<   2008年 09月 ( 81 )   > この月の画像一覧
食欲の秋だ!…音楽を聞こう -26. ヴァーレンのピアノ三重奏曲 op.5
作曲者 : VALEN, Fartein 1887-1952ノルウェー
曲名  : ピアノ三重奏曲 Op.5 (1923)
演奏者 : エヴァ・クナルダール (pf), スティーグ・ニルソン(vn), ヘーゲ・ヴァルデラン(vc)
CD番号 : SIMAX/PSC3116
このアルバムは こちら

ヴァーレンは二十世紀前半から半ばにかけて活躍したノルウェーの作曲家。この時代の北欧の作曲家は大概国民主義というか民族主義的な平易な作風の作品を書いているのだけれど、このヴァーレンは1920年代から十二音を自らの語法として確立していった作曲家である。
彼は、1909年から1916年にかけてベルリンに留学したものの、学校には出ずほとんど独学で、バッハなどの対位法の研究に勤しんだという。その彼がノルウェーに帰り、ヴァレヴォーグという田舎で作曲を細々と続ける中で独自の語法を確立していったと考えられる。
そして1923年に書いたピアノ三重奏曲で彼は十二音に行き着いたのだった。
この時代、ロマン主義と決別し、新古典主義の方向を模索する多くの作曲家は、このドデカフォニーへと向かう傾向があったが、シェーンベルクが十二音を確立した直後にこの技法を採用したヴァーレンはかなり進歩的なセンスを持っていたのだろう。

ヴァーレンの十二音は極めて自由な形態のように思われる。ゼクエンツが多用され、厳格な十二音とは言えない。しかし、それが音楽の分かりやすさと結びついていることも事実で、ウェーベルンのようにそぎ落とした骨格が前面に出て来るようなものではなく、充分に肉付きの良い豊かな響きを持つ音楽である点が特徴と言えよう。
ならばベルクに似ているかと言えば、それは違う。ヴァーレンの音楽には二十世紀のはじめに存在した表現主義的荒々しさは全くないのだ。
「十二音の静寂」。私ならヴァーレンの音楽をこう評したい。
この曲を書いた後、ヴァーレンはオスロに出て、1927年からは大学のノルウェー音楽蔵書の管理者として定職についている。なんと慎ましやかな生活なのだろう!
それでもこの頃から交響詩などの大規模な作品を書くようになったヴァーレンであったが、第二次大戦前の民族主義の高揚の中で、彼の前衛的な作風は受け入れられることなく孤立していく。そして再びヴァレヴォーグへと引きこもり、大戦中も孤独な作曲活動に打ち込んだのだった。
彼が脚光を浴びるのは戦後になってからだった。ノルウェーやイギリスにヴァーレン協会が出来、演奏会が多く開かれるようになったところで、彼は亡くなった。
そんな彼の、おそらくは自らを確立する最初の一歩となったピアノ・トリオを深まりゆく秋の風景を愛でながら、思いめぐらせてはいかが?
by Schweizer_Musik | 2008-09-30 07:28 | 食欲の秋だ!…音楽を聞こう
食欲の秋だ!…音楽を聞こう -25. ミヨーの弦楽四重奏曲第1番
作曲者 : MILHAUD, Darius 1892-1974 仏
曲名  : 弦楽四重奏曲 第1番 Op.5 (1912)
演奏者 : ペテルセン四重奏団【ウルリケ・ペテルセン(vn), ゲモト・スムート(vn), フリーデマン・ヴェイゲル(va), ハンス=ヤコブ・エッシェンブルク(vc)】
CD番号 : CAPRICCIO/10 860

