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マイケル・ティルソン・トーマスの指揮したマーラーの5番と6番
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先日、アバドとルツェルン祝祭による見事なマーラーの「悲劇的」を見た(聞いた)ので、我が家に今どんな演奏を持っていたかと探して、聞き返すうち、夢中になったのがティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団によるものであった。第2楽章がスケルツォの古くからの版であるが、それはともかくも素晴らしい演奏で、フレーズが生き生きとして、オケのアンサンブルも素晴らしく、長くリファレンスとしていたテンシュテットの全集盤での「悲劇的」に迫るというか、凌駕する名演だったのに驚いた。
ロクに聞かないままに眠っていたのだから世話はない…。録音も良いし、マイケル・ティルソン・トーマスという指揮者を私は過小評価していたのではと反省している。
この演奏が録音された数日前、あの同時多発テロで世界貿易センターをはじめとしたテロ攻撃のあった。それが宣伝文句になっていたので興味をおぼえ買ったものの、そのままになっていたのである。
この異常なまでの集中力に指揮者の力量を聞くことになる。
iTune−Storeに他の演奏があるのではと思い、第5番をダウンロードして聞いてみた。これまた凄い演奏で私の好みにジャスト・ミート!である。
冷たい小雨降る窓の外を見つつ、一日こうしてマーラーの音楽とともに過ごした。見かけの派手さに比して、この演奏の室内楽的なまでの反応の良さは特筆すべきだ。サンフランシスコ交響楽団のアンサンブルの優秀さも特筆すべき。
聞いたことのない方はぜひ一度お聞きになってみられることをお薦めしたい。

上の写真は先日の散歩の時に撮った一枚。家の前の丘の上の緑のトンネル。私のお気に入りの散歩道である。こんな気持ちの良い道ならどこまでも…である。

午後、杏仁豆腐の素を買ってきて、作ってみた。本格的なものどはなく、牛乳で作る杏仁豆腐風のものであるが、今、食べてみたけれど期待以上の出来にちょっと嬉しくなってしまった。
by Schweizer_Musik | 2008-05-31 18:00 | CD試聴記
エルガー作曲ペイン補完の交響曲第3番を尾高の指揮で聞く
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最初に断っておかないといけないのだが、私はエルガーが死後焼却するようにと言い残した交響曲第3番のスケッチを、作曲者の意志に反して完成させるのには如何なものかと思っている。
チャイコフスキーの交響曲第7番などのように、作曲者が「ちゃんと?」別の曲として完成したものを、最初交響曲を考えていたという理由で、勝手に仕立て直して「新発見」のように装って宣伝するのは論外の蛮行にしか考えられないけれど、マーラーの第10番の例もあるように、確かに聞いてみたいという欲求を分からないでもない。
1932年というからエルガー晩年にBBCが委嘱し、断り続けたものの、最終的に引き受けたエルガーがロンドン交響楽団のコンマスをしていた友人のヘンリー・リードの助言を受けながら130ページに及ぶスケッチを残したものの、完成させることなくエルガーは1934年に亡くなった。
亡くなる前に、死期を悟ったエルガーは、リードに対して"No one must thinker with it"と言ったと言う。これは自分以外の者が勝手にいじくり回してはならないという意味であった。そして130枚におよぶスケッチを燃やしてしまうように頼んだというが、リードはそれが出来なかった。確かに自分がその立場であったら、自分も燃やすことはできなかっただろう。
亡くなった偉大な作曲家の書いた譜面をそう簡単に燃やしてしまえるものではないと思う。リードは燃やさず、楽譜は大英博物館に所蔵されることとなった。
それを反対する遺族を懸命に説得し、再びBBCがアンソニー・ペインに委嘱して補筆完成させたものである。
初演は大成功だったそうだ。それを今朝、尾高忠明指揮札幌交響楽団の演奏で聞いているのだが、確かにスケッチが多く残された第1楽章から第3楽章まではとてもよく書けている。
第1楽章冒頭の力強くありながらもなんとも不安げな出だしは、とても印象的だ。冒頭の17小節はエルガー自身によってオーケストレーションされたそうだ。ここを含め4カ所のみがエルガー自身によってスコアとなっているのだが、基本的に断片の集まりのスケッチをペインが想像力を働かせてまとめ上げたものであり、エルガーの作曲というのが、どこまで言えるのか私にはわからない。
この点、不完全な形であれ第1楽章のスコアが完成していたマーラーの交響曲第10番とは事情が異なる。
第2楽章のスケルツォは1923年に書かれた組曲「アーサー王」の第3曲「ウェストミンスターの宴席」のメロディーが使われている。ジョン・ハーストがボーンマス・シンフォニエッタを指揮した録音がシャンドスから出ていたが、CD初期に買ってよく聞いた一枚だったので、聞き始めてちょっと驚いてしまった。どこかで聞いた音楽だったからで、しばらくそれが何か一生懸命探していたのだけれど、「アーサー王」の音楽だということが分かったのは、結局ネットで検索をかけてわかった次第。
ペインの補完はそれでもイギリス人特有の細かさというか、マニアックなまでの丁寧さで大変優れていると思われる。
気に入ったのは第3楽章で、深々とした音楽の情感に圧倒されそうだった。しかし、冒頭のファンファーレ以外書かれることなく終わった終楽章は、よく書かれているものの、やはりエルガーと作曲というよりペインの作品と言った方がいいだろう。
しかし、交響曲のフィナーレを壮大なクライマックスで終わらせるのではなく、静かに消え入るように終わらせたあたりは、なんとなくではあるが説得力を感じた。

