チューリッヒ交響楽団創立10周年記念盤 *****(特薦)
これはチューリッヒの指揮者ダニエル・シュヴァイツァー氏から頂いたCD。彼自身の指揮による手兵チューリッヒ交響楽団の創立10年を記念したそれまでのライブ録音からセレクトしたものだという。これが出ていたことは知らなかったが、こうした一般的なレパートリーで聞くと彼らの実力の如何がよくわかるが、その素晴らしさはどうだ!!
一曲目はロッシーニの歌劇「どろぼうかささぎ」序曲だ。殊更テンポを速くしたりしないが、キビキビとしたテンポで始まったその演奏は、適度なカンタービレと豊かな表情に彩られ、全く見事だ。恣意的な解釈は一切退けられ、真っ正面から音楽を解釈したその音楽は、聞いていて大変気持ちよい。トゥッティの響きにもう少し余裕というかふくらみが欲しい部分もあるが、全体からみれば小さなことと言えよう。最後の盛り上がりはもう少しほしいと思ったが、これはこれで品格のある名演だと思う。
2曲目は、スイスの作曲家フランク・マルタンの名作「ピアノと管弦楽のためのバラード」である。1939年に書かれたこの作品は大変な力作で、20分近くかかり、フランク・マルタンの2曲あるピアノ協奏曲に先立つピアノをソロ楽器として書かれた名作である。
ピアノは津田理子さんである。
この曲にはマルタン自身が指揮して、セバスティアン・ベンダがソロを担当した録音やマティアス・バーメルト指揮ロンドン・フィルと共演したイギリスのピアニスト、ロデリック・エルムスの演奏などがあるが、どれと比較してもこの演奏はずば抜けている。冒頭から津田さんのピアノは全く美しいタッチで、実に幻想的に弾かれる。おそらくどの演奏よりもゆったりとしたテンポを選びながらも、決して緊張の糸が切れない、この演奏は、この美しい作品の最高の演奏としてもっと知られてしかるべきだ。
シュヴァイツァー氏の指揮は、名演のポウル・ミュラーの2つのシンフォニエッタの演奏でもそうだったし、どの演奏においても極端なテンポの変化を嫌う傾向にあるようだ。近年ではゲルギエフなどのように強調して個性的な演奏に仕上げることが多くある。もちろんゲルギエフの演奏をけなしているのではない。そうした行き方もあることは認めた上での話だ。彼はそうした行き方に背を向けて、テンポの大きな変化による目くらましよりも、響きを精緻に作り上げる方に向かう。したがって、Allegro agitatoもそれほどせっぱ詰まった音楽にはならない。この辺りはベンダの演奏の切迫感のある演奏の方が説得力はある。しかしエルムスの演奏は明らかにテクニックがないというか、ここをどう弾きたいのか明確でない。津田さんの演奏はコントラストを大きくつけるのではなく、逆に抑え気味の表情を湛える結果となっている。これもありあまるテクニックに支えられたものであることは言うまでもない。だから音楽の外面的な効果にたよることなく、深みというか、奥行きを感じさせる演奏となっているのだ。次第に音楽が進むに連れて、異様なほどの緊張感を感じさせるのは、むやみやたらに演奏効果を追求しない演奏姿勢のたまものと言って良いだろう。彼女のCDは全部聞いた気でいたのだが、このような名演が残されていたとは知らなかった。
録音はアナログらしく、この時期のものとしては珍しくサーフェイズ・ノイズが多いのはちょっと驚いた。1988年の録音で、ライブの会場ノイズはそれなりにあるが、テープ・ノイズが多いのは、放送局の記録用だったためではないだろうか?超名演だけに惜しい。
続いて聞いたのは、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。
第1楽章、序奏は私の知っている録音の中で最も遅い演奏。と言っても十種類ほどではあるが・・・。冒頭、ややカラヤンなどに比べて木管に比重を置いた響きを作っていて、私はちょっと焦点が合っていないように感じたものの、それはほんのしばらくで、すぐに彼の指揮の素晴らしさのとりことなってしまった。
これは声を大にして言いたい名演だと思う。遅いテンポはトーンハレの響きを感じて彼が選んだものに違いない。恣意的なものなど微塵もなく、音楽は豊かにふくらんでいく。