引き続き同じCDから…。
ミヨー二十歳の作品である。この音楽を聞いて多調性のあの不思議な響きや、ジャズなどの影響を受けた管弦楽作品、あるいはユダヤの伝統的な典礼の音楽を想像することができるだろうか?
ミヨーが意外にもドビュッシーばりの教会旋法を屈指した弦楽四重奏を書いていたのだ。そしてそれが何とも美しく…。
私はこの曲を聞いて、膨大なミヨーの作品を全部聞くということはともかく、弦楽四重奏は数曲を除いてほとんど聞いてきていないという体たらくで、ちょっと恥ずかしいような気もしている。
全4楽章。全く熟達した技術・手腕で書かれていて、ただただ驚くばかりである。
ドリア旋法による第1楽章はドビュッシーの弦4の影響が見え隠れするが、彼がそうしたあからさまなドビュッシーの影響下にあったこと自体、とても興味深い発見だった。
中間の2つの楽章も大変魅力的なのだけれど、私は終楽章のリズミックな音楽に後のミヨーの個性が表れているように思え、大変素晴らしいと思った。
こんな良い曲にまだはじめて出会う楽しみが、私にも残されていたことに運命の神に感謝しなくては…。
ペテルセン四重奏団の演奏はとても良い。この作品の演奏は技術的にも大変だったことだろうが、よくまとめ上げている。
このCDが手に入らない場合はiTuneで購入することができる。ナクソスにはこの作品は無いようだ。何たること!残念!
by Schweizer_Musik | 2008-09-29 08:55 | 食欲の秋だ!…音楽を聞こう
食欲の秋だ!…音楽を聞こう -24. ルクーの3つの詩より
作曲者 : LEKEU, Guillaume 1870-1894 ベルギー
曲名  : 3つの詩 (1892)(ギョーム・ルクー詩)-03. 夜曲
演奏者 : ジュリアーヌ・バンセ(sop), ペテルセン四重奏団【ウルリケ・ペテルセン(vn), ゲモト・スムート(vn), フリーデマン・ヴェイゲル(va), ハンス=ヤコブ・エッシェンブルク(vc)】(名前の日本語表記は全く自信なし…)
CD番号 : CAPRICCIO/10 860

ルクーはわずか24才で亡くなったベルギーの天才!専らヴァイオリン・ソナタばかりが話題となるが(もちろん人類の宝のような傑作である!…グリュミオーの超名盤がある…)それ以外の作品から紹介したい。
この作品はラプラントの歌うカリオペ盤で持っていたけれど、ピアノがあまり上手でないし、ラプラントの歌も雰囲気はあるけれど声が…。で、あまり聞くこともなくそのままになっていたけれど(おかしな事にこのラプラントのCDに弦楽の伴奏が付いているのだが、奏者、団体の記載が無い…という状態)、このペテルセン四重奏団の録音はなかなかに素晴らしい。やはり歌はソプラノの方が何となく合っているように思う。それにピアノと弦楽による共演が実に雄弁でとても良い具合なのだ。
ルクーの「アンドメロダ」というカンタータからの抜粋も入っている。これもピアノと弦楽が共演する歌曲の形をとっているが、これが1888年にパリに出てフランクに一年師事し、次いでダンディに師事していた時に書かれ、コンクールに出したのだが第二位となりショックを受け受賞を辞退したという曰く付きの作品。
このCDにはエルネスト・ショーソンの「終わりなき歌」なども収められていて、なかなかに美しい。この曲に関しては、フォン・オッターの素晴らしい歌をすでに持っているので、私にはこれでなくてはというほどのものとはならないが、充分に優れた歌唱だと思った。
「秋の曲」のあとは「夜曲」いかにも秋でしょ?
by Schweizer_Musik | 2008-09-29 07:32 | 食欲の秋だ!…音楽を聞こう
食欲の秋だ!…音楽を聞こう -23. 三木 稔の「秋の曲」
作曲者 : MIKI, Minoru (三木 稔) 1930- 日本
曲名  : 秋の曲 〜 尺八と二十絃箏のための (1980)
演奏者 : 坂田誠山(尺八), 野坂恵子(二十絃箏)
CD番号 : 日本現代音楽の鱈棚展望 6 三木 稔選集Ⅱ_camerata/32CM-55

