今日は夏休み明けの最初の授業
今日は夏休み明けの最初の授業であった。その最初の授業がサックス四重奏の作品の試演である。小品ばかりではあったが、それぞれに創意が感じられて良かった。何よりもそれぞれにモードを使うことというハードル(現在、モードを中心に二十世紀音楽の分析を行っているので)をかけたのだが、皆、よくそれに応え、単純なドリアン・モードではない新機軸を打ち出した者などばかりで、なかなかに面白かった。また、対位法もまだ初心者の段階であるというのに、等倍のカノンを展開に盛り込んだ者もいた。音はぶつかっていて、効果的であるとは言えないものの、そのチャレンジ精神は買える。
最近の音楽大学(特に地方の音楽大学)の作曲専攻の学生は、久石譲風の作品のオンパレードで、あれをやっていては話にならない。いや、久石譲氏が悪いのではない。物まねが創作だと勘違いされてはこまるのだ。習作でならというのとも違う。自分の音、スタイルがないからああなるのだ。
ファッションの世界で、デザインが誰かと同じだったとしたら、その人はデザインの世界で一生食べていくことは出来ないほどのダメージを負う。その覚悟も何もなく、サラサラと人のスタイルを真似るとしたら、そんな学生は作曲をしてはならない。
コラージュを作るとかいうのともこれは違うのだ。シュニトケなどの音楽の志向の高さ、ユニークさの片鱗でもあれば、いいのだが・・・。
そうしたところで教えている人たちからの嘆きを思い出しながら、今日の自分の授業をとっている学生たちの作品を反芻してみて、よくやったと褒めてやりたい。
未熟さは仕方ないのだ。未熟だから勉強しているのだ。彼らはそれを知っている。まだ半年もたっていないが、その間に書くべきものが少しずつ出来てきていることが嬉しい。これでなくては!!

同じ学生たちのもう一つの授業、アトナール・コンポジションではオルフの「カルミナ・ブラーナ」をとりあげた。モードとポリリズム、それに少しだけオーケストレーションの分析をした。単純な曲だし、歌詞のことらあまり入り込んで調子に乗っていると「セクハラ」になりかねないので、歌詞とその内容については誤魔化してしまった・・・(笑)。いや、難しい時代になったものだ。
とは言え、男声と女声の掛け合いと女声のハイトーンに「アノ時」の表現であることなどを、オブラートに包んで話したりして、それぞれにエオリア、ドリア、ミクソリディアなどが使われていることなどを説明。やはり触れないわけにはいかないのも難しいところだ。あまりオブラートに包みすぎるのも変だし、嫌な雰囲気にならないようにするのが大変だった。
しかし、こうして取り上げてみて再び思ったのだが、「カルミナ・ブラーナ」ってよく書けているなと感心した。当たり前か。
来週は、旋法を使った音楽の最後にするつもりなので、こうしたもののルーツでもあるフォーレの「レクイエム」をとりあげる予定。現代音楽でも無調でも何でもないが、この辺りを知らないで二十世紀を理解しようなどというのはおこがましいにもほどがあろうと言うものだ。
とは言え、我田引水。自分の好きな曲に無理矢理引きずり込んでいるに過ぎないという説もあるが(笑)来週まで愉しく準備に掛かろう。CDはやはりコルボの録音だろうな。他はどこかに問題があるし、コルボの録音で問題と言えば、録音が古いことくらいだ。オケも凄く上手いし・・・。ところでベルン交響楽団ってスイスの首都のオーケストラだが、この録音当時の音楽監督はあのデュトワだったって知ってしました?
by Schweizer_Musik | 2005-08-31 23:00 | 日々の出来事
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