<   2009年 03月 ( 55 )   > この月の画像一覧
「夜のガスパール」分析 その1
ちょっとした打ち合わせに出かけ、帰りにN君と久しぶりに飲んで帰る。今回で三度目となる新橋のタイ料理であるが、三時間あまり、色々と仕事の話などをして帰る。とは言え、早い時間から始めたので、極めて健康的な時間でのご帰還となった(笑)。
飲んだアルコールはすでにどこかへ行ってしまった。穏やかで楽しい一日だった。久しぶりに生で自分の曲を聴いたけれど、まあまあ良い曲じゃないかと思った…(笑)

ラヴェルの「夜のガスパール」のアナリーゼをしようと思う。曲の素晴らしさに対して、あまり理解されていないような気がするので、ちょっととりあげてみてはと思った次第。

19世紀はじめのフランスの詩人ベルトランの詩に寄せて書かれた3曲のセットである。第1曲が「オンディーヌ」、第2曲が「絞首台」、そして第3曲が「スカルボ」というタイトルを持っている。
私は遠くシェーンベルクの「ピエロ・リュネール」と共通するものがあると思っているのだが、形式、語法、リズム、モード、和音、様々な面からとてつもない傑作がこの「夜のガスパール」であり、そんなところを少し私なりにも考察したいと思う。授業でとりあげるのは、多分六月あたりになりそうだけれど、今年はなんとかこの複雑怪奇で巨大な傑作(見てくれは全く違うが…)を取り上げたいとチャレンジしたい。
お楽しみに…。
明日、アルコールが完全に抜けたら書き始める予定。
今はアリシア・デ・ラローチャの演奏で曲を聞いているが、これは本当に凄い曲だなとつくづく思う。良い曲だ…。オケ版も作られているが、やってみたくなる気持ちもわかる気がする。

追記
昨年の夏に、この曲について少し書いていたことを、一晩寝たら思い出した。こちらを参照されたし…。
by Schweizer_Musik | 2009-03-31 23:01 | 授業のための覚え書き
ラフマニノフのピアノ三重奏曲 第2番
作曲者 : RACHMANINOV, Sergei 1873-1943 露
曲名  : ピアノ三重奏曲 第2番 ニ短調「悲しみの三重奏曲」Op.9 (1893/1907,17改訂)
演奏者 : ジャン=クロード・ペヌティエ(pf), レジス・パスキエ(vn), ローランド・ピドー(vc)
このアルバムは こちら

この曲の名演が出た!!1986年にスイスのラ・ショー・ド・フォンのムジカ・テアトルで録音されたボザール・トリオの演奏以来、なかなか、良い演奏に巡り会えなかったこの作品の、最上の演奏が登場したと言って良い。
才人ペヌティエの柔らかなピアノにのって歌い始めるローランド・ピドーのチェロ、その上に折り重なるパスキエのヴァイオリンとの弦の対話をピアノが淡々と支える出だしがこれほど美しく、明確に響いたことはかつてなかった。
この曲は意外と良い演奏に恵まれないようで、少々不満はあるものの、ボロディン・トリオとボザール・トリオのもので今まで楽しんで来たけれど、これでもう迷う必要なくこのフランスの名演奏家たちによる演奏で楽しめば良いのである。
第1楽章から深いブレスで、歌い上げる彼らの演奏に、力みは全くない。なのに出てくる音楽のスケールの大きなこと、長い長い作品にも関わらず、長いと全く感じさせない集中力は賞賛に値する。
入念にスコアを読み、議論し、この演奏に結実していることがよくわかる。解釈が一貫しているのも凄いが、それを具現化する3人の奏者の技能の高さはあきれるほどだ。
絶望がこんなに甘い響きを持っているなら良いかなと思ってしまうほどラフマニノフの音楽は美しい。でもその絶望感の深さが本当の深淵なのだと、この曲、全曲を聴き通しての私の感想である。
チャイコフスキーの死を悼んで書かれたこの作品は、一種のレクイエムなのだ。冒頭の下降する半音階は葬列の足音なのである。そして激昂したり、懐かしんだり、様々な悲しみの諸相が描かれていく。祈りの音楽というよりも、確かにこの曲は現世に残された人々の嘆きを歌い上げたものであるが、果てしなく歌い継がれていくメロディーの美しさ故に、やはりもっともっと演奏してほしい作品だと私は思っている。
とりあえずは、この3人(昔はレ・ミュジシャンズ だったか、そんな名前でHMからシューベルトやブラームスのトリオを出していたっけ…あれも良い演奏だった…)の名演があるから良いかと思う。
ぜひお試しを!!良いですよ!!
by Schweizer_Musik | 2009-03-31 09:53 | ナクソスのHPで聞いた録音
コッホ指揮のモーツァルトのレクイエム
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : レクイエム ニ短調 K.626 (1791/ジェスマイアー版)
演奏者 : ヘルムート・コッホ指揮 ベルリン放送交響楽団, ベルリン放送ソロイスツ, ユッタ・ヴルピウス(sop), ゲルトラウド・プレンツロウ(alt), ロルフ・アプレック(ten), テオ・アダム(bs)
このアルバムは こちら

