B級?否!A級!名演奏家列伝 -22- シルヴィオ・ヴァルヴィーゾ
バイロイト音楽祭で指揮をした初めてのスイス人として、シルヴィオ・ヴァルヴィーゾの名前は永遠に記憶されるであろう。
彼はイタリア系のような名前であるが、ドイツ語圏の生まれである。1924年2月26日にチューリッヒに生まれた。チューリッヒで学んだ後、ウィーンでクレメンス・クラウスに師事した。スイス東部の都市、ザンクトガレンの歌劇場でデビューしたヴァルヴィーゾは、バーゼル市立劇場で指揮者に迎えられる。
1950年から1962年にかけてバーゼル市立劇場、続いて1959年から1961年にかけてサンフランシスコ・オペラ、そして1965年からはスウェーデンの王立歌劇場の首席指揮者として迎えられている。1971年には、スウェーデンのグスタフロアドルフ国王から宮廷指揮者の称号を与えられてその席を辞したが、その二年前からヴァルヴィーゾはバイロイト音楽祭にスイス人として初めて指揮者として迎えられている。
ヴァルヴィーゾは1969年と1970年は「さまよえるオランダ人」、1971年と1972年は「ローエングリン」、そして1973年と1974年には「ニュルンベルクの名歌手」を指揮している。私は「ニュルンベルクの名歌手」のライブ録音をCDで持っているが、カラヤン盤の精緻極まる仕上がりに比べると、若干劣るとは言え、スタイリッシュで力強い指揮ぶりでなかなか聞かせる。他の作品もライブが残っているのかも知れないが、私は聞いたことがない。当時まだ小学生だった私は、年末のバイロイトの録音を聞く習慣もまだ無かったから。
1980年にはパリ・オペラ座の音楽監督に就任しているが、この権謀術数うずまくポストは、ヴァルヴィーゾにま全く合わなかったのではないだろうか?結局一年でこのポストを放り出し、彼はフリーの指揮者としてヨーロッパの歌劇場に客演指揮を行っている。
彼は、歌劇場を中心に活躍した指揮者で、その本領は当然オペラにある。前述のワーグナーの「ニュルンベルクの名歌手」全曲盤(PHILIPS/434 611-2)は、ライブらしい傷はあちこちにあるとは言え、カラヤンがドレスデン国立歌劇場を振った歴史的名盤に比べると、若干聞き劣りするが、それは比べる相手が悪いと言うべきか。何しろ今後ともこれ以上の演奏が可能とも思えない凄い演奏なのだから・・・。
しかし、第1幕の信者の合唱「 救い主としてわれらに臨みたまい」の厳かな表現はヴァルヴィーゾの並々ならぬ力量を示したものである。この演奏、リーダーブッシュのザックスがなかなかに聞かせる。第2幕のザックスのモノローグとして名高い「リラの花がなんとやわらかく」での歌唱は、フィッシャー=ディースカウがヨッフムの指揮で歌った名唱があり、どうも分が悪いとは言え、カラヤン盤のアダムよりも感情表出の点で更に深いものを描き出している。ヴァルヴィーゾの指揮はいかにもバイロイトらしい奥行きのあるサウンドで支えていて見事だ。
有名な前奏曲でも、あるいは第3幕の使徒たちの入場でも良い演奏だ。但し、ライブであるから、動きのある場面では足音がかなり盛大に入っているので、やはり音楽を聞きたい人には不向きかもしれない。
昔と言っても数年前だが、フィリップスからオペラ名曲集が廉価盤で出ていたが、その中に、ヴァルヴィーゾが振ったものがたくさん入っていた。一曲だけ、前述の「名歌手」の第1幕「信者の合唱」の部分も収められているのだが、他にヴェルディの歌劇「ナブッコ」〜第2景「行け我が思いよ、金色の翼に乗って」やウェーバーの歌劇「魔弾の射手」第3幕第3場狩人の合唱などが含まれていて、ドレスデン・シュターツカペレとライプツィヒ放送合唱団の歌はまことに素晴らしく、こんな形で出てもったいないと思ったものだ。(PHILIPS/PHCP-9696)歌劇「魔弾の射手」はカルロス・クライバーの録音と比べても良いかもしれない。
ベートーヴェンのフィデリオの第1幕「何という喜び、自由の空気の中」のすっきりとした演奏は、ぜひ全曲盤を聞きたいと思わせるほどのもので、このヴァルヴィーゾという指揮者の守備範囲の広さを思い知らされる。
