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楽譜が届く
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先日、ネットでアメリカに注文した楽譜が4冊届いた。アルバン・ベルクのクラリネットとピアノのための4つの小品、ヴィラ=ロボスのブラジル風バッハ第2番と第5番、それにバルトークの弦楽四重奏曲全曲である。
また、KAWAIの方から第2版が一冊、著者献本として送られてきた(多分著者献本だと思う…何も書いていなかったので、ちょっと不安だけれど…。
お昼に、テレビでやっていた松茸の味お吸い物とエリンギを使ったスパゲッティをつくって見た。そして久しぶりにジン・トニックとでお昼を頂いた。その後だったので、多少アルコールでしびれた状態で早速ヴィラ=ロボスのブラジル風バッハ第2番の分析をはじめる。リズムの縮小などに最初興味を奪われたが、意外なほどアバウトな作り(これは見る前からわかっていたこと)に驚いている。
オネゲルのように推敲に推敲を重ねて仕上げた作品と違い、一筆書きの勢いが魅力である。第5番は一点、かなりの精緻な響き、ポリフォニーが特徴だが、こちらは散々アレンジ譜でお目にかかっているが、こうしてちゃんとしたスコアで読むのははじめて。
アルバン・ベルクはスコアを失ってしまい(これこそ以前持っていたのに…)引っ越しで再び買うはめになったもの。
バルトークは何曲かは持っているが、一冊にまとまっているものが欲しくて購入。
個人輸入はドルの安さを実感させられる。これだけを国内で買うと軽く2万円は越えるけれど、送料を含めて145.80ドルであった。

私の曲の楽譜は、今度津田さんに差し上げることにしよう。以前にKAWAIから頂いた本は一冊は学校の資料室に差し上げ、一冊は手元にある。もう一冊持っていても仕方がないので、ピアニストの方に差し上げた方が良いかな…と思った次第。
写真は、今朝の一枚から。毎度同じような写真ばかりで、恐縮…。
by Schweizer_Musik | 2008-04-30 15:38
若葉の季節…音楽を聞こう -05. バックスのウクライナの五月の夜
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またまたバックスで恐縮であるが、ロシア組曲の第2曲にノクターン「ウクライナの五月の夜」という美しい作品があるので、リムスキー=コルサコフと同じようなタイトルでありながら、ちょっと趣の異なる作品ということで紹介しておきたい。
リムスキー=コルサコフの音楽に暖かく心地よい五月の空気が感じられるが、バックスのこの作品は夜の神秘性がより強く感じられる。和声もリムスキー=コルサコフよりもずっと近代的になっているのは当然としても、感じられる肌触りというか、受ける印象がどこか似通っているのは面白いと思う。
1919年の作品ということだが、番号をつけていない交響曲「春の炎」という作品はすでに書いていたものの、1921年に書き上げられる交響曲第1番の前の作品ということになる。
この作品が聞かれるバックスの管弦楽法は誠に見事としか言いようがないほどで、彼がオーケストラ作品の分野で、高い技術をすでに身につけていたことを物語っている。
その基礎的に部分の多くが、リムスキー=コルサコフに負っていると私は感じている。伝記などを読んだわけではないので、詳しいことはわからないけれど…。
しかし、リムスキー=コルサコフはストラヴィンスキーやラヴェル、レスピーギなどの近代管弦楽法を確立し、多くの大作曲家たちに影響を与えたことだけでも、その業績はどれだけ高く評価してもしすぎるということはない。
ちなみにストラヴィンスキーの「火の鳥」は、リムスキー=コルサコフの延長にあると見なすべきだ。
様々な変遷があったとは言え、ストラヴィンスキーは一生この延長にあったと私は考えている。
話がずいぶん横道に逸れてしまったが、この作品はNMLにあるので、入会している方はぜひ御一聴をお薦めします。第1曲の「ゴパック」、第3曲の「ヴォトカの店で」もなかなか良い曲。
by Schweizer_Musik | 2008-04-30 11:51 | 若葉の季節…音楽を聞こう
若葉の季節…音楽を聞こう -04. ヨハン・シュトラウスⅡの「シトロンの花咲くところ」
c0042908_1175093.jpgヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「シトロンの花咲くところ "Wo die Citronen blüh'n"」Op.364 (1874)もとりあげておかないと…と思い始めて、今朝撮った花の写真とともにアップしておく。断るまでもないが、これはシトロン(レモン)の花ではない…。
このワルツは「春の声」などと同じように、ソプラノの独唱と管弦楽のための版もあり、私はこちらの方がずっと好きなのだ。グルベローヴァのものやリントが歌ったものもあるが、今も手にはいるのだろうか?
