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昨日は…
昨日はちょっと夕方出かけたりして、学校が終わったというのに、結構多忙な一日となった。今日はその最後、来年のコンサートのチラシなどの原稿を出さないと…。
それも今日まで…。そう思って今日もがんばるつもり。年賀状は昨日出した。いや、私のような者にしてはものすごく早い!
元旦になってようやく書いた年もあったほどだから…。
昨日、帰り際、ちょっと本屋に寄って、若林敦盛さんが訳された、バッハの声楽作品の歌詞を買ってきた。
口語体でのバッハのカンタータや受難曲の訳がまとまっているので、大変役に立つ良い本だと思った。二冊出ているけれど、私はカンタータや受難曲の訳の方だけを買っておいた。
六千円(税別)。

今日からしばらくブログはお休みです。元旦あたりに帰って来ます。
by Schweizer_Musik | 2008-12-26 07:58 | 日々の出来事
来年5月のコンサート…告知(のつもりです)
昨日は飲んで帰ったので、今日は休み!と思っていたのだけれど、来年5月のコンサートの準備で忙殺されることとなった。
曲順を考えたり、チラシやチケットの原稿を書いたり、後援の依頼やプレイガイドへのお願いなどで午前中は終わった。結構よく働いたものだ。

コンサートのタイトルは

津田理子 〜 Musik Treffen in YOKOHAMA 〜 Vol.2

今回は、管打楽器コンクール入賞のクラリネット奏者芹澤美帆とのデュオ、そして津田理子が得意とするショパン・プログラム。そして新作を二曲初演するという盛りだくさんのコンサート。

2009年5月24日(日) 13:30 開場 14:00開演
横浜、テラノホール
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前売り3,000円/当日3,500円(税込み)
主催 : 津田理子 〜 Musik Treffen in YOKOHAMA実行委員会

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第1部
バルトーク : ルーマニア民俗舞曲(cl+pf版)
ストラヴィンスキー : 3つの小品 (cl-solo)
徳備康純 : ソナチネ (piano-solo/日本初演)
吉松 隆 : 鳥の形をした4つの小品 (cl+pf)
徳備康純 : 風のダイアローグ (piano-solo/委嘱作)

第2部
ショパン : 即興曲 第1番 変イ長調 Op.29
     バラード 第3番 変イ長調 Op.47
     エチュードより「別れの曲」「三度」
     マズルカ イ短調 Op.17-4
     スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 Op.39

まだ最終決定ではないが、大体この線に沿って決まると思われるので、公表することにした。
本当は私のクラリネット作品を考えていたのだけれど、私の曲が多すぎるので遠慮した。

スイスのチューリッヒ近郊のリトベルクの丘陵の麓に住むピアニスト津田理子さんは、2001年から夏の終わりにチューリッヒ・トーンハレでMichiko Tsuda Musik Treffenというコンサートを行っておられる。
二夜にわたるコンサートで、一日目は室内楽で二日目はソロ・リサイタルである。彼女ほどのキャリアの方が、新しい作品に挑戦し、それをコンサートで弾くという普通ではあまり考えられない意欲的なプログラムで、私も毎年そのプログラムを見るたびに驚いている。
準備は大変なものだろうが、その成果は目覚ましいもので、昨年はスタンディング・オーベーションで聴衆が讃える素晴らしいコンサートだったという。
今年は私も聞いてきたけれど、満員の伝統あるチューリッヒのトーンハレで、彼女の美しいピアノの音が響きわたるのは、素晴らしい体験であった。
ブラームスのピアノ五重奏曲ではトーンハレ管弦楽団の若い演奏家たちの弦楽四重奏とのジョイントだったが、これが絶品で、若い音楽家を応援する姿勢はとても嬉しいことだったが、そのあまりに素晴らしい演奏に、私は圧倒されてしまった。
二日目は、私のソナチネも演奏され、私も登壇し、チューリッヒの聴衆のみなさんに答礼するという光栄によくした。有り難いことで、その曲が来年の5月、横浜で再び演奏していただけるとのことで、ぜひ多くの人に聞いていただければと思う。
また、このコンサートのために新作を一曲書いた。パッサカリア形式のピアノ作品で、津田さんのピアノを想定して書き上げたものである。
クラリネットの芹澤美帆さんは、昨年の管打楽器コンクールで入賞した逸材で、彼女のソロ演奏も聞くことができる。

