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今日の一曲 (15)
フランクのピアノ・トリオ第1番嬰ヘ短調Op.1-1をとりあげたい。
どうも、あまり相手にされない曲らしいが、フランクが1870年代半ばになっていきなり巨匠になったみたいな言われ方は、明らかにおかしいと思うのだが…。
さて、フランクは幼くしてピアノの才能を示したと言われている。確かに1835年頃というから13才の頃に書かれたというピアノ協奏曲第2番を聞くと、なるほどと思わざるを得ない。とは言え、このピアノ協奏曲はあくまで習作の域を出ず、わざわざ聞かないとというほどのものではないが、こうした英才教育を受けて、ベルギーから彼の教育のために一家でパリに移住し、パリ音楽院で学んでからは、傑作の数々を次々に世に送り出している。このピアノ・トリオの第1番もこの頃の作品で、1839年から1842年頃に書かれた。
フランクはパリでサロンに出入りしたりして、ショパンやリストから注目されたのだったが、彼は華やかな世界で生きることを拒み、音楽教師と教会のオルガニストとして慎ましやかな生活を送ることを選んだ。その為になじみの薄いオルガン作品やオラトリオ、ミサ曲を彼はこの時代に書いている。これがフランク無理解の源となったようである。その時代の音楽の多くがまだほとんど紹介されていないことにもよる。私もほとんど聞いていないのが実情である。
ストコフスキーが管弦楽用に編曲して紹介した「天使のパン」も1860年に書かれた三声のミサ曲の中の1曲であったのだし、1865年には大規模なオラトリオ「バベルの塔」が書かれ、1869年から10年かけて名作「至福」を書き上げている。このオラトリオ「至福」はいくつかの録音があり、私もアルミン・ジョルダンの録音とジャン・アランの録音を持っている。(オルガニスト=作曲家のジャン・アランとは別人)
それはともかく、フランクは1871年に国民音楽協会をサン=サーンスらとともに立ち上げたことで、再び脚光を浴びる存在となる。そして翌年パリ音楽院の教授として迎えられ、彼の後期の作品群が生み出されるのだ。また、フランキストと呼ばれる多くの有能な弟子たちを育て上げたことも忘れてはならない。
さて、このピアノ・トリオ第1番であるが、嬰ヘ短調という陰鬱な調性を選んでいるあたりから、ロマン派の作曲家らしく思われる。第1楽章は哀しみを湛えた美しいメロディーがチェロとピアノのトボトボと歩くようなバスの上に繰り広げられるロマンチックこの上ない音楽である。第2楽章は重厚なスケルツォ。メンデルスゾーンのような煌めくような音楽ではなく、地に足をつけたスケールの大きい音楽だ。終楽章は長調になり、スケールの大きな音楽となっており、暗闇から歓喜へというベートーヴェン的なイデーによる作品であるとも言えようが、発展して行く中で冒頭の主題が回帰し、後年の循環主題の萌芽がここにあると考えられ、大変興味深い。
フランクは若い頃はサロンに出入りし、そうした趣味に合わせた取るに足らない音楽ばかり書いていたと、どこかの評論家が何を聞いてそう思ったのかわからないが、もっともらしく書かれたその言葉を鵜呑みにしてはならない。後年の傑作群にはない、瑞々しいメロディーが初期の音楽から聞くことができるし、さすがにピアニストを一時は目指しただけあって、ピアノは実に華麗で聴き応えがある。二流の作品などでは決してないのだ。
同じ頃、あのメンデルスゾーンによるピアノ・トリオ第1番が書かれていることも申し添えておきたい。シューマンの3曲のトリオが書かれるのは、このフランクのトリオの十年後のことで、フランクがフランス近代の作曲家と思いこんでいる人にとっては、ちょっと意外に感じられるのではないだろうか?
