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コレッリの弦楽のためのソナタ Op.1〜4
作曲者 : CORELLI, Arcangelo 1653-1713 伊
曲名  : 3声の室内ソナタ "Sonate da camera a tre" Op.2 (1685)
演奏者 : パーセル・クァルテット【カテリーン・マッキントッシュ(vn), エリザベス・ウォルフィッシュ(vn), リチャード・ボースビィー(vc), ロバート・ウォーレイ(org)】ヤコブ・リンドベルク(theorbo/archlute)
このアルバムは こちら

コレッリはソナタ Op.5の中のいくつかとOp.6の合奏協奏曲の第8番だけをよく知っているが、それ以外となると全く心許ない自分が情けない。
ということで、このOp.1からOp.4にかけての作品を聞き始めたのだけれど、これがなかなか良い。Op.1は通奏低音のパートにオルガンが当てられていて、曲に合わせてテオルボが組み合わせられている。
1681年に書かれたというコレッリ二十代の作品と思しきOp.1をはじめOp.4までの各12曲ずつの(当時は1ダース単位で曲集が組まれることが常識だった…ロマン派の初期までこの習慣は残っていて、曲の規模が大きくなると半ダース、1/4ダースで組まれていた)曲集を演奏するのは、パーセル・クァルテット。
三声なのにクァルテットとは通奏低音のバートがあるためだが、テオルポも通奏低音に参加する曲があるためにものによっては3声なのにクインテットという面白いことになっている。まっ、オルガンが通奏低音というのもなかなか雰囲気があってよいものである。
Op.2はチェンバロなので四重奏ばかり…だけれど、Op.2-5のように美しいメロディーの曲が一杯で、とても良い。
更に、このパーセル・クァルテットは、ロンドンの腕利きたちのアンサンブルだけあってなかなか上手い。
バロック時代の作品故、12曲がそれぞれに個性的ということはそうそうないし、ストラヴィンスキーのように同工異曲という批判もできなくはないが、Op.2あたりになると、それぞれに個性的で雅な雰囲気がなかなかに具合がよろしい。
曲の調性が近親調で進んでいくのは、続けて聞くことを前提にしているためであろう。楽章の短さ、各曲の短さがそれを示唆している。
だから、Op.1からOp.4のトラック数だけでもげんなりしてしまいそうになる。そんな場合はOp.2、もしくはOp.4あたりから聞き始めてはどうだろう。小組曲風にアルマンドやガヴォット、ジークといった舞曲の形式で書かれ短い中で、適度な変化がついて面白い。更に演奏が飛び切りなのだから実に愉しい聞き物である。
CD4枚分なので、まだOp.4は途中までであるが、今日一日、仕事の合間にかけて聞いてみようと思う。
みなさんもいかが…。暑くなってきたが、クーラーの効いた涼しい部屋でかすかに聞こえてくる蝉の声をバックにこれを聞いていると夏も良いものだと思う。
by Schweizer_Musik | 2009-07-31 03:53 | ナクソスのHPで聞いた録音
再び…ペルゴレージのスターバト・マーテル(シュティッヒ=ランダル他 &ロッシ指揮)
作曲者 : PERGOLESI, Giovanni Battista 1710-1736 伊
曲名  : スターバト・マーテル (1736)
演奏者 : マリオ・ロッシ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団, ウィーン・アカデミック室内合唱団, テレサ・シュティッヒ=ランダル(sop), エリーザベト・ヘンゲン(alt)
CD番号 : ARPCD 0369