NMLにもソプラノ版があるが、マリリン・ヒル・スミスのソプラノはスープレットの可愛い声で曲に合っていると思う。高音部で若干発声が荒くなるのはいただけないが、まっ我慢して聞くことにしよう。ポラックの指揮するスロヴァキア放送ブラティスラヴァ交響楽団の演奏は、あまりチャーミングではないけれど、誠実でエドリンガーなどのマルコ・ポーロ・レーベルお抱えの指揮者たちのどうしようもない腰の重さはなく、この分野ではさすがに手慣れた演奏をしてくれる。
オケのみならばやはりロベルト・シュトルツ指揮ベルリン交響楽団の演奏が最も美しい。弦がメタリックに聞こえるのはちょっと時代がかったものだが、それさえ我慢すれば、音楽として勢いもあり、よく考えられたバランスで、とても美しい。
ボスコフスキー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の録音は録音が自然で良いのだけれど、少しサラリの流したようなところが好みを分かつように思う。
マルコ・ポーロの全集のVol.2にあるアルフレッド・ワルター指揮のものは、よくまとめていて特に不足はないが、表情が前2者に比べ平板に感じられる。しかし、二流扱いでポロくそに言うほどでは決してない。丁寧な仕上げでこれはこれで私は十分満足している。

ところで、レモンは五月の他にも八月、十月頃にも咲くので、五月の花というのもどうかと思うが、アルプスの北側に住むドイツ系の人々にとってあこがれの土地なのだそうだ。確かに、バカンス・シーズンに暑いのに何故かルガーノではドイツ系の人が目立っていた。
ヘッセやワルターもルガーノに住み、お墓もこのルガーノにある。今年はどこかで時間を作ってルガーノの街を久しぶりに歩いてみたいものだ。
by Schweizer_Musik | 2008-04-30 11:25 | 若葉の季節…音楽を聞こう
若葉の季節…音楽を聞こう -03. シュトラウスⅡのワルツ「おお、美しき五月よ」
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ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「おお、美しき五月よ "O schoner Mai!"」Op.375 (1877)を取り上げよう。
あまり演奏されない作品ながら、チャーミングなメロディーに魅了させられる作品。ヨハン・シュトラウスがいかに優れたメロディー・メーカーだったかを痛感させられる。
一般的なワルツ集でこの作品が入っている可能性は限りなく"0(ゼロ)"に近い。
もともと喜歌劇「イェルザレムの王子」の挿入曲として書かれた作品なのだが、どうしてこんなに人気がないのかは不明。ただ、ウィーンの超人気音楽家であったロベルト・シュトルツが録音したワルツ大全集にはこの作品が収められており、この演奏が今もって私にとって最高の録音である。
NMLにあるマルコ・ポーロ・レーベルのヨハン・シュトラウスⅡ世の全集ではVol.4にこの作品がリヒャルト・エドリンガー指揮 スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で入っているけれど、シュトルツの演奏と比べる水準にはない。リズムは重く、表情は平板でアンサンブルは今ひとつの代物…。ほとんど別の曲に聞こえてしまう。
こうして比べてしまうと、シュトルツが録音しておいてくれたことを、心から感謝せねばならないだろう。
ヨーロッパでは「五月」は春と夏が一度に来る。スイスの多くの日本人が訪れるグリンデルワルドの丘は一面がクロッカスの花で埋め尽くされ、雪解けを祝福していることだろう。
皆、夏のバカンスに備えをはじめ、薫る風に季節の移り変わりを感じているのではないだろうか?