ヨアヒム・ラフやアントン・ブルックナーとほぼ同じ世代に属しているフランクは、ロマン派を生きた大作曲家であり、若いときから大変な才能を示した作曲家でもあったのだ。その若い名作を一度ご賞味あれ!
by Schweizer_Musik | 2006-08-31 10:51 | 今日の一曲
今日の一曲 (14)
今日の一曲はリストのピアノ協奏曲第2番。
またまた昔話で恐縮だが、中学生の頃、今から35年以上も前に、コロンビア・ダイアモンド・シリーズでこの曲を聞いて以来、私はこの曲が好きで好きで仕方がないのだ。第1番の方が傑作だという友人もいたが、私は第1番も良いのだが、こちらの第2番の方により愛着がある。
実はそのレコードでは第1番と第2番が入っていた。今でもその演奏は買うことが出来る。ブレンデルのピアノ、ミヒャエル・ギーレン指揮ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団(LPにはこの表記であった。実体はウィーン交響楽団)の演奏で、確かヴォックスの原盤ではなかったかと思う。
で、同時に聞いたのに第2番の方がずっと好きになってしまったのは、冒頭の和音の幻想的な響きに魅了されたためだろうと思う。音楽を始めたばかりの私には、A-F7-Bm-E7などという和音の連結は全く想像出来なかった。どうなっているのだろうと、電気オルガンで探しても(まだ私はピアノを持っていなかった)さっぱりわからず、楽譜もないし、調べようが無かったので、何度も何度も聞いて理解しようと努めた結果、この曲がものすごく好きになったというのが一番当たっていると思う。
そのレコードのジャケット(CD時代になってこの楽しみがほとんど無くなってしまった。LPの大きいジャケットのインパクトはもの凄い物だったのだが)がフランス・アルプスの夕景で、それがまた音楽にピッタリだったのだ。
当時はどこの写真かわからなかったが、それはシャモニーから行くラック・ブランから、ドリュ、ヴェルト針峰、グランド・ジョラスの姿だった。手前の湖面はすでに陽が陰り、暗くなっていて、遠くの山々だけが夕陽に照らされて赤く輝いていた。
あの美しい写真は、私をアルプス、山好きにするきっかけの写真でもあった。
ともかく、その写真とともに、全く理解できない幻想的なハーモニーの連続は、おそらくはこの曲をはじめて聞いた十九世紀半ばのヨーロッパの人たちと同じ印象であっただろう。オーケストレーションを含め、なんども改訂されているが、基本的なオーケストレーションを施したのはどうもリスト自身ではなく、ヨアヒム・ラフであったみたいだ。
プライザーからかつて耳にタコができるほど聞いた演奏が出ているが(PREISER/90064)、この曲の録音を私はどれだけ持っているのだろう。数えたことがないのでわからないが、30種類以上になるのではないだろうか?リストの第2番で持っていないと何となく聞いてみたい思いに駆られてしまうのだ。それらの中では、リスト弾きとして有名なシフラとアンドレ・ヴァンデルノート、あるいはシフラの息子(かわいそうに事故死した)との録音も良いし、ブレンデルがハイティンクと再録音したもの(PHILIPS/17CD-1130この番号は20年前のものなので信用しないように!)や、名盤の誉れ高いリヒテルとコンドラシンのロンドンでの録音、クラウディオ・アラウの録音、クリスティアン・ツィメルマンと小澤征爾の録音など、良い演奏はたくさんある。
で、私がベスト・スリーを選ぶならまず、ラザール・ベルマンとジュリーニのグラモフォン盤のファンタスティックな名演、エマニュエル・アックスとエサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団による緊密なアンサンブルは、音楽の構造を極めて精密に描き出す名演。(SONY/SK53289)
3つ目はブレンデルとハイティンク指揮ロンドン・フィルかリヒテルとコンドラシンか迷った末にリヒテルに軍配をあげようかと思う。フィリップスのこの録音はコンサートと前後して録音されていて、コンサートのライブも確かどこかにあったはずだ。あまり音が良くなかったので、一度聞いてそのままになっているが…。
by Schweizer_Musik | 2006-08-31 09:04 | 今日の一曲
バルトークの中心軸システムについて
昨日は久しぶりの水曜日…。大変でした。
c0042908_748222.jpgともかくも、バルトークの中心軸システムについて、二台のピアノと打楽器のためのソナタを用いて説明したが、これがなかなかの難関であった。
私自身、この方法を用いたことがないので、結局他人事のように説明してしまいがちになるのを、何とか持ちこたえるのが大変だった。メロディーの作りと和音の考え方に集中して説明したので、まだ構成原理については話してはいない。構成原理については来週やる予定だが、基本的にはレンドヴァイの「バルトークの作曲技法」の本に沿って説明しているので、私としてはそれほど大変ではないが、自分の言葉として説明するのはやはり難しい。