先日、KAYOさんがコメントの中で触れておられたCDを衝動買いしてしまい、今聞いているところ。このロッシという指揮者は、昔、ミケランジェリの弾いたグリーグのピアノ協奏曲で共演していたのがはじめての出会いで、以来、マイナー・レーベルの録音で時々聞いていたけれど、天下のウィーン・フィルと(多分、ウィーン・国立歌劇場管弦楽団と書く方が正確なのかも知れないが、この辺りはちょっと私には分かりかねる…)と録音していたとは知らなかった。それもテレサ・シュティッヒ=ランダル、マルガ・ヘフゲンなどという名花とともに…。
重唱にうっすらと重ねる合唱も、古くからの伝統的な演奏によるもの。しかし二人の独唱者の存在感の大きさは、合唱がいること自体を忘れさせるほとのものである。
エリーザベト・ヘンゲンの歌は低音で音程がやや不安定になるし、少しヴィブラートが煩わしい。第4曲の「尊き御子の苦しみを見給える "Quae moerebat et dolebat"」でそれは顕著だけれど、ヘンヒェンの演奏のように元気に飛び跳ねたりしないのは私には納得がいく解釈である。本当に聖母は悲しんでいるの?と聞きたくなるほど愉しげに演奏されるのもどうかと思う。
とは言え、私の購入したCDの復刻の状態は良くない。分離がよくなく、弦楽合奏が団子になっているところが多いのは困ったものである。でもシュティッヒ=ランダルの歌の魅力故にこの音盤をこれからも手元に置くことにした。またロッシの指揮した私の持つ唯一の宗教音楽という点でもこれは私にとって貴重な一枚となった。
たまにはこれもなかなか良いものである。
by Schweizer_Musik | 2009-07-30 17:35 | CD試聴記
フリッターによるショパン後期の3つのワルツを聴く
作曲者 : CHOPIN, Frédéric François 1810-1849 ポーランド
曲名  : 3つのワルツ Op.64 (1847)
演奏者 : イングリット・フリッター(pf)
CD番号 : EMI/TOCE56080

これはつい最近購入したもの。いや、私がショパンを買うなどというのは実は珍しいことで、購入場所はiTune−Storeで、ダウンロードしたものである。CD番号は日本盤のものをとりあえずつけてあるが、ダウンロード版で私は充分で、1500円だった。ブックレットもついている(英語)。ただ、やたらとフリッター女史のお美しい写真が散りばめられていて、興味のない私には不要で、ゴミ箱行きとなってしまった…(笑)。
まぁ、こうした子供だましのような作りでも売れればいいのだろうけれど、音楽を聞いて判断すべきなのは自明のこと。今はいくらお美しくても、人は皆老いるわけで、そうしたイメージでしか売れない程度のピアニストなのかと誤解してしまうそうだ。

そうしたくだらない話はともかく、この演奏はなかなか良い。冒頭におかれたピアノ・ソナタ第3番を聞いた時に、この人の音楽的センスの良さに驚いた次第。もっと早く聞くべきだった。ほったらかしにすべきではなかった。(ブックレットをちょっと眺めて購入を後悔し、以来聞かないままになっていたのである。罪作りなブックレットだ。ちなみに私の好みのタイプでなかったせいではない。念のため…笑)
この後期の3つのワルツは、子犬のワルツや嬰ハ短調のワルツが含まれるもので、ショパンの全ワルツの中でも傑作中の傑作である。それをショパン・コンクール2位のフリッター女史が弾いているのだが、響きが木質のとても良い音で余裕がある。耳に付く嫌な甲高い響きは終始無縁で、録音も落ち着いた良い音でとらえている。
タッチがとても優れているのだろう。柔らかな響きは音色に変化を与え、音楽に遠近感を与えている。優れた第一級の演奏である。
ブーニンのようなマニエリズムにとらわれた演奏ではなく、極めてオーソドックスな解釈で、奇を衒うところは皆無。若い人は特にこうでないと…。
それは、嬰ハ短調のワルツで同主調に転調(cis moll→Des dur)したところが特に象徴的なのだが、極端な音色の変化を敢えてつけず、部分を描き分けることに腐心するのではなく全体像を聞かせようとする態度に徹しているのである。
続く変イ長調のワルツでは音色の変化にテンポの変化で細かく描き分けていくのと対照的で、音楽自体がすでにしっかりと対比を印象づける作りをしている時にはそれを強調せず、変イ長調のように音楽が平坦に出来ている場合に、こうした演奏で変化をつけていくという姿勢に徹しているのだ。
ワルツ第一番や幻想即興曲などという比較的初期の作品も弾いているが、1845年頃の3つのマズルカOp.59ゆバラード第4番などの後期に属する充実した作品が中心であるのもこのアルバムの特徴だと思う。
広くお薦めしたいショパンの名盤の登場である。
by Schweizer_Musik | 2009-07-30 04:03 | CD試聴記
ハイドンの交響曲第94番をベイヌムの指揮で聞く
作曲者 : HAYDN, Franz Joseph 1732-1809 オーストリア
曲名  : 交響曲 第94番 ト長調「驚愕」Hob.I-94 (1791)
演奏者 : エドゥアルト・ヴァン・ベイヌム指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
CD番号 : DECCA/476 8483

