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多忙…
明日の音だしに向けて、添削というか補作というか、敢えて言うならばそうしたことをしている。おかげで500ページ以上のスコアとパート譜を作成するが、これがとても大変で、一ヶ月ほどかけて密度は全く違うけれど、ブラームスの交響曲を一曲書いたのと同じ…と言ったら分かってもらえるだろうか…。
これは、作曲を専攻している者であれば私はこんなことをしないのだけれど、管楽器薬研楽器、あるいはピアノや電子オルガンを専攻している学生たちの作品で、2年間、私の授業に出席し続けた学生への私からの卒業記念品のようなつもりで昨年からやっている。
私の創作の部分もあるし、アレンジはかなり直している。よく出来る学生の作品はそのまま音だしにかける予定だが、オケのスコアとしては厳しいものもあり、中には全面的に私がアレンジしたものも…。
筆が速いと言っても、限度があり、欠席ばかりして作品をちゃんと出さなかった4名ほどを除いて、良くできた三名はそのままて、残りの六人は私がオケ用にアレンジした。
年末はこれが入るので疲れる…。(好きでやっているのだから、愚痴ではない…念のため)
あと一曲だけ手直しの必要なスコアがあるので、午後はこれをするばいいのだが、昨日、イギリス〜フランス旅行から帰ってきた娘が持ってきたお土産のリキュールを飲んでしまったので、ちょっと休憩である。(笑)
明日は終わって打ち上げがある。もう少しだけだからがんばろう!
by Schweizer_Musik | 2008-02-28 12:15
春はあけぼの…音楽を聞こう -03. サン=サーンスのサムソンとデリラより「春が来れば」
日当たりの良い場所に植えられている河津桜はもうつぼみを膨らませていることだろうが、今日は風が強くモノレールは事故で一日動かなかったようだ。
春の嵐というわけではなく、冬の名残の嵐であろうが、もう春はすぐそこに来ている。
一日、色々な調べ物などをして過ごした。多忙と言ってもかなり楽になって来た。
窓の外の陽光は冬の傾きがなく、日差しが入る時間が随分短くなって来たことで、春の訪れを感じる。
サン=サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」は旧約聖書の話をもとにしたものだが、ちょっとしたスペクタクルが楽しめる作品で、あのバッカナールは単独の作品としても有名だ。
それはともかく、歌劇の第1幕で歌われるこの「春が来れば…」はちょうど今の季節にピッタリの曲ではないだろうか?ほのかな春への憧れが、サン=サーンス独特の美しい和声に彩られて穏やかに流れていく。
ナクソス・ミュージック・ライブラリーにラウリス・エルムスというメゾ・ソプラノのなかなか良い演唱がある。ヴィブラートなど私の好みで、素直な発声で聞きやすいと思う。
サン=サーンスで開いて、ELMS, Lauris: French and Italian Opera Ariasをクリックすると聞ける。
あまりアリア集を買わないので、他にどんなものがあるかあまり知らない。CDではデニス・グレースという黒人の美しいメゾが歌ったfnac盤を持っているが、ヴィブラートがうまり好きでないので、滅多に引っ張り出して聞くことはない。
ナクソスのおかげで、この曲を久しぶりに聞いて楽しむことができた。有名な作品も多く、これは良いと思う。オケはちょっと…。神奈川フィルだったら…などと無い物ねだりをまたしたくなった。
春はもうすぐそこに来ている。楽しい季節である。
by Schweizer_Musik | 2008-02-25 01:27 | 春はあけぼの…音楽を楽しもう
ザンデルリンクとドレスデンのハフナー交響曲とベートーヴェン第8
ザンデルリンク指揮ドレスデン・シュターツカペレの1973年の来日公演のライブで、モーツァルトのハフナー交響曲とベートーヴェンの交響曲第8番のCDが届いたので聞いてみた。
私はドレスデン・シュターツカペレの1970年代の演奏は、ウィーン・フィル以上に古風で味わい深く、また美しいサウンドを持っていたと考えているが、その最盛期のオケを、東側で主に活躍していたザンデルリンクが指揮している。
想像するだけで良い演奏が鳴り響いてきそうなのだが、果たしてその期待は裏切られることなく、夢のように美しいモーツァルト、第8番にしてはとてつもないスケールの演奏が聞かれるのだ。
ハフナーの第1楽章からその濡れるような弦の美しい響きに魅了される。今の神奈川フィルのようだ…。世界中のどのオケからこんな音が聞かれるだろうか?1970年代から1980年代はじめにかけてのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、1960年代のベルリン・フィルくらいではなかったか?
