である。メンデルスゾーンが交響曲「イタリア」の第2楽章でこの旋法をメンデルスゾーン流に使いこなしている。
しかし、まだ旋法独特のエキゾチックな響きが現れているというよりも、ちょっとした新鮮さを味わわせてくれるといったものである。しかし、こうした発想も、メンデルスゾーンがキリスト教音楽によく通じていたことも関係していると思われる。聖歌を作品のモチーフにすることなどもあったほどだから、こうした旋法に対しても柔軟なセンスを発揮している。
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しかし旋法は教会だけではない。民族的な音楽にも非常によく使われている。例えば、ポーランドなどの音楽ではリディアがよく聞かれるし、スペインではフリギアが比較的よく聞かれる。
民族的な音楽を志向していたドヴォルザークが、作品の中で旋法をよく使ったのも当然のことかも知れない。
次のメロディーは有名な「新世界」交響曲の終楽章の主題であるが、E音を主音とするエオリア旋法で書かれている。この作品にかぎらず、ドヴォルザークはエオリア旋法などをたいよく使っていた。
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ブラームスも第四交響曲の緩徐楽章でフリギア旋法をブラームス流に解釈して使っている(ということになっている)。しかし、私にはハ長調で始まってホ長調に共通音を使って転調したようにしか聞こえない。
もっとわかりやすい例がいいだろう。ならば、ロシア五人組の中でも最も天分に恵まれた作曲家ムソルグスキーの例をあげておこう。ドヴォルザークの「新世界」(1893)よりも15年も前に書かれた、歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」の中で彼は、リディア旋法によるPolonaiseを披露している。
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実際にリディア旋法はポーランドを中心としたMazurkaなどの民族的な音楽によく使われていた旋法でもあるから、これをムソルグスキーは選んだのだろう。
フォーレの先生でもあったサン=サーンスは保守的な作風であったが、ドリア旋法を使って「ライオンの行進」という曲を書いている。
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当然、ドビュッシーはこうした新しい音階に対してごく初期の段階で取り入れ、自分のものとしていたのは言うまでもない。次のあげるのは弦楽四重奏曲の第1楽章の主題であるが、これは1893年に書かれた曲で、ドビュッシーはフリギア旋法を使って第一主題を書いている。
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こうした旋法は、ワーグナーから流れ出した半音階主義に対するアンチテーゼとして急速に勢いを増してきたのだった。まもなく二十世紀に入るところであった。(この稿、続く)
by Schweizer_Musik | 2006-05-28 10:56 | 授業のための覚え書き
多調性について (3)
多調性は、和音対メロディーの関係ではなく、メロディー対メロディーであるとミヨーは語っているが、それ故、室内楽などで多調性の音楽が多く残されているのである。オーケストラ作品で多調性が用いられるということは滅多にないのは、大きな器の中では多調性は有益な技法とはならないからだ。
メロディー対メロディーという対位法的な用法をクリアするのに都合の良い編成である室内楽、特に声部を聞き分けやすい異種楽器の組み合わせ、例えば木管三重奏や弦と木管との三重奏、四重奏に大変向いていたということである。
多調性は無調に対してそれぞれの声部が調性を守る点がいささか保守的な考えを持っていた。また、無調から十二音という体系化を成し遂げた半音階主義に対して、多調性は体系化は難しく、1910年代から20年代にかけて6人組を中心に数々の作品が書かれたにもかかわらず、1930年代には早くも下火となり、1940年代にはほとんど書かれなくなってしまう。
現在、多調性の音楽として知られる作品の多くが1910年代か1920年代までに書かれたものであるのは、こうしたことによる。
とは言え、モード(旋法)による作曲で多調性は発展をとげたということも、事実である。異なるモードを組み合わせて作る方法など、モードによる作曲法は二十世紀、大いに発展をとげたのだった。この事についてはまた別の機会に書いてみたいが、とりあえず、次は多調性による作曲の実際について説明する。

さて、多調性で音楽を書くためには、それぞれのメロディーを明確な調性感をもって書かねばならない。したがって三度や五度といった音程を多様し、カデンツを意識させるように書かねばならない。理想は古典派以前のメロディーである。
例えば、次のようなメロディーである。
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このヘ長調のメロディーをオーボエに吹かせるとして、対旋律にクラリネットとバスーンをあてよう。クラリネットはヘ長調の長二度下の変ホ長調でやってみよう。バスーンは逆に長二度上のト長調にして、3つの調性を同時にならすと、どこか調子はずれの次のような音楽が出来上がる。極端な不協和は起こらないように気をつけて作っている。が時々、長二度があるのはご愛敬だと思ってほしい。
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この稿を東海道線に乗りながら書いていたら、途中でこうした作例を出した方がいいと思い、横浜を過ぎた辺りから曲を書き始め、東京駅で完成したという即席の作品。ほぼ20分ほどで書き上げたので、たいしたものではないが、今日学校で聞かせたら、意外に評判が良かった…。一生懸命作ったものの評判が悪く、こうしてテキトーに作ったものの評判が良いというのは、なんとも…、あっ、短いから評判が良かったのか…。
音が聞きたいという、奇特な方はこちらからどうぞ…。