1962年の録音であるが、ものすごく遅く、濃密なモツレクだ。オケはコッホの要求に実によく応えている。合唱も遅いテンポでブレスの困難さはあっただろうが、合格点だ。問題はソリスト、それもソプラノが酷い…。ここまで酷いととりあげるのは止めようかと思ったけれど、コッホの指揮が個性的(と言いたくなるほど遅いテンポでジワジワせめて来るのだ…)!
第1曲の入祭唱 (Introitus)でソロが出てくるまでは世紀の名演かと期待したが、ソリストが全てをぶち壊してしまう。おいおい素人を使っちゃ駄目だよと言いたくなるが、何と言っても共産主義である。さもありなんと思いつつ聞いていたが、この遅いテンポが次第にあまりに悲劇的過ぎて、聞き続けるのが困難になってきた。
とてつもなくスケールの大きなレクイエムである。これで、二人の女声ソリストがプロだったら…と嘆かざるを得ない。
Kyrie eleisonからの合唱の素晴らしさ、オッフェルトゥリウムの各曲の性格を描き分けていく手腕はコッホという指揮者が並々ならぬ指揮者だったことを物語る。彼は確かヘルマン・シェルヘンの弟子だったはずで、バトン・テクニックも大変なものだったようだ。
遅いテンポで音楽的に迫るイントロイトスからキリエのフーガにかけての鮮やかな対比は、特筆すべき名演だ。
従って「怒りの日」の迫力は大変なもので、古楽器による風通しの良い演奏で聞き慣れているとこの暑苦しい表現について行けるだろうか?何しろ熱い!!
トゥーバ・ミルムの冒頭のバスはテオ・アダム。素晴らしい歌だ。トロンボーンとの二重唱?も美しい。そしてロルフ・アプレックというはじめて聞く名のテノールも甘い声で聞かせる。これもプロの声だ。続いてアルトが出てくる。まだ何とか我慢できる程度。しかし、ソプラノは…ああ私は消して次に進めることにした。下手な学生レベル!
続く「恐るべき威力の王 "Rex Tremendae majestatis"」は合唱である。重心の低い音で、これは凄まじいほどの緊張感で溢れていて名演!!うかつにも涙が出そうになった。ヘッドフォンで聴いていたので、事情を知らない女房殿などは驚いたことだろう…(笑)。
続くリコルダーレはソリストによる四重唱の曲。アルトもかなり不安定で、テノールも不安定な音程が伝染し、まともなのはテオ・アダムだけに…。オケは完璧なのだが、残念な結果わ確認したところで先に進める。
「呪われし者どもを罰し "Confutatis maledictis"」は想像以上の遅いテンポで、そこにリタルダントがあり、さらに女声合唱が入るところで大きくテンポを落とすわけで、今まで聞いたことのないConfutatisになる。凄い演奏だ。
そしてモーツァルトの絶筆となったLacrimosa。ため息のような弦の動機がたっぷりとしたタメを伴って演奏される。この音楽を聞いて涙しない人がいたら、きっと血も涙もない人なのだろう。
そして絶筆となったところで止めた。これで良いのだと思う。しかし、返す返すも、テオ・アダムを除くソリストの酷さには言葉もない。
by Schweizer_Musik | 2009-03-31 09:21 | ナクソスのHPで聞いた録音
レーゼルで聞くモーツァルトのソナタから
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : ピアノ・ソナタ ヘ長調 K.Anh.135 (547a) (1799出版)
演奏者 : ペーター・レーゼル(pf)
このアルバムは こちら