ハフナーの第2楽章を聞いて、完全に打ちのめされてしまった。神経質なところは全くなく、大雑把のようでいて実は細心の注意で小さなフレーズから大きなフレーズまで演奏し、それをたっぷりとしたブレスで歌い上げているのだ。
このザンデルリンクの指揮したドレスデン・シュターツカペレの演奏するハフナーは今までのどの演奏よりも素晴らしい!ありきたりの言葉しか出てこない…。3楽章あたりでもう完全に夢見心地で、終楽章で、青臭い強弱の対比を強調するなどということとは全く無縁の優雅でかつ清々しい空気をサッと漂わせて絶美の音楽は終わる。
あまりに美しいその演奏に、もう一度とCDプレーヤーにアンコールをお願いした。
で、二度目も夢見心地となったところで、ベートーヴェンの第8番を聞く。
これはとんでもないスケールである。全集でのフィルハーモニア管との演奏は、フレーズの隅々まできちんと仕上げたという印象で、あれはあれで名演であった。が、こちらは天下の名器、ドレスデン・シュターツカペレである。細かなミスはあるけれど、音楽を呼吸し歌い上げるという姿勢で、このライブ感覚にはスタジオ録音はかなわない。録音がいささかライブの方が分が悪いという程度である。
音の品位というか、音楽の品位がその辺の古楽器演奏家たちに聞かせてやりたいほどの高さであり、クオリティだ。
フルートも上手いし、ホルンも出しゃばらず、それでいて勘所をしっかりと押さえた演奏に、一流のオケ・マンの姿を聞く思いだ。
第1楽章から終楽章まで、ベートーヴェンが散りばめたアイデアの全ては、こういう品性の演奏からこそ味わえる。今まで一番だったハフナーのブルーノ・ワルターとベートーヴェンのシュミット=イッセルシュテットの録音はこれで私の中での一位の座を明け渡すこととなった。私のこれからのこの2曲の基準となる演奏と出会えたと思う。
タワー・レコードで、これらの録音がたった1000円で出ている。これはみなさん「買い」ですよ!

TDK-OC008


追記
最近、神奈川フィルの演奏会で何度も感動しているからか、ついつい褒めすぎる傾向がうり自重しなくてはと思うのですが…。またウィーン・フィルやドレスデン・シュターツカペレ、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団と比べて褒めてしまった。
しかし、今の神奈川フィルはそれほど良いオケなんですよ!聞いた人は皆信じてくれるのだけれど、昔の荒っぽい演奏しか知らない人は、全く受け付けてくれないのが寂しい…。
(フェイヴァリット会員になりたての独り言です…)
by Schweizer_Musik | 2008-02-24 10:59 | CD試聴記
フルトヴェングラーのバイロイトの第九(Orfeo盤)を聞く
性懲りもなく、またまたバイロイトの第九に引き寄せられて買ってしまった。同じ演奏、何枚目になることか…。
バイエルン放送所蔵のテープをもとにした初出のものだというし、音は随分違うというので購入してみた。(それほどにこの世紀の名演は私を惹きつける…)

さて聞いてみてびっくりした。ひょっとしたら異なるソースではないかと思われるほど音質が違うのだ。で、聞き慣れたEMI盤と初期LPの板起こし盤とを引っ張り出し聞き比べてみた。
やはりかなり違っている。EMI盤は高音をかなりカットしているし、開場ノイズの位置が違うのだ。冒頭の静かな5度の響きのところでEMI盤では聞こえる足音がORFEO盤では無い。板起こし盤はEMIのソースがオリジナルなので、当然これとも違うのだが、こちらの方がずっとクリアに聞こえる。EMI盤はかなりこもった音になっているのだ。
