この曲は、1909年から1915年にかけて作られた作品です。20代のバルトークが書いたもので、友人のセーケイのヴァイオリンとピアノのための編曲をはじめ、1917年に自身によって小管弦楽のために編曲している他、イ・ムジチ合奏団が演奏している弦楽合奏版やイギリスのオルガニスト、ヘーリックによるオルガン版まであるほどの人気作品です。
六曲の小さな小品の組曲ですが、全曲が民族的な素材(リズムとモード)によっています。モードとは旋法のことで、古い教会旋法と同じものです。もちろん使い方はグレゴリオ聖歌などとは違いますが・・・。 第1曲 棒踊り Danse au bâton 上行と下降で音階が少しだけ異なりますが、基本的にはA音を基音とするドリア旋法と言うべきでしょう。 テーマは簡単な上のスケールを上下するだけです。次にそのテーマを示しておきます。 終止が長三和音になっているのが特徴です。ラヴェルもドリア旋法でよく使った終止でもあります。ピカルディーの終止とも言われるものですが、教会旋法風の特徴が出ています。 このテーマが二度演奏されると後半に移ります。 後半のメロディーは次に示すもので、同じ旋法によっているものと考えられます。 大きく異なるのは、前半のメロディーに対して音域が広がったこと。そして半終止してメロディーを繰り返す16小節の構造を、伴奏を変えてもう一度繰り返す構造になっていることです。もう少し簡単に言えば、少しずつ変えて四回演奏される構造となっていることです。 次にその始まりだけをあげておきます。毎回、少しずつ変化する伴奏に注目しておきましょう。ただ同じものを写しただけでは良い物はできないのです! 第2曲 飾り帯の踊り Brâul この曲に使われているのはドリア旋法です。次にそのスケールをあげておきます。 この旋法は一曲目と同じです。しかし、音楽は伴奏の音形が決まり、荘重な雰囲気を持っていた第一曲に対して、ルバート気味ではありますが、少し軽快さと動きが出てきたのではないでしょうか。 リズミックに感じられるのは、伴奏によるのでしょうが、スタッカートの多用が軽快さを醸し出しているものと思われます。 第3曲 足踏み踊り Le batteur de grain この曲の音階は実に特徴的ですね。セーケイのヴァイオリン編曲では全曲を4度上を軽く抑えて人工的に作り出すハーモニクス奏法を使うように編曲されていましたが、この特徴ある音階は次のようなものです。 H音を基音とするドリア旋法の第4音を半音上げて、一カ所増音程を作ってあるのが特徴です。民族的な雰囲気が醸し出されています。これがルーマニアの民族音楽の何にあたるのかは知りませんが、とても印象的です。 この旋法に対してH音が保続されてオスティナート風の伴奏がつけられて、この印象的な音楽ができています。 第4曲 ブチュムの踊り(ホーンパイプ踊り)Danse de Bucsumi ブチュムというのはアルペン・ホルンのような楽器のことだそうです。音階は第三曲と似た増音程を含む民族的なもので出来ています。まずその音階をあげておきます。 C音だけがCis音になったりと少し流動的ではありますが、Cis音とB音の増音程が民族的な雰囲気を醸し出しています。 この曲は小節をまたぐタイが象徴するように、縦のキチッキチッとした動きではなく、長いフレーズで流れるような音楽になっています。少しエレジー風にも私には聞こえます。 A音の保続の前半と、B音を中心としたベースの後半というように分かれます。前半のメロディーが二回、後半のメロディーも二回繰り返されます。いずれも同じ終止を持っているあたりが、民俗的な舞曲らしいところです。 第5曲 ルーマニア風ポルカ Polka roumaine この曲はD音を基音とするリディア旋法のメロディーと、G音を基音とするリディアの組み合わせられた音楽を、ただオクターブ下げて、伴奏を少し変えて繰り返しただけで出来ています。 二つのリディアをあげておきましょう。 テンポ・アップして、第4曲と性格が大きく対比し、リズミックでとても軽快です。 装飾音符が伴うスタッカートでのテーマです。第4曲がゆったりとしたテンポで、レガート気味の音楽だったのとは対照的ですね。 アクセントも多用されています。 第6曲 速い踊り Danse rapide この作品は、前半と後半の二つの部分に大きく分かれています。 まず前半のAllegroは「ハン」と呼ばれる部分です。 前曲と異なるメロディーをほとんど同じ構造に当てはめた、一種の第5曲のエコーのような作品です。D音を基音とするリディア旋法のメロディーとG音を基音とする同じメロディーを組み合わせただけのメロディーを繰り返しただけです。 このメロディーはハーモニーを変えて繰り返しているのですが、このように繰り返しで前と同じハーモニー、伴奏音形というのは、徹底して拒否することで、民族的な即興性が表現されていると思われますし、機械的な音楽でなく、常に更新しつづけるという近代的な作曲態度が現れているというのは、ちょっと言い過ぎなのでしょうか? そして後半、第6曲の心臓部であり、全曲のフィナーレ、「ルーマ」と呼ばれている部分です。 このメロディーはC音を基音とするリディア旋法でできています。そしてこの後、C音を基音とするミクソリディア旋法のメロディーが組み合わされます。 そして再びC音を基音とするリディア旋法のメロディーが現れるのですが、ここで伴奏部だけはA音を基音とする別の調性へと移っています。即ち、一時的に二つの調性が右手と左手に現れるのです。 こうした複調音楽、あるいは多調性音楽はミヨーがはじめたことになっていますが、実はこの頃、ストラヴィンスキーなど、色々な作曲家たちの作品の中に聞くことができます。まぁ、多調性を目的としたのはミヨーが最初だったかも知れませんが・・・。 この傾向は終わりに近づくほど際だって来ます。 最後の数小節は右手がC音を基音とするミクソリディアで、左手はA音を基音とするミクソリディアというように短三度異なる調性が同時になるのです。その旋法を右手、左手の順にあげておきます。 そしてこの二つの旋法が同時に鳴り響くフィナーレです。 実はこの部分はまだ、和声的に古典的な考え方で説明がつくものです。しかし、モード(旋法)を使っての作品であることと、この後のバルトークの発展していった過程を考慮し、あえて多調性的なとらえ方をすることが正しいのではないかと考えた次第です。 ご批判があることは承知しておりますが、とりあえずこの場はこのくらいにして置きたいと思います。 この曲の最もすばらしい演奏は・・・ピアノ・ソロならばゾルターン・コチシュのピアノによるもの(PHILIPS/PHCP-5169) セーケイ編曲のヴァイオリンとピアノでは、ヨーゼフ・シゲティとベラ・バルトーク自身のピアノで (EMI/5 55031 2) 手に入りにくいかも知れませんがイダ・ヘンデル(vn)とジェラルド・ムーア(pf)の演奏は本当に素晴らしいものでした。(EMI/CE25-5876〜85) 作曲者自身のオケ編曲はアンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団(DECCA/UCCD-3018) また、ウェルナーが弦楽用にアレンジしたものがイ・ムジチ合奏団で出ています。(PHILIPS/426 669-2) 興味がある方はヘーリックのアレンジによるパイプ・オルガンでも聞くことができます。(hyperion/CDA67228/Organ Fireworks IX)、スイスの首都に聳えるミュンスターのオルガンを使用したものです。若干エッジが甘いかなぁ・・・。 CD番号は最新のものではありませんので、各自でお調べ下さい。実は最新のカタログを買わなくなってすでに七年・・・。カタログを見てほしいなと思わなくなって七年とも言いますが・・・。
by Schweizer_Musik
| 2005-07-11 22:16
| 授業のための覚え書き
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