尾高忠明の仕事は実に丁寧で音楽的である。無理な表現は彼には無縁なのだろうが、そのスタイルはエルガーの音楽のスタイルに合っているのかも知れない。札幌交響楽団のアンサンブルも実に美しい。
付録として「威風堂々」行進曲の第6番もついている。これもペイン補作で、エルガーの他の作品のテーマを借用しながらの補作らしいが、さすがに丁寧な仕事ぶりで、好感を持った。
ただ、これらの音楽は確かにエルガーの音楽ではあるが、それは同時にペインの音楽でもあり、作曲者は決して望んでいたものでなく、その仕事が完成していたらという想像の産物であることを心して聞くべきだと思う。

上の写真は、天神山の北野神社の木々の緑を見上げて撮ったもの。緑に空が遮られるのなら良いけれど、コンクリートのビルに空が遮られるのはあまりうれしくない…。
by Schweizer_Musik | 2008-05-31 09:58 | ナクソスのHPで聞いた録音
小澤征爾指揮サイトウキネンによるショスタコの「革命」…今ひとつ
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寝坊をするつもりで寝たのに、早起きしてしまった。悔しいので音楽を聞きまくってやると購入したばかりの小澤征爾とサイトウキネンのショスタコーヴィチの第5番を聞く。
アンサンブルはとても良い。まぁあれだけの腕利きを集めたオケならそりゃそうだと思うが、かなり個性的なテンポの変化にちょっとついていけなかった。特に終楽章はなんであんなに変えなくてはいけないのか、私には理解できない。
第1楽章から音楽は今ひとつ落ち着かない。どうしてなのかしばらく分からなかったけれど、聞き進む内に分かってきたのは小澤は音楽のそれぞれの性格を際だたせるようにテンポ設定していることだった。粘ってもいいかも知れないが、それは小澤の解釈ではないのだろう。でも第1楽章のピアノがバスをとっていくあたりで、ハイティンクなどでは、知っていても「ハッ」とさせられる変化があるのに、そこにはなく、劇的な変化は注意深く避けられ、少しずつ変化していく方に傾いている。
それにオケはとても上手いのだけれど、録音の加減なのか、重心が高すぎてこの深刻で様々なことを考えさせる音楽が、腰高に聞こえるのはどうしても違和感がある。

今、調べてみてこの演奏についての評判は完全に賛否が分かれているようだ。私は否定的な見解である。この音楽からいつも聞いていたものが、サイトウキネンの演奏からは聞けなかった。この数年のサイトウキネンの傾向かも。ブラームスの交響曲をやっていた頃は「凄いなぁ」と感心し、感動して聞いていたのだが、最近し連敗続きで、そろそろ買うのは止めようと思いはじめている。
そう言えば、昔の知り合いで、横浜在住の音楽教室を主宰されている方は、毎年松本の音楽祭に出かけておられた。それならば、シュナイト指揮神奈川フィルを聴いた方がもっと素晴らしい音楽体験ができるのに…と思う。お会いする機会があれば言ってあげたいが、その機会はこの数年、逸したままである。