簡単に復習を…。
中心軸システムとは?図に示すように時計と同じ12に区切った円を描き、それに転調システムと同じ音名を入れていく。このCに対してFis、Aに対してEsという2つの軸を一次軸、二次軸と呼び、この対極にある2つの音を近親関係にあると考えるのが中心軸システムである。C音を中心とするC-A-Fis-Esをトニカ軸と呼ぶことにしよう。
ではG音を中心とするG-E-Cis-Bをドミナント軸、さらにF音を中心とするF-D-H-Asをサブドミナント軸と呼ぶことにすると、12音全てが軸の上に完成する。
これを、和音で考えてみよう。
Cのコード(ドミソ)はCmとほとんど同じ音で出来ている。これを同一の和音として考えることにする。また平行関係にあるAmのコードもCのコードと同じと見なすことが可能である。
とすれば、これを押し広げて、Cmの平行関係にあるEbは同じと考えれば、Amの同主調関係にあるAのコードも同じと見なすことでができる。
ここまでくれば、中心軸システムの和声の考え方まであと一歩である。
Ebは同主調でEbmがあり、その平行関係にあるGbも同じと考えれば、Aのコードの平行関係にあるF#mも同じ、そしてF#mとGbは異名同音でCに対する対極点にあり、中心軸システムのトニカの一次軸の関係にあることが判明するのだ。

それを次の譜例に示しておく。
c0042908_75097.jpg


この考え方でメロディーが作られ、和音が作られているのだ。二台のピアノと打楽器のためのソナタはこれらが最もわかりやすい形で出来ているので、分析するにはうってつけである。
冒頭の序奏部分をあげておく。
c0042908_8102340.jpg
Fisではじまる第1ピアノに対して、第2ピアノがカノンで入るところがCではじまることで、中心軸のFisとCの対極点が示されるのだ。
レンドヴァイの本によれば、第2楽章の冒頭にもこの構造の典型があるのだが、それは紹介だけにとどめておこう。
来週はフィボナッチの数列から黄金分割について、弦・チェレの第1楽章のフーガを用いて説明する予定。あれほど数学・算数が嫌いだったのに・・・(別に好きになったわけではないが…)
by Schweizer_Musik | 2006-08-31 07:50 | 授業のための覚え書き
ザンデルリンクのマーラーの第10番・・・あまり・・・
ザンデルリンクのクック完成版のマーラーの第10番を中古で見つけて、つい衝動買いで買ってしまった。ジャン=ベルナール・ポミエのベートーヴェンのソナタの全集も…。
で、今マーラーを聞いたのだが、速めのテンポでサラサラやっていて、もの凄く違和感を感じて、クック版なのに、1楽章だけ聞いてやめてしまった。ザンデルリンクの演奏で裏切られたことが今までなかっただけに、はじめての体験をしたことになる。
1979年の録音だから、年老いてしまったからというのとはワケが違う。オケの東ドイツのベルリン交響楽団。録音もなかなかに良い。しかし、私にはどうしてもザンデルリンクに違和感を禁じ得ないのだ。
まず、速めのテンポが気に入らなかったのだが、フレージングが固いというか、柔軟性に欠けるというのか、それが最も大きい。なんだかバッハでもやっているような感じのマーラーなのだ。
いろんなフレーズが未整理のまま、木管や金管のパートに置かれたままになっていて、それをラトルやロジェストヴェンスキーはうまくつなぎ合わせて聞かせてくれる。だから音楽から多くのインスピレーションを受け、面白いのだが、ザンデルリンクはそれらがバラバラなままに置かれていて、
ジョージ・セル(1楽章と途中までの3楽章が録音されている)も速めのテンポでサクサクとやる演奏だったが、それでもこんなに違和感を感じなかった。それはフレージングがとても柔軟で、一つのフレーズが次のフレーズに繋がっていく感じがとても良かったからだ。
テンシュテットの第10番(もちろん1楽章のみだが)もこの頃に出たのではなかっだろうか?この美しさ!はかなさは実に素晴らしい。私は全集ではじめてこの演奏を聞いて、すっかり魅了されてしまった。
1979年当時、この曲の録音がとれだけあったのだろう?わからないが、少なくとも第1楽章だけならかなりの録音がすでにあったと思う。
かつての東側(この言葉もすでに死語となってしまった)でも第1楽章だけなら、ロジェストヴェンスキーの素晴らしい演奏が1963年にすでに行われている。ちなみに私のマーラー第10番初体験はこれであった。全く凄い感動で、しばらく何も手につかなかった。マーラーが本当に恐ろしい音楽を書く人だということをしみじみと思ったものだ。確か、高校二年生の秋だった。
しかし、ザンデルリンクのこの違和感…。人の演奏を聞いて自分の解釈を作るなどという低次元の音楽家でないと思うが、あまりに個性的なフレージングに私は今後、このCDを取り出すことはないだろう。
この演奏が好きな方、ごめんなさい!私の個人的感想なので、お許しを!