第1楽章の第一主題の確保(2回目の主題提示のところ)での大きな「咳」はORFEO盤にあってEMI盤に無い。また、第2主題のあたりで聞こえる「咳」は聞こえ方が違うけれど同じ位置に入っているので、ここは同一ソースだとは思われる。
EMI盤は以前から言われるようにリハーサルの録音などを混ぜた編集したものと言う意見は正しそうだ。
バイエルン放送の録音を音源としたORFEO盤は耳障りなヒスノイズに低域がマスクされているという難はあるけれど、ほぼ公演のライブに違い無さそうだ。

さて、このORFEO盤について感じたことは…
第1楽章の冒頭の6連符の刻みをフルトヴェングラーが正確に刻ませているあたりは、板起こし盤が一番よく聞こえる。ORFEO盤は高音はよく聞こえるのだが、低音域は混濁してしまっている。高域にバランスが偏っているために、生々しく聞こえるだけだが、これは終楽章で威力を発揮する。
私がバイロイトの第九で一番つまらないと思うのはこの終楽章なのだ。肝心の合唱が何を言っているのか分からないほどぼやけてしまっていて、これでよく製品として売っているよなぁと変な感心をしているところなのだ。
評論家のU先生など、これでどうやって楽しんでおられるのだろう。私には分からない。
独唱は大体聴けるのだけれど、EMI盤は終楽章に関しては落第である。
板起こし盤は、終楽章に関してはEMI盤に準じていて、五十歩百歩というところだろう。それでもこれを買った時はかなり聞けるようになって嬉しかったものである。
ORFEO盤の価値はただただこの終楽章にある。合唱が何を言っているのかかろうじてわかる程度の状態になった。というより、ORFEO盤は終楽章がとても良い録音なのだ。どうしたのだろう?理由は分からないけれど、ここに入って何かが変わってきているように思う。
テープは三分ほどで変わっているようで、ノイズの聞こえ方がテープによって随分違うことも分かる。保存状態によるのだろう。
しかし、私はこの演奏の合唱の生々しさを初めて体験した。この曲は最後に出て来る合唱と独唱が主役なのだ。独唱者たちの素晴らしさも初めて分かったように思う。とても聞きやすいバランスで、これならお金を払う意味があった。
で、ちょっと「季節外れ」の第九の聞きくらべの一日が終わったのでした…。
by Schweizer_Musik | 2008-02-24 06:45 | CD試聴記
マンシーニのCDを聞いた
色々とCDを買い込んで、ようやく今日は一日休みで、聞くことができた。明日から仕事を再開することとして、ちょっと一休みである。
前に買いそびれていたマンシーニがロイヤル・フィルを指揮したCDを聞いて、懐かしさのあまりちょっと涙が…。「ムーン・リヴァー」や「ひまわり」のテーマを聞いて、これらが私の音楽事始めの頃に親しんだ曲だったことを思い出していた。まだ大したコード付けも出来ない頃に、「ひまわり」のコードをどうしても耳コピーできず、どうなっているんだと疑問で、なんとかして手に入れたピアノの譜面であのコード進行を知った時の驚きやムーン・リヴァーの後半のコード進行の絶妙な進行、シャレードでのカウンターの面白さなどなど、私の最初の教科書だった曲であり、何としてでも真似なくてはならなかった曲だった。中学の頃のことだった。
マンシーニの録音は丁寧で、聞きやすいものだ。ロイヤル・フィルの面々もこうしたお仕事にも慣れているのか、実に手際がよい。おかげでとても聞きやすい録音となっている。
「酒とバラの日々」など好きな曲が入っていなかったり、親しみの無いテレビ主題曲が入っていたりで、日本人の私たちにとってどうかと思わない部分もないことはない…(わかりにくい表現だ、一体どうなんだ!)
