ボベスコの来日時のライブ録音からブラームスの「雨の歌」を聞く
作曲者 : BRAHMS, Johannes 1833-1897 独
曲名  : ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調「雨の歌」Op.78 (1878-79)
演奏者 : ローラ・ボベスコ(vn), 岩埼 淑(pf)
CD番号 : TDK/TDK-OC011

医者に行ってから、帰って食事を摂ってから少し疲れが出て、寝ていた。今日は休息日となってしまった。明日は書かないと…。
鎌倉に帰ってから聞くのはほとんどカナダの若いバイオリニスト、ジェイムズ・エーネスのものばかり。と言ってもCDで言えば6〜7枚程度聞いただけだが、確かに評判通りの名手であると思った。
ジュリアード出身で、どうも私好みではないのだけれど、これが今の時代には主流であることは間違いない。しかし、私はどうもみんなが同じ演奏をしているように感じてしまい、多様性が失われていくことへの危機感を感じてしまう。
その点、このボベスコの演奏するブラームスのなんと豊かなことか。ジュリアード出身のこの若手の方がよくバイオリンが鳴っているし、素人目にも良いと思うが、これが正しいと言われれば「否!」と言いたいのである。
バッハの「無伴奏」やパガニーニのカプリースなど、本当に上手い。そんな時、大阪のタワー・レコードで買ってきたこのライブを聞いて天啓のように思った。これだ!私の好きなグリュミオーやシェリングに繋がる何かがここにはあるように思った。
音楽におけるある種の伝統はかなりローカルなアイデンティティーに近いもののように思う。それをインターナショナルな尺度で型にはめてしまえば、つまらなくなるに決まっている。もともと音楽がローカルな地方文化に属しているからである。様々な表現があって良い。それぞれの個性が主張する中で新しい感動が生まれるのである。でもそれが一つに収斂されていくとしたら、衰退に向かう道ではないかと思うのだ。
エーネスが悪いわけではない。彼は大変才能豊かな人だし、美しい、そして素直で筋の良いテンペラメントを持っている。しかし、ボベスコの高貴さ、艶やかさとは比べるべくもない…。ああそれは彼に対してただ無い物ねだりをしているだけなのかも知れないし、ボベスコと同じことをエーネスがやらなくてはならないというのもまた無茶な話である。
それぞれの個性が花開き、それぞれの表現するバッハを、ブラームスを私たちは楽しめれば良いのだ。しかしこのボベスコの耳に心地よい音の美しいことと言ったらどうだろう!!最近のヴァイオリニストは大きな、よく飛ぶ(よく聞こえる)音を目指しすぎるのではないだろうか?協奏曲などをやるのならそれで良いのだけれど、こうしたデュオではもっと暖かな語らいのような世界が欲しいと思うのだ。
ピアニストとヴァイオリニストが静かに会話を交わすかのような雰囲気は、最近の演奏からはなかなか聞かれないもののように思う。そう言えば、先日われらが町のオケである神奈川フィルの天才コンマス石田氏のブラームスをyurikamomeさんのご厚意で聞かせていただいたが、あれも本当に美しい演奏だった。ピアニストに少し私は注文があったけれど、よく健闘していた。
その点、この岩埼 淑女史のピアノはまさにベテランの自在なアンサンブル力で、艶やかに歌うボベスコをまことにうまく支えている。時にテンポが上滑りしたりしても、ピアニストがうまく受け止めているので音楽は崩れず感興を深くしてくれるのだ。
こんな演奏をライブで聴けた幸せな人たちがいるとは、何と羨ましい!!
by Schweizer_Musik | 2010-01-04 21:02 | CD試聴記
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