(DS/TKCC-15108)
by Schweizer_Musik | 2006-08-31 07:40 | CD試聴記
今日の一曲 (13)
ダンディの「フランス山人の歌による交響曲」について
先週の金曜日から学校がはじまり、今日は専攻実技なので、レッスンをすれば良いだけなのだが、明日は極めてしんどい一日が待っている。
その授業でバルトークの弦・チェレをやる予定なのだが、まだ内容が定まっておらず、ソナチネでもやって明日は乗り切ろうかと考え直しはじめたところである。モードもそうだが、中心軸システムや黄金分割など色々説明しなくてはならないのが大変だ。
されはともかく、先日、高木東六氏が亡くなったと新聞に出ていた。彼があるテレビ番組で「ダンディのフランス山人の歌による交響曲の終楽章のピアノ・パートを弾いていたら、もうどこまでやったのかわけがわからなくなってしまって…」などと話していたことがとても印象に残っているのだが、彼はエコール・ノルマルでこのダンディの弟子だったのだ。
それまで、二葉百合子が歌った「水色のワルツ」くらいでしか知らなかった高木東六氏を見直すきっかけになった話だったし、彼ほど私が知らない作曲家も珍しい。ほとんど彼の音楽を聞く機会がないままに、今日を迎えているといって間違いはない。「朝鮮風舞踊組曲」など高く評価を受けた作品ぐらいCDになっていないのだろうか?戦中の音楽であり、日本の傀儡政権時代の話だから「いけない」音楽なのだろうか?
せめて、高木東六氏がピアノ・パートを弾いたダンディの「フランス山人の歌による交響曲」ぐらいはどこかの放送局のアーカイブに残っていないものかと思う。

この「フランス山人の歌による交響曲」は、ミュンシュの演奏ではじめて聞いて以来、私の大好きな音楽となっている。ダンディは色々聞いたけれど、この曲ほど好きになったものは残念ながらない。Symphonie C思enole(セヴェンヌ交響曲) とも言われるこの曲は、ダンディが35才の時に書いた作品で、
ある。
彼はモンテヴェルディなどの古楽の復興にも力を尽くした人物であったことは意外と知られていない。(私も実は最近になって知ったことだ)しかし、それは彼の作品において、ワーグナーとともに大きな影響を受けている。また、第一次世界大戦中はあまり作品を残していないようだが、交響曲第3番「勇敢なフランス人」"De Bello Gallico"」を書いて、愛国心を表明している。
戦後、コートダジュールに移り住んでからは魅力的ないくつかの作品を残している。そしてそれらにはドビュッシー、ラヴェルの影響が色濃く、とても面白いことだと思ったものだ。(「海辺の詩」の第2楽章「藍色の歓び - ミラマール・デ・マジョルカ」なんてダフニスのあの有名な夜明けの部分そのものではないか!(実は私も大学の卒業作品であったピアノ協奏曲で拝借した…)
しかし、そういう側面以上に、後期はバロック音楽的なアンサンブル作品などを書き、作風が新古典主義へと傾斜していったようにも思える。
話がそれてしまった。ダンディは、セヴェンヌ地方を愛し(貴族の末裔であり、城館を持っていた?)その風光にインスピレーションを受けて「山の夏の日」という管弦楽作品やピアノのための「山の詩」などを書いているが、やはりこの「フランス山人の歌による交響曲」が最も有名であり、最も優れている。

演奏は古くミュンシュがボストン交響楽団を指揮しニコレ・アンリオ=シュヴァイツァーがピアノを弾いた1958年の録音(RCA/09026-62582-2)。
セルジュ・ボード指揮パリ管弦楽団とアルド・チッコリーニのピアノによる1975年の録音(EMI/CDM 7 63952 2)。
