B級?否!A級!名演奏家列伝 -9- ミシェル・オークレール
オーストリアのインスブルックは思い出深い町だ。駅を降りてすぐに見上げる町の北に聳える連山は特に印象的で、町を歩いていると少年モーツァルトの足跡に出会うことも出来る。またケーブルカーで山の中腹まで行って、見渡したイン川の刻み込んだ谷の深さ、広さ、絶景は忘れることが出来ない。
私は、この町には泊まっていない。近くのドイツ領のミッテンヴァルトに泊まってそこからインスブルックやリヒャルト・シュトラウスの山荘があったガルミッシュ=パルテンキルヒェン、あるいはドイツ最高峰のツークシュピッツェなどに出かけたのだった。
何故こんな話から入ったかというと、この山の町の名前がついたオーケストラによってミシェル・オークレールという素晴らしいヴァイオリニストと出会うことが出来たことによる。フォンタナから出ていたそのレコードのA面がどちらだったか忘れてしまったが、チャイコフスキーとメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲のレコードで、共演していたのがロベルト・ワーグナー指揮インスブルック交響楽団で、値段は1000円の廉価盤だった。
初めてこの曲を聞いたのはこの演奏ではなかったが、それでも中学の頃にはこのレコードの虜になっていた。私が特に気に入っていたのはメンデルスゾーンで、そのチャーミングな歌い回しに心奪われたものだ。オケはどうだったか、その当時は二流のオケでいい加減な演奏ぐらいに考えていたのかもしれないが、意外によくがんばっているというのがCD復刻版を聞いての印象である。
チャイコフスキーもスコアを素直に鳴らすとこんな音になるだろうなぁと思う。総じてオケは素朴に音楽をやっているという印象だ。だからヴァイオリンが細かな技術を披露しているところでもブンブン鳴らしたりしているし、野暮ったい所はいくらでもある。けれどそれが嫌味になることはなく、聞いていてそれなりに良かったりする。
チャイコフスキーの方は、だれかがボロクソに書いていたけれど、私はそんな酷い演奏だとは思えない。まぁ音楽などというものは色んな感じ方、考え方があるのだから否定はしないが、良いと言っている人を攻撃してまで「駄目」を出さなくても良いと思うが。
1924年11月16日にパリで生まれたミシェル・オークレールは生粋のパリジェンヌだった。六歳でヴァイオリンをはじめ、パリ音楽院で名教授のブーシュリに学んだ。同じ門下生にはジャネット・ヌヴーやローラ・ボベスコ、ドニーズ・ソリアーノ(タリアフェロと共演したモーツァルトの変ロ長調のヴァイオリン・ソナタの名演が昔あった)といった女性の名ヴァイオリニストが数多いる。
1943年のロン・ティボー・コンクールに、当時19才だったミシェル・オークレールは出場し、優勝する。ナチスの占領下では本格的に国際的なキャリアを開始するわけにはいかなかったに違いないが、フランスがまもなく解放され、ナチスが倒れて戦争が終わるとオークレールの名声は日増しに高まっていった。
1951年にはシャルル・ミュンシュの招きでアメリカ・デビューを果たす。この時の第1楽章のリハーサル風景がターラから出ているが、迫真の演奏で血湧き肉躍るというものだ。そして大成功をおさめたアメリカ・デビューの後、このチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をNHK交響楽団の指揮者としても知られるクルト・ヴェスの指揮でレミントン・レーベルに録音する。最近この録音が再びCDに復刻されたので、お聞きになった方も多いことだろう。CDの初期にレコード・ショップのウェーブから恐らくはLPの板おこしだと思われるが一度出ていたことがあるが、今回の方がよさそうだ。ただ、ヴェスの指揮がそれほど力強くなく、彼女のこの曲の録音としては、前述のインスブルック交響楽団(現在ではインスブルック・フィルハーモニー)の録音の方が良いかも知れない。

私はオークレールの代表盤は前述のメンデルスゾーンとチャイコフスキーも推薦したいが、EMI(おそらくは仏パテ)に録音したドビュッシーとラヴェル、特にラヴェルのソナタは最高の名演の一つだと考えている。
また、エラートに録音したシューベルトのヴァイオリンとピアノのためのソナチネや幻想曲、華麗なロンドなどの演奏も素晴らしいものだった。他にウィレム・ヴァン・オッテルローとのブラームス、あるいはクーローの指揮するシュトゥットガルト放送交響楽団と録音したモーツァルトなども忘れがたいが、これらはいくつかのレーベルにまたがって出ていたため、隠れた名盤となっている。
そしてここにあげたものの他にLP初期にアランのオルガンと共演していれたバッハのソナタがあるくらいで、彼女の音盤は本当に少ないようだ。放送録音などでもあまり出てこない。
1950年代から1960年代前半がオークレールの活躍した時代であった。一時、ピアニストのフランソワと交際していたこともあったと聞く。40才の声を聞く前にオークレールは左手の不調を訴えて演奏活動から引退してしまうが、作家の次男と結婚したこともその理由の一つと言われている。引退後はパリ音楽院で後進の指導をしていたが、ボストンのニュー・イングランド音楽院などでもマスター・クラスの指導を行っていたが、今年(2005年)五月頃だったか、亡くなったと聞いた。八十は超えていたはずであるし、引退して長かったこともあり、私はこの記事を見逃していた。謹んでご冥福を祈りたい。
by Schweizer_Musik | 2005-08-24 18:02 | 過去の演奏家
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