アンネ=ゾフィー・ムターが生まれたのはドイツとスイスの国境の町で、町の真ん中を流れるライン川でドイツとスイスに分かれているラインフェルデンという町だ。私の好みの町というと変だが、とても落ち着いた良い町だ。スイス中で飲まれているビールの工場が高台にある。
写真はスイス側を撮ったものだが、この反対側のドイツの町にムターは生まれたそうだ。スイスと書いてある資料もあるので、詳しくはわからないが、どうもスイス人ではなさそうだ。だが、ルツェルンなどでも学んでいてスイスと深い関係にあることは事実で、ひょっとするとこのスイス側で生まれたのかも知れない。 写真の右端に移っているゲートはパスポート・コントロールで、この時私は素通りしてしまった。車を止めてパスポートの提示を求めてはいたが、歩いて橋を渡っている人間にはほとんど何もしていない。ちなみにスイスはEUに加盟していないので、国境ではパスポートの提示が必要なはずなのだが、私のようなどこから見ても観光で来ている者に対しては、いい加減なようだ。少なくともこの時はそうだった。 さて、こんな思い出話はどうでもいいのだ。ムターの演奏したチャイコフスキーとコルンゴルドのヴァイオリン協奏曲を、二年ほど前だったか、電撃的に再婚した夫のアンドレ・プレヴィンの指揮で聞いたのだ。チャイコフスキーはウィーン・フィル、コルンゴルドはロンドン交響楽団を振っている。アンドレ・プレヴィンとロンドン交響楽団はピエール・モントゥーの後を受けて、ハリウッドから来たドイツ生まれのユダヤ人音楽家が得たクラシックの最初のポジションとして記憶に残っている方も多いのではないだろうか。 私はプレヴィンの一番輝いていた時代がこの1970年代のロンドン交響楽団時代であると信じている。この時代の彼らの演奏はどれも素晴らしいものだった。日本の評論家はハリウッドあがり(彼は「マイ・フェア・レディ」のアレンジャーであり、ジャズ・ピアニストでもあった!!)の音楽家が指揮するベートーヴェンを全く評価しなかったが、私は理想的な演奏だと思っていた。もちろんロシアものや近代音楽に示す彼の才能は素晴らしいもので、ラフマニノフの交響曲の演奏などは今持って彼の演奏が最高で在り続けている。 その彼が、ロンドン交響楽団のライブのシリーズでも復活し、ここでもコルンゴルドで共演をしている。それも彼が絶大な力を発揮する合わせ物で・・・。 私はプレヴィンの演奏で初めて聞いたのはラドゥ・ルプーの共演者としてグリーグとシューマンのピアノ協奏曲であった。あれは私にとって今もリパッティの録音とともに最高の演奏で在り続けている。協奏曲の指揮者としてのアンドレ・プレヴィンはアルチェオ・ガリエラやユージン・オーマンディとともに二十世紀の最高の指揮者であった。 このムターの演奏するチャイコフスキーは、おそらく私の持っている演奏の中で最もテンポの変化の多い、いわゆる奔放な崩しが多い演奏だと言える。それにうるさ方として名高いウィーン・フィルを振ってピッタリとつけている。ちょっと神がかり的とも言える演奏だ。第3楽章など、私はここまで崩して演奏するのはどうかと思うが、これはアンドレ・プレヴィンがいなければ出来なかった録音だろう。面白いチャイコフスキーが聞きたい人はお薦めである。私は別に・・・。 コルンゴルドはギル・シャハムの録音で同じプレヴィン指揮ロンドン交響楽団の演奏がある。ソリストがシャハムとムター。しかし、なんて違うのだろう。当たり前かもしれないが、プレヴィンはオーケストラの解釈というか、バランスに対する彼の指揮は全く変わらない。しかし、ムターとシャハムという全く異なる個性に合わせて、異なるオーケストラをつけているのだ。 私がこのCDを買ったのはこの一事に対する関心であった。ムターは美しい音を持っているヴァイオリニストであるが、彼女のベートーヴェンのソナタ全集を聞いて、すっかり関心を無くしてしまっているのだ。良い演奏なのかも知れないが、私はベートーヴェンの解釈として奔放に過ぎるように思えた。 この録音でもムターは私の好みの音楽とは違う。しかし、オケを指揮するプレヴィンの凄さを味わうにはこれほどの録音はないだろう。コルンゴルドを聞きたいのであればシャハムを聞くべきだ。(良い音楽だ!曲も演奏も良い)しかし、ムターにピッタリとつけて、全てが自然に聞こえるという離れ業はプレヴィンだけのものだ。 かつて、ハリウッドあがりと彼を馬鹿にしていた音楽評論家にこそ聞いてもらいたい一枚だ。一流の指揮者にだけ許された世界がここにはある。 Grammophon/UCCG-1206
by Schweizer_Musik
| 2005-09-04 06:29
| CD試聴記
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