三木 稔氏は日本でより、多分欧米の方がずっと有名で人気がある作曲家である。あまり日本人に受けないのは何故かよくわからないけれど、彼の「マリンバ・スピリチュアル」を演奏しないマリンバ奏者はいないのではないだろうか?それほど有名な作曲家であるから、一度とりあげたいと思っていたけれど、ピッタリの曲があった…。ああ、CDが今でも手に入りますように…。
尺八と箏というのは、一部の邦楽ファンのためのものと思っている方がいたらこの作品を一度聞いて欲しいと思う。その美しさ、尺八と二十絃箏(三木稔氏はこの新しい箏の開発に関わられたパイオニアでもある!)のダイアローグから始まり、尺八のフラッター・タンギングなどの奏法上の様々な試みを行いつつ、従来の十三絃の箏では得られない幅の広い表現を獲得した箏との二重奏は、古くさい伝統音楽ではなく、あくまで現代日本の音楽である。
今まで、こうした邦楽器のための作品を書く機会に恵まれず、また不勉強故、詳しくコメントをする資格はないけれど、この曲はこの編成で聞く様々な作品の中で、私は最も好み、それこそ何度聞いたかわからないほどの作品である。
解説によると、フルートもしくはオーボエとクラリネット、ヴァイオリン、そしてピアノまたはハープのための版が音楽之友社から出版されているとのことである。
そのうちそのうちと思っていたけれど、今日聞き直してみて、楽譜を手に入れたいと思っている。学校にあるかどうか、明日行って確かめてみようと思う。我が校は現代音楽の楽譜についてはかなりの蔵書があり、教職員だけに閲覧を許されているという嬉しい状況なのである。
秋深し…である。今日、近くの市場で豊水梨を買ってきた。明日にでもみんなで食べよう。ああ良い季節である。
by Schweizer_Musik | 2008-09-28 18:31 | 食欲の秋だ!…音楽を聞こう
仕事…仕事…
朝から、仕事を一生懸命する。ゴレイさんに差し上げた童謡について彼女からの意見などが寄せられたので、その線に沿って、朝から改訂をしてメールにて楽譜をpdfにして送る。
そして、アルルの女の第1組曲の第2曲「メヌエット」のアレンジにとりかかる。
はじめは楽ちんだけれど、途中、大変な箇所がいくつか隠れているので、心してかからねばならない。
お昼に女房と二人で出かけて、食事と買い物をして来た。とても良い散歩だった。食事はちょっと美味しい寿司をいただく。ちょっと贅沢をした気分…。
帰ってきて仕事を続行。今日はかなりの分量となってきたので、この辺りで終了して今から天神山への散歩を今度は一人で楽しむ予定。

ちょっと前のエントリーへの反響が大きすぎて戸惑っています。悪意ある書き込みだったなどと私は思っていません。善意でご意見を下さったものと信じています。
個々のみなさんへ、お返事をしたいのですが、あまりに色々とあり過ぎて、ちょっと書ききれません。
ただ、写真などを貼り付けるのはしばらくやめるつもりです。このブログもちょっと殺伐とした感じにはなりますが、ご勘弁のほどを…。
ただ、私の写真というかカメラ好きは長年の趣味でして、中学生の時のレンジファインダー(この頃写真部にも在籍していました…)から一眼レフ、中判とやってきた筋金入りの写真オタクですので、これで写真を撮るのは止めません。
けれど、私ごときのあの程度の写真ですので、公開はしない方が良いかと思い始めています。