また、同じ頃の録音と思われるが、オムニバス盤ではあるが、歌劇の中で演奏される序曲や間奏曲などを集めた録音がある。(PHILIPS/468 148-2)1984年の録音で、こちらはドレスデン・シュターツカペレとその合唱団が演奏している。
カラヤンが得意にしたシュミットの歌劇「ノートルダム」間奏曲の演奏は、オケの美感が生かされた名演だし、マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスチカーナ」の間奏曲やプッチーニの歌劇「マノン・レスコー」の第三幕で演奏される有名な間奏曲といった、こうした録音での定番の見事な演奏も、適度な高揚感と深みと、そしてしっかりとした構築性に支えられた名演ぞろいだ。ポンキエルリの1876年に完成した歌劇「ジョコンダ」の中の「時の踊り」の演奏は何と言っても魅力の塊。チャーミングでオケが何とも美しい。こうした曲で聞き惚れるということは、私はあまりないのだが、トマス・ビーチャムの指揮した「くるみ割り人形」以来の出来事だった。
ソロというのもおかしいが、オーケストラ作品の録音もわずかではあるが残しているが、その中でもスイス・ロマンド管弦楽団を指揮したチャイコフスキーの幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」とプロコフィエフのバレエ「石の花」の抜粋(LONDON/POCL-4585)は、純然たる管弦楽作品を録音した数少ないもので、チャイコフスキーは特に珍しいものだろう。バレエ音楽の方は、それでも歌劇場で演奏する機会も多いことだろうが、チャイコフスキーの方は少なかったのではないだろうか。
このチャイコフスキーのそう演奏される機会が多いとは言えない大作をヴァルヴィーゾは、作品の相応しいスケールで見事に描ききっている。スイス・ロマンド管弦楽団は最高のパフォーマンスで応え、ヴィクトリア・ホールの音響の素晴らしさは最高レベルである。
プロコフィエフの「石の花」も抜粋ながら、この作品のファースト・チョイスとして推薦できるものである。アンサンブルをまとめる力の凄さは凄いものだ。
テレサ・ベルガンサがロジーナを歌ったロッシーニの「セヴィリアの理髪師」は、ロジーナの素晴らしさばかりが話題になるが、ナポリ・ロッシーニ管弦楽団を振ったヴァルヴィーゾの指揮の素晴らしさも話題にすべきだろう。マヌエル・オウゼンシが歌ったフィガロが若干弱く、画竜点睛を欠くと申していいのではないか。しかしコレナ(スイス出身のバス歌手、なんて上手いのだろう!)のバルトロはとても良い味を出しているし、ニコライ・ギャウロフのバジーリオは多少大げさな気もしないでもないが、「かげ口はそよ風のように」はまずまず聞かせる。響きが少し重いのだ。でもアンサンブルのまとめ役としてのヴァルヴィーゾはもう見事だと言うしかない。合いの手のはさみ方が何とも気が利いているし、ロッシーニ・クレッシェンドの底抜けの明るさは、彼のキャラクターではないだろうか。
ベルリーニの「ノルマ」はスリオティスの名唱により、マリア・カラスと並ぶ名盤だが、指揮のヴァルヴィーゾの上手さもまた光る。歌手の声を無理なく引き出し、音楽にアクセントをつけていく彼の指揮はやはり巨匠の仕事であると言ってよいだろう。
ヴァルヴィーゾは歌劇場を中心に活動をしたとはいえ、ルツェルン音楽祭でオネゲルの「ダヴィデ」を指揮するなど、実は大変広いレパートリーを誇った指揮者でもあった。そしてその全貌が紹介されることはとうとう無かった名指揮者である。残念なことだ。引退がいつだったのかはわからないが、彼の消息を1990年代に入り聞くことはほとんどなくなった。
スイスの指揮者として、デュトワなどとは全く正反対の道を歩んだヴァルヴィーゾであるが、その素晴らしさを無視してはもったいないと思う。
by Schweizer_Musik | 2005-09-19 14:11 | 過去の演奏家
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