この曲は天下の名曲だし、ハイドンの曲の中でも最もメジャーな作品なので、古くはフルトヴェングラー、ビーチャム、ステレオ期に入ってカール・リヒターやセル、カラヤン、ヨッフム、マリナー、コリン・デイヴィスなどの名演がひしめいている。どれでも良いのだけれど、今回はベイヌムである。
ベイヌムはハイティンクの前任のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のシェフであった人。この人は早世したので今ひとつ評価が定まらないところがあるが、素晴らしい指揮者であったことはこの古いモノラルの録音からもうかがえる。
旋律の出し入れというか、ハイドンの難しいところが実に鮮やかにこなしているあたりはさすが名指揮者!である。木管のソロはこのオケがその昔から第一級のオケであったことを示している。フルート、オーボエ、クラリネット…どこにも名演奏家たちが座っているのだから、木管の美しい演奏も魅力である。
録音というか復刻の状態ももともとが良かったのだろう、とても満足のいくもので、こんな良い演奏を聞かないのはやはりもったいないことだと思う。
なんと言っても輝きに満ちた弦の響きは、クレバース時代以前からあったのだと思い知らされた次第である。
by Schweizer_Musik | 2009-07-29 19:40 | CD試聴記
ホヴァネスの「聖グレゴリウスの祈り」
作曲者 : HOVHANESS, Alan 1911- 2000 米
曲名  : 聖グレゴリウスの祈り "Prayer of Saint Gregory" Op.62b (1946)
演奏者 : ジェラルド・シュウォーツ指揮 シアトル交響楽団, チャールス・ルトラー(trp)
このアルバムは こちら

日本を愛してくれたアメリかの作曲家ホヴァネスの膨大な作品の中でも、この曲は特に有名ならしく、CDでもいくつか私は持っていて、編曲ものも合わせれば7枚か8枚程度あるはずだ。
グレゴリオ聖歌(だと思う)をテーマとし、弦楽合奏とトランペットのために書かれたわずか5分ほどの作品である。実はルドルフ・ヴェルテン指揮 イ・フィアミンギの演奏が大変好みなのだが、手に入るのかどうか分からないので、ナクソスにもあるこちらをあげておこうと思う。
吹奏楽やオルガンにアレンジされたものもあるけれど、弦楽とトランペットのアンサンブルのこの原作方がやはりなかなかに美しく、この作曲家が粗製濫造したなどという偏見を退ける強さがあると思う。
シュウォーツはおびただしい録音を残しているが、その多くがこうした(アメリカを中心とした)近現代の作品で、我々のようなものには大変ありがたい。
イチローが活躍するシアトルのオケはまずまず優秀で聞きやすいものである。これでホヴァネスに興味をお持ちになられた方は、「そして神は大いなる鯨を創りたもうた "And God Created Great Whales"」Op.229-1 (1970)あたりをお聞きになられてはいかがだろう。もちろんナクソスにある(こちら)。
1950年代の終わりから60年代はじめにかけてホヴァネスは日本をはじめアジア各国を巡り、それに大きく影響を受けている。彼自身はアルメニア系と聞いたが、多民族社会のアメリカならではの作曲家で、異なる文化に対して極めてオープンな態度で接し、それを自らの音楽に取り入れていったのである。
従って、彼の作品は気恥ずかしくなるほどわかりやすい5音音階で出来ていたりすることもある。ナクソスにある自演によるビアノ作品などは(こちら)私に言わせれば彼の作品としては駄作の部類に属するように思う。しかし、全部で67曲ある交響曲(と言っても、古典的な形態を持つものは半数ほどで、合唱作品なども含まれるし、全2楽章で10分程度の短い作品もある)や管弦楽作品といくつかの合唱作品(傑作だと私は考えているマニフィカートは良い演奏に未だ巡り会えていないが…)などが彼の本領であるのだろう。
緻密な構成も彼の音楽の特徴でもない。いかにもアメリカ的大らかさがつきまとう。でもそれが実に正直で発想の面白さに惹きつけられる。
富士山にインスピレーションを受けたという交響曲第2番「神秘の山」はフリッツ・ライナーの名演が残されているが、ナクソスにもある(こちら)。
色々と紹介したい曲はたくさんあるけれど、今日はこのくらいにして仕事に移ろう…。
by Schweizer_Musik | 2009-07-29 04:14 | ナクソスのHPで聞いた録音
河村尚子さんのショパン 舟歌
作曲者 : CHOPIN, Frédéric François 1810-1849 ポーランド
曲名  : 舟歌 嬰ヘ長調 Op.60 (1845-46)
演奏者 : 河村尚子(pf)
CD番号 : BMG/BVCC-31115


