マーラーの交響曲第五番のトランペット
マーラーという人は、常にベートーヴェンを意識していたと思うのだが、この曲はそうした傾向が顕著で、その方向から考えてみるのも面白いのではないだろうか。
この第5番は明らかにベートーヴェンの所謂「運命」を意識して書かれている。冒頭の主題からしてそれを連想せずにはおかれない。トランペットの三連符はあきらかに「運命」の動機だ。そしてそれが逆転している。「運命」の動機は三度下降するのだが、この曲では三度上昇するのだ。そして調性。ハ短調よりも響きが軽く、より幻想的な響きを持つ嬰ハ短調をマーラーは選んでいる。
嬰ハ短調の冒頭のトランペットのファンファーレは「運命」の動機だとしたら、ベートーヴェンは弦楽合奏と木管のユニゾンだったのに対して、マーラーはトランペット一本でやらせる。トランペット奏者はこの冒頭がとてもプレッシャーなのだそうだ。それに鳴りにくいシャープ系だ。これがハ短調だったら輝かしくやるのは簡単だ。しかし変ロ調のトランペットなのだ。かなり意識してやらなければ、くすんだような音色になってしまう。輝かしい音で、鋭く始まりたいなどと指揮者が言えば応えなくてはならない。何しろ「軍楽隊のファンファーレのように吹け」とマーラーは指示しているのだ。
ベートーヴェンの運命は合奏で始まるが、こちらはたった一本だ。ピッチがうわずったら後で入ってくる弦楽によって自分のピッチの悪さがわかってしまうし(ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の開始を思い出して欲しい。あれをティンパニー奏者が嫌がるのがわかる気がする)。
しかし、マーラーではトランペットがとんでもなく重要な役割を果たす場合が意外に多いことに気がつく。まぁ、その中の代表格がこの曲だろう。

ところで、弦が出てきて、悲しげなテーマが出てくるとこのゼクエンツの仕方が、ベートーヴェンの「運命」と同じことに気がつくと、上のマーラーがベートーヴェンを意識していたのではという疑念が一気に真実味を帯びてくるのだ。
by Schweizer_Musik | 2005-06-06 15:35 | 授業のための覚え書き
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