この曲は色々な曲から編曲、あるいは流用された曲で、モーツァルトが亡くなってから誰かが編集したものらしく、現在では偽作として扱われている。
しかし、ソナタ・アルバムなどに載っているので、弾いたことのある人も多いのではないだろうか?
第1楽章はK.547のヴァイオリン・ソナタの第2楽章をピアノ独奏用に編曲したものであるし、第2楽章の変奏曲は同じヴァイオリン・ソナタの第3楽章から編曲したもの。さらに終楽章は有名なK545のソナチネの終楽章をヘ長調に移調してあてがっている。
第2楽章の変奏曲
1959年以降は偽作として扱われているため、録音は少なく、私は園田高弘氏がソナタ・アルバムを録音した中に入っていたものしかしらない。同様のものがエッシェンバッハにもあったけれど、そちらは未聴であるので入っていたかどうか不明である。
しかしそれがレーゼルで録音されていたとは知らなかった。木質の響きで実に美しい演奏だ。いや、他の作品、たとえばハ短調ソナタなんてとびきりの名演もある。これは超がつく名演で、昔、イングリット・ヘブラーの初期のモノラル録音で聞いた時の無垢な美しさに感動したことがあったけれど、レーゼルは大人の成熟した音楽である。全く凄い聞き物であった。
全部でCD三枚分が入っている。珍しい作品も入っているが、クオリティは高い。ナクソスに入っている方は一度ご賞味あれ!!

追記
第2楽章の変奏曲…以降をペーストして写しそこなっていたようで、申し訳ありません。原文も消去してしまった後…というわけで、思い出しながら書いておきます。

第2楽章は元のヴァイオリン・ソナタの第3楽章から編曲されたもので、第4変奏が除かれている。果たしてモーツァルト自身によるものという証拠はないようで、別に編者がいるらしい。
主題の後に六つの変奏が続くが、実に美しく書かれていて、私はモーツァルト自身の手によるものではないかと思う。(私の勝手な想像の話なので、信じないで下さい!!)
続く終楽章がヘ長調に移調されたK545というのがかなり胡散臭く、第1楽章とこの終楽章ともに原作から多少の音の変更が行われている。

以下、1959年以降…の文章に続く。
by Schweizer_Musik | 2009-03-31 08:29 | ナクソスのHPで聞いた録音
ポール・パレー指揮のベートーヴェンの「田園」
作曲者 : BEETHOVEN, Ludwig van 1770-1827 独
曲名  : 交響曲 第6番 ヘ長調「田園」Op.68 (1807-08)
演奏者 : ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団
CD番号 : Mercury(TOWER-RECORDS企画)/PROA-287〜88