河村尚子さんは、2003年のゲザ・アンダ・コンクール三位、2006年のミュンヘン・コンクール二位、クララ・ハスキル・コンクール覇者という。現在彼女はハノーファー国立音楽芸術大学ソリスト課程に在籍中だということであるが、素晴らしいピアニストであることを一聴して理解することができる。
彼女の音楽性の高さは素晴らしいものだ。ただ響きが少し硬質でフォルテの時にやや耳障りにならないこともない。また音色の変化がやや単色で、タッチでの細やかな変化とともにメカニックな点で後一歩と思うところもある。
ショパン晩年の円熟の作品であるこの舟歌を、上質のテンペラメントで歌い込んだこの演奏は、様々な過去の名演に比肩して全く劣ることのない見事なものである。
この曲とともに何曲か入っている夜想曲は彼女のピアノの特性にマッチしているのだろう。実に美しい。
しかし、バラード第3番やワルツ第2番も良い演奏なのだけれど、硬質なタッチがフォルテで若干気になってしまうのが、惜しいところだ。
また些細なことではあるが、バラードでは若干ブレスが浅く感じてしまった。しかしそんなことはどうでも良くなるほど伸びやかな歩の進め方に心奪われる。この人の演奏はどんな時でも淀みなく歌い、流れていくが、その肌触りの上質なことと言ったら!
更に、即興曲第2番嬰ヘ長調の美しさに賛辞を捧げたい。よく揃った走句の一つ一つの音符が珠を転がすように響かせていく。それは彼女の最高の瞬間だと思う。ただこの曲でも最後のフォルテはやはり若干硬質に感じてしまい実に惜しいと思うのだ。
彼女の実演ではどうなのだろう。一度聞きに行きたいものである。

上の写真は、この人が優勝したハスキル・コンクールが開かれるヴヴェイのレマン湖畔のプロムナードの風景で、ジュネーヴの方を写したもの。下の写真は、同じ場所からモントルーの方を撮ったもので、岬に隠れているが有名なシヨン城がこの方角にある。
美しいスイスを思いつつ今日はこのあたりでおしまい…。

by Schweizer_Musik | 2009-07-25 21:32 | CD試聴記
霧の朝
作曲者 : GERSHWIN, George 1898-1937 米
曲名  : ガーシュウィン/ア・フォギー・デイ (霧の日) "A Foggy Day"
演奏者 : エラ・フィッツジェラルド(vo),ネルソン・リドル編曲・指揮オーケストラ
CD番号 : VERVE/J87J 25046〜8