写真はいつもの天神山の巨木である。同じアングルで何度も撮っているので、もう見たよと言われそうだけれど、これは最新のもの…。情けないことにまだまだこの木に迫りきれない。しかし良い顔だなぁ(変な言い方でごめんなさい!)と思っている。
郷里に勧進杉という銘木があり、その近くに楠の巨木と銀杏の巨木があった。どれも郷里を代表する巨樹で、そのそばを通って私は幼稚園から大学まで通ったのだ。だから巨樹への思い入れがどうしても強く、こうした素晴らしい木を見るとうれしくなってしまう。望郷の思いとは違い、やっぱり樹が好きなのだ。
by Schweizer_Musik | 2008-05-31 06:15 | CD試聴記
本日の授業の資料…です。
本日のオーケストレーションの授業での木管五重奏のアレンジ例を、アップしておきます。見直していたら色々不備が見つかり、直そうかと思っていたのですが、もう疲れたのでやめます。各自、参考程度にどうぞ。
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弦の学生たちと飲んでいたら、完全な午前様となってしまった…。雨の夜道は酔っぱらいにはちと厳しいものがあったけれど、おつき合いしてくれた学生諸氏に感謝しつつ、美味しいお酒であったと楽しい時間を反芻しての家路は良いものである。
明日は完全休養日!音楽を一杯聞いてやる!
by Schweizer_Musik | 2008-05-31 01:09 | 授業のための覚え書き
一日休み…でした
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昨日の疲れが出て、今日は一日作曲したいと思っていたのに、全く出来ず、自分でもよくこんなに寝ていられるものだと思うほど寝た。
いくつか新作用のハーモニーやアイデアが出来ているけれど、それをものにするにはかなりのエネルギーが必要だと実感。時々思うのだが、自分の作曲のピークのような気がしている。大したものを作って来なかったから、ちょっとがんばればピークになってしまうのだけれど…(苦笑)。
しかし、今日は休むにはちょうど良い気温で、窓を少し開けて寝ているととても涼しかった…。写真は先日の天神山である。週末はまた散歩で行ってみよう。さて、少しは仕事をしないと、間に合わなくなるものも出てきそうだ。
by Schweizer_Musik | 2008-05-29 16:47 | 日々の出来事
今日の授業の資料…
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授業の準備をして朝を過ごす。間もなく授業に出かけなくては…。
現代音楽の授業の資料ができた。後先になるけれど、とりあえず忘れないうちにアップしておこう。
今日は7の和音と9の和音の近現代における使用方法について説明、実習する予定。
課題は次のようなものである。
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このメロディーはEs音を主音とするリディアで出来ているが、それに関わらず自由に7と9の和音を使ってハーモナイズしてみよう。すると次のような作例ができるだろう。色々と試みてみること。
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3和音と同じように、7と9の和音は自由にこだわりなく連結してよい。古典的な調性音楽ではこれはあり得ないものであるし、9音を根音の上に置かなくてはならないとか、二度下降して解決しなくてはならないとかの規則が和声学ではあるが、近現代においてこの縛りはなくなっている。
だからこのような和音の連結が可能となる。
これを伴奏音形を変化させ、木管五重奏に編曲してみると次のようなものになるだろう。
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実施例を参考に、各自7と9の和音の使用を試みて欲しい。
音が聞きたいという奇特な方は、こちらの上のiDisk Public フォルダをクリックして、音楽ファイルのページの新作のところから、7と9の和音のためにというファイルをダウンロードしてお聞き下さいませ。

追記
学校の少しの空き時間で、曲を完成させた。少し朝とアレンジが変わったところもあるが、まあまあの出来か。大体テーマに何のインスピレーションもない、ただの説明のための作品なので、それほど手間暇かけたものとは言えず、少し恥ずかしいのだが、まぁ新古典主義の時代に大量生産されたスタイルはこの実習によって大体その構造は理解できてくると思う。
さっきまで水道橋で飲んでいた。おかげで帰りは五線様でなくて午前様となった…。明日は寝坊するぞ!