カルミナ・フラーナも五月から始まる。そんなことを思いながら、この素晴らしいメロディーをシュトルツの棒で聞く喜び!これぞ音楽の楽しみ!である。

上の写真は今朝の散歩の時の朝日に輝く林を写した一枚である。季節、時間、天候によって同じ道、同じ風景が千変万化していく。表情の様々な変化を楽しむのも散歩の楽しみだ。だからロクな運動になっていないのは問題なのだけれど、気分はとてもよろしい!
by Schweizer_Musik | 2008-04-30 10:53 | 若葉の季節…音楽を聞こう
若葉の季節…音楽を聞こう -02. リムスキー=コルサコフの歌劇「五月の夜」序曲
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写真は昨日の黄昏時に散歩に出て撮った一枚。この林は落葉樹の林なので、季節感を感じるにはうってつけなのだが、昨日は蚊がかなり出てきたのには驚いた。しばらく写真を撮っていたけれど、この蚊の出現で早々に退散することになった。季節はもう初夏である。
さて、この新シリーズ第2弾は、リムスキー=コルサコフの歌劇「五月の夜」序曲を取り上げようと思う。
1880年に初演されたこのオペラ、全曲は聞いたことがなく、私はもっぱらこの序曲だけであるが、意外によく書けた作品で私は結構気に入っているのだけれど、みなさんはどうだろうか?
リムスキー=コルサコフは私の知る限りで16作の歌劇を書いており、他にもムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」や「ホヴァンシチナ」、ボロディンの「イーゴリ公」などの補筆・改訂(一部にはいらざる「改悪」と言う人もいるけれど…)をしたりと、この分野のオーソリティーだったことは意外に知られていない。
大体、19世紀の帝政ロシアの末期は、革命前夜はいざ知らず、歌劇やバレエが音楽の花形であったのだから、チャイコフスキーをはじめ作曲家という作曲家はオペラでの成功を夢見ていたのだ。
だから、歌劇作品は力の入り方が違うように思う。
この「五月の夜」も彼のオペラ作品としては比較的早い時期の作品ながら、入念に作品を仕上げており、管弦楽作品としてもかなりの熟練の技が聞かれる作品である。
民話を題材としたものだそうで、ロシア独自の音楽文化を創り上げようという彼らの思想を表したものだとも言えるが、シェエラザードやアンタールのようなエキゾチシズムよりも普遍的な語法によるもの。
その点が、この作品を地味な存在にしているのかも知れないけれど、ウクライナの民謡などを積極的に用いていて、チャイコフスキーなどの作品の完成度に迫る逸品だと思う。
物憂い楽想が、ふわふわと舞う綿のような花弁のように(六月頃になればモスクワはそうした白い綿のような花だったか種子だったで、街が白くなるほど…である。ちょっとした私の思い出から…)流れ、穏やかな「五月の夜」を歌い上げる。終わる少し前に少し激しい部分はあるけれど、それも長くは続かず穏やかな音楽に吸収されていく。
民謡を素材として用いたため、若干テーマ間の対比が乏しく、平板に感じられるかも知れないが、そうした問題をゴロフチン指揮モスクワ交響楽団はよく補っていると思う。
オケのアンサンブルに若干の問題は残っているけれど(管楽器が全体に硬く、表現がせせこましい…。それに弦のピッチが若干甘く感じられる)やる気のなさ気なヤルヴィのシャンドス盤よりもずっと良い。
ディヴィッド・ジンマン指揮ロッテルダム・フィルの録音はとてもうまくクリアしていた名演だったけれど、今も手に入るのだろうか?ちょっと心配ではある。
by Schweizer_Musik | 2008-04-30 08:59 | 若葉の季節…音楽を聞こう
シュナイトの「運命」を聞く
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昨日は結局何も出来ず、今日は通常営業(のつもり)であるが少し遅めの六時起きである。