少し寝坊して(夕べ遅くまで起きていたから…)5時過ぎに起き出して仕事を始めようとパソコンのモニターを見たりしているところ。
ナクソスの最近の充実ぶりは凄まじいものがある。これならば、大した新録音も出さずに、名曲路線をただ走るだけのメジャー・レーベルは不必要と思うほどである。
図書館などでナクソス・ミュージック・ライブラリーを試聴できるところが大変増えてきているが、名曲、そしてメジャーな?名演奏家だけでない無名でも素晴らしい演奏家と作曲家がたくさんいることがもっと広く知られるようになれば良いなとつくづく思うところである。
今朝は霧で視界不良である。鎌倉の海岸部ならいざ知らず、このあたりはあまり霧が出ることもないので、ちょっと意外な感じで外を見ていた。こんな朝はガーシュウィンのフォギー・デイなどを聞いてみようか?朝ではなさそうだけれど…(笑)。やはりドビュッシーの前奏曲あたりにするべきだったかな…。まったまには良いだろう。
名手ネルソン・リドルの洒落た編曲で歌うのはエラ・フィッツジェラルド!!ネルソン・リドルはキリ・テ・カナワのCDのポピュラー・アルバムのアレンジもしていたっけ。でもこの1959年録音のこの三枚組のガーシュウィンのポピュラー・ソングを集めたアルバムを私は代表盤としたい。弦にヴィブラフォンを重ねたヴァース。そしてドラムが入ってリフに移ってからの弦を霧のように背景に流しながら、ホーン・セクションがスウィングさせていく。なかなか凝ったアレンジで、アメリカの一流アレンジャーがどれだけの力量を持って仕事をしているか痛感させられる。いや上手いものだ。
エラの歌を今更私が褒めてどうするんだと思うので止めておくが、やはりこんなに良い歌を歌う人ってそうそう出てくるものではないなと痛感した次第である。
霧が晴れてきた。さて、ゆるりと仕事にかかることとしよう。
by Schweizer_Musik | 2009-07-25 06:13 | CD試聴記
絶対音感について再び
ふっと見つけてしまった「志○坂×総合音楽センター」なる某サイトに「絶対音感」なる文字が躍っている…。ムラムラと怒りがこみ上げてくるが、別に私が迷惑を被っているわけではないので、ケンカを売るつもりはないが、「音楽家への道が開ける」とか「英会話が上達する」や「歌や演奏がうまくなる」などはちょっと無茶苦茶だなと思い、書いてみたくなったが、以前に書いたことを思い出しやめることにした。(興味のある人はこちらへどうぞ)
絶対音感があるかと言って、音楽家になれるなどというものではないし、絶対必要な能力というものでもない。また自分の歌う歌と音感はある程度の専門的なトレーニングをしないと連動せず、多くの楽器ではピッチが少し違う場合も多いので、演奏がうまくなることとこれは全くイコールではない。
更に「絶対音感」について語る人は滅多に相対音感について語らない。これまたおかしな話で、相対音感が必要な作曲の絶対必要要件である和声法は、無視されて終わりだ。
大体移動ドでソルフェージュを教えるのは難しいので、ほとんどの先生はやらない(やれない場合がほとんど…)。その為に、絶対音感を幼児期につけることの無かった晩学の者には音楽が極端に高いハードルとなっている。
私は移動ドであるが、固定ドでも仕事であるから歌えるようにしてある。しかし、自分の中で考える時はいつも移動ドで考える(但し調性音楽の場合のみだが…)。これは高校生になってはじめてソルフェージュのレッスンを受けるようになった晩学のせいでもあるが、更に言えばそのソルフェージュを教えて下さった早野柳三郎先生が移動ドで、レッスンも移動ドで行われたことによる。
さて、それでは大学の聴音とか大変だったでしょうと何度か言われたが、実はこれで苦労したことが一度もない。きちんと移動ドで歌うには調性判別などの瞬時の頭脳プレイが必要で、これを徹底的にトレーニングしていただいたので、音程が分かれば大体のものが判別できるのだ。(但し、無調の音楽については無理だけれど…。ただ、それが分からなくて悔しいと思ったことはない)
絶対音感を商売の種にしておられるのは、どうも理解に苦しむし、その効能書きもまやかしに近いとなると、そこで学ぶ方には気の毒だけれど、不要なとまでは言わないまでも、何に必要でどう使うかもわからないいい加減なレッスンを受けいのではと心配してしまう。
まっ、私が実害を受けたわけではないので、これについてはこのあたりで…。書き始めるとまた延々と書いてしまいそうだ…。危ない、危ない。そろそろ寝よう。
by Schweizer_Musik | 2009-07-24 23:30 | 日々の出来事
石田泰尚が弾くブラームスのヴァイオリン・ソナタ「雨の歌」
作曲者 : BRAHMS, Johannes 1833-1897 独
曲名  : ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調「雨の歌」Op.78 (1878-79)
演奏者 : 石田泰尚(vn), 諸田由里子(pf)
CD番号 : BRAAAHMS!(石田泰尚)_MUCS-1008-1〜2