2006年5月27日追記
作例をメヌエットとしたのに、トリオがないのはやはりおかしい…。そう今朝思い、15分ほどで即席のトリオを作曲し、なんら反省することなく、アップし直しました。作り直すならちゃんと作ればいいのに、というご批判は至極当然ですが、とりあえずご勘弁を…。楽譜もアップしておく。それからクラリネットはBb管で書いたが、実音での記譜である。
by Schweizer_Musik | 2006-05-26 19:24 | 授業のための覚え書き
小鰯を生姜で煮る
疲れ果てた体は料理をする楽しみによって休まる。今日は近くの魚屋でとびきり安い小鰯を大量に仕入れて来た(といって200円!!)。
小鰯はどれも7センチ程度の本当に小さなものばかり。これは生姜煮にするに限ると下処理をはじめたが、あまりに多くて途中で後悔したりした。それでも頭と尾を落とし、軽く鱗を取ってから内蔵をとり、薄い塩水で洗うという面倒くさい仕事を終える。
鍋の底にグシャグシャにして適当に包丁で切り込みを入れたアルミホイールを敷いて隙間無く小鰯を並べて酢と水でまず15分ほど落とし蓋をして煮込む。そして一旦その煮汁を全部捨てて、改めて酒、みりん、砂糖、水飴で再び落とし蓋をして煮込む。で十分に甘みを鰯につけてから醤油を入れ、しばらく煮込んで火を止め、今度は自然とさます。こうすることで水分をギュッと鰯が吸い込んだら器に盛って完成である。
安い魚だけに手をかけてやらないと、おいしく頂くのは難しい。だから面白いのだが、味付けは常にテキトー・・・。今日はちょっと濃い味になったなぁ。
by Schweizer_Musik | 2006-05-25 19:40 | 日々の出来事
水曜が終わった・・・
一限の現代音楽の授業では、ベルクのピアノ・ソナタ(先週とは別のクラス)の分析。ある程度わかっている学生もいるので、比較的細かなところまで分析し、続いて十二音の書き方についての説明を、自作品を用いて行う。
以前にこのブログで公開した木管五重奏であるが、これがどういう音列をどのように使って作られているかを説明して、十二音の書き方を話した。音列の作り方と木管の音列(最初の部分で基本音列を5度圏で使っていることと、中間部で反行音列を使っていることなど)で終わる。
早めに授業を切り上げて次の授業の準備に入る。
2週間ぶりの音だし。学生たちは、1週おきに自作品を持ち寄り、木管五重奏の作品を試演するというのが今期の授業である。今回は2回目の音だし。少し熟練してきたかと思ったら、全くの期待はずれ。ちょっと残念だった。教えている者としては、つねにもう少しという気持ちがあるので、そんな感想を抱くのかも知れないが。
例によって昼休みはたっぷりとる。お昼は何年かぶりで「すきや」に行った。メニューがずいぶん変わっているのに驚いたが、そんなファンだったわけでもないので、以前のメニューと言えば牛丼とカレーぐらいしか思いつかない。アメリカからの牛肉の輸入停止で、牛丼が牛丼屋から無くなってから、ほとんど来ていないからだが、あの騒動のあと、ちょっとのぞいてみたら豚丼になっていて、食べたらパサパサしていて、とてもお金を払ってまで食べようとは思わない代物になっていた。
しかし、今日行ってみて、牛丼がいつの間にか復活していて(アメリカの牛肉は使っていないはずだが)ネギと生卵をのせて食べるものやオクラと鰹節をのせたものなど、色々出ていたのにちょっと時の経過を思ったりした。そういえば昨年は食べに出る時間が全くなかったから・・・。
休みの後の現代作曲法は本科生対象で、実技的要素を交えて行う。今回はベルクのヴァイオリン協奏曲を紹介してから、私の木管五重奏(授業用に書いたドデカフォニーによる作品)を分析する。音列の作り方一つで音楽が変わるということを説明しつつ、私の場合は短三度と長三度を組み合わせて基本音列でやると短調のような雰囲気になり、反行音列でやると長調のように聞こえるようにしていて、それを中間に入れた三部形式であること、逆行音列を使った部分も紹介し、基本音列から48の音列を導き出す方法を説明し、学生たちに音列を試作させ、その反行音列を作るという作業をやらせた。
早く出来た学生にはそれをもとに旋律を作らせる。サラサラと書ける学生もいるので楽しみである。来週は全員にそれをやらせる予定。
続けて胸突き八丁のアレンジの授業。二限分、かなり仕上げに近くなってきた。一年生なので高音楽器とピアノのデュオ作品を書かせているのだが、まずまず初めて作ったにしては、センスよく仕上がってきた。7人のクラスなので、30人もいる授業とは違い、隅々まで見られるというのが良いのだろう。
そして最後にレッスン。休み時間に報告書や試験の内容についての報告、音だしの時の録音をCDにするなどをしておいたので、終わるとすぐに帰れた。おかげで家には九時半すぎにはたどり着いた。早く帰れたとは言え、ロンゲスト・デイであった。
by Schweizer_Musik | 2006-05-25 09:50 | 授業のための覚え書き
プルチネルラ・・・
ドクター円海山さんへのコメントを書いていたら、あまりに長すぎたので、そのままエントリします。