ペーター・マーク指揮ベルン交響楽団による1985年の録音(CONIFER/CDCF 146)。
マレク・ヤノフスキ指揮フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団の1991年の録音(Warner Classics/0927-49809-2)。
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団とロベール・カサドシュのピアノによる1959年の録音(SONY/50DC 941〜2)。
以上の録音が良かった。特にマークの録音には最も愛着がある。
最新の録音は聞いていないのでわからないが、デュトワあたりは良いかも知れない。またいろんないきさつがあったのかも知れないが、エルネスト・アンセルメは録音していないようだ。これはちょっと不思議な気がした。
by Schweizer_Musik | 2006-08-29 05:44 | 今日の一曲
今日の一曲 (12)
ラヴェルのソナチネを…。
この名曲と格闘していたのは、高校生の最後の夏だった。もちろん一番優しいという第1楽章である。(第3楽章なんて全く手が出ない状態だった…苦笑)下手くそな私のテクニックでは、ラヴェルに申し訳ないばかりであったが、しかし、この見事な作品の片鱗を体験することができたことは、実に貴重な体験だった。
いくつかの編曲版が出ているが、この作品も「夜のガスパール」「水の戯れ」等と同様、ラヴェルはオーケストレーションしていない。確かにやりたくなる気持ちもわからないではないが、これをオーケストレーションして人々を納得させられるのはラヴェルしかいないだろう。しかし、私も挑んでみたい課題ではある。
第1楽章のテーマは、どう考えたってソナタの主題というイメージからほど遠い。ソナタをベートーヴェンやモーツァルト、ハイドンでしか考えていなかった私には、当時、この曲はとても異質なもののように思えていた。歌謡的な第1テーマに長い音符で響きをたっぷり聞かせる第2主題。2つのテーマを使ってどんどん発展していく展開部に正確に型どおり繰り返される再現部。ぐうの音も出ないほど完璧なソナタ形式でできているのだが、ハイドンやベートーヴェンで知っているソナタ・アレグロとは全く異なる抒情的な美しさに、私はとても驚いたものだ。
考えてみたら、こうして一つの型に当てはめて思いこむことは音楽では大変間違った結果を生むことは過去の多くの名曲に対する愚かな評論家の批評によって証明されているではないか!モーツァルトのピアノ・ソナタだって、ベートーヴェンのソナタだって色々ある。月光ソナタの名前で有名な第14番の第1楽章も、あまり語られないがソナタ形式なのだ。

つまらないことで興奮しても仕方ないので、この曲の好きな演奏について。私はデ・ラローチャによる演奏(BMG/BVCC-650(09026-60985-2)が知情意のバランスがとれていて、とても好きだ。高校生の時はアルゲリッチの演奏なども好きだったが、今はあまり聞かない。ただ、大変な名演であることは間違いないが…。
有名なコルトーの録音(Biddulph/LHW 006)もあまりにも古い録音であることを乗り越えて、今も時々聞く。しかし、ロベール・カサドシュ(SONY/MP2K 46733)もそうなのだが、この第3楽章のテンポが速すぎて音楽のディティールを崩しているように思うので、私の評価としては今ひとつである。
というわけで、ソロで聞くなら、私はラローチャになるのだ。
一方、編曲版もいくつかあるようだが、私が持っているのはカスパロフ編曲による室内管弦楽用のものと、キャロル・ザルゼド編曲によるフルート、チェロ、ハープのための三重奏版(ETCETERA/KTC 1021)だが、私はこの三重奏版が大変気に入っていて、よく聞く。今も手に入れば良いのだが…。