私が知る限り(最近の古楽器演奏は好きでないので聞いていない)、最も速いテンポの「田園」の第1楽章である。第2楽章もかなり速い…。他も速めではあるが、「嵐」の場面のテンポは凄まじい。これでは暴風雨である。
この速いテンポで弦などよくぞここまで正確に演奏するものだと感心するほどで、ポール・パレーの解釈に楽員が必死でついて行く様がよくわかる。
彼はこの曲の標題的な側面を無視しているなどとは思わないが、よりスコアそのものを自分の目と耳で読んだものを重視していることがよくわかる。情緒的な「田園」ではなく、音楽的な「田園」であり、パレーの考えた、あるいは感じた「田園」である。
わかりにくい言い方をしているが、このテンポに最初、面食らってしまったが、そのうち、これもありだなと思い始めたのは、パレーの解釈に恣意的な面が全く感じられないからであろう。
第1楽章から活気あふれる田舎の歓迎の踊りが繰り広げられる(笑)。ちょっと作者もはしゃいでいるのでは?なんて思うほどである。これも一つの解釈なのであろう。
速めのテンポはほぼ一貫しているが、第2主題でごくわずかにテンポをおとすなど、それぞれの場面、音楽の性格を明確に描き分てけているので、決して音楽が表面的、平板なものにならないのだ。ただ速いだけではない。
第2楽章の「小川の情景」もかなり速めというか、私の知る演奏としては最も速い演奏である。バーンスタインなどは13分ほどかけるこの楽章をたった11分たらずで駆け抜けるのだから…。
情緒連綿たるメンゲルベルクなどの演奏とはまるで対極の演奏だが、こんなに流れの速い小川ではなく、もう少しゆったりと小川のある風景を楽しみたいと個人的には思う。好みの問題ではあるが…。
第3楽章以降はこの演奏の最も面白い部分で、農民の踊りのトリオでは意外にテンポはかなり落ち着いたものになる。まぁ、もともと速い楽章なのでこの楽章だけは一般的な演奏とほとんど変わらないが、続く第4楽章はこのアンサンブルが第一級のものであることを証明してみせる。ソリスト特に管楽器のソロは音色が薄っぺらでどうしようもないが、アンサンブルとしては実によく磨き上げられている。
4楽章を速いテンポで演奏させながら、細かなトレモロなどをとてもよく揃えているのだ。徹底したパート練習とリハーサルの山をこなした結果であろう。見事であった。
第5楽章も速めのテンポながら、それほどでもなく感じるのは、この速いテンポに慣れてしまったからかもしれない。
やはり、私はクリュイタンスなどの演奏の方が良いけれど、たまにはこの颯爽とした「田園」も良いなと思う。力強く、また洒落た「田園」である。モノラルであることがとても惜しまれる。
by Schweizer_Musik | 2009-03-31 08:10 | CD試聴記
シカゴ交響楽団のコンマスの実力?チャイコフスキーの協奏曲
作曲者 : TCHAIKOVSKY, Pyotr Il'yich 1840-1893 露
曲名  : ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35 (1878)
演奏者 : ロバート・チェン(vn), パヴェル・コーガン指揮 北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団
このアルバムは こちら

台湾出身のヴァイオリニスト、ロバート・チェンは1999年以来、シカゴ交響楽団のコンサート・マスターをしている。その彼のチャイコフスキーの録音がナクソスにあったので聞いてみたのだけれど、オケは若干ショボイと感じるものの、ソロはなかなか素晴らしい。さすがシカゴ交響楽団のコンマスになるほどの実力者である。
御多分に漏れずジュリアード出身で、ドロシー・デレイの門下である。ちょっと聞くとああなるほどという音である。
上手いのだけれど、どこか変…。何がというと恣意的に動かされるテンポに私は始終イライラさせられ、実は試聴は第1楽章で打ち切ってしまった。
ハンスリックによると悪臭プンプンたる酷い作品なのだそうだが(笑…ここまで思い切った批評は現在の批評家たちからは滅多に聞かれないのは残念だ…)こういう演奏を聞くとそれにちょっと同意したくなる。
確かにロシア民謡を使ったり、民族的な素材に事欠かないが、私はこの作品はもっと洒落た作品だと思っている。こんなにテンポを動かす必要はどこにもないのだ。
上手いヴァイオリニストだけれど、私には凡演としか思えなかった。音はわれらが石田氏よりもよく飛ぶタイプだと思う。が、表現が私にはちょっと下品…。石田氏の方がずっと高貴で艶やかだ。
朝から残念な報告になってしまった。
by Schweizer_Musik | 2009-03-31 06:56 | ナクソスのHPで聞いた録音
ヴィオッティのヴァイオリン協奏曲第22番
作曲者 : VIOTTI, Giovanni Battista 1755-1824 伊
曲名  : ヴァイオリン協奏曲 第22番 イ短調 (1792-97頃)
演奏者 : マンフレッド・シェルツァー(vn), ヘルムート・コッホ指揮 ベルリン室内管弦楽団
このアルバムは こちら

