ラヴェルとショーソンのピアノ・トリオ *****(特薦)
1983年の録音。ラヴェルとショーソンの名作を二曲録音したもの。
ラヴェルの作品のなんともロマンチックな演奏。イヴォン・カラシリ(vn),クラウス・ハイツ(vc),アンリ・バルダ(pf)の三名による1972年録音の演奏(ラヴェル室内楽全集の中におさめられている)などに比べるとずっと大人の演奏である。
若き日のナヴァラが参加した1941年のダンテ盤(DANTE/LYS380〜381)は演奏は理想的なのだが音が悪いというか盛大なノイズの彼方の音を聞く趣である。ダヴィド・オイストラフ(vn),スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキー(vc),レフ・オボーリン(pf)の3人の録音は目覚ましいものだが、1952年のモスクワ録音でノイズが気になるが、ナヴァラの盤ほどではなく、とりあえずこの演奏で我慢をしておこうかというところだった。(演奏そのものは最高級のものであるが、録音が・・・)
CDが売り出されて最初期に出たボザール・トリオ(メナヘム・プレスラー(pf),イシドーア・コーエン(vn),バーナード・グリーンハウス(vc))の演奏はそれこそ素晴らしいもので、決定盤とおもわれたものだ。しかし、意外にも彼らの評価はこの頃低く、あまり話題にならなかったのは不思議だった。常設のトリオとして目覚ましい活躍をしていた彼らが認められるようになるのは二十一世紀の声を聞くようになった九十年代後半になってからだった。
その彼らのラヴェルは決定盤と言ってよいだろう。ロマンチックに過ぎるかもしれない。歌い回しだけでなくテンポの動きもロマン派的であり、ラヴェルの演奏にしては少し感情移入が大きすぎるところもある。ヴァイオリンのコーエンはがんばっているものの、ダヴィド・オイストラフとでは勝負にならない。線が細いのだ。しかし、アンサンブルのヴァイオリンとしてはなかなか美しい。逆に3人のバランスということでいけばボザール・トリオの演奏は大変よくまとまったもので、満足のいくものである。チェロの名手グリーンハウス(確か彼だけが創設以来のメンバーではなかったか?)のアンサンブルを知り尽くしたベースの支えで、大変見事なまとまりで、これは推薦できる。
第1楽章のModereはいかにもラヴェルの作品らしい旋法をうまく使い、柔らかな抒情を湛えた音楽。第2楽章はパントマイム。実に技巧的な作品で、ラヴェル以外に絶対に書けそうもない音楽。これでパントマイムをやっているのを見たことはないが、忙しない劇となろう。音楽は明らかにスケルツォである。ボザールの緊密なアンサンブルはこうした楽章で威力を発揮する。オイストラフ・トリオの演奏は少しゆったりとしたテンポを選んでいて、それによって音楽の構造がよく聞き取れるのだが、スケルツァンドな性格は少し薄められてしまう。
第3楽章のパッサカリアは緩徐楽章の役割を担っているが、クープランの墓のなかのフーガのように対位法の時代の古い楽式によるものであるが、彼の作品中最も重く深刻な音楽ではないだろうか。第一次世界大戦中に書かれたということも影響しているのかも知れない。深く心に傷を負った者だけが書ける音楽だ。コーダ近くで弱音器をつけたチェロのメロディーの寂しげなこと!サラリと歌い上げて深い情感を聞く者に残すグリーンハウスのチェロは見事。プレスナーのピアノは名演だ。
終楽章は一転していつものラヴェル節が炸裂するのだが、ピアノ・トリオなのに協奏曲か管弦楽の作品を聞いているかのような充実したサウンドは、もう脱帽だ。ボザール・トリオの演奏は全く不足はない。
この演奏はユニバーサルから2000年にパノラマ・シリーズのラヴェル作品集としてこれだけが再発された。

引き続いてショーソンのトリオを聞く。
第1楽章の序奏でチェロのソロが出てくるところでのテンポとリズムの取り方がかなり古風で驚かされた。一拍目を重くとって拍子感を際だたせるもので、ケンプなどの演奏に聞くことができる。したがって今日の感覚からすると少しルバート気味に聞こえる。和声的にはショーソンがこの時代の音楽家としては当然なのかも知れないが、ワーグナーの強い影響下にいたことを感じさせるものだ。
主部に入ってテンポが速くなってからもそうした近代的な響きは随所で聞かれるが、基本的にはロマン派の音楽からそう踏み出したものではない。堅牢なソナタ形式で書かれ、テーマのちょっとしたハーモニーに時代を感じさせるとは言え、なかなかに魅力的である。ボザールの演奏はショーソンのいささか屈折したロマンチックな音楽を見事に表現したもので、素晴らしい。この曲があまり演奏されないのは一体どうしてだろう?
第2楽章はスケルツォだ。リズム的にとても面白い工夫があり、転調もなかなかに発明があり、これまたうまく出来た音楽だ。トリオで伸びやかなメロディーが出現するが、ボザールの演奏は全く素晴らしく、私は至極満足させられた。
しかし、全曲の中ではこの楽章の印象が少し地味な感じが否めないのは事実だ。それは発想とショーソン自身のもっているものとの開離にあるように思われる。彼はスケルツァンドな音楽よりも歌い上げるタイプの音楽により合っていたのではないか。どうもそんな印象が強く残る。だから続く第3楽章のずっしり来る音楽にこそ、ショーソンの最良の音楽を聞くことができるのだ。
第3楽章は若いショーソンが思いの丈を存分に歌い上げた音楽。「詩曲」はこうした音楽が発展して行く中が生まれた奇蹟のような音楽なのだ。その原点に触れるような貴重な瞬間がそこかしこに聞かれる。ボザールの美しい演奏には全く不満を言う気持ちにならない。ラヴェル以上に彼らの性格に合っているように思われる。
終楽章はもう少し軽やかでもいいのではないだろうか?軽やかな楽想にアルペジオのピアノを配するあたりショーソンだ。ノーテンキに弾んでいられないのがショーソンであるとすれば、この演奏は全くショーソンの意図をよく汲んだものと言えよう。アーティキュレーションにプレスラーのセンスの良さを感じさせる。彼はなかなかにテクニシャンである。この楽章のピアノ・パートは弾くのは相当の技量を要求されたはずだが、サラリとこなすのはさすがだ。しかしピアノが要とは言え、三者が一体となっての盛り上がりは凄まじく、ボザール・トリオがこうしたロマンチックな音楽に対して、素晴らしい適合性を聞かせることの好例としてアレンスキーなどの名演とともにこの曲の演奏もあげることができよう。名演である。
このCDは1994年頃、PHCP-3841として再発されているが、今も手に入るのかどうかは私はしらない。再発されていないとすれば、実に残念なことだ。見つけられたらぜひ手にとって聞いてみられることをお薦めしたい。

PHILIPS/35CD-136
by Schweizer_Musik | 2005-05-28 08:05 | CD試聴記
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