それでも、このアルバムで、意外にもマンシーニが映画以外のオリジナルの管弦楽作品も書いていたことも知り、それがとても優れた楽曲であったことも楽しい発見だった。
サン・オブ・イタリーなど、第3楽章だけといわず、全曲いれておいて欲しかった。なんでもフィラデルフィア管弦楽団との音盤もあるそうで、CD化されているのなら、探し出して聞いてみたいと思う。こうした音盤を買わなくなって久しいため、知識不足が否めないところである。
しかし、こうして聞いていると、ポール・モーリアなどであれば、デフォルメしてかなり単純化して演奏していたはずだけれど、この音盤では本格的なオーケストレーションが施されていて、多分標準二管編成にドラムやギターなどの4リズムを加えた形であろうが、それがとても凝っていて興味深いものである。ガラスの動物園という映画のための音楽などとても美しく気に入ったし、オハイオ・リヴァーボートというオリジナルの管弦楽作品は、ライト・クラシックの作品として優秀な作品だと思った。まぁ、コープランドの「ロデオ」もどきで、あちらの方がずっと面白いけれど…。
たった1000円なので、知らない曲が多いとは言え、それだけの値打ちはあったと思う。CD店で見つけたら買って損はないと…。
by Schweizer_Musik | 2008-02-23 21:26 | CD試聴記
今年度の最後の授業の記録
水曜日は今年度の最後の授業であった。最後にとりあげたのは松下眞一の「七楽器のためのフレスク・ソノール」であった。
松下眞一などと言っても、最近はあまり取り上げられないので、知らない方も多いかも知れないが、私のように関西で勉強した者にとっては、一種のあこがれのようなものを持っていた作曲家であり、何度も何度も聞き、スコアを調べたこの作品は、学生時代の思い出が染み込んでいる。
作曲家であり世界的な数学者でもあった松下眞一氏は、ヨーロッパでこそ高く評価された作曲家であった。
1964年に書かれたこの作品は、主題と8つの変奏となっている。フルートとオーボエ、クラリネット、ホルンの4本の管楽器とハープ、そしてヴィオラとチェロという極めて限定された編成であるけれど、これでオーケストラのような効果をあげている点で目覚ましい作品であると言えよう。
拍子感はなく、音そのものの素材を提示し、その音を様々に展開させることで各変奏を作っている。
テーマはフルートのソロによるヴィブラートを伴うロングトーンと細かいリズムによる幅広い音程によるアルペジオの対比によって提示される。これに後半、チェロのトレモロのロングトーンが絡んでいく。続いて、ノン・ヴィブラートのフルートのロングトーンが4度上で提示され、大きなディナーミクの変化が伴って提示される。
これがテーマである。
第1変奏はロングトーンをトリルに発展され、オーボエとクラリネットに移る。ハープとチェロのアルペジオが響きに彩りを加え、ヴィオラにノン・ヴィブラートのロングトーンが置かれ、それにグリッサンドが加わって始まる。
されにチェロに二度のグリッサンドが加わり、ここにハープの即興的なグリッサンドが出てきて盛り上げる。
変奏の後半は、幅広い音程の跳躍が、木管三本でカノン風に演奏され、これにハープが絡んでいく。
ロングトーンと幅広い跳躍の対立が基盤となって展開している。
第2変奏は再びフルートにテーマが戻り、ハープを除く他の楽器がロングトーンを担当する。フルートのの幅広い音程の跳躍は変化を伴い、後半にはリズム・カノンが加えられる。
第3変奏は弦が幅広い跳躍進行を担当するのだが、これに様々な奏法を要求していて、ペンデレツキの弦楽四重奏の影響が聞かれると私は考えている。
ハープがこれに絡み、所々に木管のロングトーンが聞かれ、ペンデレツキのように厳しい響きの連続とは一線を画している。
次第にロングトーンが同音反復のリズミックな変奏に置き換えられ、最も充実したこの作品の中でも白眉とも言えるページとなっている。
続く第4変奏は、オーボエに跳躍が置かれ、その他はロングトーンを演奏するようになっている。ロングトーンはトリルから細かな狭い音程を蠢くパッセージに置き換えられ、木管全員のアルペジオで閉じられ、フルートのロングトーンが残って第5変奏へと移る。
