明日から学校…
明日の早朝に家を出て、東京に帰る。明日から学校である。そのまま学校でレッスンをしてから帰る予定。なので、色々と送ってもらうこととして、私は身軽に出かけることとする。何と言っても1時間ほどの徒歩がまずあるので…。
今回の帰阪は、松村君と飲んだだけでなく、神戸フィルの福富さんとの再開、恩師との再会などもあり、充実した日々となった。もちろんわずかであるが、停滞していた作曲も少し進んだ。嬉しいことだ。
福富さんは、広島に今でも時々行っているそうだ。と言ってもヤマハでは私が居なくなってバッタリ仕事は無くなったそうだが、広響のエキストラで時々行ったり、トリオで演奏会をしたりとしているそうだ。
私がヤマハにいた頃は、彼は私のお気に入りのヴァイオリニストだったし、彼に教えられることは大きかった。そして私のヤマハ時代であの頃が最高に充実していた。一緒に仕事をしてくれた人、させてくれた人には今も感謝している。先年、広島時代の同僚であった職員のKさんが組織変更についていけず退職されてと聞いた時、私もあのまま広島にいたとしたら、そのまま楽しいままで変われずにいて大変なことになっていたかも知れないと思い始めている。
東京に転勤した時は、とてもつまらない仕事ばかりで腐ってしたけれど、それも思い起こせば現在に至なるための大切なプロセスだったのだ。
福富さんは「よく思い切ったね」と言われたけれど、それはよく私も思うことである。しかしヤマハでゆるゆると暮らしていたら、音楽との生活は諦めなくてはならなかっただろう。私にはとてもそんなことは出来なかった。生徒募集や退会防止、進級率がどうの、講師にグレードをとらせろとか、あの頃こういう仕事もしたけれど、全く関心が持てなかった。見下していたとかそういうことでなく、自分の仕事ではないような気が常にしていたのだ。
あの頃が最後の私にとっての転機だったのだろう。10年経ってみて、改めてその事の重さに気がついた。それを逃していたら、何も出来ないまま、同じことを悶々として過ごすだけだったのだろう。
そういう人も何人も見てきたし、辞めた人、諦めた人、色々だった…。
この季節、ちょうど退職したのがこの春から初夏へと移る季節であった。何度も退職届を出した日の事を思い返すが、やはり私の決断は私自身にとって正しかったと思う。自死した友人のこともふと瞼に浮かんでは消える。そうした時代だったのだろう。
by Schweizer_Musik | 2010-05-05 22:36 | 日々の出来事
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