HMVからおくれていた團伊玖麿の歌劇「ひかりごけ」のCDが届いた。現田茂夫指揮神奈川フィルの2002年の演奏である。二枚組2500円だった。金額はともかく、もう手に入らなくなるかも知れないので、見つけたら「買い」である。それもこれも明日にしようっと…。
by Schweizer_Musik | 2008-05-28 08:50 | 授業のための覚え書き
今日は…
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ホントに色々な出来事、中にはちょっとショックなことも…あった一日だった。でもI君やIさん、H君が自主的にストラヴィンスキーのスコアを分析し、簡単な習作に挑んだりという嬉しい出来事があったので、よかったことにしよう。
先日授業で紹介したたストラヴィンスキーの小組曲をさらにコンデンスにして色々と分析して色々な発見があったらしい。そう、その発見が大切なのだ!1曲目の習作を見ていてつい自分もやってみたくなり、学生をそっちのけで夢中になって書いてみた。コンデンスから木管五重奏のスコア完成まで、I君が横で見ていた。
夢中になってしまってごめんね、I君。
大体30分くらいかかったけれど、まずまずの出来で、一人休みだったので空き時間にちょっと手直しして自分らしく直してみた。
まぁ、どこかに使うような曲ではないので、ここに公開することにした。わが教え子諸君は、あまり参考にせず、自分の発見したものを武器に書いてみてほしいと思う。
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音が聞きたいという奇特な方は、こちらの上のiDisk Public フォルダをクリックして、音楽ファイルのページの新作のところから、木管五重奏のためのパストラルというファイルをダウンロードしてお聞き下さいませ。

上の写真は後楽園の駅を出たところにある公園。桜が終わり、新緑も終わり、夏空を背景に濃い緑が美しく映えていた。
by Schweizer_Musik | 2008-05-27 22:16 | 授業のための覚え書き
アバド指揮ルツェルン祝祭のマーラーの「悲劇的」を見た。
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少し作曲も進み、まずまずの一日だった。今日の夕焼けは丹沢などは見えず、見通しの良くないものだった。太陽の沈む位置がずいぶん北に寄って来たので、マンションの屋上に夕陽が沈むという有様で、しばらく夕景はお休みにしようと思う。
今、テレビでアバドがルツェルン音楽祭管弦楽団を振って演奏したマーラーの6番「悲劇的」をやっている。病み上がりの頃は、ホント、もう長くはないのではと思うほどやつれていた彼が、血色も良く、力強い「悲劇的」を指揮しているのがうれしくて、つい見てしまった。
音楽祭のオケも、昔々のルツェルン音楽祭管弦楽団から随分変わっていて、超スーパー・オケとなっている。コンマスは元ベルリン・フィルのコーリャ・ブラッハー。1986年のチャイコフスキー・コンクールの優勝者であるマリオ・ブルネロがチェロに座っている。カラヤン晩年の騒動の元となってしまったクラリネットのザビーネ・マイヤー(もちろん彼女が悪いわけではない)、バスーンのミラン・トゥルコヴィチ、ハープの吉野直子などがいる。ソリストとしても世界のトップ・クラスの奏者たちが集まったスーパー・オケである。
まぁ、世界的規模で行われるサイトンキネン・フェスだと考えれば良いのかも…。
今年、そのルツェルン音楽祭に行くので、聞いてみようかと思って先日ホーム・ページを覗いたら全てソールド・アウトであった。それで18日に出発することにしたわけであるが…。