第5変奏弦の下降グリッサンドが一秒ずつずれてヴィオラ→チェロ、ヴィオラ→チェロ、ヴィオラ→チェロと演奏され印象的。この上にフルートのテーマが再現されるので、楽曲全体の中でも再現部に移ったと言っても良いだろう。再び、第3変奏の再現のような弦の跳躍が聞かれ、木管にロングトーンが置かれる。
そして第6変奏は全体のクライマックスで実にダイナミックな変奏となる。そのはじまりは、ハープのクラスターと弦のフラジオのままでのグリッサンドなどの特徴的なサウンドで、これにクラリネットの低音でのポルタメントが絡みフルートが続く。そしてロングトーンが様々な音域、音程に置かれ、ハープのグリッサンド、クラスターが彩りを添え、後半は同音反復の変奏を全員が行い、ホルンのゲシュトップがそこに割ってはいる。
第7変奏は、コーダへの推移のような役割を持ち、静かなロングトーンの響きの変化をが描かれ、第8変奏で再現と変奏が最初のテーマと反対の順序で出てきて終わる。
見事な作品である。
聴講生のW君(留学生)が昔この松下氏に数学を教わったそうで(お互い年齢については言わないでおこう)良い記念にもなったのではないだろうか。
しかし、松下眞一の作品のCD化は代表作の「シンフォニア・サンガ」だけというのはあまりにも寂しいし、日本のレーベルの努力不足と言われても仕方がないのではないか。ビクターなどにかなりの音源が残っているはずで、がんばってほしいものである。

さて、一年の締めくくりは来週末の金曜日。今日もまた実技の試験で出かけなくてはならない。その間にいくつかの編曲も行う必要があり、年度末はいつもながら忙しいのである。
by Schweizer_Musik | 2008-02-22 09:49 | 授業のための覚え書き
ブリュールの指揮したベートーヴェンの田園
ドイツのベテラン指揮者ミュラー=ブリュールが手兵のケルン室内管弦楽団を指揮してナクソスに録音したベートーヴェンの「田園」聞く。
室内オケでというと、何やらピリオド楽器の亡霊が出てきそうで、うんざりという方もいるかも知れないし、その逆にピリオド楽器の演奏を期待する人もいる。どちらもこの演奏からは裏切られることとなる。過剰なヴィブラートこそかかっていないものの、ロマンチックでない、極めて古典的なフォームの清々しい「田園」を聞くことができる。
私の大好きな第4楽章の低弦の効果もうまく出ている。こうした良い演奏を聞いてしまうと、なかなかかつても名盤とされるものが陳腐化してしまい、戻ることができなくなってしまうけれど、スコアに書かれた作曲者が表現したかったであろう効果、表現がうまく再現されることへのあくなき追求がこうした名演を有無のであり、新しい演奏はそうした積み重ねの上にあるのだと、つくづく考えさせられる。
第5楽章の感謝の歌はそれでもやや平板に聞こえてしまうのは、室内オケということもあるだろうが、やや不満も残る。
ついつい、古くから慣れ親しんだ演奏を選びがちである私などは、反省させられるばかりであるが、やはりハイティンクの全集やスウィトナーなどの録音の優位は変わらない。この曲に関しては古いコンヴィチュニーやブルーノ・ワルターの録音(もちろんステレオの方…VPOとのモノ盤も嫌いではないが、古めかしい…)も忘れられないものの、新しい録音にやはりとって変わるものなのだろう。
嵐の後の感謝の歌を聞いて胸が熱くなったのは、初めて聞いたコンヴィチュニーの録音以外ではブルーノ・ワルターの演奏だった。あのステレオ録音には今も強い愛着がある。
またスウィトナーの全集も良かった。録音が良いという話だったけれど、そんなことはよくわからないままに、スコアと首っ引きで聞いた若い頃の記憶が甦る。
カラヤンの何度目かの録音も良かったけれど、白黒のビデオの演出過剰な映像のせいで、どうも印象が悪くなってしまった(笑)。
これで思い出したけれど、ベームの全集でこの曲だけとても良かった。
ミューラー=ブリュールの演奏を聞いたおかげで、これらのかつての愛聴盤を聞き返してみたくなった。これには第5番も入っているが聞いていないのでコメントできない。
4楽章などは良いですよ!!