by Schweizer_Musik | 2006-08-28 21:19 | 今日の一曲
音楽のダウンロードを見限ることに…
iTuneのMusic Storeで昨年、登場直後にはよくダウンロードしていたのだが、問題点は全く改善されない状況で、半年以上購入するのを止めている。何故か?値段が高すぎるのだ。CDの価格がいくらが適当であるかはともかく、ライナー・ノートはなく、歌曲などでは歌詞カードもない。更にジャケットなどのパッケージはなく、データの転売は出来ないというものが、ほぼCDと同じ価格(約2割ほど安い程度だ)で普通に購入する気になれという方が無理な話である。
例えば、下野竜也指揮大阪フィルハーモニー交響楽団によるブルックナーの交響曲第0番のデータが全曲で2400円。で、録音データなどは全く明らかではなく、いつ、どこで録音されたのか、プロデューサーは誰であったのかなどもわからない。こんな売り方をするレーベルは全く信用に足りず、このレーベルが出している全てを私は購入する気になれない。
その演奏が録音され、製品になるまで、誰がどういう責任をもって作ったのかを私は明らかにするべきだと思う。別にどういう録音機材を使ったのかまで明らかにせよとは言わない。しかし、プロデューサーによって録音の出来不出来は大きく異なるものだし、製品について、誰も責任をもっていないということに等しいものを、どう信用せよというのだ。
また、一生懸命探してようやく見つけたフリッチャイ指揮ベルリン・フィルによるベートーヴェンの第九の録音。果たしていつの録音なのか、デジタル・リマスターを誰がやったのか?などの情報は全くない。これで1500円である。1500円が高いかどうかは何とも言いようがないが、アマゾンでこの録音と同じCDは税込みで1734円である。あなたはライナーも録音についてのデータも何もないし、他のコンピューターで聞くことも出来ないこのデータを1500円で安いから買うか、転売も可能な、ライナーも録音データも明示されている1734円のCDを買うか、あなたならどうする?

アメリカでタワーレコードが倒産して、日本の方は大丈夫かと言われている。まず市場は狭くなるだろうが、いくつかのメディアで指摘されているように日本にはレンタル店という独自の市場があるので、残ることだろう。
まぁ、クラシック音楽のデータ販売をきちんとできるだけのノウハウを持たないレーベルと、データのダウンロードを阻む著作◎×△会が、時代に逆行し、愛好家を無視して自分たちの権益を守るのにキュウキュウとしている限り、データのダウンロードに私は未来を描くことは出来ない。
欲しいと思った頃に、廃盤で聞くことができないということが無くなるのではと思ったのだが、一年経って、全く充実しない状況に私はもう見限ることにした。
by Schweizer_Musik | 2006-08-28 15:51 | 日々の出来事
今日の一曲 (11)
少し涼しくなってきたようで、久しぶりに暑苦しい夜から解放され、ゆったりと眠ることが出来た。涼しくなるともうすぐ新酒のワインが出回るなぁなどと考え始めてしまう。そんなことを考えていたらウィーンのホイリゲを思い出した。あそこは楽しかったなぁなどと思いつつ、そういえばと取り出したのはエーリッヒ・クンツの歌ったウィナー・リートのCDである。
何枚かあるエーリッヒ・クンツのCDでも「母さんはウィーンの女だった」が入っているアルバムと「古い小径をしみじみ行けば」が入っているアルバムは特にお気に入りで、ウィーンから帰ってきた頃は一日中かけていたものだ。それで久しぶりにかけてみた。で、やっぱり良いんだなこれが!!