多くのご来場を心からお願いいたします。


追記
私は明日からしばらく実家に帰ります。ちょっとこもって作曲しなくてはならないので…。今日の午後は年賀状を書かないと…。年末はやっぱり忙しい!!
by Schweizer_Musik | 2008-12-25 13:22 | 音楽時事
マルク・アルブレヒト指揮で聞くシュトラウスの交響詩
作曲者 : STRAUSS, Richard 1864-1949 独
曲名  : 交響詩「ドン・ファン」Op.20 (1887-88)
演奏者 : マルク・アルブレヒト指揮 ストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団
このアルバムは こちら

ペンタトーン・レーベルの新しい録音がナクソスにあったので、ちょっと聞いてみた。ストラスブール・フィルとは懐かしい。
昔、ロンバールと来日した時に聞いたこのオケはとてつもないでかい音で度肝を抜かれたものだ。大阪フェスティバルホールの一番上の一番端の一番安い席で聞いたのに、ベルリオーズの幻想交響曲で床が揺れるのを経験した。
あんなことはゲオルク・ショルティとシカゴ交響楽団で聞いたマーラーの他にはなかった…。だからなんだというのだと言われると何も言えないけれど。
CDも何枚かもっているが、ちょっと荒っぽい感じがして一度聞いただけでどこかにやってしまい、今は行方不明である。
で、この録音を聞いて驚いたのはオケの洗練であった。あれっ、こんなオケだったっけとかつての印象と全く違っていたからだ。
弦の響きも実に美しいし、アンサンブルはとても洗練されている。
「ドン・ファン」なんて指揮者としてはその指揮技術を開陳するような作品でこれほどの成果をあげていることはやはり大変立派なことだと思う。
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」も聞いてみてその思いは更に倍増のものとなった。オケの響きがとても良い。録音も素晴らしいし、これは私にとって大発見だった。久しぶりにスコアを見ながら聞き込んでみたのだけれど、難所を鮮やかに切り抜けていく。
昔から有名だった打楽器パートの鮮やかさも印象に残るが、全体としての響きのバランスの良さがまず特筆される。
「死と変容」の音楽ではその美しい響きを心から堪能できる。オケの奏者によるソロもとても美しい出来である。もちろんここにはヘルマン・クレバースもミシェル・シュヴァルベもいない。ライスターもいない…。特にヴァイオリンはこれ以上のソロはいくらでもあるけれど、私はこのソロも楚々として実に美しい演奏だと思った。
また、歌劇「インテルメッツォ」の中の「炉端の夢」という小品が含まれていることも嬉しいことだ。
この曲はこのオペラの中でも特に美しい音楽なのだが、あまり演奏されないので、知られていないけれど、今の季節のピッタリの音楽だと思う。よろしければお聞きいただければと思う。
ナクソス・ミュージック・ライブラリー…なかなかやるもんだ。
by Schweizer_Musik | 2008-12-25 09:09 | ナクソスのHPで聞いた録音
クリスマスの音楽はいかが?
作曲者 : ARNOLD, Malcolm 1921-2006 英
曲名  : 映画「ホリーとアイヴィ "The Holly and the Ivy"」(1952) 〜 クリスマス・キャロルによる幻想曲 "Fantasy on Christmas Carols"
演奏者 : ルモン・ガンバ指揮 BBCフィルハーモニー管弦楽団
このアルバムは こちら

昨日の朝、多摩センターの駅からパルテノン多摩までのプロムナードを歩いていて、クリスマスのイリュミネーションがあちこちに置かれているのを見て、最近とみに引きこもりとなっている私としては、ああクリスマスだなぁと実感した次第である。
それで、クリスマスらしい曲は?と思ってマルコム・アーノルドの映画「ホリーとアイヴィ」より「 クリスマス・キャロルによる幻想曲」を紹介しようと思った次第である。
よく知られたクリスマス・キャロルによるちょっとした交響詩風の作品で、なんとも洒落ている。オーケストレーションはあのアーノルドの手によるものだけに、見事!の一言。9分程度の演奏時間で、音楽は幸せな世界を描き尽くす。
ルモン・ガンバ指揮のマンチェスターのオーケストラの出来が悪いはずがなく、さすがと唸らせる出来だ。
誰にでも楽しめるクリスマスのオケ作品ということで…。