しかし、アバドの演奏はこのスーパー・オケで生き返ったみたいだ。ベルリン・フィル時代の後半はきっと病気のこともあったのだろうが、このマーラーを聴くとまだまだいけそうである。
まぁ、ちょっとした危険箇所ぐらいは簡単に突破してしまう腕利きぎかりであるから、彼はもうこのくらいのオケを年に何回かだけ振って、長生きしてくれた方が良いのかも…などと不穏当なことまで考えてしまった。
指揮を見ていると、ふと危ないなと思う瞬間がある。わかりやすい指揮のスタイルなので、余計にそれが目立つ。
問題となるハンマーは二回、1楽章の繰り返しは指定通り行っている。第2楽章はAndanteで、第3楽章がScherzoという順で演奏された。
これは、私如きが論じる問題ではないと思うので報告だけにとどめようと思う。識者の見解を参考にしていただきたい。
私はこの順の方がすっきりしていると思う。
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今日の天神山は参道を通らず、ちょっと山登りというか、間道を歩いて登った。その途中で出会ったタブノキである。かなりの大木で、杉林の中で異彩を放っていた…。ただ雨上がりの急な坂道はかなり危険で、カメラを持って危うくスッテン・コロリンと行きそうな場面の連続で、火山灰の土は濡れるとよく滑ると今日はつくづく思った。今度はよく乾いている日に登ろうと思う。
by Schweizer_Musik | 2008-05-27 00:05 | 日々の出来事
散歩から帰って…
c0042908_11315821.jpgちょっと長い散歩に出かけて来た。ちょっと疲れてしまう。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」
ついこの言葉を忘れて、あの先はどうなっているのかなどと思って歩いて、ちょっと迷って、また歩いてという繰り返しであった。結局八時半過ぎに出かけて十時四十分過ぎに帰宅。いや、よく歩いた…。カメラ片手に、気に入った風景をパチリパチリ…と楽しい散歩だった。
天神山にまず行ったのだが、上の写真のように近くの幼稚園か保育園かわからないけれど、先生に連れられてかわいい子ども達が来るのに出会う。
子どもに「デブ」と言われてちょっとブルー…(笑)。それを聞いて先生がすぐ子どもをたしなめ「どんな人でも生きていて良いのよ…」だって…。そんな言い方ないだろって思う。結構ムカッときたけれど、若い保母さんや子ども相手に怒っても仕方ないので、そのまま下山。
そこから真っ直ぐ帰るのもつまらないので、いつも行く家の前の丘へ反対から回ってみようとしたらこれに迷ってしまって、ウロウロしてしまった。
しかし、どこでもホーホケキョと啼く声に慰められる…。鶯はこの鎌倉では多く生息しているようだ。ケキョケキョケキョケキョ…と谷渡り(とか言うと聞いた気がするが…)も何度か聞く。
春が来るとこのエリアでは当たり前なのだけれど、散歩の時には何とも気持ちが良い声である。

次の写真は、天神山の山頂の北野神社の裏の急峻な崖に伸びる木である。あまりの立派さに、いつも気後れしてしまう。まだまだ立派な木が一杯あるのだが、どう撮っていいのかわからず…。木の写真は奥が深いとつくづく思う。
今日はちょっと寝坊してしまったので、お昼を食べてから仕事にかかる。だから今日はお昼のお酒は無し…。ちょっと寂しい…。
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by Schweizer_Musik | 2008-05-26 11:44 | 日々の出来事
若葉の季節…音楽を聞こう -07. 武満 徹の「夢の緑へ」
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武満徹の作品、ギターとオーケストラのための「夢の緑へ」(1982)を取り上げよう。私の最も苦手?なギターが、こんなに上手く書けるように私も更に勉強しなくては…。もうため息の出る音楽である。
ギターとオーケストラのための作品と言えば、ロドリーゴのアランフェス協奏曲ぐらいしかないと思いこんでいる人が昔いたけれど(笑)、その彼に聞かせたい作品だ。
不思議な揺らぎが「夢」の世界を著しているのだろうか。色彩的なオケは、その昔、夢中になった「グリーン」を、そして遠くドビュッシーの作品を(例えば「遊戯」など)を思い起こさせるもの。
決まった律動というか、持続性のある律動を徹底して拒否しているような気がする。何かが動き出したら、すぐに舵を切ってしまう。息が短いのではと誤解されそうだが、その反対だ。音楽は深く、長く、永遠と手を結んだよう…。
当然ながらオケの持続的な響きを背景に、これ以上ないと思われる減衰音楽器のギターがメロディーを紡いでいく。
「緑」がテーマ。私は勝手に巨樹の梢の新緑を思った。滅多に目にすることができないだけに、その梢に吹き来る風に乗る新芽の香りを夢想してみた。
こんな美しい音楽を聞いて眠ったら、どんな夢が見られることだろう。

私はブリームのギター、サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団による録音で聞いている。ジョン・ウィリアムズが弾いたものも良い。ナクソスに無いのはちょっと残念であるけれど、ここはぜひCDを購入してみられては?

写真は今日の散歩で撮った一枚をフォトショップで加工したもの。加工と言ってもフィルターをかけただけなので、これで加工なんて言ったら怒られそうだ。ちょっと「夢」らしくしようと思ったまで…。
by Schweizer_Musik | 2008-05-26 00:28 | 若葉の季節…音楽を聞こう