モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークをスウィトナー指揮N響で聞く
作曲者 : MOZART, Wolfgang Amadeus 1756-1791 オーストリア
曲名  : セレナード ト長調「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」K.525 (1787)
演奏者 : オトマール・スウィトナー指揮 NHK交響楽団
CD番号 : KING/KICC-3078



1974年3月15日録音。こういう演奏を聞くと、かつて音楽少年だった頃にふと戻った気になる。教育テレビで見ていたスウィトナーの演奏である。隅々まで彼のノーブルで豊かな音楽に溢れている。
私はピリオド系の傍若無人な演奏を散々聞かされ(無論その中には本当に真摯で美しいものもあったけれど)、そうしたものが嫌いなのでこの演奏で聞くモーツァルトに心から安心感を得るのだ。
思えば、ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルのモノラル盤でこの曲に接してから(「ミラベルの庭園にて」というタイトルのレコードだった…)この曲の美しさに惹かれ続けている。聞き飽きたということもなく、これほどのポピュラー名曲でありながら、よく聞いている。
当に奇跡のようなスコアだ。何度見てもその美しさ、無駄のなさ、そして全てのバートから音楽の喜びが溢れている。こんなスコアを書けるようになりたいものだ。
1度でもモーツァルトを合奏で弾いた人は知っているのだけれど、どんなパートでもモーツァルトの音楽は気持ちいいのである。裏にまわる伴奏の刻みにしても、気持ちが良い。こんなスコアなんてそう誰でもが書けるものではない。神の手が書いているというべきものだ。私のような凡人はただただひたすら頭を垂れるのみである。
それを、深い敬意と愛情で包み込むようなスウィトナーが指揮している。当時のN響のメンバーが必死にそれについて行っているのが私には大変好ましい。
スウィトナーにはこれ以前にドレスデン・シュターツカペレとPHILIPSに録音していて、これがとびきりの名演だっただけに、このN響の演奏は響きの重さなどを感じて、今ひとつのところもなくはない。…が、我が国のオーケストラがこの水準の演奏をしていたことに、私は自分のことではないけれど、ちょっとうれしく思ってしまった。
彼が亡くなってもう2年近く経ってしまった。1990年頃から指揮から引退してしまったけれど、彼の演奏を愛する気持ちは今も変わらない。
名曲だけにブルーノ・ワルターをはじめ名演は数知れず…。しかし、このスウィトナーの録音が特別なのは、あの頃、スウィトナーの演奏を聞いていた全ての人たちに共通のものなのではないだろうか?久しぶりに彼のアイネ・クライネを聞いて、ドレスデンでの演奏も取り出して今聞いているところ。
続けて聞くとさすがにやや聞き劣りするけれど、今だったら…どうだろうか?そんなことも思った。

写真はツィナールで撮った花の写真。ゲンチアナ・カンペストゥリスという花ではないかと思うけれど、私が花の名前を語るのは「騙る」に近いものがあるので、決して信用されないように…。でもきれいでしょ?
c0042908_1183290.jpg

by Schweizer_Musik | 2011-10-30 11:08 | CD試聴記
<< ゴセックのガヴォット モーツァルトのピアノ四重奏曲第... >>