そうそう、クリスマスのアルバムと言えば、プライスの歌、カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるクリスマス・キャロル集という素敵な録音がデッカにあった…。
あれはため息がでるほど美しいものだったけれど、アダンの「ホーリー・ナイト」を聞くなら、もっと素朴なこちらなどはいかが?
かつて、オーディオ店でよく試聴用に使われていた一枚である。
スウェーデンのプロプリウスというレーベルによるカンターテ・ドミノというアルバムの中の一曲として、このアダンの「ホーリー・ナイト」がオルガンの伴奏でソプラノと合唱によって歌われている。
素朴な味わいに、聖なる夜への祈りの心がうかがえ、私にはとても好ましく思われる。
クリスマスは恋人たちのイベントではなく、あくまで宗教的な意味があるはずなのだけれど、どうもキリスト教徒でもない日本人は誤解?しているのかもしれない。
でもおかげで色々なものが売れて、良いことなのかなと思ったりもする…。本来の宗教的な意味を考えているとちょっと複雑な気持ちになるが、仏教徒の私がエラソーに語ることでもなさそうなので、このくらいにしておこう。
by Schweizer_Musik | 2008-12-22 08:50 | ナクソスのHPで聞いた録音
シュタドルマイヤー指揮によるラフの交響曲第2番
作曲者 : RAFF, Joachim 1822-1882 瑞西→独
曲名  : 交響曲 第2番 ハ長調 Op.140 (1869)
演奏者 : ハンス・シュタドルマイアー指揮 バンベルク交響楽団
このアルバムは こちら

ヨアヒム・ラフを好きな私は、人にこの名前を言ってもなかなか分かってもらえないのに、ちょっと悲しく思っている。
リストの「秘書」として働き、リストのオーケストレーションをかなりやっているのだけれど、そうしたことに忙殺されながらも、膨大な作品を残したこの作曲家は、某音楽人名辞典ではドイツの「ラーヘン」で生まれたドイツの作曲家と書かれているほどである。ラーヘンはスイスのチューリッヒ湖畔の町で、私は2005年にこの町に出かけたことがあるが、ドイツではなかった(笑)。
彼が恩人でもあるリストの元を離れて独り立ちしたのは1856年のことで、すでに34才になっていた。それは彼の能力の問題でなく、中産階級の家に生まれ、堅実な生き方を指向していたヨアヒム・ラフならではのことと理解する方が良いだろう。
リストの演奏会を聞くためにチューリッヒからバーゼルまで歩いて行ったほどの彼が、偶然からリストの知遇を得て、何とかこの世界に入って一歩ずつ階段をあがっていったのである。その堅実さこそが彼の真骨頂である。
リストの交響詩や協奏曲の卓越したオーケストレーションは、その音楽からも聞かれるが、音楽の性格ははるかにメンデルスゾーンなどに近いものがある。
彼の最大の成功作はカヴァティーナかも知れないが、それだからサロン用の小品の作曲家と誤解した紹介のされ方もしてしまった。