来る5月18日にJR新杉田の駅前にあるLa Vistaの中にある新杉田劇場で行われる津田さんからのメールの返信を書いたりして、いつものモードに戻った。
体調と相談しながら、午前中は津田さんのリサイタルのプログラム・ノートを書こうと思う。喉のあたりがすっきりしないので、徐々に始動である。
先日、yurikamomeさんにお借りしたシュナイト指揮神奈川フィルのベートーヴェンの「運命」を聞きながら、これを書いているのだけれど、クリアな録音でとても聞きやすい。音楽堂のサウンドなのではないだろうか?ただ、アンビエンスが少なく、今度はやや奥行きがないよう思われた。(ただ残響でデティールがぼやけてしまっているよりもずっと良い)
録音についてはともかく、いつものシュナイト氏の堂々たるベートーヴェンである。
アンサンブルは演奏が進むにつれて次第にピントが合ってきて、いかにもライブという印象だ。
第1楽章ではややザワザワしたところがあり、ちょっと落ち着かなかったけれど、第2楽章あたりから調子が乗ってきて、第3楽章あたりからはよくなってくる。ただヘッドフォンで細かく聞くとこの日は終楽章の途中あたりから本調子になりだしたように思われる。
それでも弦のピッチが最後までピタリと来なかったのは神奈川フィルにしては珍しい。どうもぶら下がり気味で低めのピッチに落ち着きたがるトゥッティとそれを一生懸命引っ張っている石田氏と、そして音楽を前へ前へと持って行こうとするシュナイト氏の三者の姿が見えてくるようだった。
シュナイト氏の解釈については所々ユニークな部分が聞かれ、それが気になるかどうかは人によって違うだろうけれど、私は大いに楽しんだ。
伝統的なドッシリタイプの解釈というよりも、かなりスリムなテンポ運びに思われた。そのテンポに神奈川フィルがまだ慣れていないというか、身についていない感じが私のつたないステレオからは聞かれた。あくまで細かく聞けばの話であるが…。何度かこの曲をコンサート等で演奏してからセッションを組んで録音すれば、さぞかし歴史に残る名演が生み出されたに違いないが…。それは無理な注文であるう。
しかし、実演を聞けば随分違った印象を持っただろう。ここまで細かくアンサンブルについて聞こえないで、もっと大きく聞けたはずだからだ。
当日、会場で聞いた人はとても印象深い演奏と考えたに違いない。当然だろう。私はこの公演には仕事で行けなかった。ああ惜しいことをした…。聞かせて下さったyurikamomeさんの感謝!であるが、やっぱりシュナイト・シリーズは実演で聞かないとと思った。
起きてから2回目の「運命」がちょうど終楽章に入ったところである。この音楽の集中力はやはり尋常でない。シュナイトは凄い人である!

写真は昨日の夕景である。寝ていてふと窓の外の夕陽を見て外に出て撮ったものである。水蒸気が多く、富士山はすっと見えていないのはちょっと寂しい…と思っているけれで、雲に映る残照は太陽が沈んでからもとてもきれいだった。
by Schweizer_Musik | 2008-04-29 07:04 | CD試聴記
奏楽堂のリベラ・ウィンド・シンフォニーのコンサートに行って来た
c0042908_1030543.jpg昨日は旧奏楽堂での吹奏楽のコンサートにyurikamomeさんと出かけ、帰りにちょっと一杯…となったので、今朝は完全にお寝坊…である。
少し風邪気味で、昨日飲んで帰って、そのまま油断して寝たのがいけないみたいだ。いや困ったものである。大体休みになると体調を崩す悪い癖がまた出てしまったようだ。仕事があると思うと少しだけ緊張感が残っているからか、こんなことはないのだけれど。

ところで昨日のコンサートは須賀田礒太郎氏の姪にあたるK田さんのご厚意で行かせていただいたもの。二十世紀の日本の作曲家たちによる吹奏楽作品と、その吹奏楽への編曲作品のコンサートで、伊福部昭とその弟子たちの芥川也寸志や黛敏郎の作品などから現代の作品に至まで、実に興味深い作品の数々であった。
特に印象に残ったのは、芥川也寸志の祝典組曲より行進曲。これはマーチの書き方として実にユニークで近代的なハーモニーなどをどう扱うかのお手本のような作品だった。