ではちょっと散歩に出かけます。今日は小さな入れ物にウイスキーを入れてブラブラして来ます。これが出来る季節になったというのが嬉しいですね。
by Schweizer_Musik | 2008-09-28 14:19 | 日々の出来事
色々と…考えています
ご指摘を受けて、絵画の著作権について、ちょっとだけ(笑)勉強した。
絵にも当然ながら著作権があり、不勉強ゆえ、ひっかかる絵が三枚ほどあったので、今差し替えたところ。著作権を侵害してはいけないのは当然のことだ。気をつけないと…。
ただ、パブリック・ドメインとなっているものに関しては、美術館で写真に撮っても、その著作権は、すでに消滅しているものなので、引き続き使用させていただくことにした。
美術館での写真はチューリッヒ美術館ではフラッシュを使わないことで認められているので、特に問題なく、例の絵画盗難があったこともあり警備は厳重だったが、カメラを向けることに関しては全くノープレブレムだった。

画集もいくつか買って来ていて、それをスキャンしたりしたこともあるが、これも著作権の生きているものは勿論ダメだけれど、いくつかのサイトを調べたところ、パブリックドメインとなっているものに関しては、著作権の消滅したものに関して、出版権は存在しないのだそうだ。
更にそれを写真に撮り版を作るということでの著作物としての新たな権利は、その著作物と構成をそのまま複製したりするのであれば問題だけれど、絵についての新たな著作物としての権利(スキャンして作ったとしても)認められないそうだ。

また、私の趣味の写真がプライバシーに侵害になるかどうかについての指摘も頂いた。
家の中、塀の外から普通に見える範囲(例えば庭など)を除いて、ことさらにのぞき込んで撮ったとしたなら犯罪行為だけれど(私はそんな趣味はない…笑)、道の脇の木や道を通る車が写り込んだとしても、番号が特定されない限り、個人情報を流していることにはならないと考えてよさそうだ。
肖像権に関する人格権については、許可を取らない限り、公開は出来ない。ただ誰かを特定できない状態でなら(顔が写っていないなど…)公開は可能ということだそうだ。
私は人を写す趣味は全くない。写真は人が居なくなるのを待って撮るようにしている。何枚かは正面から撮っていて顔が写っていたりすることもあるが、画像を小さくして誰かが特定できない状態にしているつもりである。
雑踏を撮ったいくつかはその例外だけれど、人が特定できないようにしている(つもり…)だ。

公開した写真では、何枚か人が写り込んでいるけれど、誰か特定できる状態のものは最近の飲み会でのN君とのツーショットとチューリッヒでの津田さん、指揮者のシュヴァイツェル氏とお兄さんの作曲家アンドレアス氏との写真だけでは?。
生活環境が写り込んで個人が特定されるとしても、私の家が特定されることはあっても、他人様については道から、あるいは私のマンションのある位置から作為を用いず見られる範囲で写ってはいても(湘南モノレールの車窓から誰もが見られる風景の一部であが)指摘下さった方のおっしゃる通り、グーグルでも特定できる程度で撮っているかもしれない。しかし、ここに誰が住んでいるとか、お住みになっている方の写真を公開したりすれば問題だけれど、そうした画像はないはずと思っている。