この交響曲第2番が書かれたのはリストのもとを離れて11年目のことだった。
交響曲第1番は1863年に書かれていて、ウィーン楽友協会が主催するコンクールで第1位をとったものであるが、第1番の作曲当時、ラフはすでに41才となっていた。
第2番はそれから6年後。ラフは第1番の後も交響曲の作曲に対して慎重だったようだが、この曲で自信を得たのか10年ほどの間に10曲もの交響曲を書き上げている。1877年にはホッホ音楽院の院長に迎えられ、アメリカからの留学生マクダウェルを育てたりもしている。
クララ・シューマンを音楽院の教授に迎えたのもラフであった。
ちょっと脱線…。
ラフの代表作はおそらくは交響曲第5番「レノーレ」であろうが、11曲ある交響曲はラフの最良の遺産であると私は信じる。協奏作品やピアノの独奏曲、あるいはヴァイオリン・ソナタや弦楽四重奏などの室内楽から序曲などの管弦楽作品、歌劇も含めて膨大な作品群の中でも特にラフの特長を表しているのが交響曲である。
そしてその傑作群を生み出す自信を得た作品としてこの第2番は充実した内容を誇っている。彼の他の多くの交響作品が標題を持つが、この作品は標題を持たない。しかし、その音楽は充分にロマンチックで交響詩的だ。
もちろん、それは散文的であるとか、形式的に弱いということとは全く異なる。むしろ極めて堅牢な作りで見事な交響作品に仕上がっている。
リストとともに恩人の一人でもあるメンデルスゾーンに近いものを感じさせるその音楽は、伸びやかなメロディーと控えめながら極めて色彩的なオーケストレーションによっている。
演奏のシュタドルマイヤーとバンベルク交響楽団は彼らの全集の中でも白眉と言って良い仕事ぶりである。いや、これほどの演奏でラフのこの作品が聞けるようになるとは…。
私はこの曲をメンデルスゾーンの交響曲第6番などと勝手に思っている。ブラームスがベートーヴェンの第10番と呼ばれたように…。
ナクソスにこの名演があることを、心から感謝せずにはいられない。ぜひラフをもっと聞いてほしいと思うのである。
by Schweizer_Musik | 2008-12-22 08:07 | ナクソスのHPで聞いた録音
歌曲づいてしまった…(笑)
学生たちに受けさせようと思って取り寄せた歌曲コンクールの詩を読んでいるうちに、頭の中にメロディーが浮かんできてどうしようもなくなってしまった。
チューリッヒで出会ったゴレイさんから「歌曲は書かないの?」という問いかけに応え、秋から冬にかけていくつかの歌を書いたけれど、続いてこうしたものと出会うというのは、何だか運命のようなものを感じる。
とは言え、歌を作るのは私には大変な仕事で、詩の世界を自分のものにして、そこからメロディーを紡ぎ出すにはかなり時間がかかる。
歌のために作った詩のようで、リズムがありすぎるというのも逆に作りにくさを感じさせる。そのリズムにのってしまうと、平易な作品ができるが、自分の歌にはなりにくい。ちょっとそのあたりの呼吸のようなものが難しいと思うのだけれど、歌を作っている人はどう考えているのだろう?
どう指導すべきか、色々と考えては、詩を色々とこねくり回して、午後を過ごしていた。
作るつもりは今はないのだけれど、なんだか歌曲づいてしまった…(笑)。

ナクソス・ミュージック・ライブラリーで、ベルリオーズの歌曲を聞いている。こちらはちょっとした偶然だけれど、ベルリオーズはずらりとティンパニーを並べたりして、かなりエキセントリックな印象が強いけれど、歌曲は一転、実に繊細だ。
カンブルランの指揮するオケがデリケートな響きを作って歌手をよく支えている。この指揮者は最近もコメント蘭で少し触れる機会があったが、才能豊かな指揮者だと思う。
by Schweizer_Musik | 2008-12-21 18:14 | 日々の出来事
サクソフォン・フェスから帰ってきた…
コンサートから帰ってきた。朝10時からパルテノン多摩で自分の書いたスコアを本番で聞くなんてことははじめてで、聞き終えて家に帰り着くのがお昼というのも我が人生ではじめての出来事だった…(笑)。
ビゼーの「アルルの女」の第1組曲から前奏曲とカリヨンが演奏されたのだ。
全曲の演奏は来年の1月28日(水)東京ミュージック&メディアアーツ尚美、新バリオホールにて18時開場18時半開演の尚美サクソフォン・アンサンブルの定期演奏会にて演奏されることになっているが、今回はそれから2曲だけ抜粋しての演奏となった。
多少テンポが前のめりのところもあったし、縦の線が合っていないところも少しあった。でもアカデミー生はごく少人数がソロ・パートについているだけで、ほとんどが本科生ということで、経験の少ない学生たちの演奏としては、まずまずよく頑張っていたと思う。
オケより良いなどと言うつもりはないが、まあまあの音になっていたのではないだろうか?
指揮の松雪先生と会場で少しお話して帰る。
行き帰りの電車の中で、新しい作品の構想が少しまとまってきた。うれしい兆しである。今日、明日でまとめてみたいと思う。