私は1916年の「きつね」が彼の大きな転換点だったと思います。歌と踊りのブルレスケとある「きつね」の描き出したそれは、新古典主義的、均衡と平易さが聞こえてきますが、あれを徹底させていくときっとペルゴレージにたどり着いてしまったのではないでしょうか。「妖精の口づけ」では自国の先輩であるチャイコフスキーを素材に選び、それを彼流に使いこなしていますが、それは彼の創造の枯渇であるというより、彼流の「新しさ」への追求だったと思います。
私は一流の職人だったと思っています。また時代の一歩先を行く彼の流行への敏感なアンテナが「プルチネルラ」のような「バロック音楽」を作らせたのではないかと思うのです。あの時代ランドフスカがcembaloを復興して、その火がつくかもしれないという程度の時代でした。まだ、ペルゴレージやヴィヴァルディなどは完全に忘れ去られ、バロックの巨匠はバッハとヘンデル、それに時代が少し下ったグルックあたりだけだと思われていた時代の話です。
だから、今日なら知られたバロックの音楽も当時は未知の語法に近かったと言っても過言ではなく、それ故の「プルチネルラ」の「新しさ」だったと思われます。ペルゴレージを素材に使った彼は、チャイコフスキーも素材に使い「妖精の口づけ」を書くのも当然だったと思います。
しかし、ストラヴィンスキーの他の音楽に続けて「プルチネルラ」を聞くと、そのバロック的な響きのおおらかさに驚かされます。とは言え、よく聞くと彼一流のアイデアがあちらこちらに散りばめられていて、なんとも面白い作品になっていると思います。例えば「タランテラ」の冒頭などを聞くと彼はただのアレンジをやったわけでないのは間違いない事実であり、ポリリズム的な処理も聞かれ、やはり最先端だったと思います。
こうした作品があったからこそ、ブロッホの「合奏協奏曲」などが生まれたのだと私は考えます。時代がストラヴィンスキーを生んだのだと。逆に時代の寵児でありつづけたのだとも言えるでしょうね。
ともかくも新古典主義の時代の先駆けとして、「きつね」は注目に値するものだと思います。
by Schweizer_Musik | 2006-05-25 02:50 | 授業のための覚え書き
多調性について (2)
二十世紀のはじめに、雪崩を打って始まった調性崩壊の流れは、シェーンベルクたちの半音階主義と、フランスを中心としたモードを発展させていく穏健な流れがドビュッシーなどを中心に作られたが、もう一つのミヨーなどフランス6人組などという十把一絡げ的なくくりのサティを首領とする音楽院を卒業したばかりのミヨーなどの作曲家(主にミヨー!)の多調性という全音階主義の3つに分かれて行った。
ミヨーの実験的な試みは、ストラヴィンスキーをはじめとして多くの作曲家たちに影響を与えたが、その中に組曲「惑星」を書き上げたばかりのグスターヴ・ホルストもいた。
ホルストは、ハリウッド調の豪華絢爛たるオーケストレーションによってあの有名曲を書き上げたことで知られているが、それ以外の仕事は、不当に無視されているのもまた事実である。晩年に近い、すでに作曲家として高い評価を受けていた彼が、1925年になって(あの「惑星」は1916年に完成している)すでに50才を越えた彼が、新しい技法に挑戦していたことは、全く頭が下がる。(ちなみに、彼の室内楽はほとんど知られていないのではないだろうか。このテルツェットも私は楽譜でしか知らない。
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ところで、このヴィオラのパートはクラリネット(A管)で演奏しても良いと楽譜にあるのだが、ヴィオラの最低音であるCがあるので、そのままでは無理なはず。どうやって演奏するのだろうか?ご存じの方がおられたらご教示頂ければと思う。やっぱりオクターブあげて演奏するのだろうか?