続いて須賀田礒太郎のフーガのよる舞踏曲。これはフーガの技法を使ってはいるが厳密にはフーガではない。しかし、その扱いは水際立っていてユニーク。単純に近代的な音階などを使ったフーガならいくらでもあるが、こうした構成などは別物で、フーガの技術的なところだけを採り入れて新しい作品に仕上げているあたりが、この技巧派の作曲家の真骨頂というべきだろう。
彼がもっと長生きしていたなら、こうした着想の面白さがもっと磨き抜かれたに違いないと思う。
続いて早坂文推の映画音楽「海軍爆撃機」の音楽。これは戦中の国策映画の音楽であるが、あの円谷英一が特撮監督をはじめて行ったものとして有名で、戦後破棄されたと考えられていたものが最近になって発見され、私の母校である大阪芸大が復元して上演したという映画(但し短縮版だったそうだが)の音楽で、吹奏楽への編曲作品である。しかし編曲が水際だって見事だったこともあり、とても面白かった。
1943年当時、合成音階をこれほど見事に使いこなしていたことにも驚いたけれど、細かな着想がとれもユニークで、私は大いに刺激を受けた。
黛敏郎のシロフォン小協奏曲もまた面白い作品で、一部業界では有名ではあってももっと知られるべき名作だと思った。
松村禎三の交響曲第1番の第三楽章というのもあった(もちろん編曲作品!)が、これはあの小編成の吹奏楽で再現することはやや無理があった。
後半のプロでは伊福部昭のSF交響ファンタジー第2番が指揮者の福田滋の編曲であったが、これはなかなか面白い作品であった。さすが伊福部昭である。彼の特撮映画音楽は例の全集のおかげで全て聞いているが、聞きなじんだメロディーが次から次へと流れていくのは嬉しかった。第2番はやや渋い作品が多いけれど、まとまりという点で、第1番よりもあると思った。
印象に残ったのは以上であるが、最後にアンコールのように演奏された黛敏郎の有名なスポーツ行進曲を私ははじめて実演で聞いた。トリオのない行進曲であるのはNTVのニュースのための音楽であるからだが、こうした作品をサラリと書ける人が、色々と実験的な音楽を作り、新たな領域を獲得しようとしたから意義があったのだと、今更ながらに思った。

昨日は芸大の新しい方の奏楽堂では聲明とオーケストラのコンサートも行われていたそうだが、そちらも行きたかった…。娘が大学時代にお世話になった松下功先生が作曲、指揮をされたそうだ。
意義深いコンサートが上野の森で2つ行われた夕であった。
by Schweizer_Musik | 2008-04-28 10:21 | 音楽時事
若葉の季節…音楽を聞こう -01. バックスのオーバード「サセックスの五月」
春というよりもう初夏と言ってよいような季節がやって来た。散歩に出れば若葉が風にそよぎ、清々しい大気に可憐な花の香りが揺れている…。
「春はあけぼの…」シリーズはこの辺りで終わりにして、初夏のシリーズに移ることにした。
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その第一回にとりあげるのはイギリスの作曲家、アーノルド・バックスが書いたピアノと管弦楽のための朝の歌「サセックスの五月」(1947)。
ハリエット・コーエンについてはすでに書いたので割愛して、まず一聴してほしい。このどちらかというと重厚な作風が印象的な作曲家が、かくも清々しい音楽を書いたことに驚くことだろう。
ハーモニーの柔らかな変化に、彼がドビュッシーなどのフランス近代から多大な影響を受けたことを示しているが、六十才を越えた彼が、これほど瑞々しい感覚を持ち得たことにまずは感動…である。
マーガレット・フィンガーハットのピアノ、ブライデン・トムソン指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。CDは今も売っているのかどうかは知らないけれど(何しろ20年以上前に購入したものだから…)、まずはこれで…。