帰りに大船駅構内の立ち食いの千寿司で昼食を摂り、ちょっと買い物をしてから帰宅。朝から良い天気で、気持ちが良い一日となった。
by Schweizer_Musik | 2008-12-21 13:39 | 日々の出来事
今日はお休み
完全休養日となってしまった。とは言え、新作の準備をしたりとそれなりにはすることがあって、ダラダラとそうしたことをやって一日が過ぎていった。
気がつくと外が暗くなっている…ということは最近とみに増えてきたように思う。
明日はパルテノン多摩に朝から出かけなくてはならない。なんだか10時からなのだそうだ。行って聞いてくるだけなので、何ということもないのだけれど…。
学生たちに日本歌曲コンクールの作曲部門を受けさせようと思い、資料をとりよせた。先日は歌曲の説明などを簡単にしただけなのだが、考えてみると私もそうした説明や授業を受けたことがない。全くの我流なのだ。原加寿子先生のその授業があったと思うのだけれど、記憶にない。でも大学の頃、立原道造の詩にそれを書いたはずであるが、さっぱり…忘れてしまった。

さて、アルビノーニのアダージョがレーモ・ジャゾットというイタリアのアルビノーニ研究家の手になるものというのがショックだったというお話もあったけれど、あのバッハの超有名作品である「トッカータとフーガ ニ短調」もどうしてもバッハの作品と考えることは不可能ということで、偽作ではないかという話となっているのには、私もちょっとしたショックだった…。
あのハイドン作と信じられていたおもちゃの交響曲が、レオポルド・モーツァルトのカッサシオンだったと考えられていたことが、更にどうも疑わしいということで、何年か前にチロル地方のベネディクト会の牧師のエトムント・アンゲラー(Edmund Angerer = 1740年5月24日生まれ、1794年8月7日没)の手によるものとわかったの、なんだかありがた迷惑な発見に思われたものだ。
インスブルックの近くの修道院にいた神父さんで、音楽をよくし、シングシュピールや宗教作品などを書いたそうだ。私はこのおもちゃの交響曲しか知らない。

しかし、おもちゃの交響曲が、ハイドンでもなく、レオポルド・モーツァルトでもなく、アンゲラーという全く知らない作曲家の手になると聞くと、あの曲の価値が一気に下がるように感じてしまう自分が浅ましく思う今日この頃である。
まぁ、カッチーニの「アヴェ・マリア」のような例が最近もある。あれはどうもウラディーミル・ヴァヴィロフというロシアのリュート奏者にして作曲家(1925–1973)によるものというのが大方の意見で、この人はかなりの偽作を世の中に出しているそうだ。詳しくはこちらでどうぞ。
いずれにせよ、カッチーニであるはずのない和声進行と「アヴェ・マリア」とただくり返すだけの歌詞は、ちょっと考えればあれが1545-1618というバッハが活躍する100年以上前の作曲家の手によるものというのは無理がありすぎるはずだ。
美術ではこうした偽作はよくあるけれど、音楽でも時々ある…。というか、結構あるので、気をつけないといけない。
今日ではハイドンのセレナードなるものが、ハイドンのものでないことは誰もが知っているけれど、2〜30年前までは一般的とはいえなかった。
フリースという作曲家の書いたモーツァルトの子守歌は、かつてモーツァルトの作品としてケッヘル番号もつけられていた。だからと言って、作者の名前が違ったからといって、その音楽がつまらないものというのはどうかと思う。
そうした名前で聞いていることが多いと言うか、先入観で音楽を聞く習慣というのは、どうしたら無くなるのだろう。真っ直ぐに音楽を聞き、味わうこと!が本当は大切なのだろう。