しかし、天神山の写真、その他が個人情報保護、あるいは人格権を侵害しているということであれば、私としても心外であるので、即ブログを閉鎖せねばならないが、現在そうしたものになっているとは考えていない。
ただ、私の写真や絵は私のブログには無用と書かれたのは返す返すショックだった。そんなに価値があるとも思ってはいないけれど(そこまで私は自惚れ屋ではない…)、あくまで私の趣味のブログであり、好きな写真や絵を載せたいと思っただけなのだが、残念なことに切って捨てられたようだ。まぁあの程度の写真では仕方ないか…(苦笑)。
コメントやメールで評判がよかったので喜んでいたのだけれど、もう写真や絵はやめようかと思っているところ。
さて、そんな愚痴のようなことはもう止めよう!さあ仕事仕事…。
by Schweizer_Musik | 2008-09-28 06:22 | 日々の出来事
食欲の秋だ!…音楽を聞こう -22. ミャスコフスキーの交響曲第5番
作曲者 : MYASKOVSKY, Nikolay Yakovlevich 1881-1950 露
曲名  : 交響曲 第5番 ニ長調 Op.16 (1918)
演奏者 : エブゲニ・スヴェトラーノフ指揮 ロシア国立交響楽団
CD番号 : RDCD 00653〜67
ダウンズ指揮の録音は こちら
c0042908_15284930.jpg
第一次世界大戦に従軍したことで、一時精神を病み、快方に向かう中で書いた2つの対照的な作品が、この曲と第4番の交響曲である。
平和で美しい第5番は私がミャスコフスキーとはじめて出会った作品であったが、この幸せな作品でミャスコフスキーに出会えたことは幸せであったと思う。
第1楽章にはAmabileと指示があり、クラリネットによって何とも優しい表情のテーマが最初に歌い上げるのが好きで、九州に住んでいた頃だから今から20年ほど前のこと、カセットに録音して、何度これを聞いたことか…。
第2楽章の哀愁は弦のトレモロをバックに管楽器がため息のようなメロディーを繋いでいくのも、陽光満ちる有明海の畔を行くJRの車窓を眺めて聞いた想い出が懐かしくよみがえる。
哀愁を帯びたメロディーが次第に慟哭へと推移し、やがて優しげな歌へと変わるとき、この表面的な優しさは偽りであったことに気がつく…。ロシア革命への怒りから父親が悶死したことと、この音楽が無関係だったとは、私にはとても思えないのだが、私の考えすぎだろうか?
不気味なざわめきの中からロシアの民謡のような節が響いてくる時、私はそれを確信した。当時、一生懸命読んでいたのはヴォルコフの有名な本だった。完璧な舞台装置の中で、これを読んでいたわけだけれど、ショスタコーヴィチとは世代が違う(25才年上!)であるから単純に比べることは無理だけれど、1920年代の終わりから1930年代にかけて、やや実験的というか、進歩的な作風に変わるものの、スターリンの圧政下で悪名高い「社会主義リアリズム」なるものに強制させたため、ミャスコフスキーもロマン主義的傾向へと作風を転換させていった。
終楽章は明るく終わるのだけれど、私には遠く、ショスタコーヴィチの第5番(こちらはニ短調を主調としていたけれど、ミャスコフスキーはニ長調を主調としている)と共通する何かを感じる。
彼は1920年代からモスクワ音楽院の先生だった。
その門下からはカバレフスキーやシュニトケなどの多くの才能が巣立っていったことも申し添えておこう。
全部で27曲も交響曲を書いたミャスコフスキーは、20世紀では珍しいシンフォニストだった。長生きしたことも作品数の多さに繋がっているのかも知れないが、それ以上に職人肌の作曲家であったことが大きいと思う。この点でもショスタコーヴィチと同じで、彼を思う時、シニカルな表情をあまり見せないものの、実際はショスタコーヴィチと同じ精神で音楽を書いていたのではと思うことが多い。
同じクラリネットのメロディーではじまる21番のシンフォニーなど、表面的な美しさの裏にある、どす黒い何かが響き渡るのだと思う。
そんな音楽の深さをスヴェトラーノフは見事に表現していると思う。彼がライフワークとして取り組んだそれは、偉大な遺産として今日にある。かつてCD屋でその金額に驚きつつも、これを逃すと聞く機会を失うかもなどと思って購入した全集であるが、買って良かったと思っている。
今ではバークシャーで随分やすく買えるようだけれど…。
唯一の声楽入りの第6番をはじめ、他にも名作が多いけれど、ミャスコフスキーなんて知らないという方は、まず第5番あたりから聞いてみてはいかが?

