絶対音感?
朝からフランス・ブリュッヘンの指揮するモーツァルトのト短調交響曲を聞いていました。良い演奏です。奏者たちがよく集中してアンサンブルしていることがよくわかります。第2版のクラリネット版によっています。
ピリオド楽器による演奏ですので、ピッチもずいぶん低いものです。
ところで、時々耳にするのですが、「絶対音感」なの言葉・・・。あれ持ってるとこの演奏はできないでしょうねぇ。調律がまず平均率ではないようですし、ピッチが違うのですから・・・。
弦楽器にはスコルダトゥーラという技法があります。scordatura・・・訳すと「調子はずれ」です。これは調弦を変えて演奏する方法であります。こんなこと言うと「現代音楽でやっている変な音だすやつ?」て言われそうなのですか、そんなことはありません。ハイドンが交響曲の中でやっていますし、リヒャルト・シュトラウスの「ドン・キホーテ」のヴィオラ・パートにもあります。サン=サーンスの「死と舞踏」やマーラーの交響曲第4番の第2楽章のソロ・バイオリンもそうです。
で、言いたかったのは、カラヤン指揮ベルリン・フィルの「トン・キホーテ」の演奏(ピエール・フルニエが独奏をしたものです)でビオラ・パートのスコルダトゥーラで当時のベルリン・フィルの首席奏者のカッポーネが音を外しかけているいるのでもわかるのではないでしょうか。

絶対音感で1ヘルツの違いでも気になるという人は、逆に音楽を聞くのはちょっと大変でしょうね。完全にA=440で調整されたオーケストラなんてありませんから。それに曲が進むに連れて少しずつピッチが上がっていくこともありますし・・・。でも完全でなければ、あるいは少しずれた音でも大丈夫な人はいいのかもしれません・・・。
ピアノと合わせる時は、ピアノのピッチに合わせるのですが、このピアノだって、A=440とは限らないから難しいですね。
当然、ピアノに合わせたピッチで演奏するのですが、そんな微妙なピッチの違いがわかると細かなズレが気になって音楽が聞けないことでしょうね。ああ良かった絶対音感なんてなくって・・・。

ちなみに、絶対音感は三歳から四歳くらいの人間の耳が成長する時期に、ちゃんとしたトレーニングをうけるとそうした音感は出来ます。しかし、トレーニングする楽器がピアノだったら当然平均率になりますし、そのピアノの調律が正確であればという前提があっての話です。
あれは鍵盤という具体的なものと音高を結びつけることで音感ができるという考え方であり、鍵盤ソルフェージュという新語がその世界で一人歩きしています(私がかつて奉職していたY社の音楽教室)が、世界的にはソルフェージュという音名で歌うということと、鍵盤奏を結びつける言葉は一般化しているとは言えないようです。
とは言え、絶対音感がつきますという勧誘の言葉は大きな影響力を持つようです。その音楽教室の仕事で私は作曲の指導をしていましたが、Y社の音楽教室では鍵盤を使ってキーボード・ハーモニーを教え、またフレーズをまねして歌わせることでメロディーのセンテンスを自然の憶えるから作曲が出来るようになるのです。
絶対音感がある(多くは記憶力が良く、頭が良い)子どもたちが、優れた曲を作り、また良く練習もするので良い演奏もするということに繋がるのです。それは結果であり、絶対音感があるから作曲ができたのではないということです。

音楽って音高だけで成立しているのではありません。ご存知ですか?音楽の三要素。メロディー、ハーモニー、リズム。これらの中で音高が占める部分は小さくはないとは言え、絶対的なものとは言えないでしょうし、相対音感で代用できないのはどの部分なのでしょう?

しかし、絶対音感があれば作曲できるっていう「神話」というか「迷信」はもう酷いものです。音感は作曲の道具であります。ということは道具だけあっても使えることにはならないのです。当たり前ですよね。大工道具を持っていれば家を建てられるというのとは違いますよね。当然その道具を使って訓練されて、勉強して、はじめて家が建てられるのです。
音楽も同じです。で、更に言えば、「絶対音感」は絶対に必要な道具ではありません。和声は調性に依存する移動ドの世界ですから、相対音感の方が理解しやすいはずです。調性による色彩感については、相対音感の私が述べる権利はありませんので、やめておきましょう。しかし、絶対音感のある人しか感じられないものであるというのなら、一般的な音楽にどれだけ重要なファクターなのでしょうか?
私もこの点で不安にかられることはあります。
by Schweizer_Musik | 2005-07-03 09:06 | 音楽時事
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