多調性に戻ろう。古い時代の偶発的に起こった多調性的な響きについては、無視してよいだろう。ミヨーなどの前に多調性的な手法を使っていたと言えば、チャールス・アイヴスがまず思いつく。
彼のとんでもない作品のいくつかで、多調性というか、別の音楽が同時並行で鳴り響くなどということをやらかしている。宵闇のセントラルパークという曲であるが、これは以前分析したので、そちらを参照してほしい。
楽譜を見て驚くしかない。完成したのは1907年!ああ、驚くしかない。

ミヨーと同じ時代にポーランドの作曲家、シマノフスキが弦楽四重奏曲第1番の終楽章で各楽器の調性が異なる多調性による作品を書いている(1917年)。
楽譜は手に入れていないのでここに載せられないのは残念だが、明日、学校の資料室で探すことにしようと思う。(弦楽作品が手薄なので、ちょっと望み薄だが)

この項、さらに続く(予定)
by Schweizer_Musik | 2006-05-23 20:35 | 授業のための覚え書き
多調性について (1)
多調性はダリユス・ミヨーがはじめたというのは、無理がある。古くは1901年頃の論文にまでさかのぼることができるからだが、1923年にミヨーが発表した「多調性と無調性」という一文によって、多調性は一つの思想(イデオロギー)となった。
多調性(bitonalite)は複調性(polytonalite)の発展型なのだそうだが、頭の悪い私にはこの二つの違いがよくわからない。二つの調性を同時にというのが複調性で、それ以上だと多調性という説明を聞いたことがあるが、どうもあやしげである。おそらく「嘘」だと思うが、ともかくややこしいのでここでは「多調性」で話を進めていくことにしよう。
多くの無調の音楽がワーグナーの「トリスタン」和音から発展した極端な半音階主義によって生み出されていったが、それは属七の和音の働きを極端に拡大していったものとも言える。
これに対して、少し遅れて全音階主義、三和音の意味を拡大していったのが多調性であるというのがミヨーの考え方であった。
彼のこの考え方で作られた有名な作品から、小交響曲第1番「春」の第1楽章の冒頭をあげてみよう。わかりやすいようにイ長調で書いておいたが、実際には臨時記号で書かれている。
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この作品はイ長調のこのテーマが提示され、続いてフルートとクラリネットが入れ替わって確保されるところからヴィオラにニ長調のフレーズが現れる。この対旋律は後半重要な役割を果たすこととなるのだが、それはともかく、その部分を次にあげておこう。
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そしてヴィオラに続いてヴァイオリンにヘ長調(と考えられる)和音が現れ、それがニ長調の主和音に終始して主題の提示と確保が終わるのだ。楽譜はharpのパートは省略した。
この後、第2主題がクラリネットに変ニ長調(というか嬰ハ長調というかわからないが)で現れ、ハープはロ長調のスケールをかき鳴らし、対旋律をフルートがホ長調で吹き、これを楽器を入れ替えて確保すると、展開部を省略した形でフルートに主題が戻ってくる。変ホ長調がイ長調とともに鳴り響いたりと、不思議なサウンドがさらに進んでいくのだ。

ストラヴィンスキーの「兵士の物語」は、少ない出演者(7人の演奏者とナレーターが一人)で公演できるようにと、スイスの詩人ラミュとともに制作した舞台作品である。第一次世界大戦によって演奏者がなかなか調達できないという事情や、ロシア革命によってロシアの財産が差し押さえられ、スイスに滞在していた彼は、厳しい状況に追い込まれていたという事情もあったようだ。
この作品は、火の鳥やペトルーシュカ、春の祭典といった初期の有名作の後の、新古典主義に向かう時代のストラヴィンスキーの作品である。

ストラヴィンスキーは無調で音楽を書いたと、途方もない誤解をしている人が私の周りにもかつていた。ストラヴィンスキーは一度たりとも無調で音楽を書いていない。もちろん春の祭典も無調ではない。多調性(あるいは複調性)で書かれていたりするので、「現代音楽」風に聞こえる部分もあるが…。次の楽譜は「兵士の物語」の冒頭である。
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コルネットのパートがヘ長調ではじまり、ホ長調に終止する対旋律のトロンボーンはヘ長調に始まっている。コントラバスのト長調のオルタネーティング・ベースにのってコルネットとトロンボーンに鳴り響くのはイ長調のメロディーである。ミヨーの小交響曲第1番が発表された翌年の1918年に書かれた。
ストラヴィンスキーは時代の最先端の音楽に対して、常に敏感であった。彼は最先端のそれらの音楽を取り入れながら、どんどんスタイルを変えていった。だからと言って無個性な作曲家であったのでもなく、初期の春の祭典などの他は価値がないなどと断じるのは、ただの無知でしかない。

(この項続く)
by Schweizer_Musik | 2006-05-22 09:00 | 授業のための覚え書き