冒頭の絵はホドラー。
by Schweizer_Musik | 2008-09-27 15:29 | 食欲の秋だ!…音楽を聞こう
ライナーとヤニグロによるシュトラウスの「ドン・キホーテ」
作曲者 : STRAUSS, Richard 1864-1949 独
曲名  : 交響詩「ドン・キホーテ」Op.35 (1896-97)
演奏者 : フリッツ・ライナー指揮 シカゴ交響楽団, アントニオ・ヤニグロ(vc)他
CD番号 : BMG/09026-68170-2

c0042908_1164482.jpg
秋めいて来たように思われる。リヒャルト・シュトラウスの「トン・キホーテ」をフリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団、アントニオ・ヤニグロ他の独奏で聞く。
録音も1959年当時の最新鋭のものだったようで、なかなかによろしい。定位が決まりすぎてちょっと人工的すぎるように感じるけれど、フリッツ・ライナーを慕ってシカゴ交響楽団のチェロの首席だった名手アントニオ・ヤニグロや意外と難しいヴィオラ・パートを見事に弾いたミルトン・プレヴェスなど、シカゴ交響楽団の腕利きたちがそれぞれに見事なはまり役を演じ、フリッツ・ライナーの完璧な指揮共々、第1に推すべき名盤となったわけである。
しかし、改めて聞き、その完璧ぶりにスコアを久しぶりに取り出して聞いてみたけれど、凄いスコアだなぁと今更ながらに思い知る。こんなこと、ホントに当たり前のことなのだが、どうやってこんなスコアが書けたのだろうと、平凡な能力の私には想像すらできない有様である。
ロマンチックなこの音楽の持つ描写性と音楽的な面白さの幸せな融合!!そのキーマンは3人のソリスト。特にチェロは協奏曲を演奏するほどの難物であるけれど、ヤニグロはその任に相応しい器量を備えた素晴らしいチェリストだ。
この曲のソロとしては、カラヤン盤のムスティスラフ・ロストロポーヴィッチを思い起こすのだけれど、あの饒舌ぶりに対して、ヤニグロの抑えた表現は文語体で読み進む趣である。
各変奏の描写を無理に強調せず(そんなことしなくてもシュトラウスのスコアは充分すぎるほど饒舌である!)音楽の流れを優先させ、実に音楽的な表現となっている。
それはソロのやりとりが印象的な第3変奏「ドン・キホーテとサンチョ・パンサの対話」の無理のないテンポ設定からも聞き取ることができる。カラヤンとロストロポーヴィッチの饒舌にして美しい演奏もまた魅力的であるが、このフリッツ・ライナーとヤニグロ他の録音もまたかけがえのない演奏だと思う。

朝から仕事をし、ちょっと一段落ついたところでこの音楽は、良い気分転換となってくれた。
絵は私の大好きな画家ホドラーによるシュヴァーレンバッハから見たゲンミの岩塊の絵である。アルプスを描くことの出来たただ二人の画家の一人と私は思っている。シュヴァーレンバッハはまだ行っていない場所の一つ。いつか、足がまだしっかりしているうちに行きたいものだと思っている。
by Schweizer_Musik | 2008-09-27 11:09 | CD試聴記
食欲の秋だ!…音楽を聞こう -21. デュプレの4つのモテット
c0042908_724950.jpg
作曲者 : DUPRÉ, Marcel 1886-1971 仏
曲名  : 4つのモテット "Quatre Motets pour voix et deux orgues" Op.9 (1916)
演奏者 : フランツ・ブランデル指揮ミュンヘン・マドリガル合唱団,エリザベス・スピーラー(org),ウィンフリード・エンゲルハルト(org)
CD番号 : FSM/FCD 97 735