私にとって、ペーター・リバールの名演が今も谺するこの音楽。なんと珍しいナルディーニの協奏曲も入っていて、これまたリバールのあの名盤と同じ組み合わせということで、私としては意識しないわけにはいかない。
マンフレッド・シェルツァーは1933年ドレスデンに生まれたヴァイオリニストで、1970年代はじめにはクルト・マズアがカペルマイスターを勤めるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート・マスターを務めていた。
だが、ソリストとしてよりも1976年以降ドレスデンとベルリンで後進の指導を行っている方が有名かもしれない。
そんな彼のバイオリンは私にはややピッチが甘く感じられるが、その独特の緩さがちょっとした味わいになっていることも事実だ。
ペーター・リバールはスイス・ロマンド管弦楽団やヴィンタートゥーア・コレギウム・ムジクムなどのコンマスを長く勤め、ジュネーヴ音楽院で後進の指導をし、演奏家を引退後もマスター・クラスで後進を指導していた。この点でもちょっと似ていなくもないが、音は大分違うなと思う。
シェルツァー先生のピッチは、私にははじめから終わりまで気になるものであった。きれいな音を持っているが、アルチュール・グリュミオーのような震い付きたくなるような美音というわけでもなく、聞き終えてから結局ペーター・リバールの録音で口直しならむ耳直しをしてしまった。
悪い演奏ではないが、リバールやグリュミオーの演奏で耳が肥えてしまっている私としては、やや魅力に欠けるものだった。
オケは素晴らしい。ヘルムート・コッホ指揮のベルリン室内管弦楽団は素晴らしい共演ぶりである。ソリストに私はあまり共感できずにおわってしまったが、全体としては準推薦くらいの出来映えではないかと思う。
残念だが。ステレオならグリュミオー、モノラルならペーター・リバールというのがまだまだ続きそうである。
by Schweizer_Musik | 2009-03-30 20:45 | ナクソスのHPで聞いた録音
スキタイ組曲を名匠ロヴィツキの指揮で聞く
作曲者 : PROKOFIEV, Sergei 1891-1953 露
曲名  : スキタイ組曲「アラーとロリー」Op.20 (1915)
演奏者 : ヴィトルド・ロヴィツキ指揮 ベルリン・シュターツカペレ
このアルバムは こちら

こんな録音があったとは知らなかったけれど、ナクソスのおかげで聞くことができた。プロコフィエフの初期の作品で、ディアギレフのために書いたバレエ「アラーとロリー」は、結局上演を拒否されるという運命をたどった音楽だけれど、スキタイ組曲として組み直され世に出た作品だ。
古典交響曲の前に、彼はこんな冒険を行っていたということに驚かされるが、よく言われるように「春の祭典」の影響がなかったとは言えないのかも知れない。(彼はこの曲の代わりに「道化師」を書いた)

第1曲 ヴェレスとアラへの讃仰 "l'adoration de Vélè et de Ala"
第2曲 チュジボーグと悪鬼の踊り "Le dieu ennemi et la danse des esprits noirs"
第3曲 夜 "La nuit"
第4曲 ロリーの出発と太陽の行進 "Le départ glorieux de Lolly et la cortèege de Soleil"

この4曲のタイトルからだけでも「春の祭典」を想像してしまう。スキタイとは紀元前三千年頃にあったウクライナの最古の遊牧騎馬民族国家の名前。詳しくはこちら
ディアギレフがこの作品に対して「筋は作為が多く、音楽はチェレプニン風で面白くない、もう1つ新しいバレエを書くべきだ」(Wikiの記事より引用)と言って上演を拒否したのだが、私にはほとんど難癖つけて拒否したように思われる。おそらく、すでに人気を得ていた「春の祭典」との共通点がありすぎるからというのが、本音だったのではないかと私は想像しているのだが…。
そんなことよりも、このロヴィツキの演奏はまことによろしい。アンドレ・プレヴィンの録音は美しいけれど、音像が冒頭から遠くまとまっているのでやや迫力に欠ける点が不満だったし、ピエール・ブーレーズの1970年のクリーヴランド管弦楽団との録音も低音の迫力に欠け、ブーレーズは一体この曲をどう考えているのかと不思議に思ったものである。
サイモン・ラトルがバーミンガム市交響楽団と1992年に録音したものはテンポが前のめりだったりで安定感に欠ける。
というわけで、古いステレオでアンセルメとスイス・ロマンド管弦楽団の録音か、モノラルでならという条件でイーゴル・マルケヴィッチがフランス国立放送管弦楽団と録音したものが良いなぁと思っていたが、このロヴィツキ盤はこの二つに匹敵するか、凌駕する名演だと思う。
今まではアンセルメのものぐらいしか良いのが無かった(私の知る範囲で…)ので、ロヴィツキの切れ味鋭い演奏はとても嬉しい。
しかし、この演奏家もまたあまり話題にならないままになっているが、ロンドン交響楽団とのドヴォルザークの交響曲全集なんて素晴らしい名演だった。どうも不思議なことである。
アンセルメの録音はさすがデッカの名録音である。広がりがあり、テープ・ヒス・ノイズ以外は全く素晴らしいバランスで聞ける。一方ロヴィツキは重心の低いバランスで、空間の広がりはあまり感じないものの、突き上げるような迫力がある。どちらも得難い名演として、いつでも聞けるようにしておいてほしいものだが、できれば、デジタルで良い録音を残して欲しいと思う。
by Schweizer_Musik | 2009-03-30 09:14 | ナクソスのHPで聞いた録音
レーゼルの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番
作曲者 : BEETHOVEN, Ludwig van 1770-1827 独
曲名  : ピアノ・ソナタ 第18番 変ホ長調 Op.31-3 (1801-02)
演奏者 : ペーター・レーゼル(pf)
このアルバムは こちら