by Schweizer_Musik | 2008-02-22 09:05 | ナクソスのHPで聞いた録音
別府アルゲリッチ音楽祭でのプロコフィエフのライブ
プロコフィエフのピアノ協奏曲第三番を聞いた。yurikamomeさんに聞かせていただいたものであるが、マルタ・アルゲリッチの演奏で、チョン・ミュンフンが指揮する桐朋学園のオケが共演である。
ライブ録音なので少しオケが引っ込んでしまっているけれど、特に不満を感じるほどではない。昔のグラモフォン盤よりもずっとクリアな音で良い。
演奏はこの新しいライブ盤の方が彼女のピアノ演奏をより楽しめるので上かも…。ただ細かな情感の表出よりも、演奏のまとまりの方を優先している感じがするが、マルタ・アルゲリッチの演奏が極端に走らず、ノーマルな表現で作品を立体的に、そして緊張感をもって聞かせている点が特筆される。第一楽章の再現以降はちょっとテンポが走りすぎる感もなくはないが…。
桐朋学園のオケは、まるでプロのオケのように鳴る。トップに日本を代表するオケのメンバーが座っているのだから、当然と言うべきかも知れないが…。
いずれにせよ、この曲の演奏ではアルゲリッチの水準に到達したものは少ない。オケの出来も実に立派なものであるが、管のソロなどにもっと良い音色だったらと思う場面もあったが、弦のアンサンブルなど完璧だった。
チョン・ミュンフンの指揮がどこまで行き届いているのかはわからないが、練習で良く仕上げてあったのだろうと思う。
終楽章の「越後獅子」騒動?(笑)の音楽は、アルゲリッチの独壇場である。オケも難しいのだけれど、とても上手い。これ本当に学生さんのオケ?信じられない。
大分に行くと手にはいるとのこと。あちら方面の方はぜひ聞いてみられるとよいだろう。良いものを聞かせていただき、yirikamomeさんに感謝!である。
by Schweizer_Musik | 2008-02-22 07:10 | CD試聴記
サックス・オーケストラのリハーサル…なかなか良かった
一昨日の夜、授業を終わってから恒例となったサックス・オーケストラの練習に行って、この前苦しんだ「七枚のヴェールの踊り」と「トリッチ・トラッチ・ポルカ」を聞いてきた。「トリッチ・トラッチ…」は初めての音だしだったので、譜読みが出来ていないため、かなり危なっかしい演奏だったけれど、そう難しいものではないので、本番までによくなるだろうと思われた。一方の「七枚のヴェールの踊り」は予想通りの音が出ていて、編曲者としては、大変満足であった。あの難しい作品の演奏としては立派なもので、限られたリハーサルの中でよくまとめていた。
アレンジであるから、オリジナルよりもよくなることはあり得ない。それでも少しはシュトラウスに近づきたい思いで書いたものである。まぁ私はシュトラウスのスコアに丁寧にあたる機会を作っていただき、その偉大さに圧倒させられてしまった。こいつは凄い奴だった。
スコアには様々な秘術とでも言いたくなるような仕掛けがあり、それを管楽器ばかり(打楽器六人とハープ二台、チェレスタ一台はいるが…)で音楽にするというのは、かなり無理な話で、サックスの高音域で弦のハーモニクスを再現しようとしたり、低弦のポルタメントを再現するのに工夫したりせねばならず、難所の連続だった。
結局、一昨年やったプロコフィエフよりもずっと難しかった。で、それをなんとかやり遂げ、ある程度満足いく音が出たのだから、嬉しいばかりである。