c0042908_724571.jpg
この曲のCDが今も市場にありますように…。
そう願わずにはいられない。頼みのナクソスも、オルガン全集という偉業を成し遂げているのだが、合唱作品については「十字架への道」のみで、若きデュプレのこの傑作はない…。
二台のオルガンと合唱ということで、なんだかスケールの大きい音楽を想像されそうだけれど、その正反対!
第1曲 おお、サルタリス "O salutaris hostia"を聞いて、思わずキリスト教に入信しようとしてしまいそうなほどヒタヒタと心に迫ってくる。フォーレのレクイエムの世界に近いと申し上げておこう。こんな美しい曲を人に知らせないで自分だけの楽しみにとっておこうなどと意地悪をしたくなるような…。
昔、シルス・マリアの美しさをあちこち書き立てて、写真は?と言われ、はたと気がついたのだけれど、ほとんど写真を撮っていないのだ…。カメラを持つことすら忘れて夢中になってしまった…。シルス・マリアに4泊もしていたのに…である。
で、その村のことを書きながら、あまり「良い、良い」と言い過ぎて、人が来てしまうと嫌だな…などと意地悪なことを思ったことがある。
あの時の思いに近い何かがある。コルボの指揮したフォーレのレクイエムを初めて聞いた時の感動が甦って来るような…。
ああ、書いてしまった。秘密にしていたのに…(笑)。

写真はさきほどの日の出直後の東の空。そしてモネの絵。並べると私の写真がなんとも貧弱に見えてくる…。

追記 いつもお世話になっているyurikamomeさんのブログを読んで、この曲について書いてみたくなった。yurikamomeさんが取り上げられたのは、デュプレの一番有名な(多分…) 古いノエルによる変奏曲。良い曲!
by Schweizer_Musik | 2008-09-27 07:26 | 食欲の秋だ!…音楽を聞こう
食欲の秋だ!…音楽を聞こう -20. ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番
作曲者 : BRAHMS, Johannes 1833-1897 独
曲名  : ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 Op.100 (1886)
演奏者 : アルチュール・グリュミオー(vn),ジョルギ・シェベック(pf)
CD番号 : PHILIPS/PHCP-9651(462 348-2)
アメリカの名ヴァイオリニストBerl Senofsky とゲーリー・グラフマンによる演奏は こちら

c0042908_2145317.jpgスイスの美しい町トゥーンは、スイスの有名なclavesレーベルの本拠地で、ブラームスがよく散策したという城とアーレ河沿いの間にあるヨハネ教会は、幾多の名盤が録音された場所としても記憶されるべき土地であるが、この地で書かれたヴァイオリン・ソナタ第2番、第3番、ドッペル協奏曲、チェロ・ソナタ第2番など、名作が数多く生み出された土地としても記憶される。
ブラームスはこの地をとても愛していたようで、トゥーンも名高いブラームスが滞在するということで、大歓迎をし、大作曲家に居心地の良い場所と時間を提供したのだった。
彼は晩年、友人の多いチューリッヒでなく、このトゥーンを滞在場所に選んだのは、大好きなアルプスにほど近い場所であるということと、ベルンやチューリッヒにも鉄道でそう遠くないという立地条件にあったと推察されるが、いずれにせよ、彼がここを起点としてアルプスの各地に足をのばし、美しい風光を愛で、そして美しい音楽を残したことであろう。
このヴァイオリン・ソナタ第2番は、私がはじめて買ったブラームスの楽譜だった。穴があくほど読んだもので、聞きながらかつて訥々とピアノで鳴らしてみたりしたことを思い出して懐かしく思ってみたりもした。
演奏は、グリュミオーとシェベックの演奏以上のものを私は知らない。水も滴るグリュミオーの美しい音に、肉厚のシェベックのピアノが寄り添っていく…。
シェベックのタッチの美しさはもう格別である。彼も昔公開レッスンでその素晴らしい演奏の一部を聞いたことがあるが、衝撃に近い感動を与えられた。

ナクソスの音源はセノフスキーによるもので、立派な演奏だと思う。グリュミオーが手元にない方はこれで…。
セノフスキーについてはこちらを参照してください。

絵はErnst Ludwig Kirchnerの「小川と木立」(多分私の拙い訳が間違っていなければ…)という絵。
by Schweizer_Musik | 2008-09-26 21:46 | 食欲の秋だ!…音楽を聞こう