Allegro un poco agitatoに入って、動きが音楽に加わるが、重苦しい北国のファンタジーでなく、柔らかで明るいスイスの春を感じさせる。
展開部も殊更に細部を強調するのではなく、サウンドが美しくまとめられ、ほとんど伸び縮みしないテンポの中で音楽を大きくとらえて聞かせる彼の本領が発揮されている。再現部の後、コーダに入ると一時Assai animatoとなるのだが、ここでも極端にあおるようなことはしない。あおりすぎると序奏の回想がしらけてしまうのだが、これをうまくフォローしている。
オーケストラも美しいサウンドでこれに応えており、この演奏を聞いてチューリッヒ交響楽団を若い田舎のオケなどと揶揄できる者など一人もいないだろう。
第2楽章Vivace non troppoは、オットー・クレンペラーのように極端なものはともかく、あまり急ぎすぎない快調なテンポになっているが、金管などがちょっとモゴモゴしてしまっている面もある。しかし、木管の彩りが美しく決まっていて、全体としては些細なことに思う。このモゴモゴした金管は録音の問題かも知れない。
第3楽章Adagioは、実に美しいカンタービレを聞くことができる。この楽章などはオットー・クレンペラーの大きな表情の演奏と比べると更にフレーズをもっと大きな表情で描いても良かったかもしれない。聞き比べるとこの辺りはやや物足りない部分もある。
但し、これはクレンペラーの超名演と比較しての話。第2楽章などはクレンペラーは私にはあまりに遅く、ついていけないが、この楽章の凄さ(バイエルン放送交響楽団とのライブ=EMI盤)はもう神懸かりとしか言いようがない。手持ちの他の演奏と比べるならば、世評の高いミュンシュはこの楽章はやる気なさそうで、サッサとやっつけた感じであまりに物足りないし、カラヤンは上手くまとめている感じで、ペーター・マークの3つの演奏では、最初のロンドン響のものが見つからなかったので未確認だが、ベルン交響楽団やマドリッド交響楽団との2つの演奏はとてもよく似ていて、ベルン交響楽団の方が明らかにオケの実力は上で、よくまとまっているが、冒頭から人の心をわしづかみにするような、大きな表情を持ってきたりしていない。クレンペラーは何か全く違う次元にこの曲をしてしまったようだ。アバドのこの曲の全集での録音はどこを聞いても冴えない。リズムも不正確だったりで、散々。
スイスに住んでいたワインガルトナーの演奏はミュンシュと同じ印象。
第4楽章は冒頭少しアンサンブルが乱れ気味で惜しい。ライブならではの乱れだが、その後すぐに立て直して焦点がすぐに合ってくると、音楽は大きな説得力を持つ。残響の長いホールに反応しすぎて、逆にアンサンブルが乱れてしまったように思われるが、その後の演奏はそれを埋め合わせるだけの魅力を持っている。ミュンシュのような活力のある終楽章も良いが、カラヤンのように細かく表情を作って、サラリと速いテンポで行かれると、何だか嫌みに感じてしまうが、チューリッヒ交響楽団の力強い演奏は私には大変魅力的だった。
全体にはライブ特有の問題や、アナログ録音である点など、いくつかマイナス点も見いだせようが、トータルすればかけがえのない名演が揃っていて、1981年創立のこのオーケストラが、スイス・ロマンド管弦楽団の名コンサート・マスター、ツィマンスキー氏を迎え、シュヴァイツァー氏らの指揮の下、急速に世界に通用する力をつけていったことを示している。
先日、彼らの定期公演をチューリッヒ・トーンハレで聞いてきたが、あの名ホールを本拠とする、チューリッヒのもう一つの名オーケストラとして、私は彼らを高く評価している。よっとこのCDも当然*****(特薦)とする。

チューリッヒ交響楽団創立10周年記念盤/Jecklin/JS-285-2
by Schweizer_Musik | 2005-03-27 05:38 | CD試聴記
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