日本作曲家選輯 _ 山田耕筰 ****(推薦)
山田耕筰の音楽である。それも交響作品だ。
序曲 ニ長調は1912年にベルリンで書かれた。日本人による初の管弦楽作品だという。片山氏の詳細な解説には助かる。彼の博識ぶりは凄いものだと思う。この解説故にこのCDを買われることをお薦めしたいほどだ。ただ内容もなかなかに意義深く、また良いものであるので私は聞き始めてすぐにこれは紹介せねばと思った次第。
1912年と言えば、ドビュッシーが晩年の傑作を書き始めていたし、シェーンベルクはすでに傑作「ピエロ・リュネール」を書き上げていた時代だ。その頃に書かれたロマン派前期のような管弦楽作品にどれほどの価値があるのかと言われてしまいそうな作品だ。だが、彼は我が国の最初の交響作家なのだ。東京芸大に作曲学科ができたのは1930年になってから。それまでは西洋の音楽を演奏できれば良しとされていたのだ。そんな時代に、没落した武士の家に生まれ、貧しい中から芸大の声楽科に入り(それくらいしか彼が行く学校はなかった)まだ音楽をやる人間に対する差別が残っていた時代(河原乞食などとさげすまれた時代が長く続いたのだから仕方ないと言えばそうなのだが)、武士という誇り高い?家系から音楽を生業とする者が出るというのは、大変な時代だった。そしてそれがようやく念願かなった頃には彼はもう成人していたのだ。
こうして山田耕筰はベルリンへと留学する。彼はベルリンで猛勉強をしたようだ。遅れを取り戻すためにもの凄い勉強の量だったと思われる。その成果がこの交響作品なのだ。彼以前に、西洋の音楽を作って演奏させようとした者がいなかったとは言わないまでも、本格的なオーケストラの作品はなかったのだ。だから、彼こそが今日の我が国のオーケストラ音楽の基礎を作ったと言ってよいのだ。
生前の山田耕筰は指揮者としても知られていた。彼は1913年に留学先のベルリンから一時帰国する。すぐに戻るつもりであったことは間違いない。彼はオーケストラも何もない当時の日本で生きる気など毛頭なかったのだ。すでに彼の初めてのオペラの上演もベルリンで決まっていた。しかし彼は結局ベルリンには戻らなかった。なぜなら第一次世界大戦が1914年に始まってしまったからだ。
東京で、彼はオーケストラを組織し、その育成をし、作品を演奏するしかなかった。宮内庁の楽師などを集めてなんとかオーケストラを作って演奏会をする。そしてこの気骨ある明治人は日本にオーケストラを根付かせていったのだ。
彼の交響作品が意外に知られていないのは1948年に脳溢血で倒れ半身不随になってから、小さな歌曲などの他はほとんど作曲していないことによるのではないか。しかし、彼の弟子である團伊玖麿をはじめ、その業績を引き継いで世界に羽ばたいていった作曲家たちは数多くいることも忘れてはならないだろう。
さて、この序曲ニ長調だ。後期ロマン派の響きも部分的に聞かれるとは言え、基本的にはシューベルトのオーケストラ作品の優れた習作といったところだ。これを山田耕筰の作品でなく、最近どこかの修道院から発見されたシューベルトのオーケストラ作品だというふれこみで、多くの人がだまされることは間違いない。それほどよく書けている。彼が留学したのは1910年。そして二年。山田耕筰がどれほど勉強したか、よくわかる。
そして日本人による最初の交響曲である交響曲 ヘ長調「かちどきと平和」である。すでにロマン派の中期に彼は至っている。メンデルスゾーン風と言っても良いかも知れない。
しかし、どの主題も伸びやかで屈託がない。彼が生まれる時代を違えて、1800年頃に生まれてドイツで作曲家になっていたとしたら、本当にどうだったろう。このメロディー・センスの良さは手放しで素晴らしいとしか言いようがない。全4楽章の本格的な交響曲で、二十世紀に書かれた多くの傑作と比べるのは無意味であり、この音楽の意義とその魅力を見誤るだけのことだ。
演奏をしている湯浅卓雄指揮アルスター管弦楽団は、馴染みのないこの音楽を見事に演奏してくれている。細部まで行き届いた演奏で、極めて優れた演奏だ。この曲は昔、レコードで何度か聞いているが、その時の演奏のかすかな記憶からしても、この演奏の優秀さは間違いないものと思われる。
続いて1913年に書かれた交響詩「暗い扉」である。三木露風の詩に基づいて書かれた交響詩で、この一年が山田耕筰はロマン派の後期にまで一気に進化している。冒頭はまるでパルシファルではないか!半音階的な動きが特徴をなし、ゆったりとした流れが深いロマンの香りを醸し出している。そしていきなりテンポをあげて打楽器が鳴り響き、金管楽器が咆哮する。と思ったらいきなり静寂につつまれる。なんとも不思議な世界である。これが繰り返されていくのだが、それはスケルツァンドなものから、ダークなイメージを強調したものまで様々である。多少、私には散文的すぎて今ひとつと言った印象である。
テンポと曲調の変化が激烈すぎて、前後の流れが唐突に聞こえてしまうのが惜しいと思う。
ただここに表現された、濃厚な後期ロマン派の香りは、この頃、山田耕筰がいかに進歩していったかがうかがえるものだ。そしてそれは、我が国の作曲の進歩でもあった。
続く交響詩「曼陀羅の華」は、よりまとまっていて作曲法の進歩は著しいものがある。東洋的な題材をもとに世紀末のヨーロッパの半音階主義を若い作曲家がどんどん吸収していった様がここでもうかがわれて、大変興味深い。
一曲目をのぞいて、アルスター管弦楽団が演奏しているが、湯浅卓雄の指揮とともに、素晴らしい成果をあげている。丁寧でまた適度なロマンを感じさせるその演奏は、大変清々しく、これらの曲との幸福な出会いとなった。多くの人に薦めたい。

山田耕筰 : 交響曲「かちどきと平和」他/NAXOS/8.555350J
by Schweizer_Musik | 2005-06-12 13:12 | CD試聴記
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