言わずと知れた神奈川フィルの天才コンマスの石田泰尚のソロによるブラームスである。2009年1月27日横浜みなとみらいホールでのライブ録音である。
ピアノの音が芯をとらえていないが、石田氏のソロはとてもよくとらえている。その演奏であるが、諸田由里子氏のピアノが美しいのだけれど伴奏に徹していて、もっとヴァイオリンと絡んでいってほしい。一方、ヴァイオリンはとても良い状態で天才石田の本領発揮と評したい。ただ、表現のためとは言え、第1楽章のテンポは少し遅すぎるように思う。あくまでVivace ma non troppoであって、Andanteではないのだ。
はじめはこの遅めのテンポが少々もどかしく感じたが、次第に彼の音楽へのひたむきさに聞き惚れてしまった。この男は大変な才能の持ち主である。絶え間ない努力の末にこの演奏を生んでいるのであろう。大変な人である。
私にとってこの曲の最高の演奏は、今もアルチュール・グリュミオーとジョルギ・シェベックであり続けている。あのピアノとの息詰まる掛け合いを品位を保ち、恐ろしいほどの透徹した美しさの中に描き上げた奇跡のような演奏で、実はキーパーソンとなったのはピアノのシェベックであった。
第2楽章の冒頭のピアノのソロが平凡なのはあまりに惜しい。もっとメロディーを歌い、広がりと深さを響きの中に表現して欲しい。続く石田氏のヴァイオリンの表現が絶妙であるだけに残念だ。グリュミオーと共演するシェベックの演奏は完璧である。
ヴァイオリンに関しては、グリュミオーのように端正な演奏が私の好みではある。が、石田氏が弾くロマンチックで大きな表情で歌い上げるブラームスもまた味わい深いと思った。
第3楽章は絶品だ。おそらくこの出だしをこれほど美しく弾いたヴァイオリニストはそうはいないだろう。ここもでピアノは録音の問題もあるのかも知れないが、常に背景に存在し続ける。ミスがあるとか、下手とか言うのではない。良く弾いていると思うし、テクニックもしっかりしていると思うが、石田氏の積極的な表現に対してあまりに消極的に聞こ問題だと思う。これは録音のせいがだけではなさそうだ。
とは言え、この録音で示した石田というヴァイオリニストの存在感というかクオリティは最近聞いたこの曲の録音の中でも隔絶した高い世界にあると思う。
yurikamomeさんのご厚意により聞くことができたことを心から感謝したい。
by Schweizer_Musik | 2009-07-24 22:47 | CD試聴記
若杉 弘氏を偲んでもう一枚、ハイドンの交響曲第71番を
作曲者 : HAYDN, Franz Joseph 1732-1809 オーストリア
曲名  : 交響曲 第71番 変ロ長調 Hob.I-71 (1780?)
演奏者 : 若杉 弘指揮 南西ドイツ放送交響楽団
CD番号 : BMG(ARTE NOVA)/BVCC-6008

若杉 弘氏を偲んでもう一つ、紹介しておこうと思う。この美演をどれだけの方がご存知か知らないけれど、曲がハイドンとは言え、超がつくマイナーな存在であることが災いして、彼を偲ぶ人たちが誰も(かどうかちょっと検索をかけただけなのでわからないが…)とりあげていなさそうなので…。
このCD、実は廃盤なので手に入れにくいかも…。でも中古屋あたりで探せば意外と手に入りやすいアイテムではないかと思われなくもない…。一緒に入っている39番はあのシュナイトの指揮で絶美!なので、私のお気に入りの一枚である。
で、この71番はマイナーな曲とは言え、駄作のないハイドンらしい実に味わい深い音楽である。
最近お気に入りであるアダム・フィッシャー、あるいはアンタル・ドラティといった全集録音で私は持っているがこれらよりも数段出来が良い。あのフリッツ・ライナーの95番と101番「時計」などの録音に迫るハイドン録音の名演なのである。
第1楽章の長い序奏を彼のように優美に演奏されたなら、エステルハージー公ならずとも大満足であろう。そして続くアレグロの主部も颯爽としていながらも決して荒くならない響きの美しさ!!
第2楽章は柔らかで絶美の表情で歌い上げる。若杉氏はこんなにもハイドンが上手かったのだ…。これを聞いてからドラティの演奏を聞くとちょっとサラッとしすぎかなと思ったりする。フィッシャーの全集での演奏では表現は同質のものを感じるけれど、編成が小さいこともあって、もう少し優美な響きで聞かせて欲しいと思う。
第3楽章がちょっとリズムが重く惜しいところで、ここはフィッシャーの方が私は好みだが、逆に優美さを失わない品の良さが前面に出た感じだ。
そして終楽章!!これがなんとも良いのだ。ちょっとモーツァルトのザルツブルク・シンフォニー(K.136)に似たテーマが優美の歌い上げられ、それがフォルムを全く崩さない格調の高さと見事にバランスしているあたりは、巨匠の手腕だと言うしかない。
彼のハイドン…。どこかに録音が残っていないだろうか?
by Schweizer_Musik | 2009-07-24 21:01 | CD試聴記