このソナタはハスキルが愛したことでも知られるが、ベートーヴェンのソナタの中では私も最も好きな曲で、下手なピアノでちょっと弾いてみたりもする。
大体この曲におけるベートーヴェンの意表をつく発想のおもしろさ!!は一体なんだ!!
冒頭、II度の第1転回型に7の音を入れて出てくるなんてことを、この時代の作曲家の誰がやったのだろう。こんなはじまりをしたら展開部からの戻りが大変だろうなと思っていたら、さらに意表をつくような方法でサラリと戻ってみせる。
伴奏だって、どこもちょっとだけ捻りを利かせ、どれも洒落ている。いや、ここのベートーヴェンは実にお洒落だ。美しいし、その姿のままに戯けてさえみせる(終楽章)。
その間にあるスケルツァンドな第2楽章の生気みなぎる音楽と続く優美そのもののメヌエット!ハスキルでなくともこの曲のファンになるのは当たり前だろう。
レーゼルの美しいタッチは、フォルテになっても木質の美しさを失わない。ダイナミック・レンジを広くとって演奏されるその音楽は何度聞いても厭きない…。
by Schweizer_Musik | 2009-03-30 07:20 | ナクソスのHPで聞いた録音
ハイドンの 交響曲 第64番 イ長調「時の移ろい」
作曲者 : HAYDN, Franz Joseph 1732-1809 オーストリア
曲名  : 交響曲 第64番 イ長調「時の移ろい "Tempora mutantur"」Hob.1-64 (1775頃)
演奏者 : ハルトムート・ヘンヒェン指揮 C. Ph. E. バッハ室内管弦楽団
このアルバムは こちら

ハイドンのこの作品が何故「時の移ろい "Tempora mutantur"」というタイトルがつけられたのか知らない。もちろんハイドンがつけたものではないのだろうが、この曲の第2楽章がとても好きなのだ。ハイドンにしては珍しく陰影の濃い音楽で、長調でとても柔らかで深みがある。どこか、モーツァルトの交響曲などの緩徐楽章のような肌触りがあって、ハイドンの他の作品と比べても、実に個性的なのだ。
タイトルがどういうところからつけられたのかも知らないが、この楽章故ではないかなどと、勝手に思っている。
終楽章はあの傑作第95番の終楽章と動機がとても似ていて、ちょっとニヤリとしてしまうが、これは多分偶然であろう。ハイドンはこうした主題の書き方が好きなのだろう。私もこういうことがあるので、人のことは言えない。
ハルトムート・ヘンヒェンとC. Ph. E. バッハ室内管弦楽団の演奏はノーブルで美しい。私はもう少し弦が多く響きが厚い方が良いなと思っているが、これはこれで美しいと思う。
古典派以前の音楽だと、小編成でやるのが常識なんて思われているが、例えばモーツァルトのパリ交響曲などはかなりの大人数で演奏されることを前提としていたようで、古い音楽は小編成でという思いこみは間違いである。
まっ、それがこの曲の場合も当てはまるというのも間違いだけれど…(笑)。
丁寧なハルトムート・ヘンヒェンの演奏は多くの人に安心してお薦めできる。一度ご賞味あれ!!
by Schweizer_Musik | 2009-03-29 22:10 | ナクソスのHPで聞いた録音