コンサートは三月三日のひな祭りの日に、丸ノ内線の後楽園下車、専門学校東京ミュージック&メディアアーツ尚美の新バリオ・ホールで18:00開場、18:30開演のコンサートで行われる。

いらっしゃる方はどうぞおっしゃって下さい。チケットの手配をしておきます。学生たちが懸命に取り組む姿とともに楽しんでいただければと思います。

ところで、今年の授業は終わり、試験期間に入る。29日に一日かけて室内楽とオケ作品(室内オケであるが)の作品の音だしを一日かけて行うと、授業などは全て終わることとなる。そして来年の準備であるが、私は少し充電期間…ということになる。
三月は作曲の日々となりそうで、やりたいアイデアだけは色々とたまりつつある。書きたいものを書いていられるのだから、こんな充実した日々を送ることができて幸せだ…。来月の後半はちょっとこもろうかと思っている。その前に神奈川フィルのコンサートもあるし…。楽しいことが沢山…である。
by Schweizer_Musik | 2008-02-22 06:38 | 日々の出来事
オールソンの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ
ギャリック・オールソンの演奏をはじめて聞いたのは、彼がショパン・コンクールに優勝した後の来日コンサートであった。(直後だったと思うけれど、記憶が曖昧なので…)
ショパンのポロネーズを聞いた記憶が残っている。質の良いピアノの音色だったのはかすかに印象として残っている。
しかし、彼はその後、メジャー・レーベルと契約をしないまま、私たちの前から姿を消した。いや、アメリカのアラベスク・レーベルを中心に録音を残していて、私も何枚か所持しているけれど、ほとんどが現在入手困難なものとなっているのは、実に残念なことで、中にはドビュッシーの練習曲集のような名盤と言われてしかるべきものもある。
いつか、どこかが出してくれることを願っておくことにして、ナクソスにこのオールソンの録音がいくつかあるのはありがたい話で、中にはマリナーと共演したチャイコフスキーやラフマニノフの協奏曲もある。
以前にそれらの録音についてこのブログで紹介したが、私が特に気に入っているのはベートーヴェンのソナタのシリーズで、このアメリカ人のピアニストの最良の成果の一つだと確信している。
今回聞いたのは、ベートーヴェンの第三番のソナタであるが、オールソンのタッチの美しさが際だってよくとらえられていると思う。キラキラと輝くピアノの響きの美しさはオールソンのあの日を思い出させるものだ。
聞きながら、高校生だったあの日に私の心は戻っていく…。ショパン・コンクールの優勝者だからショパンばかりやらされていたのだろうけれど、オールソンはそうした枠にはまらない人のように思われた。
果たして、その予感は正しかった。高校生の分際でかなり生意気な感想を持っていたことになるけれど、そんなことを感じさせる大器だなぁと思ったものだ。
このベートーヴェンの力強い表現と、彼独特のタッチによって閉ざされていた記憶の霧が少し晴れた気がする。
しかし、良い演奏だなぁ。もう六十才近いベテランのはずだけれど、とても颯爽としていて、どこにも弛緩するところがない。はち切れんばかりの意気込みが感じられる。
円熟と老成とは異なることを知る録音である。
by Schweizer_Musik | 2008-02-21 23:32 | ナクソスのHPで聞いた録音