酸いも甘いもかみわけた人生の達人が優しく昔を懐かしみながらしみじみと歌う…これがウィナー・リートの神髄ではないだろうか?基本的に後ろ向きの音楽であり「昔は良かった」という歌が多いのだが、そんな歌を聞いて(あるいは歌って)ホイリゲの夜は更けていくのだ。
エーリッヒ・クンツは、いくつもの歌劇の録音で知っている。が、私はそれらの立派さを認めつつもこのウィナー・リートの素晴らしさこそ彼の真骨頂だと思っている。特にテイチク、学研などいくつかのレーベルから人知れず?発売されたいくつかのアルバムは、このジャンルの最高のものが含まれている。
「酒蔵通い」なんていう歌はたった八小節の歌で歌詞は二番まで。エーリッヒ・クンツはこれを一分ほどで歌う。歌い進める内に次第に酔いが深くなっていく様子が、実にユーモラスに歌われていて、これぞ達人の芸と思う。また、「おバカなちっちゃなお茶っぴい」での優しげな歌い回しにしびれ、"Hinter Grinzing Am Berg Liegt Der Himmel"という曲(どういう意味かわかります?)での元気な様子は、かつて5時から男だった頃の会社が終わる時間の私の心を見事に歌い上げられてしまっている…(笑)。そして、「ワインのおかげでね」としみじみと歌われるともう駄目…。明日航空券をとってすぐにでもウィーンに行きたくなってしまう。
ホイリゲをご存知だろうか?新酒のグリンツィングの付近でとれたワインを飲ませる居酒屋というか、オープン・カフェというか…。これが良いのだ。松の枝が軒先にあるのが営業中の印。それを確認しておそるおそる入っていくと、中庭に出る。ここでワインが振る舞われるのだ。全てジョッキでくる。作り方が悪いのかどうか知らないが、少し炭酸が入っているそれは、なかなかに口当たりがよく、何杯でもいけそうだが、日本酒程度のアルコールが入っているのでお気を付けあそばせ…。一杯250ml。だから3杯も飲めばワインを一本あけた勘定になる。私ははじめて行った時、周りの観光客(カナダ人やオランダ人、イスラエル人たちだった)とワイワイ騒いで、完全にわけがわからなくなってしまった。確か三件ほどはしごをしたのだが、最後には私を含めた一団は15人くらいだったと思う…が、全くどこにどう行ったのか憶えていない。というか、そこからホテルにどうやって帰ったのかもわからないが、私は泥酔泥棒にあうこともなく(実に運が良かった!)ホテルの私の部屋で目覚めた。
二日酔いが酷かったことも、懐かしい思い出だ。だからといって観光をやめてホテルで寝ているなんてもったいないことはできない。二日酔いをおしてウィーンの美術館などを見て回ったが、ずっと吐き気に襲われていた。昼食はスープを一杯だけ。でもそれでようやく吐き気がおさまり、次第に元気が出てきて、夕方になると再びホイリゲへと向かったのだった。全く懲りない奴でして…。酒飲みなんてこうしたものだ。基本的にだらしないのだ(笑)
で、今日の一曲はクラトキーの作った「酒蔵通い」という曲。
エーリッヒ・クンツの歌を愛するならば、ぜひ一度お聞きになることをお薦めする。
by Schweizer_Musik | 2006-08-27 08:14 | 今日の一曲
今日の一曲 (10)
今日の一曲はイベールのフルート協奏曲。
一番好きな作曲家は誰ですかと、結構よく質問を受ける。その時にあげる作曲家がイベールなのだが、たいていの人は意外な顔をする。ベートーヴェンやモーツァルト、バッハと言ってあげれば喜んでもらえるのかも知れないが、私はへそ曲がりなのだ!
しかし、一番好きな作曲家って言われても返答に窮してしまう。オネゲルだってショスタコーヴィチだっていいのかも知れない。(ちなみに私の中での作曲家の格付けではこの二人は全く同格の最高ランクなのだが、こう言ってももの凄く意外な顔をされる…。余程私は変わっているらしい)しかし、いつもつきあうには彼らの音楽の多くが重すぎる。私はもうちょっと軽薄なもので良い。それでいて、最上の質感をもつもの…こんな風に考えると、もうイベールしかいないじゃないかと思う。オーリックでは軽すぎるし質感も少々安っぽい。レ・フレムも良いし、ケックランでも良いのだが、才気活発という感じがなく、私の脳を刺激してはくれない。
その点、イベールはどこをとっても面白い。最高度の技術で書いている。オーケストレーションはラヴェルと同じ水準に達し、まさに魔法のようだ。
その彼のフルート協奏曲をとりあげる気になったのは、ただ単に偶然聞いたからに過ぎない。組曲「パリ」でもディヴェルティメントでも木管五重奏でもよかった。いやチェロと木管楽器のための協奏曲だって良かったのだが、あまりにマイナー過ぎると言われているので、ひねりすぎないようにしたつもり。
それに、この曲にはハッチンズの決定盤がある。
こんなフルート奏者を団員に持つオーケストラなら、上手いに決まっている。事実、このオケとデュトワによるいくつかの録音は、定番中の定番(変な言葉でごめんなさい)になっているではないか!