贋作の作品を、高名な画家の作品だと鑑定され、高値で取引されることは、ままあることだけれど、そこでは絵の中身、価値よりも、画家の名前が値段となっているものなのではないのだろうか?
音楽もそうだとは言いたくないけれど、自分は良いものを自分の耳で探し出し、味わい尽くしていきたいと思っている。ああ、そうなりたいなぁ…。
by Schweizer_Musik | 2008-12-20 22:22 | 作曲(家)について
昨日は…
極端に忙しい金曜日は、授業の合間に一曲、木管十重奏のためのマーチを書き上げ、四時からの音だしまでにパート譜を作り上げるという離れ業とともに終わった。
もちろんダ・カーポ・アル・フィーネの簡便な作りだったけれど、一応トリオもあり、繰り返しを含めないで140小節ほどの作品となった。繰り返しをいれると210小節あまり…。
久しぶりの本能の赴くままの早書きで、まぁまぁの曲に出来上がる。我ながら至極満足。曲はあまりに平凡なマーチで、和音も何もかも120〜30年ほど昔に帰ったような出来上がり…。作曲はFranz Josef Beckennerなんてテキトーな名前をつけて出したら、欺される人も出て来るかも…。
クライスラーのたくさんのそうした例もあるし、アルビノーニと偽って出てきた「アダージョ」やら、最近ではアヴェ・マリアもある…いいかなと思ったり、思わなかったり…。実在の人物でなければ、誰も迷惑しないからそうしようか…(笑)。
来週あたり、初見でやってもらった試演の録音をアップしようかと思う。さすがに、ディプロマの学生たちが主体のアンサンブルである。初見でも一度通しただけでサッと焦点が定まる。
そんなこともあり、昨日はくたびれたけれど、楽しい一日となった。終わってからピアノのライブがあったのだけれど、とても身体がついていかず、そのまま帰宅し、就寝…。ピアノ科のみなさん、ごめんなさい!!
24日が今年最後の授業である。今年の冬休みは少し短め。とは言っても、普通のサラリーマンのみなさんに比べれば長いのだから、文句を言う筋合いのものではない。
by Schweizer_Musik | 2008-12-20 10:12 | 日々の出来事
ハンドリー指揮によるバックスの交響曲全集から
作曲者 : BAX, Arnold 1883-1953 英
曲名  : 交響曲 第4番 (1930)
演奏者 : ヴァーノン・ハンドリー指揮 BBCフィルハーモニック
CD番号 : CHANDOS/CHAN 10122(5)

5枚組のこのセットは、バックスの演奏史上、最も目覚ましい成果の一つではないだろうか。そして先日惜しくも亡くなったハンドリーの生涯における最高の録音の一つではないだろうか。
ブライデン・トムソンの録音をすでに持っていた英シャンドスがバックスの没後50年を期にハンドリーと再び全集録音に挑んだのは実に興味深い。
私の好きな第4番をとりあげてみたけれど、この曲のシャンドスの旧盤となったトムソンの録音は彼の録音の中でも最も良い出来の一つであった。アルスター管弦楽団も実によく反応している。
ナクソスにあるロイド・ジョーンズ盤は音楽の腰の高さが難点。ついついテンポがすべってしまうのだ。冒頭から不安定につんのめり、重厚さが霧散してしまっている。
また冒頭部分のオルガンもハンドリーではとてもよく聞き取れ、この分野でもシャンドスは大変進歩している。
テンポの良さは特筆すべきで、第1楽章のAllegro moderatoがこれほど相応しいのも今までになかったことだ。即ちトムソンの録音はModeratoだし、ロイド・ジョーンズの録音はAllegrettoであった。主観的な問題ではあるけれど、このテンポの良さが音楽の部分部分の性格を強調し、味わいを深くするのに役立っている。
マンチェスターのBBCフィルハーモニックも大変優れたアンサンブルで聞かせる。このオケが優秀なのは知っていたけれど、これほど輝きに満ちた演奏は珍しい。
第3楽章の音楽はストラヴィンスキーやプロコフィエフなどの影響を感じさせる、バックスとしてはかなり新しいスタイルに踏み込んだ作例であろうが、こうした音楽になるとトムソンのテンポの緩さ(遅いというのでなくしまりのないテンポというか…)は音楽をこわしてしまいかねない。
ロイド=ジョーンズ盤はうまくまとめているけれど、サラサラ流れていくだけでは音楽で感動は得られない。
ハンドリーはこうした問題点を全て乗り越えた、はじめての録音だ。第2楽章もよく歌い、不思議な懐かしさを感じさせるほど、なんとも言えない余韻がうれしい。
こうした録音が、ナクソス・ミュージック・ライブラリーにいまだアップされていないのは残念だ。(ちなみに、トムソンの全集もないのはどうしたことだろう…)
それはともかく、聞きたければ買えということ。お金を払っていただけないと、音楽業界は干上がってしまいますので…。
それにしても良い演奏だ。5枚組で、最後の一枚がハンドリーへのインタビュー。これはいらないから、もう少し安いと嬉しいのだが、ちょっと一万近いのはきつかった…(笑)。
by Schweizer_Musik | 2008-12-18 20:47 | CD試聴記