なんと、シャンドスが参加しているのにナクソス・ミュージック・ライブラリーにもこの録音は収められておらず、紹介するのは誠に心苦しいのだけれど、五月の清々しい空気感を表したこの曲はこの他の録音をしらないもので…。
演奏はピアノのまずまずの演奏だが、トムソンの指揮はかなり荒っぽいものでロンドン・フィルの技術に救われているものの、もっと精緻な演奏が望まれるもの。でも私はこの演奏でこの曲に出会って、この曲を好きになったのだから、あまり悪く言うのはよしておこう。
録音が今も手に入ることを祈るばかりである。

写真は昨日の散歩の途中で撮った一枚。この木が好きで、今まで何枚も撮ってきたけれど、空が曇っているのは残念だが、緑が(露出をかなり補正している)を何とかだせたかな…と思っている)とても美しいので、ここにあげることにした。
by Schweizer_Musik | 2008-04-27 10:04 | 若葉の季節…音楽を聞こう
今日はお休み
c0042908_1644270.jpg昨日の無理はさすがに今日に響き、一日休養にあてることとなった。
朝寝坊して九時頃に起き出し、遅い朝食を摂って散歩に出た。帰ってメールの返事やらブログのコメントなどの返事を書いてから一眠りしたら娘が帰ってきてピアノを練習していた。何やら昔通っていた音楽教室の発表会に出るのだそうだ。まぁ今年で最後ということなのだろう。
写真は今朝の散歩の途中で出会った廃屋の軒先に咲いていた花である。こうした花の可憐さは、見せようとして咲き誇っているからではないからであろう。こうした花を愛おしみ、季節の変化を味わいながら散歩するというのが最高の楽しみとなっている。早朝だったり夕方だったり時間はまちまちであるが、同じコースを歩きながら、細かな変化を楽しんでいる。
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この写真も今日の散歩の時に撮った一枚。桜の木の緑鮮やかな姿を写した(つもり…)。
しかし、良いときに散歩に出たものである。今日は午後は冷たい雨が降り続いており、午後起き出したのなら、この写真は撮れなかっただろう。明るい陽光は今日は望むべくもないが、散歩の楽しみは様々である。
by Schweizer_Musik | 2008-04-26 16:52 | 日々の出来事
今日のオーケストレーションの課題について
たった今家にたどり着いた。学生たちと話していて遅くなった。明日から七日まで休みとなるので、つい無理をして話し込んでしまった。
学生たちに今日のオーケストレーションの授業で行ったアレンジの実習でバルトークの「ルーマニア民俗舞曲」の第3曲と第4曲の冒頭を木管五重奏に編曲するという課題をだして、各自実施をしたが、その課題の実施例をブログに載せるとの学生たちとの約束を果たそうと思う。
授業でも話した通り、単純な伴奏部分をどう木管に移すかが工夫のしどころである。
また第4曲でのホルンのバスの立ち上がりを助ける意味でバスーンのスタッカートのユニゾンは、私の単なる思いつきである。
いずれにせよ、こうした音楽にこれが唯一の正解などということはあり得ない。諸君が稚拙であっても書き上げたものがそれぞれに正解であると言える。正解であると言い切れるほどに各自が一つ一つの音を考え抜いて書いたという前提ではあるが…。

帰りの電車が横浜駅直前で、緊急停止して10分以上遅れたこともあって、列車の中で画像にしようと思っていたのだが、ついでに続きをやりかけてしまい、結局O船駅に着く頃には第3曲が完成してしまった…。
授業の中でも皆メモを取っていたが、何故こういう音を書いたのか、自分と何がどう違うのかをよく考えて欲しい。
念を押しておくが、これが唯一の正解ではない。ただの一例に過ぎないことを忘れないように!

もうくたくたなので、コメントいただいたことへの返事は明日に致します。
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by Schweizer_Musik | 2008-04-26 01:06 | 授業のための覚え書き