終楽章の軽いタッチの無窮動でちょっとジャージーな音楽を、品良く仕上げるあたりはまさに名人芸!
ジャン=ピエール・ランパルの録音はオケがヘボで困ったものだ。(ERATO/B18D-39154)フルートがいくら良くても、ピッチすらきちんとしていないようではとても楽しめない。(しかし私は長い間このランパルの演奏しか知らなかった)グラーフの録音もフルートがとても立派であるが、全体に重い。曲の内容に対して重厚で味が濃すぎるようだ。(Claves/K32Y 298(CD 50-501))
マリオンの録音はかなりよろしいが、やはりオケの技術に不安がある。響きのバランスがうまくとれていないところがあって、テンポや音楽のとらえ方はとてもいいのだが…。(DENON/33C37-7923)
他にもいくつかの録音があるが、私はこのハッチンズの録音で満足しているので、もうあれこれ買う気はいまのところない。
by Schweizer_Musik | 2006-08-26 01:19 | 今日の一曲
今日の一曲 (9)
暑い日が続くが、この暑い中、あるクリスマス・ソングの思い出話を一つ披露させていただきたい。私は昔ヤマハに勤めていたのだが、長崎を担当していたときのことである。
もう20年近く昔の話だ。冬の忘年会の最中にある幼児科の若い講師が入院することになったという知らせを聞く。彼女の名前はあえてここではAさんとしておこう。彼女は遠隔地の幼稚園などを中心に担当する若い講師で、まだ働きはじめて三年程度だったと思う。
誰からだったか、すぐに彼女が悪性の腫瘍で余命三ヶ月と診断されたことが私に伝わってきた。私はその地域のまとめ役をしているベテランの講師などと一緒の彼女の病室を二度ほど見舞ったが、会う度にやつれていく様子に胸が締め付けられる思いだった。
結局、彼女は手厚い看護もあり、半年あまりを病院で生きたのだが、ヤマハの講師は一年の委任契約なので、毎年、春に覚え書きを交換し、契約を更新するのだが、それを私は彼女のために病院で行った。病気になったためにヤマハを辞めなくてはならないと不安に思っていると前に一緒に見舞いに入ってくれたスタッフから聞いたためだ。
万事に控えめな女性だったが、きめ細かい愛情の持ち主で、子供たちにも慕われ、仲間の誰からも愛されていた。その彼女がそれほどヤマハの幼児科の仕事に誇りと愛情を持っていてくれたのかと私は痛切な思いでその話を聞いた。
前例のないことだったが、私の一存でしたことだったが、誰も何を言わなかった。しかし、印鑑を押したり、名前を書くことすら大変な様子で、彼女がすでに医師から宣告されて余命を越えて生きていることを痛感させられたことも事実だった。
彼女は病魔に冒されながらも最後まで復帰への思いを持ち続けて、六月のある日亡くなった。暑い日だった。葬儀の悲しさは何とも書きようがない。若い人が亡くなった時の悲しさはもう…。
友人や仲間たちが、Aさんの好きな曲だけで追悼演奏会をしようということになった。私も出かけた。ご遺族の方が最前列に座り、講師仲間がAさんの好きだった歌を歌い、好きだった曲を演奏した。その中にアダンの「ホーリー・ナイト」があった。1852年にアダンが作った3つのクリスマスの歌の中の一曲であるが、この曲がその演奏会のトリだった。
この曲を聞くと彼女のこと、暑かったあの日、長崎の町並みが目に浮かんでくる。
Aさんの家族にもう音楽をする人がいなかった。お父さんと弟だけが残されたのだった。(お母さんは早くに亡くしていたそうで、彼女は母親役でもあったようだ。そのことを私は不明にも知らなかった…)
ご遺族は、彼女のピアノを音楽の普及に使って下さいと、所属していた楽器店のある教室に寄贈してくれた。
今、CDの整理をしていて、カラヤンとレオンタイン・プライスによるクリスマス・ソング集のCDを見つけて、何年ぶりかでこの曲を聞いて、あの追悼演奏会での悲しい「ホーリー・ナイト」を思い出していた。
by Schweizer_Musik | 2006-08-26 00:51 | CD試聴記